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教室にて1


 どうも朝は苦手だ。

 煌々と輝く朝日が街を照らし出し、鳥たちが1日の始まりを告げるように囀りだす。無論、こんな明るい雰囲気が心地よいという人もいるのは承知だが、俺はどうも受け付けない。いや、小学校の頃なんかは朝が割と好きだったのだが、1年また1年と年を取るたびに苦手になっていった。人生とは苦難の連続であり、つまり人生を構成する一部でもある1日はその苦難の一部といっても差し支えあるまい。もしかしたら、年をとって人生の厳しさが分かってくるにつれ、1日の始まりである朝が嫌いになったのかも知らない。学生にとって朝は勉強の始まりであり、社会人にとって朝は労働の始まりである。誰が嬉しいんだそんなもん。

 

 俺は廊下を歩いて教室に向かっていた。俺の所属している2年1組は校舎の端っこ4階に位置しており、校門からかなり遠い立地となっている。くじ運が悪いなぁと思いつつ、俺は階段を登っていく。

 他の生徒たちがホームルームまでの束の間に廊下での雑談に興じる中、俺は真っ直ぐに教室に向かっていく。なんで毎日こんな人多いんだよ学校、あとなんで朝なのにこんな賑やかなんだよ、元気すぎだろ高校生、いや俺も高校生だけど。

 俺はこんな朝の学校空間の喧騒が鬱陶しく感じる性分なのだが、しかして俺には文明の利器という味方がいる。じゃーん、俺が今つけているのはヘッドホン、これを装着することによって不快な喧騒を排除することができる。しかも最近のはノイズキャンセリングなんて機能が着いていて、外の音を完全に排除することができるのだ。これでアニソンでも聞いてればまさに俺の世界である。これ作った人にマジでお礼言いたい、マジありがとう。


 不意に、背中に衝撃を受けた。なんだ?陽キャがふざけて俺にぶつかってきたのか?勘弁してくれよ、お気に入りのアニソンを聞いてるところを邪魔しやがって、お前らが彼女とイチャイチャしてるところを邪魔してやろうか。


 「おはよ!」


 ヘッドホンを外して振り返ると、そこにはユナたそがいた。ユナたそ、本名沓澤ユナとは、俺のバイブルである『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』というライトノベルのヒロインである。つまり俺のヒロインだ。

 ユナたそは俺の、じゃなかった主人公の久ヶ原水斗の幼馴染である。そして、どうやら久ヶ原のことが好きらしい。てか絶対好き、好きって言ってたしラノベの中で。

 もっとも、俺は主人公である久ヶ原に自己投影しながらラノベを読んでいる。つまり、俺は自分が久ヶ原だと思ってる節がある。だってめっちゃ似てるもん、ニヒルなとことか友達少ないとことか高校生にしては妙に賢しいとことか。というか、俺はこのラノベを読んで多分に影響を受けてしまい、自ら主人公の久ヶ原に寄せていってるとこも正直ある。このラノベを読んでからというもの、姉から思春期とか厨二病とか言われることが多くなったのは、偶然ではなかろう。まぁ、創作物の主人公に自分を重ね合わせて人格を寄せていってしまうのは、ある種高校生のあるあるみたいなものだ。

 長々語ったが、つまり俺は久ヶ原水斗なのだ。というか、そう思った方が生きてて楽しい。とすれば、ユナたそは俺の幼馴染だし、ユナたそは俺のことが好きなことになる。つまりユナたそは俺の嫁。

 とは、なりませんよね分かってます。


 「お、おはよ……」


 「ん?どうした元気ない?」


 不意のことで狼狽する俺を上目遣いで覗き込んでくる彼女はユナたそではない。だってここは3次元だから。ユナたそが2次元の存在であることくらい、いくら妄想たくましい俺でも分かる。

 彼女は千曲双葉、つい昨日俺の前に突然姿を現した少女である。


 「もしかして、風邪引いたとか?」


 「いや、大丈夫、です……」


 「本当に?もし体調悪かったら大変だよ!ほら、ちょっとこっち寄って!」


 千曲はそういうと、俺の腕を掴んでグッと引き寄せ、前髪を手で掻き上げたかと思うと顔を急に近づけてきてた。そして、俺の額に千曲の額がくっ付く。ウッソだろ、これ現実世界で本当にやるやついんの?あれ、そういやこんなシーンもあった気がする。


 「……うーん、ちょっと熱い?けど、そんな酷い熱でもないかなぁ」


 「あー、多分この方法を君がやっても正確な体温測れないと思うからやめたほうが良いぞ、特に男子」


 額を離して首を傾げる千曲に、俺は忠言を添えた。これをこの子がやったらみんな心拍数上がって発熱するって。風邪とか関係なしに。


 「でもやっぱり元気なさそう、悩み事とか?私でよければ話聞くよ?」


 「まぁ、悩みでいったら、どうして人間はヒエラルキーを作って他者を虐げるんだろう、とかは考えるけど」


 「悩みが人間全体すぎる!もっと個人的でしょ悩みって普通!」


 「個人的悩みかー、2次元のヒロインと結婚できないこととか?」


 「個人的ではあるけど!さすがに私には荷が重すぎるかも!」


 軽妙な会話を展開させながら、俺と千曲双葉は教室へと歩を進める。朝の学校で誰かと話したのなんていつぶりだろうか、そうだ、高一の頃に文化祭サボったのが担任にバレて廊下で詰め寄られた時以来だ。良いだろ別に授業サボったわけじゃないし。


 「んー、あ、じゃあ私じゃダメ?2次元のヒロインとは結婚できないかもだけど、私となら結婚できるよ!どう!?」


 「……そ、そっか」


 「どう?元気出た?」


 つぶらな瞳が上目遣いで俺を見上げてくる。姉と昨日たてた作戦を遂行するなら、とりあえず千曲双葉の告白はOKする必要があるわけだが、本当に大丈夫だろうか。既にこの段階で籠絡されそうなんだけど俺。意のままに操られちゃいそうなんだけど俺。


 「というか、朝は血圧低くてデフォで元気ないんだよ。平常運転」


 「そうなの?」


 「むしろ、なんで千曲さんはそんな早朝ウォーキングしてる老人くらい元気なわけ?定年退職した70歳?」


 「ちーがーう!16歳JKです私は!てか、朝って気持ちいいじゃん!お日様が登ってきて、今日も1日が始まるぞ!って感じするじゃん!」


 「確かに、今日も1日が始まるぞって感じするな。絶望の1日が」


 「なんで悲惨な1日前提!?マイナス思考すぎる!」


 「最初っからマイナスで考えといた方が、プラスだった時嬉しいし、マイナスだった時も悲しくないだろ。何事も高望みしない方が自分を追い詰めなくて済むんだよ」


 「むしろリスクヘッジだった!うーん、でもやっぱ朝は元気な方が良いと思うけどなぁ」


 そんなことを話していると、校舎内にホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。既に教室に着いている計算だったのだが、話していたせいか歩みがいつもより遅くなってしまったらしい。


 「え!ヤバいよ早く行かなきゃ!」


 「あーたしかにドワッ!」


 まぁちょっと遅れても良いかなどと考えていると、千曲は俺の手をぎゅっと握って引っ張り、教室に向かって駆け出した。栗色の髪がフワッと舞い、シャンプーのようなリンスのような、甘い匂いが香ってくる。言い古されてるようなことで恐縮だが、なんでこんなに女の子って良い匂いするんだろう。花とかの遺伝子入ってるでしょ絶対。


 「すいません!遅れました!」


 「あ、サーセン」


 俺と千曲が教室に入ると、朝のホームルームが始まろうとしている最中だった。教室の半数くらいの生徒の注目が2人に向けられる。うっひゃあ恥ずかしい。穴があったら入りたい。


 「おはよう!早く席に着きましょうね!」


 「すいません!」


 「うっす」


 教壇に立つ担任教師に軽く会釈をすると、俺は教室後方の通路側にある自席に腰掛けた。千曲は教室前方にある自席へと駆けていく。

 ふと、教室内がざわついていることに気がついた。多くの生徒の視線が千曲に集まっている。そりゃそうだ、あんな美少女転校生フィクションでしかみたことないもんな。

 しかして、ごく僅かに、俺に対しての訝しげな視線も感じる。なんだ?朝食べた米粒が顔にでもついてるのかな?そんなことを思いながら顔を入念に触っていると、前の席の男子が声をかけてきた。


 「おい、千曲さんとお前、仲良いの?」


 なるほど合点がいった。俺と千曲双葉は手を繋いで教室に入ってきてしまった。美少女転校生と冴えない生徒Bが教室に一緒に入ってきたら、訝しく思うのも無理はないだろう。

 どうやら、俺は変な形で教室の注目を集めてしまったらしい。


 


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