行方不明1
千曲を見送って、俺がリビングに戻ると、姉と立科はソファに2人で座り、既に人生ゲームに興じているようだった。
「あ、ごめん、もう始めちゃってるわ」
「おい、みんなで人生ゲームしようって言ったのアンタだろ、なにこの残酷な仲間外し。まぁ、仲間外れは慣れっこだから、別に良いんだけどな」
俺があっけらかんとそう言って、スマホを弄ろうとすると、立科はトントンと姉の肩を叩いた。
「雄太っていつもこんな感じなんですか?」
「そうなの。自虐に躊躇がないっていうか、無駄に自分を卑下するっていうか。けど、自分を下げる発言をする割に、あんまり気にしてるわけでも無さそうなのよ、不思議でしょ?」
「はい、なんていうか、変ですね」
「勝手に俺を分析するな、変ってなんだ変って」
俺は2人を尻目に、座布団に座ってスマホを弄った。取り急ぎ、ログインボーナスだけ回収していると、姉と立科の雑談が耳に入る。
「けど、いろんな家庭があるんだねぇ。千曲ちゃんの親御さんとか、物凄く厳しいんだろうね。私なら、めちゃくちゃ反抗しちゃうだろうけど、千曲ちゃん真面目そうだったからねぇ」
「確かに、私もアレは流石に耐えられないかもです。けど、あんなに親に気にかけてもらえてるのだけは、ちょっとだけ羨ましいかも」
ふと、俺のスマホをタップする指が止まって、部屋に不自然な静寂が生まれた。その雰囲気を察したのか、慌てて立科が手を振って話し始める。
「え、あ、いやー!なんていうか、ウチは親とか全然アタシに興味ないみたいで!小学校の頃から、お金だけテーブルに置いてあって、それを持ってお兄ちゃんとお弁当屋さんで買ってくるみたいな感じの毎日だったんで、お母さんの料理とか食べたことなくて!そんな感じの親なんで、千曲ちゃんが、ちょっとだけ羨ましいなー、みたいな……」
俺も姉も、その立科の空元気な振る舞いに、言葉を詰まらせた。いつもなら飄々と口から言葉を放つ姉も、今度ばかりは何かを言おうとして、しかしそれを引っ込めてを繰り返しているような様子だった。
俺は思考をフル回転させると、短い沈黙を破って言葉を発した。てかこの雰囲気はさすがに長くは耐えられないよ、気まずくて死んじゃう。
「どうだ?自虐って悲壮感がないようにやろうとすると案外ムズいだろ?自分を卑下してなお、周りからズケズケ言われている俺の自虐スキルの高さが分かったか?」
一か八か、俺は薄っぺらい同情にも、あるいは痛烈な批判にもならないように、したり顔を浮かべて胸を張って見せた。
短い沈黙が流れる。あれ、これ失敗したか?マジか、早くツッコんでくれ姉ちゃん、頼むマジで。
俺が姉に助け舟を求めて目配せしようとしたその瞬間、立科はフッと吹き出してお腹を抱えて笑い始めた。
「なに言ってるの雄太!意味わかんないホントに!」
立科はソファに寄りかかって、体を左右に揺らして笑った。その様子を見て俺が安堵していると、姉がやるじゃんとでも言わんばかりにウィンクしてきた。うっざ、アンタももうちょっと早く助け舟出せや。
立科はひとしきり笑い終わると、照れ笑いを浮かべながら口を開いた。
「なんか、変な空気にさせちゃってごめんなさい!確かに、雄太ってどれだけ自虐してもあんまり可哀想じゃないから、ズケズケ言えるね」
「可哀想じゃないのかよ。だったら今度からもっと悲壮感出して、ズケズケ言われないようにしよう」
「それは雄太の良さが消えちゃうからやめて」
ズケズケ言いやすいのが俺の良さなのかよ、つまりサンドバッグだろそれ。全然嬉しくねぇ。
「けど、アタシだってそんなに可哀想じゃないですよ!今のお弁当は美味しいですから!ほら!栄養もしっかり摂って、こんなに立派に成長してますから!」
立科は両手を広げて、開き直ったように笑顔を見せた。確かに、立科の発育状態は、むしろ同年代の女子と比較してもかなり豊満な……いかんいかん、そこの話じゃないですよね。
「気にされてないし、期待されてないからこそ、縛られることもなくて。こうして好きな髪色にして、好きなファッションにできて。アタシは、こんな派手な見た目の自分が、1番大好きですから!」
そう言ってニッコリと笑う立科の笑顔は、先の作り笑いとは少し違う、どこか影がありつつも、それでも本当の笑顔に見えた。
「アタシは、自由に生きられたら、それで良いんです!その時したいファッションをして、その時聞きたい音楽を聞いて、その時歌いたい歌を歌えれば、そんな自分であることが出来れば、それが1番幸せなんです!」
「……なんて良い子なの!もう養子縁組組もう!私たちの家族になって!」
なぜか感極まったのか、姉は立科をひしと抱きしめた。なんかこの人たち相性良いな。俺より姉ちゃんの方が立科との距離近いんじゃないか?
「ちょ、あやめさん、苦しいです……雄太みたいに開き直ってみたんですけど、どうですか?悲壮感なかったですか?」
「家族になろう!」
「あーもうこの人このモードになったら話聞いてないから。しばらく抱きしめられといてくれ」
感涙して立科の肩に顔を埋める姉に、苦笑いを浮かべながら、それでも立科は満更でも無さそうだった。あれ、ちょっとマジで百合っぽいぞコレ。クソ、片方が血縁者だから純粋に楽しめねぇ。
俺がそんな歯痒さにヤキモキしていると、立科はポツリと呟いた。
「……雄太、ありがとね」
「は?なにが?」
「ううん、なんでもない!」
俺は謎の感謝を受け取ったので、釈然としないながらもとりあえず会釈だけ返すと、その様子を見て立科は呆れたように微笑した。
ふと、けたたましい音がリビングに響き渡る。音の主は、固定電話の受話器だった。
スマホが普及しきった昨今において、家に備え付けられた電話なんてもはや飾りみたいなもので、かかってくるとしたらセールスだの非通知の詐欺電話だの、ろくでもない架電ばかりだった。
しかし、今回ばかりは何故だか、そういった類のものではないような気がして、胸がざわつく。
「ちょ、人が養子縁組を組もうとしてる時に、なに邪魔してくれてんのよ、ったくもー……」
姉は心底煩わしそうに、ソファを立って受話器のほうに歩いて行く。
「はい!もしもし!……はい、はい、あ、どーもご無沙汰しております……」
受話器を取り上げて威勢よく電話に出た姉だったが、少しずつ声色がよそ行きの丁寧な口調に変わっていき、俺はなんとなく、取るに足らない電話などでは無さそうな雰囲気を察した。
「はい、はい、え……はい、いや、姉です。あ、今両親は旅行中で不在なんですけれども……分かりました、聞いてみます……いえいえ、とんでもございません……」
姉の声色は電話が進むにつれてどんどんトーンダウンしていき、受話器を置く頃にはその表情は深刻なものに変わっていた。
しかし、むしろ姉以上に、目の前のソファに座っていた立科の様子の方が、より一層変化していた。いつにも増して身を縮めて、普段から白くてきめ細やかな肌が、さらに血色を無くしてむしろ病的なまでに青白くなってしまっている。
姉の話を聞くまでもなく、俺と立科はそれが我々にとって吉報ではないことに、そしてその大方の内容に、心当たりがあったのだ。
「……その、なんていうか」
動揺を隠しきれていない立科の様子を見て、姉は逡巡したのちに、少しずつ言葉を口にした。
「今、雄太の高校の先生から電話がかかってきて、その、女子生徒が1人昨日からずっと家に帰ってきてなくて、何か知らないかって……」
姉が重々しい口調でそう言うと、またリビングに沈黙が走った。よもや、これ以上の事件の詳細な状況説明は、我々にとっては全く不要だった。
「……その」
俺と姉がどうして良いのか分からずに、ただその場で狼狽えていると、立科は逸る呼吸を抑えて、意を決したように重々しく口を開いた。
「アタシ、帰ります」
立科は俯き加減でスッと立ち上がると、こちらに表情を見せたくないかのように背を向けて、リビングの隅に仮置きしてあった荷物に向かって早足で駆け寄っていった。
「ちょ、ちょ、待って待って」
姉がその様子をみて心配そうに駆け寄ると、立科は振り向きもせずに淡々と身支度を進める。
「すいません、お世話になりました。本当に助かりました」
「いやいや、その……大丈夫、なの?」
その努めて他を寄せ付けないようにしているような、寄る辺ない姿に姉が戸惑いながら声をかけると、立科は振り返って答えた。
「……これ以上、迷惑かけるわけにはいかないので」
笑顔だった。立科は、その表情に微笑みを湛えていた。そしてその笑顔は、後にも先にも見たことがないほどに、酷く悲しげだった。
その表情を見て、よもや姉さえも何も言えなくなってしまって、押し黙った。ここで引き留めたところで、我々に責任など取れないということを、その寄る辺のない悲しい笑顔がまざまざと叩きつけるのである。
「……じゃあ、アタシは、帰ります」
身支度を済ませた立科はスッと立ち上がって、有無を言わさぬ様子でリビングの扉へと向かう。姉はそれを遠慮がちに追いかけて、俺もその後に続いた。
ふと、ソファの上に置かれたケースに入ったギターが目に入る。なぜか、それは立科が持っていかなければならないもののような気がして、俺はそれを抱えて、2人を追いかけた。
玄関先で靴を履いた立科は、こちらを振り返って深々と改めて頭を下げた。
「ご迷惑かけて、本当にすいませんでした。それから、お世話になりました、本当にありがとうございました」
姉はその様子に、困り顔をしながら前に手をかざしてブンブンと振った。
「そ、そんなそんな!そ、その、大変だと思うけど、いつでも頼ってきて良いからね!私たちに出来ることがあれば、なんでも言ってね!」
「はい、ありがとうございます!」
姉の言葉に、立科は笑顔を返した。
「……忘れ物だぞ」
努めて悲哀を消すみたいに無理やり笑う立科に、俺はギターを差し出す。
「え、あ、ありがと……ホントに貰っちゃって良いんですか?」
「え、良いの良いの!むしろこれくらいしかしてあげられなくてごめんね!」
「そ、そんなそんな!こんなにお世話になったのに、こんなものまで頂いちゃって……大切にします!」
立科はそう言って、また深々と頭を下げると、ドアに手をかけてガチャリと開き、ギターを背負って振り返った。
「じゃあ、さよなら」
「うん!またね!」
立科はブンブンと手を振る姉と棒立ちの俺に、首を傾げて軽く会釈をし、扉の向こうへと出ていった。
ガチャンと、扉がゆっくり閉まった。閑静な住宅街の静けさが玄関を包み込んで、しばし、俺と姉はその場に立ち尽くすだけだった。




