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修羅場5

 

 リビングが、束の間の静寂に包まれる。ポツリと、千曲が先陣を切って呟いた。


 「お姉さん、全然タイプ違うんだね」


 「本当にな。なんで姉弟でこんなに似てないのか、さっぱり分からん」


 「似てない?そうかな。私は結構似てると思うけど」


 「は?いや、さっきタイプ違うって」


 「あくまで側の話だよ。明るく振る舞うのか、そうじゃないのかみたいな、そういう表層的な部分は真逆だけど、根底は結構同じな気がする。やっぱ姉弟だからなのかな」


 そんなことを言われたのは初めてだった。世渡りが上手くて社交的な姉は、親戚や近所の人からもよく可愛がられるが、俺は生まれてこの方、そういう地縁や血縁といった閉鎖的な田舎コミュニティ内での評判がすこぶる悪い人間だった。いや、厳密には、姉と俺の周りからの扱いの違いから、なんとなく勝手にそう感じているだけなのだが。

 

 「……そんなことねえよ。俺はあんなに世渡り上手くないからな」


 「そうかな?ちょっとしたボタンの掛け違いというか、姉と弟の違いって感じがするけどね」


 「そんなもんかね……」


 首を少し傾けて微笑する千曲を見て、俺はなぜだか恥ずかしさを覚えて、誤魔化すように紅茶を啜った。

 ふと、千曲は座っているソファの隣をポンポンと叩く。


 「ん」


 「……え?」


 「ん!」


 え、なに隣に座れってこと?口を尖らせてソファをポンポン叩き続ける千曲を見て、俺は拒否しても意味をなさないことを悟って、大人しく千曲が叩いているところに座った。瞬間、千曲が身を寄せてきて互いの肩がくっ付く。あーもう未だにこの距離感慣れないよドキドキするよ。


 「……私、本当は聞きたいこと、山ほどあるよ」


 俺が肩に感じる千曲の体温から注意を逸らすために、目の前の時計の秒針に意識を集中していると、撫でるように優しく、しかし努めて何かを抑えているような声色で、千曲は俺に投げかけた。


 「……すまん」


 「別に、謝るようなことは何もしてないよ。雄太くんは、きっと何か思うところがあって、こうしてるんだよね。それは、たぶん立科さんのプライバシーに関わる話で、私がみだりに聞いちゃいけないとも思う」


 「……ありがとう、本当に」


 「どういたしまして」


 千曲はそう言って、ふふっと微笑んだ。きっとこの子は、立科の個人的な悩みを俺が知ってしまったことを察した上で、その個人情報を同じ学校の別の生徒へ流布することに心苦しさを感じている俺の心情を慮って、ことの経緯の説明さえ不問にしたのだろう。モヤモヤを押し潰して優しく微笑む彼女の姿に、俺は少し胸が痛んだ。


 「だから、何があったのか、どうしてこんな事をしているのか、それは話さなくて良いよ。けどね、けど、雄太くんに傷ついて欲しくないから、余計なお世話しちゃうけどね……」


 「……うん」


 「これが高校生じゃ責任取れない厄介ごとだって、ちゃんと分かってるよね?」


 千曲は、俺が見ないフリをしていた核心に、触れた。心臓の鼓動が早くなって、血管が脈打つ。


 「……」


 「雄太くんに、幸せになって欲しいの私は。だから、雄太くんが言いたくないなら、私が言うね」


 押し黙る俺を見て、千曲は意を決したように話し始めた。


 「立科さんは、きっと家出だよね?立科さんの両親に、ちゃんと許可は取ってないよね?立科さんも、そして雄太くんも」


 「……」


 「未成年の女の子が、学校に行ったっきり、何の連絡もなく一晩も家に帰ってきていないワケだよね?こんなことがあったら、親族の人がどうするかなんて、想像に難くないよ」


 千曲は、最も重大で、最も難儀で、最も俺の力ではどうすることもできない問題を、語気を弱めながらも、それでも俺の眼前に叩きつけた。


 「雄太くんが、そんなことを全く考えないで立科さんを家に泊めちゃうほど無鉄砲で浅はかだとは思ってないよ。ちゃんと考慮に入れた上で、それでもこうしてるんだとは思う。けどね、けど……もうこれじゃ、雄太くんだけの問題じゃなくなっちゃってるよ」


 「もちろんそれは分かってる。立科を保護者の了解なく勝手に家に泊めたんだとしたら、責任が追及されるのは俺の親だ。けどな、今俺の親は旅行中で長期間家を空けている状態だ。その間に俺が勝手に立科を連れ込んで泊まらしたんだとしたら、果たして責任の所在が俺の親にあると言い切れるか?この状況を、俺の親は全く感知していないのに、全面的に責任を追及できると思うか?」


 俺が千曲の言葉に焦って弁解すると、千曲は眉を垂れ下げて、悲しそうに唇を噛んだ。その表情を見て、耐えきれずに俺は視線を右下に逸らす。


 「その、つまり、立科を家に泊めたのも、その了解を誰にも取らなかったのも、全部俺だ。全部、俺が勝手にやったことだ……」


 「……そこまで、考えてたんだね」


 立科はポツリと呟くと、右手をスッと俺の方に差し出してきて、手のひらで包み込むように、俺の頬をそっと撫でた。


 「雄太くんは、優しいんだね」


 「……いや、そんなんじゃないだろ。このことが本当に問題に発展した時に、一介の高校生でしかない俺には何もできないし、そもそも立科を1日2日家に泊めたところで、きっとあの子の問題は何も解決されない。結局、俺は救いきれないものに中途半端に手を伸ばしているだけで、それは優しさじゃないだろ」


 そう、これは優しさなんて高潔な名前の代物ではない。一時の哀れみと同情に絆されて、解決ができる力があるわけでも、最後まで責任を取るわけでもない、非力で無責任な救いの手を、中途半端に伸ばしているだけなのだ。こんな浅ましくて偉そうな蜘蛛の糸など、苦しみの中にある人間にとっては詐欺まがいでしかない。

 高慢なノブレスオブリージュなどクソ喰らえだと、弱者の矜持として言い聞かせていたはずの俺が、今まさにそのピカピカに薄汚れた行為に手を染めていたのだ。

 ふと、千曲を見ると、彼女は俺の虚脱したような表情を、静かな微笑みで受け止めていた。


 「ううん、そこまで分かってるのに、それでもなお手を差し伸べているなら、それはもう優しさと言っても良いと、私は思うよ」


 「……何も、救えないのにか?」


 俺が力なく、千曲のその右手に頬を乗せて頭を傾けると、千曲は今度はその左手を、膝に置かれた俺の右手の甲にそっと添えた。


 「きっと、雄太くんは、自分が伸ばした手を、過小評価してるんだと思う。この手は、雄太くんが思ってるよりもずっとずっと、強くて、優しくて。私だって、雄太くんが差し伸べてくれたこの手に……なんでもないや」


 千曲は少し顔を赤らめて、俺の左頬と右手にかざされた両手をスッと引っ込めた。ふと、今までのやり取りがものすごく陶酔的に感じられて、俺が羞恥心のあまり千曲から距離をとってソファの正面を向くと、千曲も全く同じようにして、赤面しながら微笑んだ。


 「とりあえず、雄太くんの考えは何となく分かったよ。雄太くんの自己保身屁理屈マシーンの部分より、節操なしの女好き哀れみ野郎の部分が勝っちゃったってことだよね?」


 「おいそのまとめ方悪意ありすぎだろ!天使不在で、俺の中の悪魔と悪魔の戦いじゃねえか!誰が節操なしの女好き哀れみ野郎だ!」


 「んー?結局雄太くんがやってることって、可愛い女の子を家に泊めてるだけだもん。私だって言ってくれたらいつでもお泊まりしてあげるのに、そんな私を差し置いて、別の可愛い女の子を家に泊めてるだけだもん。私のまとめ方に何の不服があるのかなー?」


 「いや、まぁ、そうだけど……」


 「私だったらノーリスクでお泊まり出来るのになぁ!なんで立科さんなんだろう?あれそういえば、立科さんって何がとは言わないけど、随分立派だったなぁ!私はあんなに無いもんなぁ!もしかして、雄太くんは節操なしの女好き哀れみ野郎というより、巨乳好きエロ河童って言ったほうが正しかったかなぁ!それなら、私じゃなくて立科さんなのも納得いくもんなぁ!」


 「あーもう悪かった悪かった!俺は節操なしの女好き哀れみ野郎です!頼むから、巨乳好きエロ河童とかいう不名誉すぎるあだ名だけは勘弁してくれ!」


 俺が白旗をあげて情けなく頭を下げると、千曲はふっと吹き出して、口元を手で押さえて笑った。栗色の髪がその笑いに合わせて小さく揺れる。なんとなくその光景に見覚えを感じつつ、俺は千曲の笑いに合わせるように苦笑いを浮かべた。

 不意に、リビングの扉が開いて、姉と立科が一緒になって入ってくる。立科の手には、ケースに入ったアコースティックギターが携えられていた。


 「おやおや、もしかしてお邪魔だったかな?」


 「いらん気を使うなよ、もう紅茶はとっくに冷めちゃったぞ」


 ニヤニヤと俺たちを見る姉の視線に、俺は呆れたようにため息をついた。


 

 

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