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修羅場4


 「おっまたー!さてさて、お紅茶とお茶菓子をお持ちいたしましたよお嬢様方!」


 姉は元気よくリビングルームに入っていき、俺はその後をノソノソと続いた。

 俺たちがリビングに入ると、立科はソファにチョコンと座っており、千曲は直立不動で立っていた。未だに緊張したような面持ちである。2人の間には妙な距離があって、そこから2人の心理的な隔たりが窺い知れるようだった。


 「千曲ちゃんなんで立ってんの!座って座って!」


 「そ、そんなそんな!非礼なことは出来ません!」


 「座るくらい全然非礼じゃないから!座って座って座りまくっちゃって!なんなら座りすぎて、地中に埋まっても良いよ!」


 「父さんの40年ローンで出来たフローリングに穴を開けようとするな。旅行から帰ってきたら泣くぞ」


 俺は茶菓子をテーブルの上に置いて、ソファが占領された時用に備えられた円状の座布団にあぐらをかいて座った。


 「まぁ、そんな帝国軍みたいにビシッと立たれても、戦争を思い出しちゃうから、千曲もソファに座れよ」


 「雄太その時生まれてないでしょ」


 俺が軽口を添えて千曲にソファに座るよう促すと、立科が流れるようにツッコミを入れた。その様子を見て、千曲は頬を膨らませて心底不服そうな顔をする。


 「あの、立科さんは昨日雄太くんと知り合ったばっかりなんですよね?随分ズケズケとした物言いですね」


 「はぁ?別に雄太が変なこと言うから、拾ってあげただけじゃん」


 やめてやめて、女の子同士でギスギスするのやめて。あと、俺のちょっとした小ボケを拾ってあげたって言うのもやめて。なんか惨めになるから。


 「まぁまぁ!お二人とも、お腹が空いて気が立ってるようですな!糖分とりな糖分!」


 姉はそう言って俺と同じように座布団にどかっと座った。大あぐらをかいて、太ももに肘を置いて頬杖をつく。なんでこんなガサツな態度を躊躇なく取る姉がモテるんだよ。俺の方がまだお淑やかだぞ。


 「ほれほれ!千曲ちゃんも座りたまえ!むしろ座りたまへ!」


 「い、いいんですか?では、お言葉に甘えて……」


 千曲はペコペコと頭を下げて、まるでソファを初めて見る人のように、おっかなびっくり腰を掛けた。相変わらず身を縮めていて、立科との間には絶妙な隙間が開いている。


 「えっと、それで?YOUは何しに日本へ?じゃなかった、千曲は何しに須坂家へ?」


 クッキーを貪りながら、姉は千曲に対して首を傾げて尋ねた。まるで俺から何も聞いていないかのようなそぶりをするところは、実に気の使える姉らしい。


 「えっと、その、立科さんが雄太くんの家に泊まっているって聞いて、それは見過ごすわけにはいくまいと思った次第で……」


 「ん?なんで?」


 「いや、その、私は雄太くんと契約を交わしている関係というか、もちろん口約束でしかないので、書面とかはないのですけど……」


 「契約?なにそれ?」


 「えっと、どう説明すれば良いのか、私にもなかなか難しいところではありまして……」


 「仮交際、でしょ」


 緊張からか、しどろもどろになっている千曲を横目に、立科はシラッとした表情で呟いた。


 「……はい」


 千曲は俯き加減で、なにやら気まずそうな表情で姉を見た。そりゃ、こんな変な関係をカミングアウトするのは憚られるところもあるだろう。しかも、それが相手の親族だというのなら尚更である。

 ふと、姉の方を見ると、マジか、と言わんばかりの顰めっ面を俺に投げかけてきていた。大方『まだそんなふざけた関係を続けていたのかこの意気地なし!』とでも言いたいのだろう。


 「……まぁ、なんか分からんけど、よく分かった!」


 「ええ!?分かったんですか!?」


 姉がリビングに漂う微妙な空気を変えようとしてパチンと手を叩くと、立科は眉を顰めて驚きの声をあげた。


 「うん!謎は全て解けた!実におもしろい!」


 「良いんですかそれで!?アタシは全然理解できてないですけど!?」


 立科は身を乗り出して、ブンブン首を振った。そりゃ、流れを全く知らない人からすれば、この関係マジで意味不明だもんな。


 「というか!そんな事言ったら立科さんが雄太くんの家に泊まっている事の方がよっぽど理解できないですけどね私は!」


 「そ、それは……アンタには関係ないじゃん!」


 「関係ありますよ!私は雄太くんの仮交際相手なんですから!」


 「だから、それが意味わかんないって言ってんの!交際相手ならまだしも、そんなよくわかんない関係のアンタに口出しされても困るからこっちも!」


 「困ってるのはこっちです!私は雄太くんの仮の彼女なんですよ!異性のお泊まりなんて、容認できるわけないじゃないですか!私だってお泊まりなんてしたことないのに!」


 「それはアンタと雄太が仮交際とかいう意味わかんなくて、うっすい関係値だからでしょ!仮とか言ってるから、アタシすらしたことあるお泊まりも出来ないんじゃないの!」


 「ちょっと本当に逆撫でするわねアナタ!良いですか?まず私が問題提起したいのは、そもそも私と雄太くんの関係値うんぬん以前の問題として、アナタが周囲への了解を取らずに同級生宅に宿泊しているのではないかという疑念であって……」


 「あーやめやめ!こんな可愛い2人が喧嘩なんてしないで!ケーポアイドルの2センターが裏で仲悪いの知っちゃったみたいな気分になるから!」


 「そうだぞ、メインヒロイン担当声優の2人がニコ生で明らかにギスギスしてたら嫌だろ。しっかり百合営業したのちに、マネキンとバイノーラルマイク用意して、2人が両サイドからちょっとエッチなワードを囁くASMR配信を会員限定で放送してこそ!真の人気女性声優というものだ!」


 「私たち女性声優じゃないから!」


 「そんなん求められても困るし!」


 俺が熱を込めて語ると、千曲と立科は息ぴったりに俺にツッコんだ。よし、これでさっきのギスギスした雰囲気は無くなったぞ、計画通り。

 すいません、本当は思っていたことを言っただけです。人気女性声優の皆様におかれましては、平素より、もっと沢山ASMR配信をしていただきたく。


 「まぁまぁ、こんなキモい弟に免じて、2人とも落ち着いて」


 「誰がキモい弟だ、ストレートすぎるだろその悪口」


 ヒートアップしていた2人も、差し当たって紅茶に口をつけて徐々にクールダウンしていった。ヒートアップとクールダウンってめっちゃ対義語なんだな。

 少し間をおいて落ち着くと、今度は2人一緒になってペコリと頭を下げた。


 「お見苦しいところをお見せいたしました!お邪魔しているというのに、なんとお詫びして良いやら!」


 「アタシもごめんなさい!雄太にもあやめさんにも気を遣わせちゃって!」


 「え、いや良いの良いの!むしろ根回ししたり無視したり陰口言ったり、遠回しに攻撃する女子が多い中で、こんな直接言い合いできる女の子の方がよっぽど健全よ!」


 確かに、女子の陰口とか無視による仲間外しの方が、タイマンの口喧嘩よりよっぽど残酷だし見てらんないもんな。


 「千曲ちゃんもごめん!なんか、失礼なこと言っちゃったよねアタシ!雄太と千曲ちゃんの関係にアタシが口出しできる立場じゃないのに!ホントごめん!」


 「私こそ、強く言っちゃってごめんなさい!立科さんの事情も勘案せずに、色々言ってしまって!」


 千曲と立科は、お互いに向き合って、先の言い合いを詫びあった。思うところあるだろうに、2人とも結構大人だなぁ。


 「ちょ、2人ともめっちゃ良い子じゃん!よし!2人ともウチに嫁に来なさい!」


 姉はそう言うと立ち上がって、ソファに座った2人を両腕で覆ってひしと抱きしめた。


 「日本は一夫多妻制じゃないから、2人とは結婚できないぞ」


 「じゃあ、私が立科ちゃんと結婚する!」


 「まぁ、それなら今の世相的には出来なくもなさそうだけど……」


 「で、千曲ちゃんとも私が結婚する」


 「俺独身じゃねえか」


 0夫3妻って、それもうただの百合じゃん。いや、仲睦まじい美少女3人なら、見てる分には良いけども。


 「もうホントに!こんな美少女2人を抱きしめることが出来てお姉ちゃん嬉しいよ!」


 「び、美少女だなんて、そんなそんな!」


 「いや、千曲ちゃんは紛れもなく美少女でしょ!」


 両手を振って謙遜する千曲に向かって、立科は身を乗り出して言った。


 「え、そ、そうかな?」


 「うん!アタシ最初見た時から、めっちゃ可愛いなこの子って思ってたよ!こんな美少女ウチの高校にいたっけって!」


 「そ、そうかな?立科さんみたいに可愛くてオシャレな人に言われると、かなり嬉しいかも」


 「てか、その栗色の髪のカラーリングとかツヤとか、気使ってるの見たら分かるもん!縮毛矯正かけてんの?」


 「いや、カラーはしてるし、スプレーとヘアアイロンで前髪作ってるけど、縮毛矯正はかけてないよ」


 「え!それでそんな綺麗な髪してんの!?すっごいホントに美少女遺伝子ですよあやめさんこの子!」


 「え、撫でていい千曲ちゃん!」


 「い、良いですけど……」


 「え!アタシも触りたい!良い?」


 「う、うん……」


 「うっわホントにサラサラ!羨ましいまであるんだけど!」


 「く、くすぐったいよ……」


 おい、俺の存在忘れてるだろこの人たち。俺を置いてけぼりに女子のやり取り展開するな、気まずいだろ。

 しかして、目の前で行われている光景は、混ざりたくなるほどに魅惑的なわけだが、百合に男が侵入するのはマジの御法度なので、ここは大人しくしておこう。


 「けど、立科さんもすっごく垢抜けてて美少女じゃないですか!」


 「うんうん!立科ちゃんも千曲ちゃんに負けず劣らず美少女でしょ!めっちゃオシャレだし!」


 「あ、アタシ?いや、オシャレもなにも、これ制服ですよ?」


 「いーや!それルーズソックスでしょ!一昔前のファッションを今時っぽく着こなしてるわけでしょ!」


 「え、これはリバイバルというか、平成レトロですよ。まぁ、私の場合は90年代の音楽シーンから入ったんで、流行りから入ったわけじゃないですけど……」


 「だからって、一歩間違えたら古臭くなっちゃうんだからそういうのは!着こなせてる時点で上級者でしょ!」


 「私はファッション未だによく分からないのに……勉強になります!」


 もうさっきからこの人たちが何言ってるのかさっぱり分からない。完全に蚊帳の外になってしまった俺は、手持ち無沙汰に紅茶をズズッと啜った。


 「てか、90年代の音楽なんて聞くんだ立科ちゃん」


 「え、もしかしてあやめさんも聞くんですか?」


 「まぁ、ちょっとだけ?こう見えて私軽音サークルですから!」


 「え?昨日テニサーって……」


 「あぁ、私サークル掛け持ちしてんのよ。テニサーと軽音サークル」


 「つまり飲みサーと飲みサーだな」


 「そうとも言う!」


 俺が苦笑いしながら茶々を入れると、姉は胸を張って得意げな顔をした。いや、今の皮肉なんだけど。飲みサーの兼サーとか少しは恥じらえ、なんでそんな自慢げなんだよ。


 「え、飲みサーなんですか?」


 「いや、ちゃんとライブも出たよ?デビューライブでギター弾いたし。その時に昔のバンドの曲やらされたから、それで90年代の曲とかもちょっとだけ覚えた!」


 「やらされたって言っちゃってんじゃん。それで?それ以降はライブに出たのか?」


 「出たよ舐めすぎ、1年も2年もボーカルで文化祭出たから」


 「ギターはどこ行ったんだよギターは」


 「だってしょうがないじゃん!デビューライブのためにテキトーに買ったら、アコースティックギターだから軽音じゃ使えないって言われちゃったんだもん!」


 「もう論外だろそれ。なんでそんなティッシュくらいペラペラの知識しかないアンタが軽音サークルなんて行ったんだよ」


 「え、なんか楽しそうだからよそりゃ。現に楽しいし!打ち上げとか!」


 「結局飲み会メインじゃねえか」


 この通り、ミーハーな姉はライブもテニスもせず、道具だけ持って安居酒屋でアルコールを摂取しているだけなのだ。しかして、ラケットもギターも、もはやファッションの一部と化している大学生というのは存外少なくなかったりする。しゃらくせぇ。


 「だってギターってムズいんだもん!指痛いし!」


 「そうして、せっかく買ったギターはアンタの部屋でホコリを被っているわけか。可哀想に」


 「ホコリは被ってないよ!だって全然ケースから出してないもん!」


 「ケースからすら出してないんかい。もう全然弾く気ないじゃんアンタ」


 「そうなんだよねぇ、勿体ないから誰かにあげようかなって思ってるんだけど……」


 「え!ホントですか!?」


 不意に、その姉の言葉に立科はもの凄い勢いで身を乗り出して声を上げた。急なその食いつきに俺たちが怯んだので、立科は誤魔化すように咳払いをして続ける。


 「い、いや、その、アタシ最近弾き語りやりたくて、それでアコギ欲しくて、けど買うお金もないからどうしようって思ってたんです……」


 「え、ウソマジ?じゃあ私がデビューライブ以来一度もケースから出してないアコギいる?」


 「その、良いんですか?なんか欲しい感じ出しちゃったアタシが言うのもアレですけど、だいぶ図々しいというか……」


 「良いの良いの!どうせ使ってないし!このままだと、女子大生使用済みギターとして、オークションアプリで売り捌くだけだったから!」


 「ちょっとでも高く売ろうとするな」


 しかし女の子の使用済みって、もうそれだけでとんでもない付加価値付くよな。現代の錬金術だろアレ、合法なのかは知らんけど。


 「……ホントに貰っちゃって良いんですか?その、お金になるのに」


 「た、確かに、私の使用済みにすることで、それなりの値打ちになる算段だった……」


 「おいこの人止めろ立科!このままだと、そのアコギがアコギとして使ってもらえない未来が来るぞ!音楽を愛するものとして、頼むからアコギを救ってやってくれ!」


 「た、確かに!ダメですあやめさん!アタシ貰います!ください!」


 「まぁ、そこまで言うなら……そっか!JKの使用済みの方が、より高く売れるってわけね!なるほど!」


 「なるほどじゃないです!アタシ売りませんから!大事に使わせて貰います!」


 すっとぼけたように姉が手のひらの上に拳を打つと、立科は首をブンブン振って人差し指でバッテンを作った。


 「じゃあ、付いてきて立科ちゃん!アコギ私の部屋にあるから、ちゃんと使えるか見て欲しい!」


 「あ、分かりました!いちおうエレキは持ってるので、チューニングくらいは耳だけで出来ます!」


 姉は立科を連れて立ち上がると、リビングの扉に向かって歩き出した。ふと、姉がこちらを振り返って訪ねてくる。


 「どうする?雄太と千曲ちゃんも付いてくる?」


 「4人で姉ちゃんの部屋に行ったら嵩張るだろ、俺はリビングに残ってクッキー食ってるわ」


 俺がそう答えると、少し間を置いて千曲は姉に軽く会釈して口を開いた。


 「わ、私も!雄太くんと残って待ってます!」


 「分かった!行こう立科ちゃん!」


 「はい!」


 2人はそう言って、談笑しながらリビングを後にしていった。


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