修羅場3
顰めっ面を浮かべながら、俺は自宅の玄関前に立っていた。後ろには、2人の女の子。
ふと、後ろからドサっと何かを落としたような音が聞こえた。なんか昨日も聞いたぞこの音。
振り返ると、案の定というべきか、バッグを地面に落として口をあんぐり開けている姉の姿があった。完全なるデジャブである。
「……美少女が……増えた」
はい、その通りです。
姉のその素朴な感想を聞くや否や、千曲はビシッと体を硬直させて、直角になるほど深々と頭を下げる。
「ち、千曲双葉です!よろしくお願いします!お、お噂はかねがね……」
「千曲に姉ちゃんの話なんてしたことないけどな」
「ゆ、雄太くんお姉さんいたの!?し、知らなかった……大変失礼いたしました!存じ上げず、とんだご無礼を……」
千曲はブーメランみたいな形になる程に深く頭を下げる。アボリジニなら勘違いして投げちゃうよ、いや投げるか。
「そんな変に畏まらなくて良いぞ。別に俺の姉ちゃん日体大出身じゃないから、そんな縦社会じゃないし」
「けど、雄太くんのお姉さんだから、ちゃんと挨拶しなきゃ!けど何にも用意してないよ今日、どうしよう……」
慌てふためく千曲を見て、姉は顎に手を当てて何事かを思案したのち、フンスと大きな鼻息を一息吹き出して、腰に手を当て胸を張った。
「まぁ、なんか知らんけど、可愛い女の子なんてなんぼあっても良いですからね!どうぞお上がりくださいな!」
姉はそういうと、俺を押し除けてドアを開き、どーぞどーぞと千曲に入るよう促した。
「す、すいません急に押しかけてしまって!」
「良いの良いの!えっと、なにちゃんだっけ?」
「千曲双葉です!」
「千曲ちゃんね!いい匂いのする可愛い女の子なんて、いつでもウェルカムですよ我が家は!」
「初対面の人の匂いを嗅ぐな。まぁ、こんな感じの姉だから、別に気負う必要はないぞ」
「さぁ、みんなでティーパーティーと洒落込みましょうや!立科ちゃんも千曲ちゃんも入った入った!ウチはいくらでも紅茶に砂糖入れて良いですからね!それが我が家の家訓ですから!」
「変な家訓勝手に作んな。汎用性が無さすぎるだろその家訓」
俺と姉がいつも通り下らないやり取りをしていると、立科はそれを見てクスクスと微笑するが、千曲は未だに緊張しきった様子でこわばった作り笑いを浮かべた。何をそこまで緊張する必要があるのだろうか。
4人は差し当たってリビングに赴き荷物を下ろした。
「ささ!立科ちゃんと千曲ちゃんは、ソファでくつろいどいてください!私とこの愚弟は、お飲み物と茶菓子をお持ちしますので!」
「誰が愚弟だ。てか、お茶なんて1人で淹れられるだろ」
「家父長制反対!男だろうが女だろうが、客人は全力でもてなすのが、我が家の家訓でしょうが!」
「家訓何個あるんだよ」
「良いから来なさい!」
俺は姉に強引に引っ張られて、台所へと連行された。昨日と全く同じパターンである。
台所へと着くや否や、姉は前のめりに俺に問い詰めた。
「誰!今度は誰!」
「え?」
「だから!また新たに連れてきた、あの茶髪の美少女は誰だって聞いてんのよ!しかもめちゃくちゃ可愛いじゃんあの子!立科ちゃんも可愛いけど、千曲ちゃんも意味わかんないくらい可愛いよ!甲乙つけがたい!アイドルグループダブルセンターだよ!じゃんけん大会ダブル優勝だよ!」
「それはただじゃんけんが強いだけだろ、ビジュアル関係なくなってるぞソレ」
「とにかく!なんなのあの美少女は!」
姉のその圧力に壁際まで追われた俺は、まごまごと口を開いた。
「千曲は、だから、その、前に話した女の子だよ……」
「前に話した女の子って……え!?あの子が雄太に告白してきた女の子なの!?」
俺はその問いかけに何やら気恥ずかしくなってしまって、微妙な表情を浮かべながらコクリと無言で頷いた。すると、姉は額に手を当てて、信じられないといった表情で天井を仰いだ。
「あんな美少女が、脈絡なく雄太に告白してきたってこと?そりゃ、美人局も疑いますわ!てか美人局でしょ!意味わかんないもんあんな美少女が雄太に告白すんの!100パー美人局!」
「おい、人に言われるのと自分で自虐するのじゃ全然ダメージが違うんだよ。あんま美人局とか言うな、悲しくなっちゃうだろ」
「けど、あんな可愛い女の子に言い寄られるって、第三者目線で見てもあんまり現実感ないもん!立科ちゃんもそうだけど、地方だから見つかってないだけで、原宿なら速攻スカウトされるレベルだよあの子は!」
確かに、地方というのは地理的懸隔によって芸能活動をすることのハードルが高く、ゆえにそういう世界とは無縁の野良の美少女が都市部より多かったりする。そういう一般人の美少女が結局1番良いよな、贈答用のパッケージされた花よりも、野に咲く一輪の花の方が良いよな。
「あんな子に告白されるって、雄太もしかしたら前世で国を救った英雄なんじゃない?あ、その割には友達少なすぎるか」
「はっ倒すぞ」
俺と姉は4人分の紅茶の準備を始めた。シンクの下の引き出しから、ティーパックを漁る。ティーパックとティーバックって語感があまりに似すぎてるよなぁ、思春期だとティーパックって言うのちょっと恥ずかしいもんなぁ。
「んで?なんで千曲ちゃんも家に来たわけ?あの子も家出パパ活少女?」
「違う、そもそも立科もパパ活はしてない」
「じゃあなんで来たの?」
紅茶を注ぎながら質問する姉に、俺は少し逡巡したのちに口を開いた。
「なんか、その、立科が俺の家泊まるって言ったら、私も泊まるって……」
姉は紅茶を淹れる手を止めて、目を丸くして茶菓子を漁る俺を凝視した。
「え、つまり、雄太の家に泊まってる立科ちゃんに、嫉妬したってこと?」
「え、いや、知らんけど……」
無論俺にもそういう都合の良くて浅ましい考えが頭をよぎった訳だが、非モテマインドが染み付いた俺には、そんないけ好かない予想を口に出すことはどうにも憚られた。
俺が歯切れ悪く答えると、姉は感嘆したような声を出した。
「ほぇー。なんか、マジで雄太のこと好きな感じのムーブじゃん。美人局なら流石にそこまではしないでしょ」
「だと良いけど、ほら、結婚詐欺かもしれないしな……」
「マイナス思考がすぎるっての!なんでそんな長期的に搾り取ろうとすんのよ!だったらもっと将来性のある男にするでしょ!」
「おい、俺が将来性ないみたいに言うな。身内を舐めすぎだぞ」
「じゃあ逆に聞くけど、普段から労働は社会悪だの、ニートという名のレジスタンスになるだの言ってる人間に、将来性があると思う?」
「そ、それは……」
確かに、俺が自分の将来性の高さを誇示しようとするということは、転じて俺が最も忌み嫌う労働および資本主義社会を自ら肯定してしまうことになる。おのれ、普段の俺の言動を逆手に取るとは、小癪な。
「クソ、なんにも言い返せねぇ……俺が労働へのアンチテーゼの象徴になるんだ、絶対に……」
「そんなことへの決意新たにするな!……あれ、なんの話してたっけ?まぁいいや」
4つのティーカップの乗ったお盆を持ち上げると、姉は俺の方に振り返って、目を細めて微笑んだ。
「……けど、良かったね」
「は?何のことだよ」
「関係、まだ続いてたんだって思ってさ。ほら、雄太あの子のこと、突き放したって言ってたから」
微笑する姉に、俺はポリポリと頬をかいた。
「……なんでだろうな」
「そんなもんだよ、人の縁なんて」
「……聞かないのかよ、なんで俺と千曲の関係がまだ続いてるのか」
「まぁ、話したいなら話してもいいけど。そこに紆余曲折あったとしても、結果良ければそれでよし。雄太とあの子の間に何が起こったとしても、それでもまだ繋がってるってことが、1番重要なの。そうじゃない?」
姉はそう言うと、自信ありげに俺にウィンクした。時折見せるその姉らしい姿に、やはりして俺は尊敬に近い念を抱いてしまうのだ。
「つまり!雄太と千曲ちゃんが結局エッチするのかしないのかが1番重要なのよ!男女が行き着く先ってのはそこしかないからね!」
前言撤回、全然尊敬出来ませんこの姉。
なぜかしたり顔の姉に俺は呆れたため息をつきつつ、2人はリビングへと向かった。




