相談3
姉は目をキラキラさせてどんどん俺に詰め寄ってくる。チュールを目の前にした猫のごとき表情である。
「ちょ、話聞いてたか?付き合って良いわけないだろこの状況で」
「だから!付き合っちゃえば全部のことが解決できるかもしれないってことよ!ヤッバ私天才かも!」
「待て待て!全く話が見えないんだが!?付き合うのがリスキーだって言ったろなんでそうなる!」
その勢いに俺が困惑していると、姉は一旦退いてソファに座り直し、人差し指を立てて説法を始めた。
「いい?つまり今の問題って、相手の告白の動機がわからないってことでしょ?だからそれを無問題化するために断ろうって考えてるんだろうけど、それは問題の解消にはなっても、解決にはならない、ね?」
「まぁ、そうだが、解決ったってその動機がわからないことには……おいまさか」
なんとなく姉の魂胆を推察出来た俺は、しかめっつらを浮かべた。おいおいマジかこの人。
「さっすが我が弟!理解が早くて助かります!そう、告白の動機が今わからないなら、探っちゃえばいいじゃん!あとはわかるでしょ、言語化よろしく!」
「おいアイディアを具現化する手間を人にやらせるな。あんた案だけ出してパワポとか人に丸投げするタイプだろ」
俺はため息をついて、姉が思いついたであろう案を言葉にまとめる。
「つまり、とりあえず付き合って、相手がなんで俺に告白してきたのかを探れば良いと、そういうことだな?」
姉が指をパチンと鳴らして俺にウインクする。
「ご明察!付き合ったほうが相手の狙いも動機も探りやすいでしょ?そんで、とりあえず雄太に可愛い彼女も出来て、一石二鳥!」
「それで、もし相手の動機がいかがわしいモノだったら?」
「そしたらあとは雄太の判断よ。その動機を受け入れて付き合うか、別れるか。いずれにせよ動機が分かったほうがモヤモヤせず済むし、しかもそれが受け入れられるなら可愛い彼女もゲットできる、受け入れられないなら別れれば良いだけ。なにこれメリットしかないじゃん最高!」
俺は少しばかり天井を見上げて深呼吸をした。確かに、ここでただ告白を断ってもしこりが残るし、なぜ俺に告白してきたのかは知りたい。とりあえず付き合ってしまえば、相手の真の狙いが分かる可能性は高いだろう。しかし。
「ちょっとリスキーじゃないか?仮に美人局だったらどうする、青姦に誘われて着いていったら屈強な男たちが待っててボコボコにされるとかいやなんだけど」
「まず青姦に誘われて着いて行かないで!それはもう雄太お得意のリスクヘッジすれば良いのよ、公共施設である学校空間で暴力とかはないだろうし、デートだってお昼に街中でとか、相手の家には行かないとか、もしお金を要求されたらその時点で別れるとか!相手のいかがわしい動機が見えた時点で別れちゃえば良いじゃん!」
「まぁ確かにそうなんだが、相手の女の子が普通の女の子ならそれでも良いんだけど……」
俺が眉を顰めながら言うと、姉は首を傾げて尋ねてくる。
「なに、普通の女の子じゃないの?能力者だったり、未来人だったり?」
「いや、むしろそんな分かりやすすぎるラノベ的展開なら逆に付き合ってたと思うけど。というか、ラノベ的展開ではあるんだがな……あまりに好きなラノベそのものすぎるというか……」
「そのもの?どういうこと?」
俺は少しばかり間をおくと、人差し指をピンと立てて姉の目をじっと見た。
「俺に告白してきた女の子、超絶美少女なんだ!」
「……は?」
唖然とした姉に俺は推しキャラの話をするオタクの如く説明を続ける。
「あえて言おう、彼女はまさに俺の理想の女性だ!顔、スタイル、佇まい、仕草、オーラ!どれをとっても完璧だ!正直言って、運命を感じてしまう程度には素晴らしい女性だった!」
「なんか雄太が3次元の女の子にそんなアツくなってるの初めて見た。てっきり本当に2次元にしか興味ないのかと」
「いや、正直俺もそう思ってたんだよ。2次元の女の子こそ至高だって思ってた。正確に言うとユナたそこそ至高だと思ってた」
「あー、あの、なんだっけ、雄太が好きな、俺のなんちゃら、みたいなラノベのヒロインでしょ?」
「『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』だ!テキトーに覚えんな!」
俺が口を尖らせながら姉を叱りつけると、姉は両手をかざしまぁまぁといったジェスチャーをする。
「ごめんって!最近のラノベタイトル長くて覚えらんないのよ」
「とにかく!俺はユナたそと結婚しようと思ってたわけで、3次元の女の子には興味がなかったんだが、いや厳密にいうと今も興味ないんだが……」
「どういうこと?」
訝しげな表情を浮かべ尋ねてくる姉に、俺は虚な目で自分自身でもいまだに信じられない心境を吐露する。
「正直、その子がユナたそに見えた……」
「……は?」
何を言い出すんだコイツはといった目をして姉が俺を見つめてくる。そりゃそうだ、当の俺ですら自分の気が触れてしまったのかと思うほどに変なことを考えてしまっている自覚がある。しかし。
「肩までかかるくらいの栗色の髪色も、言葉遣いも、表情や仕草も、何もかもがユナたそに見えて仕方がなかったんだ。正直、ユナたそが2次元から3次元に出てきたんじゃないかってくらいで……」
「……はぁ」
「そのうえ!遠くから口に手を当てながら大好きって言ってきて!それがまさしく俺の好きな1巻中盤のシーンとそっくりで!もはやそれを再現してるんじゃないかと思うほどで!」
呆れたような表情を浮かべる姉に、俺は恥ずかしくなってアタフタと早口で喋る。そうだよね、世迷言を言ってるように聞こえるよね、でも本当に、彼女は2次元から出てきたような存在に見えたんだよ。俺の目の前に突然現れた彼女は、俺の理想のヒロインにそっくりだったんだよ。
「あのさ、別に雄太を逆撫でするつもりはないんだけど……本当に女の子から告白された?幻覚とかじゃなくて?」
「逆撫でしてるからめっちゃ逆撫でしてるからそれ。てか、俺もそれ考えたんだよ。2次元ヒロインに恋焦がれすぎてついにユナたその幻覚が見えちゃったのかなって。でも物的証拠があるからな……」
「物的証拠?」
俺はポケットから封筒を取り出し、姉に渡す。
「これは?」
「呼び出された時に下駄箱に入ってた手紙」
「見ていいの?」
「まぁ、もしかしたら俺の妄想が見せた幻覚の可能性も捨て切れないからな、いちおう第三者に見てもらった方が良いかなって……」
姉は封筒から手紙を取り出し、中身にサッと目を通すとパタっと閉じて顔を上げた。
「うん、完全にラブレターだねこれ。字も丸くて明らかに女の子が書いてるから、雄太が書いて自分で下駄箱に入れた可能性もなさそう」
「やっぱそうだよな、ていうか、さすがに自分でラブレター書いて自分で下駄箱に入れて告白される幻覚見てたら末期すぎるだろ、冷静なのかイカれてるのかどっちだそれ」
「まぁそんな冷静にツッコミできるなら、正常な判断は出来てそうだね、よかった」
ともあれ、目の前に現れた俺の理想のヒロインが俺の作り出した虚像である可能性はなくなったわけである。いや、むしろあれが幻影であった方が問題は単純で良かったのかもしれないが。
「まぁ、妄言に聞こえるかもしれないが、その子がユナたそに見えたのは事実なんだ。むしろ寄せていってるんじゃないかと思ったね」
「それはまぁ分かったけど、それならなおさら付き合っちゃえば良いじゃんってことにならない?理想のヒロインなんでしょ?」
「だからそれが余計リスクなんだろ。俺はあの子の前だと普段より冷静さを欠くんだ、俺の渇望した2次元ヒロインがまさに目の前にいるような感覚になる。それでもしあの子が悪事を企ててたらどうなる?籠絡されて金を毟り取られて破産して、しまいにゃ鉄骨渡りすることになるぞ俺」
「そんな賭博黙示録みたいな展開になるかはさておいて、まぁかわいい女の子に男が騙されやすいってのには同意だね。恋すると人間はオラウータンくらいの知能になるって言うし」
「それオラウータンじゃなくてチンパンジーな」
「んだっけ?まぁ猿なんて全部一緒でしょ」
「日々生物を分類している学者先生に謝ったほうがいいぞそのパッションすぎる発言」
姉はうーんと両手を上にあげて伸びをする。
「でも、2次元にしか興味なさそうな雄太にそう言わしめるほどの女の子って考えると、確かに貢いじゃいそうではあるね」
「そうなんだよなぁ、お願いされたら多分俺臓器とか2、3個売っちゃうと思う、心臓とか」
「それ1番売っちゃいけない臓器でしょ。うーん、なるほどなぁ……あ、じゃあさ!その子との経過とか、全部私に報告するとかは!?」
姉はまたワクワクしたような表情で俺に提案してくる。
「つまり雄太がその子を本気で好きになっちゃって、貢いだりするのを防げば良いってわけでしょ?だったら、その子との付き合いで何があったか逐一私に報告すればヤバくなる前に私が止められるんじゃない?」
「……おいそれ良いように言ってるだけで、巧妙に俺の色恋沙汰に首突っ込もうとしてるだけでは?」
「え!?いやいや全然そんなこと思ってない思ってない!デートどこ行ったのとか手は繋いだのとかキスはいつするのとか聞くつもり全くないから!」
「おい詮索するつもりマンマンだろアンタ!むしろそれにしか興味ないだろ!」
姉はバレたかとムッとした表情を浮かべたあと、両手を腰に当てて居直ったように胸を張った。
「えーそうだよ!雄太が心配っていうのも事実だけど、弟の恋愛話に興味津々なのは認めますよ!」
「やっぱりじゃねえか!ついに開き直ったな恋愛脳!」
「でも、この提案は雄太にとっても悪くない話でしょ?付き合えば告白の意図を探れるし、もし騙されたり貢いじゃいそうになったら第三者である私が助ける。そのための情報提供として何があったのか経過を私に報告する。まさにwin-winだと思わない?」
確かに悪くない提案だとも思う。身内に恋愛の経過を報告するという思春期男子にはあまりに恥ずかしすぎることをしなければならないことに目を瞑れば、魅力的な提案だ。
「……そんなに俺の恋愛に興味ある?」
「ハッキリいって、政治より興味ある!」
「ダメすぎる!あんた有権者だろ、もっと興味持て政治に!」
今の若者って弟の恋愛より政治に興味ないの?それともこの姉がアホなだけだろうか、そうだと信じたい。
呆れ果てている俺に、姉は手を差し出して握手を求めてくる。
「これは協定だよ、私は雄太の恋愛の悩みに全力で協力する。その代わり、雄太は私にその子と何があったかくまなく報告する。さぁ、楽しくなって参りました!」
「盛り上がってんのアンタだけだけどな」
俺の前に突如現れた、推しキャラに瓜二つの女の子。しかして、その動機は未だ謎のまま。俺もこの問題を解決しないことには、モヤモヤしながら学校生活を送ることになるだろう。その真相究明に姉が協力してくれるなら、多少の辱めは不問にしても良いかもしれない。
俺は姉の手を取って握手を交わす。これは兄弟による、己の利得のための契りである。
「俺がマジで籠絡されてたら、その時はビンタしてでも目を覚させてくれよ」
「大丈夫、頼まれてなくても往復でやるつもりだったから」
「自分の弟に容赦ないなアンタ」
にっちもさっちもいかない問題に、幸か不幸か助っ人が現れた。この協力者の存在が吉と出るか凶と出るか。しかし、確実に歯車は回り始めた、そんな気がした。
「あ、エッチしたら詳しく教えてね」
「それだけは絶対言わない」