泊まり1
「えっと、これです……」
俺と一緒に家の玄関の扉の前に立っているのは、金髪美少女ギャルJK、立科乃亜。こんな派手な女の子が俺の家に来るなんて、もはや天変地異である。
「へー、結構きれいにしてんじゃん」
「いやまだ玄関だから、何も見てないだろまだ」
「これ、1回言ってみたかったんだよね」
「なぜ入ってから言わない」
取るに足らない会話をしながら、俺が玄関の扉に手をかけた瞬間。後ろからドサっと何かを落とした音が聞こえた。
「ゆ、雄太……?そ、その子、え、え……」
やばい、帰宅してきた姉と完全に鉢合わせてしまった。カバン落としてるカバン、そんなに衝撃的だったのかよ。
とはいえ、どのみち姉には事情を説明しなければならないわけで、紹介の手間は早いに越したことはない。
「えっと、その、まぁ、なんていうか、この子、今日から俺の家に泊まることになった、よろしく」
「いや、それだけじゃよろしく出来ないんだけど」
こんな狼狽えている姉は初めて見たぞ。どんだけ信じられない光景なんだよコレ。まぁ、それには同意だけど、俺もいまだに信じられないけど。
すると、立科は俺と姉の間に入って、ペコリと頭を下げると、ニコッと笑って挨拶をした。
「立科乃亜と申します!今日から、須坂くんのお家でお世話になります!お姉さまにはご迷惑おかけするかも知れませんが、よろしくお願いします!」
「……愛想は良いんだな」
「ちょ、黙って」
立科は能面のように張り付いた愛想笑いを浮かべながら、俺の手をつねった。痛えよ、加減しろ加減。
そんな俺たちの様子を見ていた姉は、なんだか嬉しそうな表情に変わって、バシバシと俺の背中を叩いた。
「弟!やるじゃん!まさかあの話が本当だなんて!いや疑ってたわけじゃないけどね!こう、本物を目の前にすると、やっぱり、なんかこう、すごいわ!うん、すごい!」
「は?なんの話だよ、語彙力終わってんだろ」
「はい!雄太の姉の須坂あやめです!気軽に美味しいもの大好きネキとお呼び!」
「はい!よろしくお願いします!あやめさん!」
「おや?意外と強情な子だね、雄太いい子捕まえたじゃん!」
「いや、そんなんじゃないから!」
何か先ほどから少しだけ話が噛み合ってないような気がするが、そんなことはよそに姉は勢いよく家の扉を開けた。
「はいどーぞ!そんなに広くない家ですけど!まだローンが30年も余ってますから!私たちのお父さんのなけなしの給料ではこれが限界でした!」
「不在の父親をみだりに傷つけるな、可哀想だろ」
やはりして、世の父親とはATMとして扱われているきらいがある。男はつらいよ、ねぇ寅さん。
「お邪魔しまーす!」
俺が男性の肩身の狭さを嘆いてげんなりしているのを尻目に、立科はニコニコと我が家に入って行った。
女の子が俺の家に入るなんて、姉の友達などを除いたら、人生初の出来事である。いや、厳密には幼馴染も小学校の頃までは来ていたが、疎遠になって以降は来ていないし、小学生なんてノーカンみたいなものだ。
「ささ!どーぞこちらへ!」
「ありがとうございます!」
姉は調子よく立科をリビングへと案内した。俺はモソモソとその後に続く。
「ささ、ソファに座ってもろて!」
「え!悪いですよそんな!お構いなく!」
「いやいや、遠慮せんと!座ったらええですやん!」
「なんでエセ関西弁なんだよ、キャラ定ってなさすぎだろ」
「そりゃそうでしょ!雄太がいきなり彼女連れてきたんだから!私だってどう振る舞って良いか分からないでっしゃろ!」
「もう何弁だよそれは、あと彼女じゃないし」
俺と姉がくだらない言い合いをしていると、それを見て立科はクスッと笑った。
「ふふ、ごめんなさい、ちょっと面白くて」
「……え、何この子、超かわいい」
姉はまるで稲妻でも走ったかのように驚嘆したような表情を浮かべると、勢いよく振り返ると俺の手を強引に引いて台所の方へと歩き出した。
「私たちお茶入れてくるから!本当にソファ座ってて良いから!てか座ってて!」
「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
「はい!もう甘えまくっちゃってください!ほら、雄太!お茶淹れるよ!」
「ちょ、お茶は1人で淹れられるだろ!」
「2人で淹れた方が2倍美味しいから!ほら早よ早よ!」
「バカすぎるだろその理論!そんな単純じゃねえよ茶道舐めんな!」
俺は姉に強引に手を引かれ、台所へと連れられた。
そして、台所に着くや否や、姉はヒソヒソと俺に話しかけてくる。
「あの子でしょ!」
「は?なにが」
「だから、雄太が前に告白されたって言ってた女の子!あの子でしょ!正直言って半信半疑だったけど、ホントにいたんだ!しかもむちゃくちゃ可愛いじゃん!天使だよ天使!」
「ちょっと疑ってたんかい、てか、それは違くて……」
「でも、美少女とは聞いてたけど、思ってた子とだいぶ違うね!めっちゃ垢抜けてるじゃん!金髪じゃん!大学生でも、あんなオシャレな子なかなかいないよ!」
「いや、だから違くて……」
「しかもおっぱいもおっきいし!雄太はてっきり、もっとこう、大人しい見た目だけどおっぱいはおっきい女の子がタイプなのかと思ってたよ!あんなパツキンのパイオツカイデーなチャンネーを連れてくるなんて!」
「昭和のオッサンかアンタは!あと、そんなに俺のこと巨乳好きだと思ってたの?」
「え、そうでしょ?」
「いや、それはまぁ、否定できないけど……」
確かに俺は巨乳も好きだが、貧乳を気にして恥じらっている女の子の方が、むしろ好きだったりする。
具体的に言うと、俺が他の人の巨乳をつい見てしまった時に、貧乳の彼女に手を引っ張られて、ジトッとした視線で『彼女の私にはこれだけしかなくて、悪かったですね〜』とか言われたい。そういうのが好き。
どうでもいいわこんな話。
「じゃなくて!あの子は前に言った、俺に告白してきた女の子じゃない!」
「……ほへ?」
俺がそう言うと、姉は気の抜けた声を出して首を傾げた。




