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出会い1


 青天の霹靂、という言葉がある。

 

 予想だにしない出来事が突然起こるという意味の故事成語なんだそうだ。まぁ、つまるところ、俺には関係のない、いや、最近までは関係のなかった言葉である。


 4月、俺の平凡な人生に、突如として雷鳴が轟いた。夢にまで見た、大好きなラノベのような展開。思い描いた、理想のヒロインとの邂逅。しかして、それはあまりに突然のことで、平凡な人生を受け入れ、満足していた俺にとっては受け入れ難いものでもあった。

 信じられない僥倖に遭遇すると、何かバチが当たるような気がするのは、何も俺に限った話ではあるまい。

 しかして、人間とは恐ろしいほどに慣れる生き物で、5月に入った今になっては、その未だに幻惑でも見ているのではないかという現実もかろうじて飲み込み始めていたのだ。


 そんな折、またしても霹靂が、俺の生活を突き刺した。


 「この人、雄太は私の、彼氏だから!私たち、付き合ってるから!」


 俺の腕をひしと抱き寄せ、離れないようにしっかりと指を絡ませ俺の手を握りしめる金髪の美少女。その豊満な胸の感触が俺の二の腕の感覚を鋭敏にさせて、つい煩悩が頭を支配する。男とは、自らの性欲の前では実に無力な生き物だ。

 いや、そんなんどうでもいいわ。どうしてこんな状況になった。


 俺はここまでの道筋を思い出そうと記憶をなぞって、5月の澄んだ夜空を仰いだ。季節の移ろいが、空にかかった春の霞をはらって、星の瞬きを俺の網膜に届ける。

 処理が追いつかずショートしそうな脳を一回再起動させんと停止させた俺の口からは、ただ乾いた笑い声が出た。

 はて、これまでどうで、ここからどうしたものか。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 時はゴールデンウィーク前まで遡る。


 教壇の前に立ち尽くした俺は、苦々しい顰めっ面を浮かべていた。


 「……え、俺ゴールデンウィーク補習なんですか?」


 力なくカバンを背負った俺を教壇の上に立ったまま見下ろすのは、このクラスの担任である岡谷教諭。彼女は英語の教科担任も務めている。


 「ザッツライト!」


 「……いやそんな明るく言われても1ミリも嬉しくないです」


 「ミスター須坂、あなた1学期初めの春休み明けテストで、英語が学年ワースト10に入ってたのよ?1年生の範囲があまりにもバッドなボーイズアンドガールズには追加のレッスンをするという話になったの」


 「ちょっとその……無理です」


 「ドンウォーリー!今はイングリッシュに苦手意識があるかもしれないけど、補習を受ければきっとインタレスティドゥなエクスペリエンスになるわ!」


 もう後半何言ってんのか分からなかったぞこの人。しかも見たことあるしこの芸風、こんな芸能人いただろ。なんだっけ、カレールー大島だっけ?世代じゃないから忘れたけど。


 「えっとその……ゴールデンウィークは予定が……」


 「え、何かスケジュールがあるの?ファミリートリップ?」


 「えっと……まだ追えてない今期のアニメを見る予定がありまして……」


 「そう!つまりスケジュールはナッシングなのね!思った通り!」


 おい、アニメを見る予定を勝手にナッシングに換算するな。家族旅行くらい大事な予定だろ。いや世間ではそうじゃないのかもしれないけど。あと思った通りってなんだ、そんな予定なさそうに見えんのか俺。


 「いや、それだけじゃないです……マンガも読みたいし、ラノベも読みたいし、あとは好きなVTuberの配信とかも見たいし……」


 「うんうん!インアザーワーズ、ユードントハブエニープランズ、オーケー?」


 「……え、どういう意味ですか?」


 「ユードントハブエニープランズ、オーケー?」


 「……はい?」


 「やっぱり追加レッスンが必要ね!」


 おい試しやがったな。あと多分だけど英語で失礼なこと言われただろコレ。

 ふと、振り返って放課後の喧騒に包まれている教室を見やると、真ん中あたりの席に座っている千曲双葉が俺と岡谷教諭のやり取りをカバンを抱えながら見ていた。口に手を当てて今にも吹き出しそうな笑みを浮かべている。おい、あんま笑うな、恥ずかくなっちゃうだろ。


 「……その、将来英語使う予定とかないので」


 「イングリッシュが使えると世界は広がるわよ!インザパスト、私がカリフォルニアに行った時に、アメリカンとイングリッシュでコミュニケーションをとって、沢山のアメリカンのフレンズが出来たわ!」


 「いや、俺日本語ペラペラですけど、日本人の友達いないですよ」

 

 「えっと……そ、そうね」


 やばい、いつもの感じで自虐したら、めっちゃ微妙な空気になったぞ。なんかごめんなさい。

 ともあれ、英語というのは結局コミュニケーションのための手段であり、コミュ力あっての物種なのである。つまり、日本人とすらろくにコミュニケーションが取れてない俺に外国人とコミュニケーション取るためのツールを学ばせようとするのはおかしな話なのだ。英語以前の問題なんだよこちとら。


 「エニウェイ!追加レッスンはやるわ!エーエムだけだからドンウォーリー!」


 「えっと……どうしても休みたいです……」


 せっかくの長期休みに学校に来るなんて絶対に嫌だ。俺は泣きそうになりながら、ボソボソと抗弁する。


 「アクチュアリー、ミスター須坂はこのままだと、イングリッシュの単位がデンジャーで、リピートアイヤーになってしまうわよ?」


 「え、なんですか?どういう意味ですか?」


 「インショート、留年しちゃうわよ?」


 マジかよ、そんなにテストの点数悪かったのか俺。外国人とコミュニケーションを取る予定のない俺は英語を極限までサボってきたわけだが、まさかこんな形で仇となるなんて。


 「え、じゃあこの補習って、つまり留年予備軍の救済措置ってことですか?」


 「ザッツライト!」


 「そんな明るく言わないでください……」


 指をパチンと鳴らしてその通りと指をさす岡谷教諭を見て、俺はへなへなと項垂れた。

 そんな状況だと、さすがに出席しないわけにもいかない。はなから推薦を諦めている俺は学校の勉強をおざなりにアニメにゲームにラノベと2次元に時間を割いてきたわけだが、そのつけが今になって噴出したわけである。

 補習受けるしかないのか、めんどくせぇ。


 「レッスンは2限の時間に、月火水の3日間!ちゃんと来てね!レッツエンジョイ!」


 エンジョイ出来るか。せっかくの休み奪われてんだぞこちとら。

 岡谷教諭は置いてある教科書やら書類やらを抱えて、足早に教室を去っていった。


 「……マジか」


 俺が完全に脱力してフラフラと振り返り、教室後方に歩いて行くと、肩をポンポンと叩かれる。

 目の前には、ニヤニヤと笑う美少女、千曲双葉の姿。そのイタズラっぽい笑みは、俺の愛する2次元キャラクター、沓澤ユナを彷彿とさせるほどに魅惑的であるが、今の気分では少しばかり癪に触るところもあった。


 「なんかその、面白い話してたね」


 「おい、イジってるだろ」


 「イジってないよ!その、なんか、笑っちゃっただけ」


 「それをイジってると言うんだよ」


 俺が顰めっ面を浮かべると、千曲は右手の拳でコツンと自分の頭を叩いてニヤッと目配せした。チクショーバカにしやがって、あと可愛いなおい。


 「けど、せっかくのゴールデンウィークなのに、学校来なきゃいけないなんてね。どれだけテストの点数悪かったんだろう?」


 「おい一部始終聞いてんじゃねえか。やめて恥ずかしいから」


 「なんか可哀想だし、ゴールデンウィークに雄太くんと会いたいから、私も補習受けよっかな?」


 「え、千曲も補習対象なのか?」


 「ううん?違うけど。私英語満点だったし」


 マジかよ、めちゃくちゃ頭良いじゃんこの人。


 「あのテスト満点だったの?日本語で書いてないから何書いてるかさっぱり分かんなかったんだけど」


 「英語のテストなんだから当たり前だよ……というか、やった範囲の復習しか出てなかったから、なにをどうやったらそんな低い点数取れるのかって感じのテストだったよね!」


 「どうやら俺を辱めるために声をかけてきたみたいだな……」


 「うーん、まぁでも、私も勉強全然足りないから、補習受けたいって先生にお願いしようかな?」

 

 「嫌味すぎる!補習受けるヤツ全員に嫌われるぞそれ……」


 「雄太くんも嫌うの?こういうちょっと悪い部分がある子の方が、好きなんじゃないの?」


 「いや、まぁ、嫌いではないけど……」


 「えへへ、じゃあ他の誰に嫌われても知らなーい!」


 千曲はそう言って、手を後ろで組んで前屈みになり、俺を上目遣いで見上げた。

 そんな演じているような嘘くさい挙動さえも、千曲にかかれば絵になるのだから、美少女というのは罪な生き物である。


 「けど、補習が必要ってのは嘘だけど、雄太くんに会いたいっていうのは本当だよ?」


 「だからって成績優秀者が補習に参加するのは意味わからないだろ」


 「そうだね、だけどね!私ゴールデンウィーク、火曜と水曜は暇なの!だから、その日は補習帰りに迎えに行っていい?」


 「は?いやいや、それでまた目立ってもアレだろ。補習受けてない人間が、わざわざ迎えに来てたら、目につくだろソレは」


 「むー!じゃあ、目立たないところで待ち合わせにすれば良いじゃん!ほら、駅前のコンビニとか!」


 「いや、そこ目立つだろ」


 「目立たないよ!北口の方のコンビニなら、東高生はあんまり行かないでしょ?」


 我が野中東高校に駅から通う場合、南口を利用することになる。千曲の言う通り、北口の方に我が校の生徒が行くことは稀だ。


 「……千曲も休みだろ?昼の14時まで寝なくて良いのか?」


 「休日その時間まで寝てるの雄太くんだけだから!」


 別にそんなことはないだろ。ブラック企業の労働者とか、平日残業続きで休日は寝て終わるとか聞いたことあるし。まぁ俺は労働者じゃないけどね。帰宅部だから毎日定時で上がってるし。


 「……そんなに迎えに来たい?」


 「迎えに来たい!だってそうしないと、学校ないからずっと雄太くんに会えなくなっちゃうもん!会いたいよ……」


 千曲はそう言って、寂しそうな顔で伏し目がちに俺を見た。クッソなんでこんなに可愛いんだこの子。瞳をウルウルさせるな、溺愛しちゃうだろ。


 「うーん、まぁ、別に俺は構わないけども……」


 「ホント!?やった!じゃあ、火曜と水曜はお昼に北口のコンビニのアイスコーナーで待ち合わせね!そこから電車に乗って、2人で遊びに行こ!」


 こんな美少女にデートを提案されるなんて、いまだに現実感がなくフワフワとしてしまう。いつになったら慣れるのやら、いや多分一生慣れないだろうな。

 てか一生って、それ俺と千曲結婚してるだろ。いかんいかん、どうやら俺の脳みそは妄想猛々しくそんな図々しいことを無意識のうちに考えてしまっているらしい。


 「……月曜は?」


 「え?」


 「月曜も俺は補習なんだけど、その、なんか予定とかあんのか?」


 「え、もしかして……気になる?気になっちゃってる?」


 目線を逸らしながら俺が質問すると、千曲は嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべて、俺に顔を近づけて煽ってきた。


 「いや、別にそんなんじゃないけど……」


 「ねぇ!気になるんでしょ!私の月曜日の予定が!気になるんでしょ!うわー!かわいい!」


 千曲は目を輝かせて、俺の頭をヨシヨシと撫でた。いや、悪くない気分だけども。美少女に飼われてるペットのこと羨ましいなと思ったこととかあるけど。

 俺は千曲の華奢で色白な手を煩わしいような表情で払いのけた。


 「別に気になってないし!誰との予定があるのかとか全然気になってないし!」


 「え!私が誰と遊ぶのか、気になるんだ!へーそうなんだ!えへへ!」


 「いや、全然興味ないから!千曲のこととか、全然興味ないから!勘違いしないでよ……あれ、いつのまに俺はツンデレキャラに移行した?俺のツンデレに需要ないよね?」


 「あるよ!めちゃくちゃあるよ!」


 ねえよ。誰が主人公がツンデレのラブコメ見たいんだよ。鈍感ヒロインが主人公からの不器用なアプローチに全く気付かないラブコメ、心痛くて見てられねえよ俺は。


 「少なくとも私には需要ありまくりだよ!かわいすぎる!養いたい!扶養に入れたい!」


 「いや、いざ本当にヒモになれるとなると、それはそれで罪悪感が……あれ、何の話してたんだっけ?」


 話がこれ以上脱線してしまうと、元に戻れなくなってしまいそうなので、俺はブレーキを踏んで車輪を止めた。


 「あーそうそう!雄太くんが私の月曜日の予定気になってるって話ね!」


 「いや、その、別に詮索する気はないし、話したくないなら話さなくていいけど……」


 「もしさ……私が男の子と遊ぶって言ったら、どうする?」


 そう言って首を傾げる千曲を見て、俺は生唾を飲み込んだ。いや、別にそう言われたところで、止める権利など俺にはないわけだが。

 俺はどういうわけか心に生じたモヤモヤを払いのけて、理性的に考えた答えを口にする。


 「どうするって言ってもな……楽しんできてくれとしか……」


 「……雄太くんは男性向けラブコメだけじゃなくて、少女漫画も少しは読んだ方が良いよ」


 千曲はあからさまにガッカリした表情を浮かべて、抱えたカバンを背負って教室の後ろの出入り口に向かって歩き出した。俺はその後を追うように、ノソノソと歩く。


 「少女漫画を読んだら、どうなるんだ?」


 「さあね。けど、あんな0点の回答はしないんじゃないかな?」


 「え、そんなに俺の回答ダメだった?」


 「うん。補習確定レベル」


 良かったー、学校の教科に恋愛がなくて。もしあったら、危うく英語と恋愛で2教科も補習になるところだった。


 「じゃあ、いちおう模範回答を聞きたいんだけど」


 「えー、うーん、壁際まで私を追いやって、壁ドンして、俺以外の男と遊ぶなって耳元で囁く?とか?」


 あー、無理です。そんな恥ずかしいこと俺には出来ません。というか、それやって許されるのイケメンだけだろ。


 「……それ、創作だからよく見えるだけで、現実でされたら好きな人でも引くだろ、いや知らんけど」


 「じゃあ、雄太くんは創作の中の振る舞いを現実の女の子にされたら、引いちゃうの?」


 それを理想のヒロインに言われてしまうと弱る。俺は頭をポリポリとかいて、口を窄めて答えた。


 「いや、それは、悪くない気分です、正直」


 千曲はその答えに少し安堵したような表情を浮かべて、ニコッと笑った。


 「それと一緒だよ。私も好きな人からだったら、ちょっとくらい自己陶酔的な振る舞いされても、ロマンチックって思ってドキッとしちゃうよ」


 「いや、でも俺だよ?」


 「雄太くんだからなの!」


 「そんなもんかね……」


 女の子の考えていることってのはやはりよく分からん。俺はその難解さに首を横に振った。


 「……月曜日、芽衣ちゃんたちと遊ぶの」


 「え?」


 「だから!月曜日は文系クラスで出来た女の子の友達と4人で駅前で遊ぶの!これが月曜日の予定!」


 俺はそれを聞いて胸を撫で下ろした。そうか、ちゃんと千曲は友達を作って楽しく高校生活を送れているのか。良かった良かった。

 いや、違うからね?男と遊ぶ予定じゃなかったことへの安堵じゃないからね?俺ツンデレキャラじゃないからね?

 はて、俺は誰に言い訳をしているのだろうか。


 「……そうか、楽しんできてくれ」


 「うん、ありがとう」


 俺が安心した気持ちになってゆっくり頷くと、千曲は微笑んで俺に応えるように頷き返した。

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