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相談2


 「えーと……」


 手を前について近寄ってくる姉。俺は冷や汗をかきながら後退りする。本当に面倒なことになってしまった。


 「えー、まぁ、というのは冗談で、俺が女の子から告白されるなんてあるわけないじゃないですか、アハハ……」


 「……まーそれもそっか、アンタが女の子から告白されるなんて、万に一つもないか」


 そう言うと、姉は考え直したかのような表情でソファに座り直した。いや、こうもあっさりと引き下がられるとそれはそれで癪に触るんだが。


 「なーんて!言うと思った?告白されたなんて意味のない嘘、アンタがつくわけない事くらいわかるっての!」


 そう言うと、姉はまた前屈みになって俺に詰め寄ってきた。

 ですよねー、さすがにもう回避できそうもありませんよねー。


 「ほら、女の子に告白されたってもう自分で言っちゃったんだから、とっとと白状しなさい!」


 「おい自白強要だぞそれ!こうやって無実の罪によって裁かれる人が後を絶たなくなるんだ!過剰な取り調べ反対!デモ起こすぞ!みんな新宿に集まれ!」


 「話を逸らさない!別に良いじゃない女の子に告白されるなんて誉れじゃない!お姉ちゃん遂に弟に春が来たのかと思うと泣きそうだよ」


 「あーもう鬱陶しい!思春期の男子の心にズカズカ入り込んで来るな!ほっといてくれ!」


 俺は手をブンブン振り回して姉の手を振り解こうとするが、逃すまいと蛇みたいにまとわりついてくる。なんでいっつも割と他人にドライなくせに、弟の色恋沙汰にはこんなに粘着質なんだこの人。


 「アンタに彼女が出来たなんて放っておけるわけないじゃない!全然そういうのとか興味なさそうで心配してたんだからこっちは!いい?まず女の子ってのは自分の話に共感してほしい生き物なの!だからアドバイスとかはしようとせずに、黙って話を聞いてあげる!それから……」


 「だーもう勝手に恋愛講座始めんな!受講しません俺!あと、彼女が出来たなんて一言も言ってないだろ!」


 俺が姉を振り解こうと身を捩りながらそう言うと、姉はピタリと止まってキョトンとした顔をした。


 「へ?だってさっき雄太、女の子に告白されたって……」


 「……だから、告白されたイコール彼女が出来たってことではないだろ」


 俺が罰が悪そうにモゴモゴ喋ると、姉は頭を抱えてありえないと言わんばかりの表情を浮かべた。


 「ちょ、嘘でしょ、まさか、告白されて断ったってこと?」


 「いや、別に、まだ断ったわけじゃないけど、断る予定というか、彼女ができる予定はないというか……」


 なんだかさっきから結局全部喋ってしまっている気がする。俺が心を許せる数少ない人間である姉には、なんだかんだいっつも全部喋ってしまうのだ。全く別のタイプの人間である反面、俺のことを割と親身になって考えてくれているということで、無意識に頼りにしてしまっている部分があるのかもしれない。ウザいけど。


 「え、それ本気で言ってる?せっかく告白してきてくれた女の子を、振るの?」


 「いや、これにはその、まぁ複雑な事情というか、エベレストより高く、マリアナ海溝より深い理由があんだよ……」


 不意に、姉は俺の両肩をガシッと掴んで大きな瞳でジッと見つめてきた。


 「お姉ちゃんはね、雄太に彼女が出来れば良いなって思ってるの。もちろん、余計なお世話だってことくらい理解してるつもり、けど、雄太は良いとこたくさんある割になんだか不器用で損してる感じして、それが彼女とか出来たら変わるんじゃないかなって」


 「はぁ、まぁそりゃありがたい……」


 「今日の雄太、やっぱなんか悩んでそうに見えるし、もしそれが告白のこととか、それを振る理由とかに関係してるなら、話せる範囲で私に聞かせて?」


 まぁ、なんだかんだこの人は良い人なのだ。俺のことをこんなに心配してくれる人もそうそういないだろう。

 しかし、こんな変な悩みを相談して良いのだろうか?ただでさえ俺も今なお整理できていない問題なのに。


 「うーん、なんか人に言って解決するような話じゃないというか、本当に変な話ではあるから」


 「そんなの、話してみなきゃわかんないでしょ?三人寄れば文殊のなんとかって言うし」


 「知恵な、知らないなら無理にことわざとか使わなくて良いぞ、そもそも俺たち今2人だし人数足りてないし」


 俺のツッコミを横目に、姉は自分の胸を握り拳でドーンと叩いて胸を張る。


 「言っとくけど、恋愛の経験に関してはお姉ちゃん相当自信あるよ?ハッキリ言って、雄太とは比べものにならないくらいには経験してる自信あり」


 「うっへぇマウントきっつ。さすが陽キャ様ですわ」


 「はっはっは!どうだ参ったか!」


 どうやら俺の皮肉は全然効いていないらしい。ポジティブなんだか馬鹿なんだか。

 しかして、俺の恋愛経験値があまりに乏しく、翻ってこの姉の恋愛経験値がかなり高いことだけは疑いの余地がない事実である。無論、俺の今の懸案事項が果たしていわゆる恋愛と言い切って良いのかには疑問符が付くが、なぜ女の子が告白してきたのかという疑問に焦点を当てるのなら、女性側の意見を頂戴するのは理にかなっている気もする。


 「さぁさ、この須坂あやめこと、恋愛マスターに話してみそ?」


 「それだと恋愛マスターが本名になっちゃうけどな」


 このちょっと頭が残念な姉に頼るのは少しばかり癪ではあるが、俺にはない視座が得られるかもしれないのは確かだ。

 

 「ちょっと長くなるけど」


 俺は姉に今日あったことを洗いざらい話した。

 告白されたこと、その女の子が今日転校してきたばかりであったこと、告白になんの脈絡もなかったこと、それを追求した時にかわされてしまったこと。事実ベースで事細かに説明した。


 「……と、まぁこんなことがあって、家に帰ってきて今に至るって感じだ」


 「ふーむ、なるほどねぇ……」


 姉は顎に手を当てて目を瞑り、何事かを思案したのちにパッと目を開いて俺に尋ねた。


 「え、どういうこと?」


 「やっぱそういう反応になるだろ!いや、見えてたけどね!話して解決するようなことじゃないことは分かってたけどね!」


 「あーごめんごめん!想像してたやつと全然違う話だったからビックリしちゃって!」


 まぁ、こういう反応になるのも無理もないだろう。俺が他人からこの話をされてもなんて言って良いかわかんないし。


 「まぁつまり、なんで告白してきたのか理解できなさすぎて簡単にOKなんてできないし、モヤモヤするってことね?」


 「端的に言うとそんな感じだ」


 ひとしきり話を頭で整理できたのか、姉は頬杖をつき、ムスッとした表情で俺を見てくる。


 「てか、それ全然恋愛の話じゃないじゃん!もっとなんかこう、ウブな高校生の青春みたいな!他に好きな人がいてみたいな!今まで友達だと思ってた女の子から告白されて気持ちは嬉しいけどやっぱり友達としか見れなくてでももう告白されちゃったから今まで通りの関係性じゃいられないみたいな!そういうのを期待してたのに!」


 「知るか!勝手に弟の恋愛模様を詳細に妄想するな!」


 「それもはや恋バナじゃないじゃん!なんていうか、恋愛というより、謎解き?とかじゃん!なーんかつまんない!」


 「つまんない!じゃねえよ!アンタにエンタメ提供するために話したわけじゃねえぞこちとら!」


 やっぱりこの人はそういうのを期待していたらしい。親身なフリしやがって、騙された。


 「えーもうわかんないそれは!謎解きとかは雄太の方が得意なんじゃない?私パスかも!」


 「話させといてそりゃないぞ!勝手にパスすんな!シュートを打てシュートを!」


 姉はガックリと項垂れて、目の前に置いてあったレモンティーを一口飲んで口を潤した。おい、それ俺の俺の。兄弟とはいえ異性なんだからもうちょっと間接キスとか気を遣ってくれよ。


 「むー、てか、ホントに告白される心当たりとかないの?実は登校中に食パンをくわえたその子とぶつかって、たまたま同じ学校の同じクラスだったとか」


 「そんな漫画的展開ないし、仮にあってもその段階ではむしろお互い犬猿の仲だろ漫画だったら。その時点で好きになって告白しちゃったら1話で最終話じゃねえかそのラブコメ」


 しかし、もはや現実世界で食パンくわえた女の子とぶつかったら、多分運命めいたモノを感じてしまうだろうとも思う。まぁ、だからといってそれが決め手で告白するのはあまりにフィクションに毒されすぎているとも思うが。


 「ホントに心当たりないの?」


 「本当にない。そもそも、俺だってクラスの男子たちが転校生が可愛すぎるってホームルームで騒いでたからかろうじて知ってただけで、話したことすらなかったし」


 「だー!だってもう心当たりないって言われちゃったら私なんもできないし!はー、マジでなにその話……」


 「俺だって意味わかんねえよ……」


 分かっちゃいたが、やはり人に相談して解決するようなことではないらしい。自分の中で心当たりを探すか、まぁなんにせよ千曲双葉の企みがわからない以上、告白を断るのはマストか。


 「まぁ、美人局だろうな十中八九。俺別に金持ちじゃないんだけど、ギバーおじに見えたのかな俺のこと」


 「……なーんか、雄太ってホント、リアリストというか、冷めてるというか……」


 俺が虚な目でテレビ画面を眺めていると、姉がジトっとした眼差しで見つめてくる。


 「な、なんだよ」


 「そんな突拍子もない状況とはいえ、いちおう女の子に告白されたんでしょ?普通の男子高校生ならそんな邪推とかせずに、OKしちゃうと思うけどなぁ」


 「そ、そうかぁ?懸命な判断だと思うがなぁ」


 「その懸命な判断がこの状況下で下せてるのが変だって言ってんの。美人局とかなんとか、一目惚れとかだってあるかもしれないじゃん」


 「いや、ないだろ、逆ならまだしも」


 何を言い出すんだこの人。俺があんな美人から告白されるなんて現実的に考えてあるわけないのに。

 俺がキョトンとした表情を浮かべると、姉は首を振って白けた表情を浮かべた。


 「不器用だなぁ、まぁ、私は雄太のそういうとこ嫌いじゃないけど、あんま伝わらないよ他の人には」


 「は、はぁ、そりゃどうも」


 何が言いたいのかよく理解できないので、とりあえず俺は流した。あんま抽象的に話すなよムズイってその会話。


 「とにかく、まぁモヤモヤするけどまずは断らなきゃな、リスク回避リスク回避」


 「まぁ、雄太がそれで良いならとやかく言わないけど、結局それじゃ告白された理由は分からずじまいだね。なーんか勿体ないなー、せっかく告白されたってのに」


 「仕方ないだろ、俺も勿体ないとは思うが、現状これが最適解だろ」


 「へー、勿体ないとは思ってるんだ、意外」


 姉は眉をあげ、少し驚いたような表情を見せる。


 「そりゃ、カワイイ女の子から告白されたのは普通に嬉しいし、なんならリスクがないなら付き合いたいまである」


 「ほー、案外素直じゃん、かわいいなコノコノ」


 姉はニヤニヤしながら俺を肘でこづいてきた。この人ボディタッチが多いよ、これがモテる所以なのだろうか。


 「鬱陶しいな、そうそう、案外俺は素直なんだよ」


 「えーもうそしたら付き合っちゃえばー?」


 「えー、どうしよっかなー?ってアホか」


 途端、ニヤニヤしていた姉の表情が何かを閃いたようなものに変わった。


 「……え、マジで付き合っちゃえば?」


 「え、いや、だからその子の企みがわからない以上はリスクなんだって」


 疑問符を浮かべる俺の手をギュッと掴み、姉は目を見開いて俺に詰め寄ってきた。


 「マジで!付き合っちゃおうよ!」


 「……は?」

 



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