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解決1


 週の始まり、俺は重々しく教室の扉を開いた。

 

 月曜日なんてのはとかく拒絶反応が出るような日だが、今日はいつにも増して扉が重く感じた。

 頭の片隅には、週末の出来事。


 「グッモーニング!もうちょっと早く来なさいね!」


 担任の英語教師、岡谷教諭がニコニコしながら大きく挨拶をする。なんで朝からこんな元気なんだよ、この人ホントに慎ましやかな日本人か?


 「うっす……」


 俺がノソノソと目立たないように縮こまって自席に座った。

 ふと、あたりを見渡してみると、なんとなく違和感がある。いつもの教室と、何か雰囲気が違った。


 「はーいエブリバディ!今日も元気に過ごしましょう!」


 ホームルームが終わって教室が喧騒に包まれる。しかし、なぜかいつもよりも静かに感じるのは、俺の気のせいだろうか。


 「え、マジ昨日のカラオケちょー楽しくなかった!?」


 教室の後ろのロッカー前を陣取るのは、いつもの陽キャ集団。大町紗奈を筆頭としたキラキラメンツである。


 「マジウチらやっぱサイコーだわ!このメンツでカラオケとかマジ最強じゃね?」


 「ホント最高だった!てか、昨日の聡マジヤバかったよね!」


 「おいそれはもういいだろ!」


 「え、マジ聡ヤバかった!聡の変なダンス、ストーリーに上げたもんウチ!」


 「おいマジかよ!うっわはっず!」


 「めっちゃ反応来てたよ!聡の彼女も足跡ついてたし!」


 「え、あれ芽衣に見られてんの!?だっる!」


 彼らは、まるで自分たちのキラキラの青春を見せつけるかのように、憚りもせずガヤガヤと話した。憚らず世に憚る、日本語ややこしいな。

 俺はいつも通りどうでもいいことを考えていたが、このかけがえのない青春を送る陽キャ集団からは、いつもとは違う雰囲気が感じられた。


 「マジやっぱ、イツメンだよねー聡!」


 「え、ああ、そうだな!」


 「このメンツ以外勝たんよねー!」


 そんな言葉を放つ大町紗奈の目線の先には、机に座ってジッとしている1人の少女。

 俺はそれを見て、違和感の正体に気付いた。いや、厳密に言えば、最初から気付いていたが、見ないようにしていたのかも知れない。

 今日は、教室内で1人ポツンとしているのが、俺だけではなかったのだ。

 

 昼休みの開始のチャイムと共に、俺はそそくさと昼食を持っていつもの体育館裏に急いだ。

 渡り廊下に差し掛かると、いつも通り軽やかな足音が後ろから近づいてきた。俺はそれを振り切るように足を早める。


 「ちょ、ちょっと!待ってよー!」


 「……」


 「ちょ、待ってってば!」


 後ろからの呼びかけに気づかないフリをして、俺は先を急いだ。きっとこれはアレだ、俺かと思って振り返ったら全然違う人呼んでて恥ずかしくなっちゃうヤツだ。俺じゃない俺じゃない。


 「なんで待ってくれないの!」


 ドンッと、背中に衝撃を受けた。どうやら何かがぶつかったらしい。

 一瞬怯んだが、俺はまた歩みを始めた。まぁ、なんかが飛んできてぶつかっちゃうことくらいあるよね。小さめの隕石とかかな。


 「ちょ!ホントに……ねぇってば!!」


 俺がもはや競歩大会くらい全力で歩いていると、少女がスカートをはためかせて走り込んできて、俺の目の前に立ち塞がった。快速フォワードの俺に追いつくなんて、とんでもないディフェンダーが現れたものだ。


 「君ならプレミアリーグでも、やってけるぞ」


 「は?え?なんの話?」


 「ああ、悪い、なんでもない……それじゃ」


 そう言うと、俺はまた歩き始め、少女のディフェンスをぶち抜いた。

 ふと、右手がギュッと掴まれて、引っ張られる。


 「おい!これは完全にファールだろ!審判!レッドレッド!」


 「サッカーしてないから私!審判なんていないし!」


 俺が両手をあげてサッカー選手みたいに不服を申し立てたが、笛は吹かれなかった。クソ、もっと大袈裟に転がるべきだったか。


 「……ねぇ、なんで無視するの?」


 ふと、目の前の少女、千曲双葉は、怒ったように頬を膨らませて俺を見つめていた。目には、涙が溜まっているように見える。

 俺がその健気な姿を見てバツが悪くなり目を逸らすと、少女は布の袋を俺の方に差し出してきた。


 「……ほら!今日もお弁当作ってきたよ!一緒に食べよ?」


 切り替えたように千曲は笑顔で小首を傾げた。あぁ、こんなことを、こんな可愛い女の子に言ってもらえるなんて、いまだに信じられない。

 そして、それを断ろうとしているのも、いまだに信じられない。


 「……すまん、ついてこないでくれ」


 「……どうして?」


 俺が絞り出すように掠れた声で俯きながらそう言うと、少女は努めて静かな笑顔で尋ねてきた。


 「……」


 「……私が、雄太くんに迷惑かけちゃったから?」


 「い、いや違う、むしろ逆だろ……」


 「……私は、雄太くんに迷惑なんてかけられてないよ?私は、私の判断で、私の言いたいことを言っただけ」


 そう言って凛と立つ彼女の姿を見て、俺は余計に居た堪れなくなってしまった。


 「……千曲は、俺を庇ってあんなこと言ったんだろ。俺が変に気を回さなければ、おとなしくカラオケに着いてったらあんなことには、ならなかったろ」


 「ちょ、雄太くんは悪くないよ!私のこと気を遣ってピエロになってくれたんじゃん!」


 「けど、そもそも俺が2人で遊びになんて行かなかったら、あんな事にはならずに、千曲はめでたく陽キャグループの仲間に入って……」


 「そんなのいらない!雄太くんと一緒にいたいの私は!」


 俯き続ける俺の手をギュッと握ると、千曲は覗き込むように話した。


 「私はスクールカーストとか、そんなのどうだって良いの!雄太くんと2人でお弁当食べて、2人で下校して、2人で教室で喋って……」


 やめてくれ、そんな優しい目を俺に向けないでくれ。


 「2人で一緒に学校生活送れば良いじゃん!雄太くんが1人で学校生活送る心配はないよ!だって私がずっと一緒にいるから!」


 「……わけないだろ」


 「私だって、雄太くんが横にいてくれれば1人にはならな……」


 「そんなの!許されるわけないだろ!」


 俺は少女の手を振り解いて、声を荒げた。これ以上、彼女の優しさに、そして俺がその枷になってしまうことに耐えられなかった。

 手遅れかもしれないが、せめてここで、千曲を突き放さなされば。


 「学校ってのはな、階級社会なんだよ!低カーストの人間が高カーストの人間と関わるのなんて許されないんだよ!カーストが定着したら、コミュニティが変わるまでそこから動くことはできないんだよ!」


 「そ、そんなの私だって……」


 「わかってねえよ!いかに現実の閉鎖空間が残酷か!関わる人間によってその人間の価値が査定されて、ちょっとでもカースト秩序を崩せば低カーストに仲間入りだ!俺と2人きりでお昼ご飯なんて食べてることが知れたら、すぐにカーストは失墜するんだよ!」


 俺は大袈裟なくらい声を荒げた。ここでちゃんと離れなければ、嫌われなければ、この子の青春が、灰色に染まってしまう気がした。


 「一回でも低カーストに身を落としてみろ!もう上には上がれねえぞ!なんでかわかるか?みんな自分より下の人間が欲しいからだよ!下の人間がいると安心するんだよみんな!下の人間が上に登ってったら、自分が1番下になるかもしれないんだから、誰も今の秩序を壊そうなんてしねえよ!」


 「……」


 「みんな今頃千曲を見てほくそ笑んでるぞ!よかった、自分より嫌われてる奴が出来たって!これで自分が1番下にならずに済むぞって!俺となんか関わったばっかりに!千曲は風評とレッテル張りで殺されるんだ!」


 「……そう、だね」


 ふと、千曲を見ると、力無く虚な目で俺を見ていた。

 言い過ぎただろうか。いや、むしろその方が良い。これで千曲が俺と別の道に進めるのであれば、俺が送ることのできない、淡く、しかして鮮やかな青春を、少しでも取り戻せるのであれば、その方が良い。

 俺は千曲の姿を直視できず、視線を逸らして絞り出すように言葉を吐いた。


 「……もう、俺に優しくしないでくれ」


 「……そっか、ごめんね」


 立ち尽くす俺に、千曲はそっと寄って、お弁当の入った巾着を手に握らせてきた。


 「……今日、朝、心を込めて作ってきたから、これだけは、食べて」


 そう言って千曲は笑うと、俺たちが歩いてきた方に去っていった。

 渡り廊下にこだます遠のいていく足音を、俺は振り返ることも出来ず立ち尽くして聞いていた。


 いつもの場所で、俺はお弁当箱を開いた。

 相も変わらず凝った可愛いお弁当だった。俺には勿体無い、なんて思うのは卑屈すぎるだろうか。

 丁寧に切られたタコさんウィンナーを、俺は日も出ていない曇天にかざした。


 いつもは千曲のせいでドキドキして味がしないお弁当が、今日は千曲がいないのに、余計に味がしなかった。


 

 


 

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