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中学時代2


 「ど、どゆこと?」


 「あら、理解していない?エロいことが低俗でないことは認めるけれど、その本が低俗でないことは認めないと言ったのよ」


 少女は不敵な笑みを浮かべると、カチャリと丸メガネの位置を直した。パッチリとした目は先ほどより幾分か見開いており、さしずめ戦闘体制といった感じだ。あと、サラッとエロいって言葉使ったぞこの子。


 「いやいや、この本はエロいから低俗だ、みたいな主張だっただろ。なんでエロいことが低俗じゃないのに、この本が低俗なことになるんだよ」


 「そうね、私が認めた『エロいことは低俗ではない』というのは、あくまで一般論のことよ」


 「はぁ?」


 「いい?この世の中はね、時と場所と場合によって、秩序や正当性が変化するものなのよ」


 少女は目を瞑り、人差し指を突き立てて余裕の表情で語り出した。


 「つまり、エロいことが低俗であるか否かはTPOによるのよ。当然、エロ本コーナーと公立中学校の図書館では『低俗』の範囲にも違いがあるのよ」


 「もうエロ本コーナーとか言っちゃってるじゃん。さっきまでの言わないようにしてた努力なんだったんだよ」


 「話を逸らさないで。私があなたのラノベを『低俗』と言い放った場所が、本屋のラノベコーナーであったならば、私の論には一切の正当性はないでしょうね」


 勢いづいてきたのか、少女は口角を少し上げて熱弁を振るう。三つ編みメガネの図書委員でこんなにいっぱい喋るヤツ見たことねえぞ、もっと寡黙であれよ。


 「では、私があなたのラノベを低俗と言った場所は、いったいどこだったかしら?」


 「……図書館」


 「そう、あまつさえ15歳以下の青少年が主な利用者である公立中学校の図書館なのよ。さて、この場所はTPOとして、はたして過度な性的表現は相応しいのかしらね?」


 「い、いや、だから性的表現は有性生殖である人間にとって根幹とも言うべき重要な……」


 「何度も言わせないで、性的表現が低俗だなんて一言も言ってないわよ?ただし、中学生が利用し、血税が投入されている、この公立中学校の図書館という場所において、女性の胸が強調されたイラストは相応しくないと言ったのよ!」


 威勢良く言い放つと、少女はさっきの仕返しとばかりにこちらに人差し指を突き出した。ギクッッ!!


 「一般論としてエロいことが低俗でなくても、この図書館においては、そのエロい本を低俗と評するのは至極妥当だと言っているの。郷に入っては郷に従え、その本をこの図書館に持ち込むのは、寿司屋でフライドポテトを食べるくらい低俗なことよ?」


 「おい、回転寿司で毎回フライドポテト食ってる俺に謝れ。アレはメニューにあるんだから良いだろ、美味いし」


 「そう?まぁフライドポテトは良しとしても、学校の図書館ではエロい表紙のラノベを低俗と表現されても仕方ないわよね?」


 「そ、それは……」


 「いい?私は先の『低俗な図書』という発言を撤回しない。なぜなら、少なくともここでは、あなたの持つそのラノベは低俗だもの。図書館以外の然るべき場所でどうぞご勝手に、何か反論は?」


 完敗だった。姉から屁理屈マシーンと評されるこの俺が、もはや屁理屈の一つさえ出てこなかった。屁理屈マシーンから屁理屈取ったら何が残るんだよ、というか誰が屁理屈マシーンだ。

 よもや何の言葉も出ず、地蔵のように固まってしまった俺の様子を見るや、少女は勝ち誇った顔で胸を張った。ラノベの図書委員のキャラにこんなヤツいねえよ、もっと気弱であれよその見た目なら。


 「さて、館内に私たち以外誰も居ないからって私語をしすぎてしまったわね。あなたも図書館を利用するならちゃんと館内の本を読みなさい」


 どうやら少女の中で話は終わってしまったみたいで、他に人が来ていないか館内の様子をキョロキョロと伺っている。

 しかし、俺はどうにも釈然としていなかった。好きなラノベを低俗と評されるのは、たとえ彼女の論の正しさを考慮したとしても、耐え難いものがあった。

 つまり、単純に気持ちとして嫌だった。


 「……面白いぞ、普通に」


 「はい?」


 「だから、これだよ、このラノベ。確かに表紙はこういうの苦手な女の子からしたらアレかも知れないけどさ、別にエロいだけじゃなくて、中身だってちゃんと面白いぞ」


 「へー、そうなの、まぁあなたがそう思うのは勝手だけれど」


 至極興味なさそうである。とことんこういった書物には縁のない人間なのだろうか。確かに、純文学が好きな人間はラノベを見下しているイメージがある。


 「言っておくけどな、その辺の純文学より、ラノベの方が売れてたりするんだぞ。これはもはや、ラノベの方が面白いからと言っても過言ではないんじゃないか?」


 「売り上げなんて卑しい指標で文学を語らないで。経済的付加価値だけでは本の価値は決まらないわ」


 「じゃあ何で決まるんだよ」


 「そうね、優れた文学は有識者によって発掘され、やがてその名を世に知られることになるわ。それこそ賞を取ったりしてね。そうやって徐々に本の価値は決まっていくのよ」


 「それこそ卑しい指標じゃねえか。賞を取ったか取らなかったかで本の価値が決まるなんて、権威主義以外の何モノでもない」


 「経済的付加価値だって一種の権威主義でしょう。それに、売り上げは文学としての質を必ずしも担保するものではないわ」


 「じゃあ、その有識者とやらが与える権威やら賞やらが、文学としての質を担保するのかよ。てか、そもそも文学の質ってなんだよ、そんな良し悪しの基準が曖昧なものより、定量的に可視化できる売り上げのほうがはるかに信頼に足る指標だろ」


 俺がブツクサと続けると、少女は肩をすくめて深いため息をついた。


 「あなたのような売り上げでしか本の価値を判断できない資本主義の奴隷とこの話を続けても時間の無駄ね」


 「俺は資本主義の奴隷じゃねえ」


 「へぇ、なぜそう言えるの?」


 「……俺が!!働きたく!!ないからだ!!!」


 もし俺が漫画のキャラであったならば間違いなくふきだしがギザギザになっているであろうほどの迫力で言い放つと、少女は口をポカンと開いて眉を八の字にした。


 「……あなた、やっぱりバカね。バカと言わざるを得ない、あまりにもバカ」


 「おい、バカバカ言い過ぎだぞ、俺はそんなに頭悪くねえ」


 自慢ではないが、国語だけは学年の中でも指折りの成績を収めている。まぁ、それ以外の教科はお察しなのだが。なんでだろう、やっぱ家でラノベばっか読んでるからかな。


 「そんな堂々と働きたくない、なんて言葉を放つ人間はバカでしょう。というか愚かよ」


 「まぁその自覚はあるが、だからこそ俺は資本主義の奴隷じゃねえ」


 「愚かなことは認めるのね……」


 少女は呆れ返って、なんだコイツといったような目でこちらを見た。


 「ただ、こと本の価値の判断基準でいうなら、より明瞭な売り上げという指標の方が妥当だと言っているんだ。売り上げとは即ち人気と言い換えることもできる。ごく少数の審査員に評価されたモノより、数多の消費者から支持されているモノの方が『人気』と言えることくらいは分かるよな?」


 「だから、文学という芸術作品において、人気なんていう指標は卑しく瑣末だと言っているの」


 「じゃあ、本においては文学性のみに価値があって、人気は必要ないと?」


 「ええ、そうよ」


 「この図書館においても?」


 「当たり前じゃない。むしろ、学校の図書館だからこそ、イラストが付いているような平易で商業的なモノよりも、純文学の方が相応しいのよ」


 少女が口を閉じた刹那、静寂が俺たちを包み込んだ。

 束の間、俺も少女も何も言わなかった。すると、そこには静けさがあるばかりである。なぜか、この図書館に俺たち以外誰もいないからだ。


 「……人気ってのは、目に見えるからこそ、時に残酷だよな。いや、今この場合は、耳で聞こえるからこそ、のほうが正しいか」


 「……あなた、性格悪いって言われない?」


 「いや、言われない」


 「うそ」


 「うそじゃねえよ、人と喋らないからな」


 「あら、私としたことがそんな明白なことを見落としてるなんて、愚問だったわね」


 「はっ倒すぞ」


 人と喋らないのは案外心地が良いものなんだぞ。自分よりカーストが上のやつに変に気を使わなくて良いし、元々好かれてないから嫌われる心配とかないし。


 「まぁ、俺は学校でほとんど喋らないくらい人気ないわけだけど、この図書館もどうやら俺と一緒みたいだな」


 「だから何度も言ってるでしょう。学校の図書館は商業施設ではないの、集客のために俗な本を蔵書する必要はないわ」


 「でも、ここまで人が来ないんじゃ、アンタが賛美する純文学もただの紙束だ。だって読まれないんだからな」


 「で、でもあなたは来たじゃない。ということは、今後また来客があって、その人が蔵書を読む可能性も……」


 「俺は本に用があって来たわけじゃない。だいたい、俺が自分で持って来たラノベ読んでたの、もう忘れたのかよ」


 少女は何か反論しようと口を開いたが、諦めたのか悔しそうに口をつぐんだ。俺はその様子を見て続ける。


 「まぁ、アンタの言う通り、学校の図書館においてはラノベより純文学の方が相応しいって言い分もわからんでもない。だがな、いくら素晴らしい文学作品でも、埃を被ったままじゃ本末転倒だろ?」


 「……じゃあどうすれば良いのよ」


 「簡単だ、平易な本を置けば良い」


 「……ラノベを置けって言いたいの?」


 「話が早くて助かる」


 俺が眉を上げて目配せすると、少女はジトッとした目でこちらを睨みつけて来た。両手で握り拳を作り、明らかに、私不機嫌です、という感じだ。


 「いいか?ハッキリ言ってこの図書館はつまらなすぎる。なんだあの2軍の色の本しか無い本棚、骨董品店でももうちょっと色あるぞ」


 「いいじゃない!あの飾り気のない朴訥とした背表紙の並びがロマンなんじゃない!」


 「その感性は中学生の一般感覚じゃないぞ、ああいう本の並びに無性に興奮するのは、アンタみたいな図書委員のイデアだけだ」


 「誰が図書委員のイデアよ、モブキャラのイデアの分際で」


 「おい図書委員のイデアよりだいぶ酷いだろそれ、図書委員のイデアにはキャラ名ありそうだけど、モブキャラのイデアにはキャラ名ないだろ生徒Bだろ絶対」


 いかんいかん、どうにもこの少女と話していると話が脱線して無限に話せてしまう。クラスメイトと話しても3ラリーで話すことなくなるのに。

 本題に戻らねばと、俺は軽く咳払いをした。


 「とにかく、見た目が無骨な本が多すぎて、近寄りがたい雰囲気が凄いんだよこの図書館。だから、イラストの付いたラノベを置けば、差し当たって集客に繋がるだろ?」


 「あのね、学校の図書館は、ラノベを読ませる為にあるわけではないのよ。より文学性の高い作品に触れてもらう場になることこそがこの図書館の望ましい姿なの」


 「だからこそ、客寄せパンダとしてラノベが有効なんだろ。ラノベがあれば、この堅苦しい雰囲気も多少改善されて人が来る」


 「ただ人が来るだけでは意味がないじゃない。ちゃんと文学に触れてもらわなきゃ困るわ」


 「とはいえ、まずは図書館に入ってもらうところからだろ。そして、ラノベを読んでもらって定期的に図書館を利用してもらえば、中には純文学を手に取る人も出てくるんじゃねえの」


 「……」


 「本屋とか見てみろ、ポップだらけだぞ。あれくらいやらないと興味なんて引けないんだよ」


 俺が肩をすくめると、不機嫌そうに口をつぐんでいた少女がゆっくりと口を開いた。


 「……ダメ」


 「はい?」


 「やはり、図書館にラノベなんて、相応しくないわ。ダメなものはダメ」


 あー、やっぱりか。なんとなく察した。

 この閑古鳥が鳴く図書館の現状を、図書委員ならなんとも思わないわけがない。ラノベを置くなんて案は俺の忠言などなくても、既に実行されていてもおかしくない筈である。


 「予想だけど、ラノベを置いて欲しいって要望は、既に生徒から上がってるんじゃないか?」


 「生徒の要望を全て聞き入れることが委員会の役目ではないの。給食委員会に給食でステーキを出して欲しいとか要望するバカや、体育委員会に体育祭をなくして欲しいとか要望するアホもいるのだからね」


 確かに、給食のアンケートで絶対出せないモノ要望するヤツの言うことなんか聞いてたら埒が明かない、コイツどの中学にもいるよなマジで。

 ちなみに、体育祭をなくして欲しいって要望したのは俺です、はい。


 「つまり、ラノベの要望は却下してるってわけか。そりゃ要望が出てるのに一向にラノベが置かれる気配がなかったら、誰も図書館に来なくなるわな」


 「そういう阿呆な要望に応えて集客を増やすくらいなら、この閑散とした現状の方がまだマシよ」


 「……あのな、給食でステーキ出すのと、図書館にラノベ置くのは、全然違うだろ」


 「一緒よ、だから私が却下しているんじゃない、委員長権限で」


 「アンタ委員長だったのかよ……」


 どおりで、この図書館にはラノベが綺麗に1冊も存在しないわけである。この図書委員長にしてこの図書館あり、というわけか。


 「この学校の図書委員長として、図書館の尊厳を守る使命が私にはあるわ。ラノベのような不適切な本はしっかり検閲しないしないといけないのよ」


 「アンタにとっては全てのラノベが禁書目録ってか、やかましいわ」


 自分的には上手いこと言ったなぁと思ったのだが、ラノベを知らないこの少女には当然通じず、ただ怪訝な表情だけを浮かべた。


 「とにかく、集客のためにラノベを置くような不埒なマネは絶対にしないわ」


 「じゃあ、あの純文学たちが永遠に埃を被ったままでも良いのかよ」


 「だから、別の方法を考えるんじゃない」


 「他に大した解決策があるとは思えないが?」


 「仮にそうだとしてもラノベだけは却下よ、ダメなものはダメなのよ」


 やはりか。

 少女がなぜラノベを低俗と評すのか、ひいてはなぜここまで頑なにラノベを置きたがらないのか、俺は先までのやり取りでなんとなく予想できていた。

 嫌だから、である。それ以上でもそれ以下でもない、そこに合理性なんて存在しない。少女が先ほどから散々語ったラノベを置かない最もらしい理由も、後付けの理論武装にすぎないのだ。


 「……話は最初に戻るけどな、面白いぞ、このラノベ」


 「まさか、また振り出しから同じ話をするつもり?何度やっても同じことよ、まず売り上げ、ひいては人気という指標は……」


 「あーわかったわかった!こんな世界一つまんないタイムリープしたくないわ俺!」


 どうやら、俺はアプローチを間違えたようだ。ラノベを低俗でないとこの少女に認めさせるのに、『客観』を持ち出してもあまり意味はないらしい。なぜなら、少女は少女の『主観』によってラノベを低俗と評しているからである。

 つまりは、その主観を変える以外、これを覆す方法はない。


 「いちおう聞くけど、ラノベ読んだことあるか?」


 「ないわよ、あるわけないじゃない」


 ですよねー、知ってました。


 「読んだことないのに、低俗とか言って、図書館に置かないってのはどうなんだ?せめて読んでからにしろよ判断すんのは」


 「私にそんな猥褻な図書を読んでいる時間はないわ、質の高い純文学を読むのに忙しいの」


 少女は三つ編みをサラッと撫でながらピシャリと俺の提案を跳ね除けた。なんて高飛車な女なんだコイツは、俺の堪忍袋の緒はプツリと音を立てて切れた。


 「こっの……あーもういいわ、一生堅苦しいだけのクソおもんない本読んでろ!」


 「……いま、なんて言ったかしら」


 俺が捨てゼリフを吐いて図書館から立ち去ろうとすると、先ほどまで呆れたような態度を取り続けていた少女が一変し、ピリピリとした殺気を帯びた。


 「何度でも言ってやるよ!一生堅苦しくて読みにくいだけの、文学性とかいうよく分からん指標で内輪だけで盛り上がってる、自分に酔ったサブカルメンヘラ御用達のクソおもんない純文学読んでろっつったんだよ!」


 「さっきよりもっと聞き捨てならないわね……」


 俺が純文学に対して思いつく限りの罵倒を浴びせかけると、少女は捕食者のごとき目力で俺を睨みつけてきた。


 「訂正なさい!日本語の美の結実である純文学に対して、そのような下卑た罵倒を許すわけにはいかないわ!」


 「訂正なんざするか!だって面白くねえもん純文学!だいたいナヨナヨした主人公が終始何をするでもなく話の途中でなぜかセックスするだけだろアレ!」


 「イメージで語らないで!あなた、ちゃんと純文学読んだことないでしょ!」


 「あるわけねえだろ!あんな見るからにつまらなそうな本!イラストも無いような読みにくい本、誰が好き好んで読むか!」


 「読んでもないのに決めつけで詰るなんて、片腹痛いわね!」


 「そっくりそのまま返すわその言葉!アンタこそ読んでもねえのにラノベ馬鹿にすんじゃねえ!」


 俺がそう言い返すと、少女は俺を睨みつけたまま口をつぐんだ。どうやら今の言葉はクリティカルだったらしい。

 そして、少し間をおいてからゆっくりと口を開いた。


 「……いいわよ」


 「は?」


 「私も、ラノベ読もうじゃない!ええ!」


 少女は開き直ったように目を見開き、腕を組んでフンスと鼻息を荒げた。


 「その代わり!あなたにも純文学を読んでもらうわよ!」


 「はぁ!?なんで!」


 「誤った知識で純文学を罵られたままにはさせられないもの!あなたに私のオススメの純文学を読ませて、先の発言を撤回させるのよ!」


 純文学を読む、か。正直、ラノベしか読んでこなかった俺にとっては若干骨が折れる感覚はある。しかし、俺が少女のオススメ純文学を読めば、自ずと少女も俺のオススメラノベを読む流れになる。そうすれば、少女が抱くラノベへの無条件の嫌悪感を払拭でき、低俗という評価を覆すことができるかも知れない。

 

 「……わかった、アンタのオススメの純文学、読んでやるよ!もちろんその代わり、俺のオススメラノベも読んでもらうからな!」


 「ええ!ではまた明日、放課後に図書館に来なさい!それまでに私はあなたが読むべき純文学をピックアップして何冊か揃えておくわ!」


 「え、1冊じゃねえのかよ……」


 「当たり前じゃない!1冊ごときで純文学の良さなんて分からないもの!」


 「じゃあ、明日俺はオススメのラノベをとりあえず5巻まで持ってくるけど良いよな!1巻じゃ作品の良さなんて分からないからな!」


 「ラ、ラノベを5巻……」


 「おいおい、まさかヒトにだけ何冊も読ませておいて、自分は1、2冊で済まそうなんて思ってないよな?」


 「そ、そうね!良いわよ上等じゃない!」


 俺と少女はお互いに虚勢丸出しの引き攣った笑みを浮かべた。言ってしまった手前もう引っ込みがつかないといった具合だ。

 

 「絶対、低俗って発言を撤回させてやるからな!」


 「こちらこそ、堅苦しくて読みにくいだけの、文学性とかいうよく分からん指標で内輪だけで盛り上がってる、自分に酔ったサブカルメンヘラ御用達のクソおもんない純文学、という発言は撤回してもらうわよ!」


 「おいアンタ一字一句覚えてんじゃねえか、怖いよ」


 「あら、私は純文学を馬鹿にするような発言は一字一句聞き漏らさないわよ。訴える時もしっかり裁判所に提出できるようにね」


 「法廷まで見越すな、どんだけ執念深いんだよアンタ」


 「見てわからない?私、けっこう執念深いわよ。されたことは絶対忘れないもの。むしろ、一途と言っても良いくらいね」


 「一途、ね……物は言いようだな」


 俺が左の口角だけを上げて引き攣った笑みを浮かべると、少女は右目だけを瞑ってウインクするみたいに目配せをした。


 「そう、私一途なの。嫌悪も恨みも苛立ちも、感謝も尊敬も恋心も、ずっとずっと忘れないわ」


 気づけば山の向こうに太陽は沈み、赤紫の空に星の光が少しずつ見え始めていた。





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