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中学時代1


 ふと、中学時代の淡い記憶が甦った。

 ことの始まりは確か、図書室での一幕だっただろうか。


 「はぁ、ラノベの一冊くらい置けよな……」


 家の鍵を忘れて閉め出されてしまった俺は、家族が帰宅するまでの間、手持ち無沙汰を余儀なくされてしまった。

 帰宅部で友達もそう多くない俺は、差し当たって校内をウロウロして時間を潰そうとしたのだが、体育館やら校庭やらは部活動を行う生徒達が占領しており、人の少ない安息の地を探し求めた結果、この図書館にたどり着いたというわけだ。


 「うーん、太宰、漱石、ダメだ、純文学だらけだ。中学生は純文学なんて興味ねえよ、ラブコメか異世界転生モノおけよマジで」


 赤茶けた本が所狭しと並ぶ無骨な本棚を前に、俺は顔を引き攣らせながらぼやいた。なんだこの引きの弱い本棚は、もっと美少女が沢山いる本棚にしろよ、できればエッチな。

 俺はため息をつき、本棚からは何も取らずに読書スペースの椅子に腰掛けた。カバンから休み時間に読む用のラノベを取り出す。


 「申請とかしたら、図書館にもラノベおかれるのかな……」


 オレンジの夕日が差す図書館の中で、俺は栞を頼りにパラリとラノベを開いた。

 窓から差し込む鮮やかな西日が、白のレースのカーテンと共にゆらゆらと揺れる。吹奏楽部の練習だろうか、管楽器の音が遠くから小さくこだまする。

 ほほう、これは中々良い雰囲気ではないか。こんなエモエモな空間、レモンティーでも飲んで黄昏たいところだが、あいにく我が公立中学校では清涼飲料水の持ち込みは禁止されている。

 なんで公立の小中学校ってこんなに飲み物に厳しいんだろう、水筒に水以外のモノ入れて持ってくとめっちゃ怒られるよな。


 「あの……」


 「麦茶くらい良いだろ麦茶くらい、教員だって職員室でコーヒーばっか飲んでるくせに、意外と見てるからな生徒は」


 「あの!」


 俺が義務教育の理不尽なまでの水へのこだわりにブツクサ文句を言っていると、後ろから声が響いた。

 振り返ってみると、そこには三つ編みに丸メガネという、あまりにも図書委員すぎる風貌の女の子がこちらを怪訝な表情で見つめながら立っていた。左腕には明らかに純文学であろう朴訥とした本が抱えられている。


 「あ、え、あ、すいません、静かにします」


 独り言を注意されたと思った俺は、狼狽しながらも咄嗟に謝った。そうか、教室みたいな喧騒がある空間とは違って、図書館って静かだから小さい独り言も響いちゃうのか。うっわ恥ずかし、俺が学校に麦茶を持っていきたいと思ってることがバレてしまったではないか。


 「いや、まぁ、それもそうですけど……」


 羞恥心のあまりに縮こまっている俺を見ながら、少女は何か文句を言いたげに目を細めた。

 飾り気のないその少女は、しかしてよく見ると目鼻立ちは整っておりポテンシャルは十分といった感じだった。全体的に芋ではあるが、垢抜ければ相当かわいいぞこの子、こういう子が大学進学を機に垢抜けてテニサーとか入って3年の先輩と付き合うのかな、チクショー考えたくねぇ。


 「ラノベ」


 「はい?」


 俺が少女の未来に勝手に思いを馳せて勝手に落胆していると、彼女は俺の手元にある半開きのラノベを指差した。


 「それ、外から持ち込んだ本ですよね?」


 「え、ああ、そうですけど……」


 少女は丸メガネの真ん中を人差し指でくいっと押し上げると、吐き捨てるように続けた。


 「この図書館では外部からの本の持ち込みは禁止です。入り口の注意事項にも記載されている筈ですが」


 「あ、そうなんですね、すいません……」


 俺は肩を窄めて消え入りそうな声で答えた。

 入り口の注意事項なんて、誰もまともに読んでるわけねえだろ。利用規約とかガイダンス資料とかの類って、最初に読ませるには多すぎるんだよ。スマホゲームなんて、広告で『今すぐプレイ!』とか言ってんのに、利用規約なんて全部読んでたら今すぐプレイ出来ないだろ。

 などと、小賢しい抗弁をするのも面倒なので、ここは大人しくしておこう。


 「図書館のルールはしっかり守って貰わないと困ります」


 「はぁ」


 「あまつさえ、そんな低俗な図書を持ち込むなんて、この図書館の風紀にも悪影響が出ます」


 「はぁ、え?低俗な図書?」


 俺は黙って白旗を上げ続けていたのだが、不意にこのメガネ子から聞き捨てならない言葉が飛び出したので、思わず繰り返す。


 「はい、そんないかがわしい表紙の本は、低俗な図書以外の何ものでもないでしょう?」


 「ちょ、ちょっとその言い方は無いんじゃないすか?人が読んでる本を低俗って」


 「低俗は低俗でしょう。ゆえに、この図書館にはそういった類の、いわゆるラノベは一冊も置いていません」


 このメガネ子、嫌なやつだった。

 過失の心当たりもあるので、俺だけがその注意を受けるのならば弁解の余地もないが、ラノベを侮辱されては話が別だ。

 しかも、今俺の手元にあるラノベは『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』である。何を隠そう、俺のバイブルとも言うべき最高のラノベだ。この素晴らしい作品を低俗だのと言われては、メインヒロインのユナたその沽券に関わる。


 「訂正を要求する、この本は決して低俗などではない」


 この図書委員はリボンの色を見るに、俺と同じ2年生らしかった。こんな失礼な女、同い年とあらばもはや敬語を使う必要もあるまい。


 「そんないかがわしい表紙の本を振りかざして、よくもまぁそんなに居直るわね」


 「アンタこそ、よく人の持ってる本をいかがわしいだの言えたもんだな」


 「いかがわしいはいかがわしいでしょう」


 「なんだと?じゃあこの本の、いったいどこがいかがわしいのか言ってみろ!」


 俺はビシッと人差し指を突き出し、威勢よく言い放った。はい、完全論破。


 「……胸部があまりにも強調されている水着の女性のイラストの、逆にどこがいかがわしくないと思うの?」


 あー、確かに。

 俺が手に持つ『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』7巻は、完全なる水着回であった。当然表紙は、女子高生とは思えないほど豊満なおっぱいがビキニから溢れ出ているユナたそのイラストである。

 いかがわしい、というかエロい、めっちゃエロい。はい、完全論破。された。


 「……世の中にはな、こういう需要もあるんだよ」


 「いや、知らないわよ」


 くそ、このまま論破されてあえなく敗走しては、ユナたそのことを侮辱されたままではないか。俺は脳みそをフル回転させて、抗弁の糸口を探す。屁理屈は俺の得意分野である。


 「確かに、いかがわしいというか、エロいことは認めよう。エロいよ、むっちゃエロい。むしろそれで良い、というかそれが良い」


 「あなたバカなんじゃないの?」


 「ただし!エロいことしか認めないぞ俺は!劣情を煽ることは確かだが、決して低俗だなどという表現を看過することは出来ない!」


 「はい?だから、劣情を煽るような表現に対して、私は低俗と言ったのよ」


 「じゃあ聞くが、劣情を煽ることのどこが、低俗、なんだ?」


 少女は眉を顰めて訝しんだ。なに言ってんだコイツ、とでも言いたげな表情である。


 「低俗ってことは、つまり劣っているとか下だとか、そういう意味が含まれてるわけだよな。いったい、エロいことのどこが劣っていて、どこが下なんだ?」


 「エ…卑猥な表現なのだから、劣っているのは当然でしょう」


 「エロいことって、劣っていることなのか?」


 「それは……」


 まさかの俺の反撃に、少女は回答に窮する。劣勢に見られたところからの一転攻勢、桶狭間の戦いの時の織田信長もこんな気持ちだったに違いない。いざ、出陣じゃ。


 「人間ってのは有性生殖って言って、2つの性別の遺伝子が混ざり合って新たな個体が誕生する仕組みなんだ」


 「知ってるわよそれくらい」


 「じゃあ、有性生殖ってのが具体的にどういうことかも、もちろん知ってるよな」


 そう俺が問うと、少女は視線を右下にそらして、頬を赤らめた。おい、聞いといてなんだが、そのリアルな反応やめろ。こっちまでドキドキしちゃうだろ。

 俺は咳払いをし、気を取り直して続けた。


 「つまり!エロを劣っていると見做すのは、有性生殖を劣っていると見做すのと同義!アンタがラノベのエロいイラストを低俗と表現したということは、ひいては生物として当然の営みを低俗と表現したということになるんだ!」


 俺は少女に対し、再び人差し指でビシッと指差し言い放った。その所作たるや、逆転無罪の確たる証拠を示した弁護士のようである。いや、あれはゲームの弁護士か、多分現実の弁護士はビシッッ!!とかやらないだろうな。


 「……はぁ、よくもまぁそんなくだらない屁理屈思いつくわね、もはや感服するわ」


 「あーあ、反論できないからって屁理屈だとか言って逃げるのか。自分が論で太刀打ちできない時に、屁理屈って表現使って相手の論理を根拠なく否定するのは詭弁だろ」


 呆れた表情の少女に対して、ロジハラマンの口撃は続く。なんだその誰からも好かれてないスーパーヒーロー。


 「俺の論が屁理屈だとして、屁理屈も立派な理屈だ。それに対して『それは屁理屈だ』という論は、もはや理屈ですらない」


 「あなた、友達いないでしょ?」


 「ほっとけ。というか、論点をずらすな、今俺に友達がいるかいないかは関係ねぇだろ」


 「とりあえず、あなたに友達がいないことだけは今確定したわ」


 少女は首を気だるげに小さく横に振り、嘲笑うように目を細めた。うるせー、別に俺は友達なんていなくて良いし!強がってないし!


 「とにかくだ、エロいことは決して低俗なことなんかではないことは認めるな?」


 「ええ、それは認めるわ」


 勝った、今度こそ完全に論破してしまった。一時は敗北寸前まで追いやられていたというのに、奇跡の逆転勝利である。

 しかし、いたいけな少女に敗北の味を教えてしまうとは……強者とは、罪なものだ。


 「勝利って、なんて儚いものなんだろうな……」


 「あら、私まだ発言の撤回はしていないのだけれど」


 「……は?」


 俺が強すぎて相手がいなくなってしまったボクサーのごとく勝利の悲哀を漂わせていると、少女はまるでウォーミングアップでもするかのように首をコキコキと鳴らしてほくそ笑んでいた。


 「いや、エロいことは低俗なことじゃないってアンタ今認めて……」


 「ええ、でも私、その本が低俗だという発言は、まだ撤回していないわよ?」


 

 

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