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デート7


 「まさかここに、女の子と来ることがあるとはな……」


 二人を静寂が包み込んだ。紙をめくる音、静かな足音と普段なら聞こえないくらいの響きが鮮明に鼓膜を揺さぶる。俺たちは、本屋のラノベコーナーに立っていた。

 見慣れた景色。完全なるホーム。その落ち着きの空間に、今日は強烈な違和感が乱入していた。そう、俺の傍に、美少女の姿があるのである。


 「ようこそ、我がホームへ。俺の趣味が凝縮された空間へ」


 「あ、どうもどうも。お招きいただきありがとうございます」


 俺が両手を広げて支配人を気取ると、千曲はそれに合わせてペコリとちっちゃく頭を下げる。


 「いやぁ、やっぱここ来ると落ち着くな。いや、興奮もするんだよなぁ。興奮と落ち着きという本来矛盾する感情が同居する感じ、たまらないですねぇ」


 「なんか嬉しそうだね」


 「まぁ、ここに関しちゃいわゆるオタクだからな俺。多分よそ行きの振る舞いとか出来ないから、キモかったら言ってくれ」


 「ううん!雄太くんが楽しそうで、私も嬉しい!」


 先ほどまでは少しでもキモくないように振る舞おうとどこか堅苦しくなってしまっていたが、もうラノベコーナーに来てしまったらそんなことはどうでも良くなってしまった。

 吉と出るか凶と出るか、まぁもうどっちでも良いや、楽しいし。


 「うっわ、もう新刊出てるのかこれ、刊行ペース鬼早いな」


 「そうなの?」


 「うん。この作者速筆で有名なんだよ。別のレーベルでも同時並行で連載してて、それでいて他の作者より刊行ペース早いんだよ、やべえよな」


 「すごいね、その作者さんのラノベが好きなの?」


 「んー、好きだけどファーストチョイスではないかな。金に余裕あったら買うけど、いかんせん出るのも早いから油断すると追いつけなくなるんだよなぁ」


 「へー、雄太くんが1番好きなラノベは?」


 「あ、見るか?えー、こっちの方かな多分…」


 俺は奥の方に歩き出し、人差し指で本棚をなぞりながら目当てのラノベを探す。千曲がそれを追ってトコトコと付いてくる。


 「お、あったあった!てか平積みじゃねえのか、絶対もっと評価されるべきだろコレ」


 「ん?どれどれ?」


 俺は本棚に縦置きされている一連のラノベシリーズから、ビニールで梱包されている一巻を取り出して覗き込む千曲に見せた。


 「見よ!俺にとってのバイブル『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』だ!俺にとっての最高傑作!これの右に出るラノベはもはやない!早くアニメ化してくれ!」


 俺が熱を持って弁を振るうと、千曲は優しく微笑んだ。


 「へー!なんか、面白そうだね!」


 「そう!面白いんだよ!いや、もはや面白いとかそんな表現では生ぬるい!もう人生というか、哲学だからこのラノベは!」


 「どんなお話しなの?」


 「まず、主人公の久ヶ原水斗には幼馴染の沓澤ユナという少女がいるんだけど、ある一件を境に二人は疎遠になるんだ。で、高校でまた同じクラスになって、ユナたそは実はずっと久ヶ原のことが好きだったということが明かされるという……」


 「ふーん……」


 「いや!なんか言葉で説明するとありきたりな内容に聞こえるかもしれないんだけど!筆舌に尽くしがたいというか!短く良さを伝えるのに限界があってだな!」


 どうにも良さが伝わってる感じがせず、俺が焦って弁明する。自分の好きなものを説明した時に、相手の反応が芳しくなくて、その伝わらなさに歯がゆい思いをするというのは、オタクあるあるみたいなものだろう。


 「うーん!残念ながら俺の表現力ではこの作品の良さを伝えられない!最高のラノベを、俺の薄っぺらい説明のせいで陳腐なものだと思われたくない!もう読んでくれとしか!」


 「大丈夫大丈夫!好きなものほど言葉で説明するのって難しいよね!そのラノベの良さが私に伝わり切ってないっていうことだけはわかったから!」


 俺の歯がゆさを汲み取ってくれてか、千曲は宥めるように両手のひらを俺に向けてまぁまぁというジェスチャーをした。


 「私もその気持ちわかるよ。好きなものの良さって、結局実際に見てもらわないと伝わらないよね。言葉の説明には限界があるっていうか」


 「そう!マジでそう!結局好きな理由なんて全部後付けなんだよ!言葉を弄せばもっともらしい論理的理由は話せるけど、そんなの本質じゃないというか!好きなものって論理なんて超越して好きなんだよ!」


 「だよね!私も好きな純文学の話とかたまに人とすることあるけど、私なんかの言葉じゃ本当の良さなんて伝わらないし!なんで好きかって聞かれたら、突き詰めると感情が動いたからとしか言いようがないもん!」


 「マジでそれ!好きなものって、そもそも端的に説明すること自体に無理があるわけで!でもせっかく聞かれたら、できる限り良さをわかって欲しいって思っちゃって!どうせ伝わらないって諦めと、でも本当は伝わって欲しいっていう願いが同居するんだよ!」


 「ホントそう!だからこそ、少しだけでも理解してもらえると、ものすごく嬉しくなっちゃうよね!」


 「そうなんだよなー、俺が好きならそれで良いって自分に言い聞かせても、結局誰かと共有したいという煩悩が……」


 ふと、我に帰った。近かった、めっちゃ顔近かった。

 千曲が思いのほか、俺のオタクにおける苦悩の話にグイグイ付いてくるので、つい夢中になってしまっていた。ものの数センチ、お互いに身を乗り出して話していた結果、二人の距離は息遣いが感じられるほどに縮まっていた。


 「あー!悪い悪い!」


 「え!?ああこっちこそごめん!」


 俺と千曲はほぼ同時に、ハッとして体を仰け反った。チラと千曲に視線をやると、俺と同じように手を前に組んでモジモジとしている。


 「……悪い、興奮してキモくなってたかも知れん」


 「ぜ、全然全然!私の方こそ、テンション上がっていっぱい喋っちゃったかも」


 俺は、自分の趣味全開のみっともない姿を見られて恥ずかしいと感じているのだが、千曲のこの恥じらいは一体何なのだろうか?もしかして、俺と同じだったりするのか?まさかな。


 「しかし、千曲がこんな話に共感してくれるとは思わなかった」


 「そう?私も結構、好きなものに関しては一家言ある方なんだよ?だから、雄太くんの話、すごくわかるなーと思って」


 「そうなのか。なかなかこんな話できる人もいないからなぁ。正直、ちょっと嬉しいよ」


 「うん!私も、なんか本当の雄太くんが見れた気がして、嬉しい!」


 本当の俺、か。やはり、千曲には先までの俺の振る舞いが無理をしているように見受けられたらしい。

 なんとも情けない話だ。自分なりに千曲を楽しませようと典型的なデートを試みて、結果ぎこちなくなって気を使わせてしまったのである。無論、千曲が一般とは少し異なった女子高生であるというのは誤算だったわけだが。


 「それで?雄太くんが言ってる、その一番好きな二次元ヒロインっていうのが、この表紙の子なの?」


 「そう、ユナたそこと、沓澤ユナ。俺のお嫁さん候補筆頭だ!」


 「むー!私と仮とはいえ付き合ってるのに!浮気だ!」


 「いやだから違うだろコレは!推しだよ推し!二次元の推し!そもそも、千曲とユナたそが……」


 「ん?なに?」


 「え!?いや、二次元と三次元なんだから、浮気も何もないだろって話だよ!」


 あぶねー、うっかり『千曲とユナたそが似すぎてて、千曲はもはや現実世界にユナたそがいるみたいな感じなんだよ!』とかいう、激キモ発言をして失笑を喰らうところであった。もう今日二回目だぞコレ、しっかりしろ俺。


 「ふーん!まぁ、どのみち私が雄太くんの一番になりますけど!」


 「その心意気は男冥利に尽きるが、ユナたそはもう理想みたいな女の子だからなぁ。そりゃ二次元なんだから当たり前だけど」


 「……参考程度に、そのユナたそさんの良さを語っていただいても?」


 「良いのか?端折っても五時間くらいはかかるけど」


 「もうちょっと短いと助かるかも!ごめんだけど!」


 俺がユナたそのことを語ろうものなら、完全にオタクモードになってしまうことなど目に見えているわけだが。とはいえ、これを人に語れる機会もそうそうない。例えば、姉にこれを話したら『あ、ごめん、壁見てた』と言われたことがある。壁見てるのより退屈なのかよこの話、せめて『ごめん、考え事してた』とかであって欲しかった。


 「ユナたその良さは、なんと言っても言動と立ち振る舞いだな」


 「というと?」


 「主人公のことがどうやら好きなんだけど、とはいえなんだか余裕があるんだよ。見透かされてる感というか、掴みどころがないというか。追いかけたくなる魔力って言うのかな、爽やかに魅惑的なんだよ」


 「魔性の女、的な?」


 「というにしては、あまりに純粋無垢な感じなんだよなぁ。艶めかしいエロスって感はあんまり無くて、学園のマドンナというか。少女の清廉さはしっかりと……え、この話大丈夫?つまらなくない?」


 気持ちよく自分を曝け出していたが、ふと我に帰ってしまった。なんだかマスターベーションを見せてるような気分だ。

 恥じらいから俺が苦笑いを浮かべると、千曲は目をまっすぐに見つめて言った。


 「大丈夫だよ、続けて」


 「本当に?俺だけ気持ちよくなっちゃってない?」


 「ううん、雄太くんの好きなもの、もっとちゃんと全部知りたい」


 真剣な眼差しだった。俺の世迷言を、この少女は他に注意を向けるでもなくしっかりと聴いてくれていた。

 まさか、こうもマジな感じで聞いてくれるとは。恥ずかしくもありつつ、なんだかんだ嬉しく感じてしまう自分がいた。


 「そ、そうか…まぁ、キャラクターとしては概ねそんな感じだ。爽やかな小悪魔というか」


 「なるほどね」


 「もちろん、ユナたその魅力はこれだけじゃないぞ。背景設定も読者をそそるものがある」


 「どんななの?」


 こんなオタクトークを展開することもなかなかないので、少し違和感を感じながらも、真剣に聞いてくれている千曲の優しさを無碍には出来ず、俺は話を続ける。


 「やっぱ、ずっと主人公のことが好きだったってのは良いよなぁ。一朝一夕ではない、長年の思いの積み重ねっていうか」


 「そっか、幼馴染だけど疎遠になっちゃったって設定なんだよね」


 「そう、だから二人の間に思い出があるし、離れていた間の切なさとか、主人公に対しての並々ならぬ感情とか、そういう重厚な愛情がユナたそにはあるんだよ」


 「やっぱそれは大事なんだ?」


 「当たり前だ、主人公のことそんな好きじゃないヒロインより、重苦しいまでに愛があるヒロインの方が結局良いに決まってる」


 「まぁ、確かに?」


 「そういう思い出やら感情の蓄積やらを引っ提げて、ユナたそは主人公の前に現れるんだ。あの運命めいた背景設定が、ユナたその魅力をより上げているんだよ」


 「なるほどね、キャラクターだけじゃなくて、そこにストーリーが乗っかっていると」


 「まさにその通り!キャラクターとストーリーは相乗効果なんだよ!どれだけ素敵なヒロインでも、主人公と結ばれる物語がなきゃ違和感が生じるんだよ!」


 千曲が的確なパスを出してくれるので、俺は思わず熱弁を振るう。彼女がミッドフィルダーなら、さぞフォワードはゴールを量産できるだろう。


 「あの、止まっていた二人の恋が再び動き出した感がたまらないんだよなぁ」


 「ふーん……」


 「また再会して、二人の距離は急接近するわけだけど、そこに至るまでの過去のストーリーがあるからこそ余計にエモいというか、いや、あんまりこの言葉で片付けたくないんだけど」


 「へー、なんかさ……」


 千曲は何かを言いかけて、顔を赤らめてモジモジと口ごもった。


 「ん?なんか言おうとしたか?」


 「え、いや、なんか…やっぱなんでもないって言ったらどうする?」


 「めちゃくちゃモヤモヤするだろそりゃ。やっぱなんでもないって言われて、はいそーですかで納得するやつがこの世にいるとは思えん」


 「だよねー……」


 千曲は照れ笑いを浮かべて、小さく深呼吸をすると、視線を斜め下に向けて手を前で組みながら言った。


 「その主人公とヒロイン、なんだか、私たちみたい、だね」

 




 

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