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デート6


 「わー、どれにしようかなー」


 メニュー表を開きながら千曲は高揚したように言った。

 俺たちは駅直結のオシャレなパスタ屋の、テーブルの四人席を二人で占領し、向かい合って座っていた。まだ正午を回らないくらいだからか、お店はそこまで混雑していなかった。


 「写真で見た通り、やっぱり良い感じの雰囲気だね」


 店内は少し古めの欧風な内装で、間接照明が至る所に置いてあり淡い光を放っている。壁に剥き出しになっているレンガは、無論本物ではなく触れば何か別のチープな素材なことが伺えた。

 レトロ、というよりレトロ風、といったところか。『どうですか?オシャレでしょ?』という小賢しい魂胆がありありと浮かんでくる。もちろん、こんなこと考えてる俺が一番小賢しいことは言うまでもない。


 「……そうだな、レトロ“風“だな」


 「風のところにアクセント置いて含み待たせなくて良いの!それよりほら!パスタどれにする?」


 千曲はそう言うと、俺が見やすいようにメニュー表を反転させて差し出してきた。


 「千曲はもう選んだのか?」


 「んー、私はすぐ決められないから、先に雄太くんに決めてもらおうと思って」


 「そうか?でも俺優柔不断だからなー、5年くらいかかるぞ決めるのに」


 「優柔不断のレベルじゃないそれ!そんなかかってたら餓死しちゃうから!飲食店で餓死って聞いたことない死に方!」


 俺の軽口に、千曲は丁寧にツッコむ。この短期間にこの連携プレー、前世は二人で売れない漫才師でもやってたんじゃないかと思うほどである。売れてねえのかよ。


 「んー、イカスミ、かなぁ……」


 「……え?」


 俺がメニュー表を見ながら何気なくそう呟くと、千曲はキョトンとした顔でこちらを見た。その声に、思わず俺も真顔で顔をあげ、二人はお互い顔を見合わせた。短い沈黙が走る。


 「イカスミ……?」


 「うん、イカスミ」


 超絶短い質疑応答が終了し、お互い真顔のまま、またも短い沈黙。そして、不意に千曲は手で口を抑えてプッと吹き出した。


 「ふふふ!イカスミって!ふふふ!」


 「な、なんだよ!美味そうだなぁと思って選んだんだよ!」


 お腹を抱えてヒーヒー言ってる千曲を見て、俺は口を尖らせて弁明した。なんでそんな笑ってんだよこの子、俺の顔そんな面白くないだろ、マジ傷つく。


 「いやいや!女の子とのデートってもっと気を使ったりしない?口が臭くなっちゃったりするものは避けたりさ!」


 「くそ!結局千曲も『私たちが言う前に、男が先に気付いて荷物持つべきだよね〜、それな〜』とか言ってる採点者気取りの高飛車女側だったんだな!正体みたり!ついに姿を現したな!」


 「その女の人たちが実際にどこにいるのかは知らないけど!別に私はそんな過剰なエスコート求めてないし!でも、その、何の躊躇もなくイカスミ選んだから、ふふふ、ごめん」


 どうやらツボに入ってしまったらしく、千曲はどうにも笑いを堪えきれない様子だった。まぁ、美少女が俺を見て笑顔になってくれているというのはやぶさかでは無いが、にしてもちょっと笑いすぎじゃない?そんなにイカスミおかしいかな?メニューにちゃんとのってる商品なわけで。


 「そこまで笑うと、もはやイカに失礼だぞ。アイツらだって必死の生存競争の結果、天敵を追っ払う為にイカスミを獲得したんだぞ。まさか、それを飯にかけて食われるとは思ってなかっただろうけど」


 「確かに、ちょっとイカが可哀想かも。でも、男の子とはいえデートでイカスミはちょっとは躊躇うかなーって思ってたから、まさかファーストチョイスで来るとは、さすが雄太くん」


 「おい絶対今バカにしただろ」


 「してないよ!いや、ごめんちょっとだけしてるかも」


 「正直に言うなそんなこと!」


 イタズラっぽく親指と人差し指でちょっとのジェスチャーをしながら微笑む千曲を見て、俺はわざと大袈裟に顔を顰めた。


 「でも、そういうところも好きだよ私は」


 「散々笑っておいて、そんなおべっかで取り返せるか!」


 「おべっかじゃないよ!なんていうか、その、かわいいなって」


 う、嬉しくねえ。まるで子供のように思われてるみたいで余計恥ずかしいわ。もう俺16だぞ、割とエロいこととかも考える年頃なんだぞ。むしろ、そればっかり考えちゃうまである。何してんだ俺。


 「もうやめる!イカスミなんて二度と食べない!」


 「あーごめんって!イカスミ良いじゃんイカスミ!不貞腐れないで!」


 「不貞腐れてない!」


 「もー、機嫌直してって!ほら、サイドメニューにフライドポテトあるよ!一緒に食べよ?」


 おい、いよいよ本当に子供のように扱われてないか俺?あやされてるんだけど俺、フライドポテトで機嫌取れると思われてるんだけど俺。まぁ、好きだけどさ。


 「とにかくだ、イカスミはやめとくわ、別にそんな強く食いたいわけでは無いしな」


 「そう?ならどれにしようか?」


 俺たちはお互いに、あーでもないこーでもないと言い合いながら、最終的に千曲はきのこパスタ、俺はトマトパスタに落ち着いた。


 「ちょっとずつお客さん増えてきたね」


 「ん?ああ、そうだな」


 料理の到着を待つ間、俺は神妙な面持ちで両腕の肘をテーブルにつき、両手を握り合って千曲の様子を伺った。

 オシャレな空間、ほどよい喧騒、仕掛けてくるならここしかあるまい。今こそ千曲の真の狙いを暴かせていただこう。マルチでもセミナーでも、なんでもかかってこい!


 「……なに?」


 「え!?なにが?」


 俺が眼光鋭く千曲を見ていると、彼女はその気配を察知したのか訝しい顔をしながら尋ねてきた。マズい、平静を装わねばならないというのに。

 俺は、当初立てた計画を思い出していた。千曲の真意を探るため、彼女にあえて接近し、そして尻尾を掴む。いつのまにやらデートを楽しんでしまっていてつい失念しかけていたが、この懸案事項は未だ未解決なのだ。必ず解決してみせる、ジッチャンの名にかけて。いや、この場合、姉ちゃんの名にかけて、の方が正しいかな。


 「なーんか、こわばった顔してたから」


 「こわばったって、やっぱなかなか語彙力あるよな千曲って」


 「え!?あんまり言わないかな一般的には!」


 「え?いや、一般的にどうとかは知らないけど、あんまりJKが口語で使うイメージはないな」


 というか、その言い方ではまるで千曲は一般的JKではないみたいではないか。まぁ、確かにこの容姿は一般的とは言い難いが、そんな嫌みな意味で言ったわけではないだろうし。


 「えー、マジか、無理、死ぬ、チョベリバ」


 「無理してJKに寄せなくて良いって。最後のやつにいたっては今のJK誰も使ってないって、むしろよく知ってるなってなっちゃうやつだから」


 「あーもう!もうちょっと勉強が必要なのかなぁ」


 勉強って。一般的なJKを勉強してる時点でもう一般的JKではないだろ。出会ってまだ日が浅いからか、やはりどうにも俺の千曲への見立ては本質とはズレている気がする。この垢抜けた見た目に印象が引っ張られて、勝手に陽キャ認定してたのかも知れない。


 「……あのさ、もしかしてさ」


 「うん?」


 「千曲もちょっと無理してたりとか、するのか?」


 婉曲的に表現しようとしたのだが、思いのほかストレートな物言いになってしまった気がする。

 とはいえ、今のところ姉の入れ知恵通りにデートを進めているわけだが、もし千曲が一般的な感性の女の子ではないとしたら。映画館だったりパスタ屋だったり、こういった安牌なデートコースに満足しないような女の子だとしたら。その仮定が正しければ、無理して付き合ってくれているということになる。


 「はえ!?そそ、そんなことないよ!」


 「おい嘘みたいにわかりやすいな!むしろわざとだろその反応」


 ここまで匂い立つまでに典型的な慌てかたをするとは。もし本当に素でこの反応だとしたら、絶対カジノとか行かない方が良いぞこの子、カモすぎる。


 「いやー!それにしても昔の文豪は自殺が多いよね!」


 「話逸らそうとしすぎて変な話しちゃってるから!そんな憂鬱すぎる話で盛り上がるか!」


 千曲は凄い勢いで置いてあるコップの水を飲み始めた。結構な量を飲んでコップを置くと、体が熱っているのか両手をうちわ代わりにして首元を仰ぐ。

 やはり、今の一言で相当狼狽しているみたいだ。そこまで慌てるような一言だっただろうか?


 「……やっぱ無理してたのか?その感じ」


 「む、無理なんて全然!これが私の素だし!いや、というか、雄太くんに好かれるためならというか、背に腹はかえられないというか!」


 「あー一旦落ち着いてくれ!急に変なこと聞いて悪かったよ!いや、なんつーか、俺もデートとか初めてだから、やっぱりこういう典型的なのが良いのかなぁとか……」


 「え?ああ、なんだそっちか。それに関しては、私は別にどっちでも良いよ?雄太くんの行きたいところに行きたいから私は」


 千曲は俺の言葉を聞くと、少しホッとしたような表情をして急に落ち着き払った。何か勘違いしていたらしい。


 「そうなのか?いや、俺はとある厄介者の入れ知恵で、女の子のどこでも良いを真に受けるな、安牌なデートコースに行け、というのを実行してたんだが、もしかしたら、千曲はそういうの好きじゃないのではと……」


 「なにそれ、その人面白いね」


 「もしかして、この見立てって間違ってたりするか?」


 「うーん、一般論がどうかは置いといて、私は本当に雄太くんが行きたいところならどこでも良いかなぁ」


 「本屋のラノベコーナーでも?」


 「うん!むしろ雄太くんが今どんなものが好きなのか知りたい!」


 千曲はそう言って目を輝かせながら身を乗り出す。

 おいなんて良い子なんだこの子、いや裏に企みがあるかもしれないけど、もう良いよなんなら貢ぎたくなっちゃってるよ俺。


 「じゃあ、映画館とかはつまらなかったよな、ごめん」


 「そんなことないって!雄太くんが私のことを考えてデートプラン立ててくれたことが、今はとっても幸せだよ!それに、典型的なデートはそれはそれで良いじゃん!」


 俺が俯き加減で自分の至らなさに申し訳なく思っていると、千曲は肩をポンポン叩いて励ましてくれる。

 初デートで女の子に励まされてるぞ俺、大丈夫かこれ。マッチングアプリとかだったら最悪の男だろこれ。


 「雄太くんと一緒にいられれば、場所なんてどこだって良いの!典型的なデートコースだって、雄太くんが行きたいところだって、傍にいられるだけで、私は嬉しいんだから!」


 「……違法賭博施設も?」


 「それ極論!善処はしますけど!」


 善処しちゃダメだろ。危なっかしいなこの子。

 しかし、こんな男冥利に尽きることを言われてしまっては、琴線に触れるに決まってる。せっかくの機会だ、お言葉に甘えて俺も遠慮なく千曲に自分を知っていただくことにしよう。


 「よし、ごめん、俺も遠慮すんのやめるわ」


 「うん!そうしてくれた方が、私も嬉しい!」


 「これ食い終わったら、ラノベコーナー行くぞ。こっちのフィールド、見せてやりますよ」


 「うんうん!楽しみ!」


 どうにも、柄にもないデートも少し飽きてきたところだった。姉の入れ知恵には逆らうことになるが、ここは俺のやり方でやらしてもらうことにしよう。

 いつのまにか緊張もほぐれ、どこかワクワクしている自分がいた。


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