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デート5


 「うわっ!眩しっ!」


 映画館のエントランスを出ると、千曲は降り注ぐ日差しを受けて手で額を覆った。まことに美少女とは、どんな仕草であれ絵になるものである。


 「次どこ行こっか?もうお昼近いからご飯にする?」


 「そうだな、なんか食べたいものとかあるか?」


 いちおう一般的なデートのしきたりに則って女性側の食事の意向を聞いてみた。無論だが、案内できるほどの飲食店の知識は俺にはない。普段休日は家から出ないし、学校帰りも本屋かゲーセンしか寄らないので、特に女性と行くようなお店のことなど俺が知る由もないのである。オシャレな飲食店とかマジで興味ないし。


 「うーん、私は正直なんでも良いよ。雄太くんが食べたいものが食べたいかな」


 「俺も食へのこだわりとかないからなー、食えたらなんでも良いみたいなとこあるだろ男は。むしろ女の子の方がこだわりあるんじゃないか?甘いもの好きだろ甘いもの、パフェとか、パフェとか、あとパフェとか」


 「甘いものパフェしか知らないじゃん!絶対興味ないでしょスイーツ、別に無理に合わせなくて良いよ」


 しかし、これでお気に召さないところに連れて行って内心ヘソを曲げられても困る。

 ふと、またも姉の言葉が脳裏に浮かんできた。


 『は?雄太今なんて言った?ラーメン?ダメに決まってるでしょ!いい?女の子ってのはやっぱりオシャレな料理をSNSにあげるのが好きなの!慣れきった関係ならともかく、初デートで小汚いラーメン屋なんて言語道断よ!私だったらそんなやつ有罪にしてるね!』


 この人に司法試験受かるような頭脳がなくて本当に良かった。こんな裁判官いたら日本の司法は終わってしまう。

 ともあれ、こちとらデートで恋愛映画を見るという恥ずかしいほどにありきたりなイベントをすでに踏んでいるのだ。今更オシャレな料理を食べることくらい造作もないことである。


 「とにかくだ、ありきたりなデートを指向した以上は、ここもオシャレな料理を食べるぞ」


 「まぁ、雄太くんがそうしたいなら良いけど…」


 俺はスマートフォンを取り出し、マップアプリを開いて近場の飲食店の情報収集を試みた。


 「えーと、オシャレっと……」


 「検索ワードがざっくりすぎる!」


 「じゃあなんて打てば良いんだよ」


 「えー、そう言われると難しいけど…例えば、アフタヌーンティーとか?」


 俺は千曲に言われるがままアフタヌーンティーと検索バーに入れてみた。

 うひゃあ、なんじゃこりゃ。賃貸物件みたいに何段かプレートの階層があり、そのプレートの上にスイーツがちょこんちょこんと乗っかっている。てかこれ一段一段スカスカじゃねえか。詰めて乗せれば一段で十分だろこれ、洗い物増やすな。


 「…これ食べにくくないか?」


 「そこで肯定的な感想が出ない時点でオシャレな食べ物に興味ないのバレバレだから!」


 「あー悪い悪い!えっと、その、なんだ?すっごい良いと思います、はい」


 「絶対思ってないでしょ!」


 そりゃ思わないだろ、食べ物は美術品じゃないんだから。可愛さとか美しさより、美味そうに見えることの方が大事だろ絶対。こんな目のチカチカするようなものより、無骨なラーメンの方が食欲そそるって。


 「なんか、可愛かったり綺麗だったりを食事に求めるのってどういう心理なんだ?だって結局食べちゃうんだよ?壊しちゃうんだよ?むしろ心苦しくないか?」


 「そんなことまで女の子は考えてないんじゃない?なんなら、自分で注文しといて『えーこんな綺麗なのに食べるの勿体なーい』とか言ってる人もいるし」


 千曲は首を傾げてシラッとした表情を浮かべつつそう言った。いや、その言い草ではまるで『女の子』の部外者みたいではないか。こういうオシャレな料理が好きな『女の子』の心理が聞きたくて質問したんだけど。


 「えっと、千曲はこういうオシャレな食べ物を食べちゃうことについてどう思うんだ?」


 「え?私?うーん、どうだろ……」


 千曲は顎に手を当てて、うーんと少しばかり思案した後、ゆっくり顔を上げてこちらを見た。


 「まぁ、そういう食べ物が好きな気持ちもわからなくはない?かな?」


 なんとも煮え切らない回答である。女の子はみんなオシャレな料理好きなんじゃねえのかよ、お姉ちゃんの嘘つき、ムカつくから帰ったら冷凍庫のアイス勝手に食べてやろ。


 「もしかして、そんなにオシャレな料理とか好きじゃないか?プリクラとか、かわいいキャラクターとか、原宿みたいなの、好きじゃないタイプか?」


 「情報の仕入れ先がわかりやすすぎる!インターネットの変な陰謀論とかハマらないでね?心配だよ……」


 仕方ないだろ、周囲に女性がいない以上、そういう情報はネットで仕入れる他ないわけで。姉に聞くという手もあるが、というか頼んでもないのに入れ知恵してくるんだけど、あの人の意見は少し偏っている気がする。あと、普通にウザイし。


 「ネットに書いてあることって間違ってるのか?俺油断すると恋愛アドバイザーの呟きがSNSのサジェストに上がってくるんだけど。あれホントやめて欲しい、俺は二次元のヒロインと結婚するって決めてんのに」


 「それは雄太くんが見てるからじゃないかな!?AIが雄太くんを恋愛アドバイスに興味ありそうだと判断してるからじゃないかな!?」


 なんてことだ。俺はとうの昔に三次元での恋愛への未練を捨て去ったと思っていたのに、無意識にまだ諦めきれていない自分がいるということなのか。人間の思考や行動原理において、無意識の割合は9割以上を締めていると言われているが、まさかこんなところで自己の無意識と向き合う羽目になるとは、なんとも悩ましい問題である。


 「なんてこった…俺はユナたそという心に決めた人がいるというのに、ごめんユナたそ…俺もっと強くなるよ…」


 「なにその、少年漫画で主人公の仲間が初めて敵に敗北して自分の弱さを知った時みたいなセリフ!何で決意新たにしてるの!世界一の剣豪にならなくて良いから!」


 めっちゃ少年漫画読んでるじゃねえかこの子。姉とかに漫画とかアニメの例えなんてしたら『は?』の一言で一蹴されるんだけど。


 「それに、仮とはいえ交際相手とのデート中に他の女の子のことが好きだなんて、あんまり言わない方がいいと思うんですけど!」


 「いや、でも相手は二次元の女の子だぞ?俺だって、現実的には結婚は難しいことくらいわかって言ってるぞ?」


 「それでも!」


 「あー悪かったよ、でもなぁ…」


 そんな俺の心に決めたユナたそと君は重なるんだ!なんてキモい発言はさすがに出来なかった。褒め言葉として言ったとて、十中八九引かれてしまうことくらい俺でもわかった。


 「てかまずい、話が脱線しすぎてお昼ご飯の話が完全にどっか行ってたわ。早く決めないとお昼のピークタイムとかち合って混んじゃうぞ」


 「確かに!じゃあ、私もオシャレな食べ物屋さん調べてみるね!」


 千曲もスマホを取り出し、タッチパネルを軽快に叩きながら調べ出した。


 「へー、パスタとかどう?結構店内の雰囲気もいい感じだし、投稿にもいっぱいいいね付いてるよ、ほら!」


 千曲はスマホ画面をこちらに見せてきた。日の光を画面が反射して見えにくく、俺は覗き込んで目を凝らす。


 「ん、なんだマップとかで調べてるんじゃないのか。これ陽キャ御用達のSNSだ、俺やってないけど」


 俺はテキストベースの陰キャSNSはやっているが、写真ベースの陽キャSNSはやっていない。なぜなら、投稿するような写真を撮ることが私生活でないからである。俺のカメラロールはスマホゲームのリザルト画面のスクショでいっぱいだ。無論、これで自分は満足なわけだが、人に見せられるようなカメラロールではないな、などと自ずから勝手に卑屈になってしまうことが時折ある。悪癖だなぁ。


 「このSNS楽しいか?大して親しくもない知り合いの幸せ自慢見せられてる感じがしてすぐやめちゃったんだけど俺」


 「んー、どうだろ。最近はこれのDMとかで連絡取ることも多いし、なんていうか、インフラ?みたいな?」


 あえて少し陽キャSNSに否定的な意見を言うことで、ユーザーである千曲に良さを語ってもらおうとしたのだが、また実にシニカルな回答が帰ってきてしまった。

 先ほどのオシャレな食べ物の話といい、このSNSの話といい、どうにも千曲は俯瞰的に物事を捉えている感じがする。あるいは、典型的に女子が好きそうなものが、案外得意ではなかったりするのかもしれない。こういう垢抜けた美少女は、陽キャSNSを楽しくやっている、というのはタダの先入観なのだろうか。


 「それに、このSNSならオシャレなお店とかは調べやすかったりするよ。案外やってみると便利なこと多いんだよね」


 「なるほどなー、俺には縁のない世界だわ」


 「まぁ、苦手なら無理してやる必要もないけどね。それより、ほら、このパスタ屋さん駅直結の建物に入ってるらしいよ」


 俺がスマホ画面を凝視すると、千曲は見やすいようにスクロールしてくれる。

 どうやら、これはそのパスタのお店の公式アカウントの投稿のようだ。なるほど、昨今のこの苛烈極まるSNS戦国時代において、飲食店は宣伝のためにこぞってSNSアカウントを運営するらしい。それも、かなりの頻度でストーリーとやらを更新してるようだ。

 俺が料理人なら、SNSマーケティングなどやってる時間があるなら料理の研鑽に励みたいと思ってしまうだろうが、顧客獲得の為にはそうも言ってられないのが実情なのだろう。なんとも健気だ。


 「へー、確かにオシャレでいい感じだな。ブランディング成功してるし、儲かってるんだろうな」


 「もーまたいらないこと言う!素直にオシャレで美味しそうだなで良いの!」


 「でも、SNSのオシャレな投稿って、それ故にどっか胡散臭く感じないか?ほら、すぐモルディブにバカンスに行くインフルエンサーとか、絶対どっかのタイミングで化粧品とかエステとかの宣伝するだろ。オシャレな投稿って金の匂いするんだよなぁ」


 「みんなそんな捻くれたモノの見方してないから!良いなぁ綺麗だなぁ、で良いの!」


 本当にそうだろうか。どのSNSでもプロモーション投稿は途端にいいねが減少する傾向にあると思うが。みんな有名人から漂うそこはかとない儲け話の匂いにウンザリしているんじゃないか?


 「まぁでも、こういう捻くれたモノの見方も案外バカにできないぞ。自分がもしインフルエンサーとか配信者とかになりたいんだったらブランディング目線で売れっ子を見た方が勉強になるからな」


 「インフルエンサーとか配信者になる予定あるの?」


 「うーん、そこまでではないけど、影響力は欲しいかもな。俺の人生哲学を話す配信したり…」


 「ごめん、多分それ需要ないかも!ブランディング以前の問題かな!」


 「おい、あんま現実突きつけてくるな、布団から出られなくなるだろ」


 「メンタル弱すぎる!インフルエンサーとしては致命的!」


 わかってるよ、俺の考えてることが需要ないことくらい。なんでみんなメールの最初『お世話になっております』から始まるんだろう、別に中にはお世話になってない人もいるだろ、とか日々考えてるわけだが。そんなこと考えても無駄だってことくらい、理解してるつもりだよ。


 「まぁ、雄太くんの人生哲学の話は、私が聞くから。他の人とかネット配信とかで話すくらいなら、私に話してほしいな」


 「いいのかそんなこと言って、自慢じゃないが、俺の話は長くて面倒くさいぞ?」


 「うん、大丈夫、それはわかってるから」


 「わかるな!否定してくれよ!」


 この子、やはり時折俺を軽くあしらうところがある。好き好き言う割には、いわゆる全肯定ヒロインではないみたいだ。まぁ、なんならそこに居心地の良さを感じてしまっているワケだが、まずいまずい。


 「雄太くんの話を全部鵜呑みにしてたら、二人して捻くれた人間になっちゃうよ」


 「おい、サラッと俺が捻くれた人間前提で話すな、否定できないけど」


 「でも、雄太くんのそういう捻くれた話聞いて、くだらないなー不器用だなーって思いながら…」


 千曲はスマホ画面に目を落とし、少し切なそうに微笑しながら呟く。


 「私に話してくれて嬉しいなって、そう思うの」


 ふと、風が舞った。天使のように優しく、しかしてどこか儚げな笑顔を浮かべる少女の体を、空気の流れがふわっと包み込み、栗色の髪が優しく靡いた。

 俺は、その姿に、つい数秒の間見惚れてしまった。いや、体感だけで言えばもっと長い時間だった。時が止まったように、そこだけ時間が切り取られたみたいに感じた。


 「…ん?」


 硬直している俺を、千曲は顔を上げて首を傾げながら見つめた。やばい、見惚れてたのバレる、恥ずい。


 「…よーし、じゃあそのパスタ屋行くぞ!そこで存分に人生哲学語るから、覚悟しとけよ!まず、そもそも人間社会のヒエラルキーにおいて…」


 「もう話し始めてる!焦らなくても、パスタ屋さん行ったらいっぱい聞くから!前見て歩いて前見て!」


 俺は照れ隠しするみたいに早口で話しながらパスタ屋のある駅に向かって歩き出した。千曲がその後をトコトコ着いてくる。

 くそ、あんなこと言われたら、心奪われるに決まってるだろ。これで美人局だったら本当に法で裁かれてほしい。千曲未成年だけど。

 俺は心臓の鼓動の高鳴りが治るまで、しばらく千曲を直視することが出来なかった。


 




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