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デート3


 俺はギョッとした。千曲のその訝しげな視線は、確実に俺のらしからぬ行動を、そこにある計略の影を捉えていた。

 無理をしている、か。果たして、俺は無理をしているのだろうか?確かに、好き好んで女子中高生向けの恋愛映画を見るほど、俺は純粋無垢な人間ではない。しかし、翻って恋愛映画を努めて避けて見ない理由もコレと言ってなかった。つまり、興味もないが、故に特段嫌いな理由も無いのだ。

 だからこそ、姉のこうるさい助言にも耳を貸したのである。女の子の、千曲のヘソを曲げずに懐に入って真意を見抜くという目的のためなら、一緒に恋愛映画見るくらいへのかっぱなのだ。だって恋愛映画興味ないし、最悪座って寝てりゃ良いし。ちょっとお値段高めの仮眠ルームだとでも思えばいいのだ。


 「してないしてない!無理してない!めっちゃ見たいし恋愛映画!」


 「いやだいぶ狼狽えてるけど!文化祭の日に体調悪いけど行きたいからって無理やり来て『どうしたの、顔色悪いよ』って言われた時に返す『無理してない!』のテンションだったけど!」


 俺の誤魔化しは随分と見抜きやすいらしい。自分的には名演技だと思ったのだが、チャップリンへの道のりはなかなか険しそうだ。

 しかし、その例えはあんま共感できねえよ。文化祭なんて行きたかったことねえし、体調崩したら喜んで休むわ。


 「本当に無理してない!確かにらしくない、とかは自分でも思うけど、正直に言うと恋愛映画なんて好きでも嫌いでもないから無理もクソもないんだって!」


 「いや正直すぎる!じゃあ恋愛映画じゃなくて、もっと別の、それこそ雄太くんが見たいやつで良いじゃん!」


 「俺の見たいやつ、か……」


 ここでふと、また姉から授かった小言、もとい助言が脳裏に浮かんだ。


 『あーダメダメ!話聞いてる限り、多分その子は「雄太の見たい映画で良いよ」とか言ってくるのよ!女の子の「私はなんでも良い」を言葉通りに鵜呑みにしちゃダメ!それはつまり「あなたにリードして欲しいけど、出来れば私の意も汲み取って欲しい」ということを、奥ゆかしく婉曲表現してるの!もう、乙女にこんなこと言わせないでよまったく!』


 勝手にアンタが言ったんだろ。聞いてねえよそこまで。

 しかし、姉の言うことを全て真に受けるのも些か問題ではあるが、いわく、女の子というのは実に面倒な生き物のようである。何が奥ゆかしいだよ、わかりにくいだけじゃねえか。


 「本当に見たいやつで良いのか?」


 「うん!雄太くんが見たい映画が見たい!」


 千曲はニコッと笑顔で大袈裟なほど頷いた。え、なに、可愛い。

 しかし、姉の夢も希望もないお小言を聞いてしまったあとだと、そんな笑顔が余計演技じみて見えてしまう。

 良薬口に苦し。千曲への不信感が拭えない今の俺には、彼女のその甘美な所作よりも、姉のありがた迷惑な苦言の方が、かえって信頼に足りてしまった。まっこと、この世の中は知らない方が良いことで溢れかえっている。地下アイドルの裏の顔とかね。


 「なるほど……じゃあ、やっぱこの『うんたらかんたら366日』にしよう、うん」


 「なんで!?もはや名前すら覚えてないし!」


 「いやまぁ、いろいろあってな」


 「いろいろってなに!名前も覚えられないほど興味ない映画をみる理由ってある!?」


 さすがに『お姉ちゃんが女の子の言葉は鵜呑みにせず、とにかく恋愛映画を見たほうがいいって言ってたから』などという、スーパーシスコン発言は出来ない。いや、実際はそうなんだけどね。

 しかし、裏の事情はいろいろあるにせよ、姉に女の子との触れ合い方を説かれて、しっかり実行してしまっている俺は、傍目から見てだいぶシスコンなのではあるまいか。マジかよ、それだけは勘弁してくれ。


 「恋愛映画を見る理由ならあるぞ」


 「本当に?」


 「ああ、コレを映画館の他の客に見られることによって『俺には彼女がいまーす!彼女の付き添いで仕方なく見たくもない恋愛映画見てまーす!良い彼氏でしょー!』というささやかな優越感に浸れる」


 「あまりにも矮小すぎる!純粋な気持ちで見てる世の中の彼氏に謝ったほうが良い!」


 そんなやついねえよ。男はみんな多かれ少なかれ、女の子の付き添いという優越感を感じるために、楽しくない道楽に付き合ってんだよ。男だけだったらイルミネーションなんて見ずにラーメン食いに行くわ。


 「とにかく、こんな感じで俺にもメリットはあるぞ」


 取ってつけたような理由だったが、存外嘘というわけでもない。百パーの嘘ならバレても、少しの真実を混ぜ合わせると信憑性が上がる。どうやら、この手口は詐欺師の常套手段らしい。俺詐欺師向いてるのかも、全然誇れねえ。


 「うー、まぁ、さすがにそんな恥部を見せられて、嘘だなんて言えないけど」


 「だろ?あと恥部ってなんだ恥部って、俺は正直なだけだ、決して恥部を露出したわけじゃない!」


 てか、恥部なんて高校生の日常会話であんま聞かねえぞ。よくそんな言葉知ってるなこの子。


 「まぁ、じゃあその矮小な優越感に付き合ってあげますよー。いちおう選んだからには真面目に見てよ?」


 「ああ、もちろん」


 「なら良いけど」


 「善処する」


 「それしない時に付ける言葉!」


 だいぶ押し問答をしてしまったが、休日だからか発券機の列もなかなかつかえているようなので、俺たちはそそくさと恋愛映画のチケットを二枚購入してその場を離れた。


 「さてと、なんか食べるものでも買うか」


 「何にする?」


 「ポップコーン。二人で分けて食べよう」


 「めっちゃカップルだしめっちゃ映画館デート!もうビックリするほどありきたり!」


 俺が天井にくっ付いているメニューモニターを指差すと、千曲はのけぞってツッコミを入れた。


 「当たり前だろ。ここまで来たら、もうとことんまでありきたりにしなきゃな。中途半端が一番ダメだからな」


 「何そのありきたりへのあくなき追求!もう開き直ってるじゃん!」


 忘れかけていたが、女の子とのデートなんて俺にとっては大事件なのである。この機を逃すまい、一般男性のデート十回分の経験値をここで稼がせてもらう勢いだ。

 これで『いやぁ、やっぱデートと言ったら映画館だよなぁ』などとしたり顔でほざく、いけ好かない前髪おろし雰囲気イケメンに劣等感を感じずに済むのだ。キノコみたいな髪型しやがって、収穫してやろうか。


 「そもそも、俺は『ありきたり』にそこまでの拒否感ないぞ。何度も言うが、柄にもないだけだ。自分がその『ありきたり』をしていることに違和感があるってだけだ」


 「あー、なんかわかるかも……」


 わかっちゃダメだろ、アンタみたいな美少女に。

 しかし、割と本当に神妙な面持ちで、千曲は右手で顎を抑えて俯いた。どうやら、本当にどこか心当たりがあったらしい。

 こういう『自分なんかが』みたいな卑屈な自我は、しかして陰キャにとってはアイデンティティみたいなもんで、たとえ自分の状況が変わって、過去の陰惨から脱していたとしても、どこかに付き纏う『相棒』のような側面があるのだ。いや、さすがに良いように言いすぎただろうか。

 つまり『ありきたり』を柄でもないと思うような自我は、陽キャやら強者やら、はたまた美少女やらには到底理解の及ばぬことなハズだが。だって、美少女なんてありきたりをやってナンボだもん、体育祭で体操服の裾縛って、顔にちっちゃいシール貼ってナンボだもん。あれ可愛いよな。


 「……意外だな、千曲がこれを理解するなんて」


 「そう?意外に見える?」


 「いやぁ、なんというか、そういう陰キャプライドみたいなものとは、どうにも無縁そうに見えるから」


 「本当!?そう見える!?へへへ、嬉しい」


 なんじゃそりゃ。俺は何の気なしに口走ってしまったが、こんな言葉、むしろ苦労を知らない美少女に対しての皮肉みたいに聞こえなくもないだろ。


 「あーなんかようやくって感じかも!すいません!ポップコーンと、あとチュロス下さい!二本!」


 千曲は店員に挨拶すると、メニュー表を指差して笑顔で注文した。

 いや、ようやくってほど待ってないけどね。あと、勝手にチュロス頼んじゃってるしこの子、まぁ良いんだけどね。


 「まぁ、結局ありきたりなデートも悪くないよね!私も雄太くんとのありきたりなデート、全力で楽しんじゃお!」


 「なんかずいぶん上機嫌だな、馬券でも当たった?」


 「私未成年だから馬券買えないし!ふーんだ、冗談言って余裕出してられるのも今のうちだよ!本気のありきたりなデート、見せてあげる!覚悟してね?」


 千曲はそう言うと爽やかに、しかしてあざとく上目遣いでニヤッとほくそ笑んだ。

 ラノベの中から飛び出した、俺の理想のヒロイン。軽やかに可憐で、美麗にあざとく、常に余裕たっぷりにこちらを手玉に取るような、掴みどころのないゆえに追いかけたくなる、至高の女の子。目の前の千曲双葉という少女は、ユナたそと、フィクションと見紛うほどに、洗練された振る舞いを見せる。

 しかし、時折見せる、素朴な、あるいは気のおけない、はたまた暗澹とした、俺の思い描いたユナたそにはない顔。

 千曲双葉はユナたそではない、そんな当たり前の現実を突きつけられる。

 そして、落胆のような感情を抱いた矢先、彼女は決まってその笑顔で、俺にまた理想の幻影を見せるのだった。


 


 

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