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デート2


 非日常。それは、平凡で変わり映えのない日常を送る現代人にとって、なんともかぐわしい響きの言葉である。

 非日常を得るために、人はあれやこれやと探し回る。例えば、某夢の国なんかは非日常の代名詞であるが、ああいった施設が盛況であるところが、現代人の日常がいかにつまらないかを物語っている。

 さて、俺はというと御多分に洩れず何ともつまらない日常を送っている。それを俺はある種幸福だと思っている反面、何やら物足りなく感じてしまうのが人の性だろうか、時折センセーショナルを求めてしまう傲慢な自我が見え隠れすることがある。平凡こそが幸せであると、そう信じているというのに。

 俺はそんな自己の溜飲を下げるために、非日常を自ら演出しようと試みる。ラノベを読んだりアニメを見たり、そして。


 「私、映画館って結構久々かも」


 「そうなのか、俺はまぁまぁ来るけど」


 映画館という空間は、非日常の演出になかなか役に立つ。暗めのエントランス、立ちこめる独特の匂い、チュロスやらポップコーンやらの定番の食べ物、そして大画面。俺はこの映画館という施設の特有の雰囲気が、どうにも気に入っている。

 昨今はサブスクリプションの隆盛によって自宅でも手軽にアニメが見れるようになったが、それでも、いやそれ故に映画館でアニメを見るというのは何とも趣があって、非日常への没入度が高いのだ。


 「でも意外。まさか雄太くんが映画館行こうって言うなんて」


 「意外か?俺は気になってるアニメの劇場版は割と映画館で見るほうだぞ?特典のために何回も見ることとかあるし」


 「いや、というより、女の子とのデートで映画とか、そういうありきたりなの嫌いそうだなって思ってたから」


 一体この子は俺のことをどういう風に思っているのだろうか。好きだと言う割には、ずいぶん面倒くさい男だとも思っているようだ。いや、面倒くさいのは否定できないけど。

 しかし、それでは一層俺のことが好きな意味がわからない。面倒くさい男が好きってどんな性癖だよ。


 「まぁ、他のカップルがやってたらムカつくな。というか、カップルなんて映画館デートに限らず、何やってたって全部ムカつくんだよ」


 「なにそのカップルへの飽くなき憎悪!それじゃ私たちだって今カップルなんだから、ブーメランになっちゃうよ」


 「まぁ、確かに柄にもないなとは思うけど」


 「ほらやっぱり、だから映画館なんて提案してきた時、意外だなって思ったの」


 発券機の列に2人で並びながら、入り口で手に取った数枚のパンフレットを一つに重ねて、一緒に覗き込む。すごい、これ完全に映画館デートだ、普段発券機に1人で並んでる時にこんなカップルいたらはっ倒したくなるわけだが、いざ自分がこちら側に来てしまうとすっかり良い気分だ。すまん過去の俺。


 「人がやっててムカつくことって、ある意味では妬みやっかみみたいなとこあるだろ。カップル見て腹が立つのって、反面どこか羨ましいからなんだよ。だから、人が映画館デートしてたら睨みつけるけど、自分が映画館デートするのは良いんだ。こういうのをなんて言うか知ってるか?」


 「なんて言うの?」


 「ダブルスタンダードって言うんだ」


 「それ自分で言うことじゃないと思うんだけど!悪い意味だからそれ!」


 しかし、ダブルスタンダードというのは思ったより世の中に蔓延してると思う。ネットで誹謗中傷してるやつに限って悪口言われたらヘコむだろうし、自分は浮気するクセに相手の浮気は許さない輩だって存在するのだ。

 議論なんかはまさにその典型だと思う。相手の主張は否定するくせに自分の主張を否定されたら怒り出す人間のなんと多いことだろう。これをダブルスタンダードと言わずになんと言おうか。しかし、市民生活とは往々にしてこんなことの連続である。したがって、世界とはダブルスタンダードで出来ている。違うかも。


 「……」


 「な、なんだよ」


 「なんか、しょうもないこと考えてそうだなと思って」


 「おい、あんま舐めんな。ダブルスタンダードという事象は存外普遍的なもので、だとすると自分も無意識にダブルスタンダードをしてしまっているのではないか、という自戒的かつ文化的なことを考えていたんだ」


 「やっぱりしょうもないことだった!自戒的かつ文化的って、戒めてるのか誇らしいのかどっちそれ!」


 はて、やはりなんだか、千曲は俺の話す言葉に一定の理解をしているようだ。だいたい俺がこういうことを一般的なJKに言うと『キモっ』の一撃でHP根こそぎ持ってかれるワケだが、どうにも俺の特性やら発言やらを理解しているようなリアクションを見せる。


 「……なんか、千曲って普通の女子高生って感じしないな」


 「それ、お互い様だと思うけど」


 「いや、俺がちょっと人と変わってるのは認めるけど、千曲も千曲でなんというか、サーカスの珍獣使いみたいなとこあるな。いや、誰が珍獣だ」


 「自分で言って自分でツッコまないで!」


 しかし、ボケても気付いて貰えなくて結局自分でツッコんじゃうことってよくあるよな。自分でボケてツッコんで、そのうえ一笑いも起きなかった時とか、もう喋るのやめようとか思うよな。


 「私は結構普通の女子高生のつもりだよ?雄太くんに好かれるための努力はしてるけど、それ以外は努めて普通のつもり」


 「そうか?俺の思うJKってもっとこう、俺の言うこと全部『キモっ』とかで片付けてくるというか」


 「さすがに卑屈すぎるでしょ!JKを何だと思ってるの!」


 「でも前、『学校空間内におけるコミュニティとカースト階層の移動は容易ではない』という話を、たまたま話す機会があった女子高生にしたら『キモっ』て言われたぞ俺?」


 「実体験だった!それに、その内容ならその反応でも仕方ないし!どういう文脈なら女子高生とそんな話になるの!」


 多くの女子高生には、意味わからないといった顔で一刀両断されるような発言も、千曲はしっかり返答してくれる。変に取り繕わなくて済むような、そんな居心地の良さがあった。この子、俺の取扱説明書でも読んだのかな?俺って電化製品だったのかな?

 

 「でも、私は雄太くんと話してる時間は楽しいよ。好きっていうのもあるけど、やっぱりなんか、楽しいなって」


 「そ、そりゃどうも……」


 「ま、すぐ意味わからない持論を展開するのだけは、私以外にはしない方が良いよ。嫌われちゃうから」


 千曲はそう言うと、イタズラっぽくはにかみながら人差し指でツンツンと俺のほっぺたをつついてきた。

 余裕そうにこちらを見透かしたような、美麗な表情や立ち振る舞い。ついユナたそと重ねてしまうような、胸が苦しくなるような、そんな雰囲気が確かに彼女にはあった。

 しかし、話していると随所で等身大の、あるいは居心地の良い面が顔を覗かせる。時にはユナたそで、時にはユナたそではなくて。一体なんなんだこの子は。

 いや、そもそも千曲はユナたそじゃねえだろ。ここ三次元だぞ、しっかりしろ俺。


 「そっちこそ、あんまこうやってすぐにボディタッチとかしない方が良いぞ。好かれちゃうから」


 「しない方が良い理由が逆だ!でも、心配ないよ、雄太くん以外にはボディタッチなんてしないから」


 「俺も心配ないぞ、千曲以外には持論を展開したりなんてしないからな」


 「それは別に私にもしなくて良いんだけど!」


 そんな与太話を二人でしていると、発券機の順番が回ってきた。俺が慣れた手つきで操作を始め、ふと人数選択の画面で手が止まる。

 高校生、二名。そっか二名か、いつも一名のところを押しているから、違和感で少しばかり逡巡してしまった。我ながらなんと寂しい私生活だろうか。


 「ん?どうしたの?」


 「え!いやぁ、ワンチャン俺たち小学生とかに見えないかなって。そしたら安く映画見れるのになと。いいなぁ小学生羨ましいなぁ」


 「何言ってるの、ほら高校生二名ね」


 俺がその逡巡を誤魔化すために、地球上で過去に五億回くらいは使われたであろうほど言い古された冗談を呟くと、千曲は軽く流してピッピと画面をタップする。


 「さてと、何見るか決めてるの?」


 「えっと……」


 千曲にそう言われて、俺は発券機の画面を覗き込んだ。アクションやホラーなど、様々なジャンルの映画がタッチパネルに表示されている。

 ふと、俺は先日カフェにて姉からもらった小言、もとい忠言を思い出した。


 『映画館デートだったら絶対に恋愛映画を見て!ありきたりが嫌とか、そういういらないプライドは捨てなさい!ありきたりが結局一番良いんだから!恋愛映画恋愛映画!恋愛映画一択!』


 もはや、今公開中の恋愛映画の回し者なんじゃないかというほどに、有無を言わさず恋愛映画を推薦してきた。

 というか、あの人が恋愛映画好きなだけだろ。いや、あの人は恋愛映画が好きというより、それ以外が見られないと言ったほうが正しいか。家族でミステリードラマ見てた時、開始五分で寝てたしあの人。終盤の方に起きて、犯人だけ見て『私コイツ怪しいと思ってたんだよ!』とか言ってたし。そいつアンタが寝た後に初めて登場したわ。


 ともあれ、俺の実地経験をまるで伴わない貧弱な恋愛理論よりも、むしろ実地経験しかない姉のアドバイスのほうが、拠り所としては信用に足る。

 あの人の言いなりになっているようで少しばかり癪だが、ここは素直に従うことにしよう。


 「これとかどうだ?えー、『私と君が恋に落ちるまでの366日』だってよ」


 俺がとりあえず目についた恋愛っぽい映画を指で指し示すと、千曲は小さくポカンと口を開けて、眉を八の字にして俺を見た。


 「……それ、恋愛映画だよ?アニメでもないし、実写の、恋愛の、映画だよ?」


 「え、いや、うん、さすがにタイトルでわかるよ俺でも。てか、これで逆に恋愛映画じゃなくてホラー映画だったらどうするんだよ。むしろ名作の匂いがプンプンするだろそれ」


 一見百合アニメに見えてとか、一見魔法少女ものに見えてとか、そういうある種の裏切りがあるアニメは、得てして名作だよな。


 「いやだから!売り出し中の若手女優と!男性アイドルグループの人気メンバーが主演の!政治とマーケティングの匂いしかしない!中高生女子とそれに連れられて来た彼氏しか見にこない!毎年同じ映画がやってるんじゃないかと思うほど焼き直しの!恋愛!映画!だよ!?」


 「おい恋愛映画に親でも殺されたのか!いや、確かに全部事実だけど!別に良いだろありきたりな映画だって良さあるかも知れないだろ!」


 千曲が捲し立てるように恋愛映画に対しての辛辣な偏見を俺に言ってきたので、なんとか恋愛映画を見る体裁を整えるために薄っぺらな擁護をした。

 てか、なんで俺は女子中高生向けの恋愛映画の擁護なんてしているのだろう。俺だって別に興味ないのに。


 「てか、恋愛映画嫌だったか?いちおうデートだし、定番のことをした方が良いのかと……」


 「別に私は嫌じゃないけど、その、定番のことをした方が良いとかっていう気の使い方が、なんていうか……」


 「なんていうか?」


 俺がモゴモゴと濁す千曲に言葉の続きを促すと、千曲は言いづらそうに口を開いた。


 「……雄太くん、なんか無理してない?」

 

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