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カフェ談合4


 ふと、俺は忘れかけていた煩わしい記憶を思い出して、顔を顰めて口ごもった。純文学なんて、もうずいぶんと読んでいない。


 「ん、なにどうしたの嫌な顔して、中学くらいの時かな、雄太純文学ばっか読んでたことあったじゃん?もしその子がオタクじゃないなら、そういう純文学とかの方がとっつきやすいかなって」


 「いやー、もうほぼ読んでないから最近のとか全然わかんねえしなぁ。それに、アレは人の影響で読んでただけだから」


 「人の影響?雄太中学校の頃もあんま友達いなかった気がするんだけど」


 「『も』ってなんだ『も』って。今友達いない前提で話すな、いないけど」


 まぁ、姉の予想は概ね正しかった。中学も高校も、俺はあまり人付き合いが広い方ではなかった。


 「誰の影響?」


 「いいだろ別に誰でも」


 「教えてくれたって良いじゃん!もし中学校の頃の捻くれた雄太と仲良くしてくれてた人がいたならちゃんとお礼しに行かなきゃ!雷おこし持って!」


 「うっぜ、過保護な母親みたいないらん事するな。あとなんで東京土産なんだよ、アンタがしょっちゅう東京に旅行行くってだけだろソレ」


 この姉は夜行バスでよく東京に旅行に出かける。やれアイドルのライブだのイベントだの、休日とあらば首都に向かって弾丸旅行である。どっからその体力出てくるんだよ、平日朝から晩まで働いてるのに休日フットサルやる商社マンくらい意味わからない体力と価値観である。休日なんて惰眠を貪ってナンボだろーが。


 「てか、俺は友達は人より少ないけども、それは必要ないからってのも大きいんだよ。それに、人付き合いって精神すり減らすから。だから、逆にそこまで気を遣わずに接せるやつとは意外と話したりするんだよ俺は」


 「なるほど?じゃあ中学校の頃に気を遣わずに話せる友達がいたんだ?」


 「友達、友達なのか?アレが友達と言って良いのかわからんけども……」


 俺が記憶を遡りながら口ごもる。友達、なんて陳腐な表現が本当にあの2人の関係の呼称として適しているのだろうか。アレは、なんというか、そんな薄ら寒い友情ごっこでは、なかった気がする。


 「ふーん、初耳だ。その子はどんな子だったの?」


 「えっと、図書委員の子で、いっつも図書室で純文学ばっか読み耽ってる三つ編みの……いや、だから今この話どうでも良いだろ、それより週末デートの……」


 「え!?女の子!?ねぇ女の子!?」


 あ、やべぇやっちまった。この恋愛脳に少しでも異性の影をチラつかせてしまえば、即座に尋問タイムが始まってしまうことなど想像にたやすいというのに、三つ編みだのと余計なことを言ってしまった。姉はテーブルに手をついて身を乗り出してくる。声デカい声デカいよ。


 「え!?あ、まぁその、ははは」


 「その反応絶対女の子じゃん!うっそ雄太中学時代も女の子と関係あったんだ!なんで私に話さなかったのよ!」


 姉はもうっ!とでもいうように俺の肩をバシッと叩いた。思春期の男子がわざわざ親族に友達の話とかするわけねえだろ。あまつさえ、それが異性ならなおのことだ。


 「いや、たまたまその子は女の子だったけど、別に何かやましいことがあったわけじゃないぞ!なんでもかんでも恋愛に繋げんな!それに今この話関係ないし!」


 「いーや!むしろその情報は貴重だよ!だって、今まで私は雄太が本当に一回も女の子と親しくなったことがないと思って話してたんだから!女性経験があるっていうなら話は別よ!」


 「だから!女性経験ってほど大した代物じゃねえって!ただ単にちょっとだけ話したことがあるってだけだ!」


 そう、本当に、女の子との会話経験などと呼んでいいのかどうかすらわからない、傍目から見たらチンケでありふれた思い出だ。


 「ちょっとだけっていってもいろいろあるでしょ!過去の女性経験の情報は、週末デートで雄太がどこまで出来るのかを決めるのにすごく重要なんだから!」


 「ていの良いこと言って、俺の女性関係の詮索したいだけだろ!」


 「私の目的わかってるなら大人しく答えてくれたって良いじゃん!」


 「居直るな!そんな下心がわかった上でベラベラ話すわけねえだろ!」


 テーブル越しに顔を近づけてくる姉を払いのけながら俺たちが押し問答をしていると、なんとなく周りからの視線を感じた。どうやら二人のその慌ただしい様子がこのオシャレ空間には似つかわしくなく、訝しい眼差しを集めてしまっているらしい。しかし、この姉はこうなったらある程度聞き出すまで止まらないだろう。その執念、まるで芸能人の色恋沙汰を地の果てまで追いかけてスクープする下世話な記者のようだ。もうそういう週刊誌を刊行してる出版社にでも就職してくれ、天職だろ。

 とにかく、姉に満足して静かになってもらう貰うためには少しは話さざるをえまい。俺は深いため息をつくと、ゆっくり口を開いた。


 「……だから、中一の頃、俺が図書館に入り浸ってて、その子も図書委員だからよく顔を合わせたんだよ。それで、ちょこちょこ話すようになったってそれだけ」


 「なるほどね、じゃああの時はその子の影響で純文学読んでたってこと?」


 「まぁ、そういうことだ。最初は俺がラノベを読んでて、その子が純文学読んでて。そっから流れでお互いが読んでるやつ読もうってなって」


 俺が俯き加減で話していると、姉はニヤニヤしながら俺を肘でグイグイ押すジェスチャーをする。


 「案外青春してんじゃん、甘酸っぱいねーコノコノ」


 「いや、だからアンタが想像してるほど大したもんじゃねえぞ、最後の最後まで俺はその子の名前すら知らなかったんだから」


 「え!そうなの!?最後って卒業までってこと?」


 「いや、よく話すようになって半年くらいで、急にいなくなったんだよその子。それっきり二度と会ってない」


 俺が飲み終えたシトラスティーのストローを弄びながらそう言うと、姉は右手で額を抑えて天井を仰いだ。


 「あちゃー!雄太絶対ロジハラしたでしょ!それかその子の話にいらないアドバイスしたか、デリカシーない発言したか!」


 「おい、なんで俺の過失が原因でその子がいなくなった前提で話してるんだよ。そんなに俺女子から嫌われる典型的な男に見える?」


 「むしろそれにしか見えないでしょ!雄太って論理的でめんどくさくて、そのうえ鈍感だし!」


 なぜ俺は実の姉からここまでボコボコに言われなければならないのだろうか。俺サンドバッグじゃないよ?しかし、反論する気力も湧かないほどには、言い得て妙なのもまた腹立たしい。


 「雄太に良いところがいっぱいあるってことはお姉ちゃんは知ってるけど、それは長いこと一緒にいるから。大抵の女の子から見たら、うっわコイツうっわ、て思われるタイプ丸出しだもん雄太って」


 「おい実の弟を舐めすぎだぞアンタ、俺だって外面くらい待ち合わせてるわ。むしろ、こんな性格だからこそ精巧な外面をちゃんと作り上げてきてんだよ」


 胸を張って口を尖らす俺に、姉は薄目を開けて白々しい表情でこちらを見る。


 「へー?で、その外面はちゃんと発揮できてるんですかねー?」


 「できてるわ!本屋の店員の前とか、ゲーセンの店員の前とか、あと、コンビニの店員の前とか!むしろ、店員の接客態度より俺の被接客態度の方が良いくらいだぞ!」


 「店員さん限定じゃない!被接客態度ってなに!聞いたことないわ!」


 とはいえ、昨今のSNS時代においてはカスタマーもまた晒しあげられることがある。あれやこれやをペロペロして損害賠償を請求されるようなことも起こり得るわけで、被接客態度という俺が提唱する概念もあながち軽んじられないと思うのだが。


 「俺めっちゃ優良カスタマーだから!袋大丈夫です、ってちゃんと言うから!」


 「外面の使用用途が限定的すぎる!それをもっと学校の人とかに使えばいいでしょ!」


 「いや、この外面変身状態は三分が限界だから。三分経つと疲れて素に戻っちゃうのよ」


 「ウルトラマンか!」


 しかし、その表現もあながち間違っていないかもしれない。外面状態は心身共に著しく疲弊するので、ずっと発揮し続けるのは困難なのだ。例えば、新しいコミュニティに属した時に最初は頑張って明るく振る舞うが、そのうち本来の自分とのギャップに疲弊してきて集まりに顔を出すのすら億劫になり、最終的に疎遠になるという経験は、俺と同じ陰キャ諸君なら誰しもが通る道ではないだろうか。


 「三分しか持たない外面じゃ、結局メッキが剥がれて本来の屁理屈論破王が出てくるだけじゃない!カップラーメンデートくらいしか出来ないよそれじゃ!」


 「誰が屁理屈論破王だ。あとなんだカップラーメンデートって、なんかもう逆に面白そうだぞそのデート」


 カップラーメンにお湯を注ぎ、三分間だけお喋りして、出来たら解散。各自ラーメンをすすり、あとは自由にゲームするなり寝るなりラノベ読むなり。良い週末ではないか。いや、もうこれだったら最初のカップラーメンの部分いらねえわ、ここを省くともはやデートですらなくなってしまってタダの引きこもりの理想の休日になっちゃうけど。


 「結局、その使い物にならない外面が剥がれて、ロジハラして、女の子がいなくなっちゃったってオチでしょ!」


 「ロジハラ前提で話すな!少なくとも、俺の振る舞いがあの子を不快にさせて、そのせいでいなくなったわけじゃないぞ!」


 「ふーん、で、その根拠は?」


 姉は信用していないぞとでも言いたげなしらっとした表情でこちらを見た。いや、むしろこれ俺がロジハラされてるだろ今。根拠は?とかロジハラの常套句だろ。


 「その子は図書委員だから図書館にいたのに、ある日を境に突然別の図書委員の人に変わったんだ。それに、それまでは図書館以外でも時折校舎内で見かけることがあったけど、その日からは一度も見かけることはなかったし、卒業アルバムのどのクラスにもいなかった」


 「え、卒業アルバムで探したんだ……全クラス……」


 「いやちょっとは気になるだろそりゃ!おいやめろ、そのストーカーを見るような目で俺を見るな」


 学校時代いい思い出がなくても、卒業アルバムというものは見てしまうものなのだ。なぜかって、陰キャにだってマドンナの一人くらいはいるもので、その子の写真なんかを見て密かに劣情を募らせることはなにも珍しいことではないからである。

 男子だけの秘密だぞ!いやマジで、本当に女子には知られたくない。特に当のマドンナ本人には。


 「卒業アルバムを何に使ってんだか……あ、ナニに使ってんのか」


 「黙れ黙れ!勝手に弟の性事情を決めつけるのはやめろ!とにかく!俺のせいでその子がいなくなったわけじゃないってこと!」


 手持ち無沙汰なのか空になったキャラメルマキアートの紙コップをニギニギしながら、姉は頬杖をついてチラとこちらを見る。


 「まぁ、雄太が原因でその子がいなくなったわけじゃないってのは、わかった。転校したとかそんな感じ?」


 「まぁ、状況的に考えてそうだと思う。クラスも違うからそれを知る術もなかったってことだ」


 「そんな急にいなくなるもんなの?普通は一言『転校するよ』とか言わない?」


 思えば、惜別の言葉など受け取らなかった。いや、後々から考えればそうとも取れるやり取りがなかったわけではないが、そんな婉曲的な表現に当時の俺が気がつくはずもなく。


 「まぁ、所詮その程度の間柄だったってことだ。だから、アンタが期待してるような所謂『女性経験』なんて大層な代物じゃないんだよ」


 「なるほどねー、なんていうか、エモいね」


 なんじゃその感想。何か琴線に触れることがあるたびに『エモい』の一言で片付けるのは、いささか乱暴ではあるまいか。言語化の放棄と言っても過言ではないその俗な表現に、俺は聞くたび辟易させられる。


 「というわけで、俺には結局のところ女性経験なんてこれっぽっちもないわけだ。そして、今しがたアンタにラノベも音ゲーも封殺されたわけですが、どうしましょうかねお姉様」


 「うーん、そうさねぇ」


 姉は腕組みをしてウンウン唸り、不意にパッと目を開けて俺にまっすぐな視線を向けた。


 「よし!もう雄太の得意分野探しはやめ!開き直っちゃおう!」


 

 

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