カフェ談合3
「いや、まぁそりゃそうなんだけど、それをわざわざ惚気アカウントに呟くわけねえだろ。初デートにしちゃ舞い上がりすぎだぞソレ」
てか、女の子の惚気アカウントですら肌寒さを覚えるというのに、男のなんて余計に見てられるか。おっと、これもジェンダーロールになってしまうのだろうか。
「初デートだからこそ舞い上がるんじゃない!ほらほら、初デート決まったんだから惚気アカウント作って呟け呟け詳細に!」
「またアンタアカウント特定するつもりだろ!やらねえよ!」
俺は机に置いてあるスマホを慌てて持ち上げて、胸元まで引き寄せた。いや、特になんの意味もない行為なのだが、これ以上の情報漏洩は避けねばなるまいという防衛本能が自然とそうさせた。
「てか、そうだよ!アンタ仮交際に散々文句つけてきたけど、いちおう週末デートすることになってんだぞ!コレは天下無双の童貞男子にしちゃ随分な進歩だと思わないか!?」
「まぁ、確かにそこは評価できるかもね。ギリギリ及第点って感じ?今回は特別に、温情で単位を差し上げます」
この人、いっつも大学の成績に関して、教授にメールでイチャモンみたいな弁明してる癖に、採点者側に立った瞬間にコレである。『ねぇ教授厳しすぎない?ありえないんだけど!』とかいって愚痴っておきながら、弟の恋愛には教授よろしく随分厳しいな。ありえないんだけど。
「ま、なら次は、週末のデートのことを考えるべきだね。どうせ雄太のことだから、段取りとか何も考えてないんでしょ?」
「失敬な!俺だって初デートなんだから何も考えてないわけじゃねえぞ!」
「へー、例えば?」
「えっと、まず本屋でラノベの新作を……」
「却下」
姉は真顔で俺の計画をすぐさま棄却してきた。ちょっとくらい聞けよ俺の計画、上司ならパワハラだぞそれ。
「アンタと行くわけじゃないのに、なぜ却下されねばならんのですかね」
「当たり前でしょ!女の子って刺激的で面白いデートは好きだけど、場所は案外ありきたりな所を好むものなの!遊園地とかオシャレなカフェとか!ラノベコーナーなんて連れてかれた日には裏垢でもうボロクソよ!」
「ふざけんな!俺のことは悪く言っていいけど、ラノベの悪口は許さねえぞ!」
「それ論点のすり替え!ラノベが悪いとかじゃなくて、デートに適してないって言ってるの!」
この人普段全然知性を感じないのに、なんで俺が論理を意図的に飛躍させた時だけすぐ気づくの?この人相手だと、論点をずらしてうやむやにする俺の十八番がなかなか通用しない。
「うーん、じゃあゲーセンで!」
「ゲーセンで?」
「音ゲーをやる!」
「はい!アウトー!」
姉は俺を指差し、尻尾を掴んだぞというような表情で目を見開いた。そういやトランプにこんなゲームあったな、あ、それはダウトか。
「でも、俺音ゲー割と得意なんだよ?結構やりこんでるし」
「それがダメだって言ってるの!」
「ええ?よく知らないことするくらいなら、得意なこととか好きなことした方がよくないか?それこそ、今日みたく不慣れなカフェとかで恥かくよりも、慣れたゲーセンで音ゲーやってた方がいろいろ教えられて良いだろ。なんなら、俺の技巧にメロメロになって逆に籠絡しちゃうまである」
俺が得意の指捌きでエア音ゲーを披露すると、姉はやれやれといった表情を浮かべながら首を横に振った。
「あのね、大概の男は俺すごいんだぞってところを見せたくて、やれ仕事論を偉そうに語ってみたり、それ得意なことをやって見せたりするけど、大概の女の子は別にそんなのどうでも良いと思ってんの」
「え?でもサッカー部の練習とかをキャーキャー言いながら見てる女子結構いるぞ。あれは得意なことをやって見せたり、に該当するんじゃないのか?」
「それは多分好きな人がサッカーやってるから見てるだけでしょ。好きな男は何やっててもカッコいいし可愛いの。何をやってるかじゃなくて、誰がやってるかが重要なの」
姉は人差し指をピンと立てて高説を垂れる。さすがというべきか、こういう恋愛系の知識に関しては俺なんかよりよっぽど深い。
「例えば、展望台とか高いところに登った時って、男は大抵、町を指差してアレはコレでコレはアレでと説明を始めるわけ」
あ、これアレだ。多分今までデートしてきた男たちを思い浮かべて話してるわこの人。鬱憤でも晴らすかのように、握り拳に力を入れて姉は続ける。
「その時、女の子は内心どう感じると思う?」
女の子というかアンタだろ。絶対実体験だろソレ、何人かの男に展望台連れて行かれただけだろアンタが。と、言いたいところだが気持ちよく喋っているのでここは黙っておこう。
「どう感じるんだ?」
「もし、興味ない男だったらめんどくさいなって思うの。別にどっちが北とか南とか興味ないし、ネイル可愛いなとか別のこと考えてる」
この姉に方角の説明した男の人かわいそうに。良かれと思って一生懸命説明しただろうに、この姉はあろうことか爪のことを考えてやがった。その男の人に、幸あれ。
「でもね、興味ある男だったら話は別なの。わー一生懸命説明してる、子供みたいで可愛いなって思うの」
「結局説明は聞いてねえじゃねえか。少しは男の知識に興味持ってやってくれよ」
俺がやるせない顔でそう言うと、姉は指をパチンと鳴らして俺を指差した。
「そ!そういうこと!知識とか特技とかの披露って女の子はよく男にやられてるけど、内容なんてぶっちゃけどうでも良くて、誰がやるかによって印象が変わっちゃうのよ。したり顔で知識を披露された時、好きな男なら可愛いなって思うし、興味ない男なら早く話終わらないかなって思うわけ」
「なんか、残酷な話だな。最初から結果は決まってるみたいな、結局イケメンが有利なんですねそうなんですね」
俺が顔の造形の差異というこの世で最も如何ともしがたい問題に引き攣った笑顔を浮かべると、姉は虚な目で窓の外を見つめた。
「はは、イケメンね……展望台まで来て、こっちが質問したりしてんのにロクに答えないような、顔にかまけたやつもいるから……」
やっぱ実体験じゃねえか、てかこの人一体何人と展望台行ったんだよ、ここが田舎だからってもうちょっとデートするとこあるだろ。
「ま、とにかく、男の自慢に対しては、女の子が既に持ってるその人に対しての印象によって査定結果が変わっちゃうってこと」
「なるほどなぁ」
「しかーし!女の子ってのは愛想が良い生き物なの!つまりね、内心での興味のあるなしに関わらず、男の自慢を感じ取ったら褒めるのが女の子なの!ここテストに出ます!」
姉はまるで熱血名物塾講師のように力強く弁を振るう。当の本人は高校の頃テスト範囲を前日に同級生に教えてもらうような人間だが。
「つまり!自慢した側の男はとりあえず褒められてしまうので、実際に女の子が本当にそれに興味があったのかどうかは分からず、ただ得意げになるの!そして、愛想で褒められたことによって、コイツ俺のこと好きなんじゃない?という盛大な勘違いが生まれるの!」
「それ、男が勘違いしてるんじゃなくて、女側が勘違いさせてると言った方が正しいじゃねえか」
「そうだよ?でも、アンタの自慢に興味ありません、なんて正直に表明できない、なんなら悟らせたくないのが女の子なの。だから、女の子はあからさまに好きな人と好きじゃない人で態度を変えたりしないし、好きな人の自慢も好きじゃない人の自慢も両方笑顔で褒めるの、それが女の子ってもの」
なんじゃそりゃ。その愛想とやらで好意があるように見せかけ、そのくせ告白してきた男子を勘違いだのキモいだのと宣っているのかアイツらは。ここは非モテ代表として、陰キャ代表として、この姉、いや、この女に言ってやらねばなるまい。我々男の誇りと威信にかけて、一矢報いなければなるまい。
「女ってめんどくせぇな、愛想振り撒いておいて、そのくせこっちの勘違いに仕立て上げてくるなんて、詐欺じゃねえかソレ」
「男が鈍いだけ。女の子がその男に好意があるかどうかなんて、女側から見れば一発でわかるのよ。愛想だって分からずに勘違いする鈍い男が多すぎんのよ」
「……」
何も言えなかった。なすすべもなく、俺はシトラスティーをすすった。いや、確かに言葉を弄せば論破など容易いことだろうが、恋愛経験のない俺が何を言っても、もはや屁理屈の域を出ない。この俗世は悲しいかな、何を言うかより誰が言うかが重視され、俺がどれだけ重厚な恋愛理論を用いようとも、恋愛経験豊富なギャルの『でも、アンタ童貞じゃん』一つで吹き飛ばされてしまうのだ。無念。
「ま、とにかく、音ゲーか何か知らないけど、そんなの女の子にやって見せても愛想笑いされるだけよ、どうせ『雄太くんすごーい!』って心にもなく褒められるだけだから」
「心にもないかどうかを勝手に決めるな」
アンタが音ゲーに興味ないだけだろ、と今までの姉の講義がずいぶん主観混じりの恋愛講座だったことに気づく。スポーツ選手が書いた陳腐な自己啓発本のごとき主観すぎる言説、お前たまたま生まれつき運動神経良かっただけだろ、本の帯で腕組むな。
ま、とはいえ一概に全て嘘とも言い切れまい。参考程度に頭に留めておこう。
「とはいえ、ゲーセンも本屋もダメとなると……もう何にもなくね?詰んでね?投了します」
「なんでその2択しかないの!生活圏狭すぎでしょ!」
「じゃあどこ行けって言うんだよ。またカフェでも来て恥かくの俺嫌だぞ。なんだっけ、あー、もう忘れたわサイズの呼び方」
「ショート、トール、グランデ、ベンティ」
なんでこんなにスラスラ出てくるんだよ。日本の首相を「〇〇っち」と呼んでるくらい普段は知性を感じられないのに。
「てか、別にゲーセンも本屋もダメとは言ってないでしょ。ラノベコーナーとか音ゲーとか、むしろ女の子を置き去りに雄太が勝手に楽しんじゃいそうなのが問題なのであって」
「まぁ確かに、ラノベとか音ゲーだと俺がガチになっちゃうな」
「でしょ?ほらだから、その子の好みにもよるけど、例えば純文学の小説のコーナーとか。雄太一時期は純文学読んでたじゃん」
「ん、あー、それはまぁ……」




