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カフェ談合2


 「いらっしゃいませ」


 落ち着いた雰囲気の小洒落た店内に、これまた落ち着いた雰囲気の小洒落た店員の声が響き渡った。年は、大学生くらいだろうか、眉目麗しい女性アルバイターである。


 「うーん、どれにしようか……」


 メニューを見ながら腕組みをして商品を選ぶ姉を尻目に、俺は店内をキョロキョロ見渡した。なるほど、先ほどのラノベコーナーでは姉がアウェイであったが、打って変わってここでは俺が完全アウェイになってしまったらしい。なんとかバックスとか言ったか、やれ女子大生やらそれ意識高い系やらが好んで使っているようなカフェだった。つまり、俺には縁遠い存在である。


 「すいません、私キャラメルマキアートでお願いします。ん、雄太何にする?」


 「え?えっと、じゃあ、し、シトラスティー?で、お願いします……」


 なんだか見慣れない飲料ばかりが並ぶメニュー表をしかめっつらで覗き込んでいた俺は、とりあえず目についたオシャレっぽい飲み物を不慣れに注文した。大丈夫だよね?俺何も間違ってないよね?


 「サイズは何になさいますか?」


 「私、トールで」


 「かしこまりました」


 は?なに今の会話。サイズ聞かれたのに変なこと答えて、なのに会話成立したぞ。何をかしこまったんだ今。


 「お客様は?」


 「え、えっと、Mサイズで」


 「はい?」


 俺がサイズを答えると店員が眉を顰めて聞き返してきた。あれ、俺声小さすぎたかな?

 聞き返されたことに少ししどろもどろになっていると、姉が顔を背けて笑いを堪えながら、メニュー表のサイズ欄を人差し指でトントン指した。あれ、なんだコレTallだのShortだの書かれてる。嘘だろ、この世にSML以外のサイズを表す表記が存在するのかよ。


 「えっと、Tallでよろしいですか?」


 「え、あ、はい……」


 店員さんは俺のMサイズという意を汲んで、おそらくそれに近しい意味合いであろうサイズを提案してくれた。俺はおずおずとそれに従う。てか、じゃあMサイズって言ったの絶対店員さんに聞き取られてるじゃん。めっちゃ恥ずかしいぞおい。

 俺は知らない個人経営のお店なんかに入るのを躊躇ってしまう性分なのだが、その理由が『知らなくて恥をかく可能性がある』ということだ。世の中の店やら施設やらにはこの世を一気通貫する理とは別に、各々の秩序というものがある。たとえば、注文方法は店員さんを直接呼ぶのかあるいはタブレットか何かがあるのか、食事が終わったあとはどこかに食器類を返却する必要があるのかなど、その空間内でまかり通る所謂ルールが存在するが、初めて入るお店なんかでは当然俺はその秩序を知りえない。そして、悪気なくその秩序を破り、不可抗力の罪悪感を背負って店を後にする可能性があるのだ。

 まさに今の状況なんかがその典型である。なんだよTallって、知るわけねえだろ。だからこういった不慣れな空間からは余計に足が遠のき、やれコンビニやら知り尽くしたファミレスやら同じ所ばかりに行ってしまうのである。


 「だろうなとは思ったけど、ホントに来たことないんだね雄太ってこういうとこ、Mサイズってヤバ無理しぬ」


 お会計を済ませて受け取りカウンターで待っていると、姉が隣で腹を抱えながら笑っていた。


 「おい笑いすぎだぞ、てか知ってるなら助け舟出せよ、意図して俺をピエロにしただろアンタ!」


 「だって、こんなネットにしかいないと思ってた典型的ビギナー初めて見たんだもん!なに、陰キャビジネスしてるブロガーの人ですか?」


 恥辱を感じてムッとした表情の俺を、この姉はムカつく表情でニヤニヤ煽ってくる。マジで地中に埋めたいこの人。


 「クソ、弟の恥をあんま笑うなよ!TallだのShortだの、分かるわけねえだろ!なんだよ、Tallって!どんな意味だよ!」


 「いや、それは外国のサイズの呼び方なんでしょ。カフェだし、本場の呼び方に合わせてるんでしょ?」


 「本場って?」


 「そりゃあ、フランスじゃない?知らんけど」


 アンタも知らないんかい。コレだからオシャレなカフェなんかは苦手なのだ。こういう所に集まっている人間は大抵、したり顔でTallなんかと言っておきながら語源すら知らない始末の、なんか雰囲気がオシャレだからというだけの理由で来てる虚飾に塗れた意識高い系のいけ好かない連中なのである。


 「てか、そもそも私いちおう助け舟出してあげたじゃん!メニューのサイズ欄指差して教えたし!」


 「店に入る前とかに教えてくれよ!サイズの呼び方がちょっと違うって!」


 「それは、さすがに雄太でも知ってるかなって思って……」


 「あまり俺を舐めるなよ?言っておくが、アンタが思っている数倍はこういうオシャレ文化に疎い自信あるぞ!俺の陰キャプライド思いしれ!」


 「いや、そんなことを自慢げに言われても……」


 口を尖らせながら腰に手を当て胸を張る俺に、姉は呆れたように額を抑えた。


 「お客様お待たせしましたー!キャラメルマキアートとシトラスティーになりまーす!」


 頼んだ飲み物が受け取りカウンターに並び、俺たちはそれを持って窓際の席に腰掛けた。壁一面の大きなガラス窓からは外を歩く通行人の姿が見える。外からガラスの向こうのオシャレ空間をのぞいたことは何度もあったが、なるほど内側からはこんな景色なのか。


 「うーん、おいし」


 姉はキャラメルマキアートだかを口に含んで満足げな表情を浮かべた。俺も続いてシトラスティーだかに口をつける。うーむ、なるほど、オシャレだ。美味いかどうかは正直わからないが、オシャレな味だなとは思う。


 「さてと、本題に入りますか」


 姉はキャラメルマキアートをテーブルにおくと、神妙な面持ちで俺を見てきた。両腕を肘付き、右手左手を握り合う。


 「おい、ただならぬ雰囲気出すな、色恋沙汰を聞きたいだけだろアンタ」


 「ただならぬよ!逆に恋愛の話以外なんてどうでも良いくらいただならぬよ!」


 なんでこの人こんなに恋愛脳なの?少しは何か合理的なことを考えても良いと思うのだが。はたまた、人間が有性生殖である以上はむしろこれが合理的なのだろうか。


 「さ!さ!何があったかお姉ちゃんに話してみそ?」


 姉はテーブルに身を乗り出して目をかっぴらいた。元々パッチリとした目を限界まで見開くのですごい目力である、怖い、怖いよこの人。

 ともあれ、姉とは協力関係なので、よもや隠す必要もない。俺は今日起こったことを詳らかに話した。仮交際のこと、お弁当を作ってもらうこと、そのお返しに週末にデートすること。ただ、恥ずかしいので間接キスやらアーンやらのくだりは省いた。これに関しては話さなくても特に問題なかろう。まぁ、この姉はむしろそういう話を聞きたがっているのだろうが。


 「なるほどね……」


 俺の経過報告が終わると、姉は首を右に左に傾げながら何事かを思案した後、笑顔でこう言った。


 「仮交際って、なめてんの?」


 目が笑ってなかった。絶対零度の氷の微笑である。こっわ。


 「いや、だからそれはその……」


 「あのさ!相手の女の子の真意を探るためって目的なら、そんな変に予防線張らない方が懐に潜り込めるに決まってるでしょ!」


 「いや、まぁでも、とはいえ仮交際ってとこまでは持っていくことが出来て……」


 「仮なんていう言葉付けたら、かえって警戒感を抱かせるだけでしょ!あ、そんなに私のこと好きじゃないんだ、って思わせちゃうじゃんむしろ!」


 「いや、でも仮交際ってのもなかなか理にかなって……」


 「言い訳無用!後付けの屁理屈言わない!結局、なんか小っ恥ずかしくなって逃げ道作っただけでしょ!」


 「はい、すいませんでした。付き合ってくださいが恥ずかしくて言えませんでした」


 俺は全面的に降伏した。俺のことをよく知らない人なら論理武装で言いくるめられるのだが、ことこの姉は俺が屁理屈で守ろうとしてる真意をいとも容易く見抜いてくる。やはり一緒に過ごしすぎたのだろうか、もう最近姉のことがメンタリストにすら見えてくる。スプーンとか渡したら曲げるだろこの人。


 「まぁ、正直に答えるぶんにはよろしい!」


 俺が大袈裟に謝罪するためにわざとらしく頭を下げていると、姉はおもてをあげよ、とでも言わんばかりに人差し指をクイクイと動かす。


 「でも、仮交際、ね……なんでそんなとこで予防線張っちゃうかなー。そもそも、すでに向こうからコクってきてるんだから、コクり返すのに何をそんなに怖がってんだか」


 「あのな、アンタみたいな恋愛至上主義者かつ恋愛強者みたいな人間と違って、こちとら16年間ほぼ女の子との関わりなく生きてきてんの。アンタはコクるだのコクられるだのが日常の一部なんだろうけど、俺からしたら一大事なの緊張くらいするの!」


 「なっさけない!私は女だけど何度もコクったことあるし!男の雄太が何をビビってんの!」


 「はいジェンダー!もう現代社会でその言い草は通用しません!価値観アップデートしろ!」


 「なーにがアップデートだ!SNSで『なにかにつけて北欧の話を引き合いに出してくる人間とは仲良くなれない』とか呟いてたくせに!」


 「おいそれ俺のプライベートアカウントのやつじゃねえか、何勝手に見てんだよアンタ」


 え?マジ?じゃああのつぶやき全部見られてるってこと?しかもあの垢、好きな絵師さんの水着美少女のイラストばっかいいねしてるんだけど、嘘だろアレを姉ちゃんに見られてたの俺?え、なんか、その、死にたい。


 「あ!いや、その、そういう年頃だってことくらい、お父さんもお母さんも理解してると思うよ!」


 「おい、いいね欄家族全員に見られてること確定じゃねえか。終わった、もうなんか、俺は旅に出るよ」


 家族というのは距離が近い分、むしろ知られたくない一面が山のようにあるものだ。水着美少女のイラストを大量にいいねしていた事実なんてそれこそ最も家族に知られたくない。北に向かおう、あてどなくずっと北へ。やがて寒さに凍えて死んでしまえば、この恥辱から解放されるのかな。


 「あー、なんかごめんね?たまたまアカウント見つけちゃってさ。まぁ、みんな言わないだけで、恥ずかしいアカウントの一つや二つ持ってるよ!……私の彼氏との惚気アカウント教えたげよっか?」


 「代わりになってねーぞソレ!つーか、親族の彼氏との痴情なんて知りたくないわ!」


 てかアンタ1ヶ月前に彼氏と別れたばっかだろ。もう彼氏いんのかよ、どう生きてたらそうなるんだ、ホントに同じホモサピエンスか?


 「雄太も惚気アカウント作ったら?」


 「作るか!そもそも、そのアカウントで呟くことが何一つないんだよ俺の生活には!」


 俺がふざけた提案を弾き飛ばすと、姉はキャラメルマキアート片手に、首を傾げた。


 「ほら、でも、週末デート、するんでしょ?」


 

 


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