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①告白


 青天の霹靂、という言葉がある。

 

 予想だにしない出来事が突然起こるという意味の故事成語なんだそうだ。まぁ、つまるところ、俺には関係のない言葉である。

 この俺、須坂雄太は自分で言うのもなんだが、とてつもなく平凡な人間である。漫画やラノベのようなフィクションとは真逆の人間、異能の力を持つわけでも、異世界に転生するわけでもない。無論、人に話せるような恋愛の経験だってない。あるのは地元の公立高校に通っている高校2年生という平凡すぎる事実だけ。普通で、人並みで、一般的で、平均的で、なんの変わり映えもない、「平凡」を表すような表現をこんなにも列挙してしまう程度には、本当に本当に平凡な人間なのである。あえて自分をラベリングするとしたら「モブキャラ」という表現が1番ふさわしいだろう。フィクションの中にいる、特に名前も付いていなければ、取り立てて設定もない、アニメだったらエンディングのクレジットに生徒Bと書かれるような、そんな人間。それが俺なのである。

 こんな自己紹介をすると自虐的だなんて思われるかもしれないが、俺はこんな自分が、こんな人生が甚く気に入っている。平凡でなにが悪いのだろうか、刺激的で変化の激しい生活なんて俺は別に求めちゃいないのだ。アニメの主人公たちだって、人類の危機や悪の組織や、あるいは自らを取り巻く愛憎模様に頭を悩ませているではないか。その点、俺は特に大きな悩みはないと言っていいだろう。友達がちょっと少なかったり、進路のことだったりで多少悩むことはあっても、世界の命運が自分に委ねられているフィクションの主人公たちを思えば、別に大した悩みではない。俺は、そんな荷が重いキャラたちよりも、特に世界にとって重要ではないモブキャラというポジションのほうが心地よいのだ。

 平凡でなにが悪い、モブキャラでなにが悪い、最近の高校生はリアリストなのだ。自分の身に余る状況も、能力も、ましてや恋愛も、俺は求めていないのである。

 だからこそ、今目の前で起こったことに、俺はうろたえ、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。想定外の状況を妄想することも久しくなかったから、耐性がなかったのかもしれない。モブキャラは、こんな状況を想定していないのである。

 青天の霹靂が、今まさに起こってしまった。


 「私と、付き合ってください!」


 校舎裏にある裏門前で立ち尽くす俺の目の前には、俺と同じ高校の制服を着た少女が、ぎゅっと目を瞑って手を差し出してきていた。決意と不安の入り混じった表情は、さながら告白する時のような、そんな感じだ。女の子から告白されるなんてことがあったら、きっとこんな感じなんだろうなぁいいなぁ俺も告白とかされてみたかったなぁ。


 え、いや、これ、告白されてない?

 

 夕日が空をオレンジ色に染め上げ、2人を照らし出す。校舎裏を吹き抜ける春風が、散りはじめの桜の花びらを乗せて、ふわりと宙に舞った。生徒があらかた帰ってしまった校舎には風の音だけが響き渡る。

 こんなエモエモな空間、いつもならレモンティーでも飲みながら黄昏るところなのだが、今の俺にそんな余裕はなかった。


 「えっと、え、どゆこと?」


 こんなことを言うのが精一杯だった。とりあえず、自分が状況を飲み込めていないことだけは確かであると言葉で表現するしかなかった。混乱するなかで人間が口にできる言葉なんてこんなもんである。


 「え、だから!私と、付き合って欲しいのよ!」


 少女は伝わってないと思ったのか、目を開いてちょっと焦ったような声を出した。

 いや、わかるんだよ。言葉の意味はちゃんとわかる。こちとら日本生まれ日本育ちだし、なんなら日本語しかわからないまである。

 わからないのは、この状況のほうであって。


 「そっかそっか、なるほどね分かったわ、君は俺と付き合いたいんだねーなるほどー…え、どういうこと?」


 「分かってないじゃない!」


 わからないことは一回自分で声に出して言ってみたほうがわかりやすいのではないかと思ったのだが、やっぱりよくわからなかった。俺ってこんなに理解力に乏しい人間だったっけ?

 ともあれ、一旦状況を整理する必要があるだろう。


 「だから!私と付き合って欲しくて!」


 「あーうん!ちょっと待って!一旦状況を整理させてくれ!いろいろ聞きたいこととかあるから!」


 俺も、何か伏線というか、物語がそこにあったのならば、ここまでこの告白イベントに狼狽することもなかっただろう。つまるところ、彼女の告白が全く予想だにしなかったから飲み込めていないのである。

 俺はポケットから封筒を取り出した。


 「ホームルームが終わって、俺の下駄箱を覗いたらこれが入ってた。で、この封筒の中に手紙が入ってて、そこには午後5時に校舎裏の裏門前に来るように書かれていた。そして、その通りに来たら君がいて、今に至る」


 「ええ、そうよ」


 自分でもこの状況を今一度おさらいしたくてここに至るまでの過程を丁寧に口に出してみたが、ここまでですら割と漫才ばりにツッコミどころ満載だと思う。

 しかし、これにいちいちツッコんでたら話が進まないし、別に漫才がしたいわけでもないので、見逃して先に進むことにしよう。


 「そしたら、君が、俺に付き合って欲しいって言ってきた、と……いや、やっぱ意味わからん、さっぱり」


 体が縮んでしまった某週刊誌の看板名探偵でもなくただの高校生の俺には、この問題は難問すぎると思う。せめてエンディング後の次回ヒントだけでも欲しい。


 「あのね、私は、あなたのことが好きなの、だから、付き合って欲しいの」


 少女は改めて俺の目をじっと見つめて言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 肩までかかる栗色の髪、透き通るような白い肌、ぱっちりとした大きな瞳、スッと筋の通った鼻、鮮やかな紅色の唇。一つ一つのパーツも、全体のバランスも、全くもって非の打ち所がない。はっきり言って、少女は絶世の美少女であった。

 まてまて、なんでこんな美少女がモブキャラの俺に告白してくるんだ、ただでさえ最大の疑問が残っているというのに。冷静さを少しずつ取り戻し始めていた俺は、自分がこの告白を訝しんでいる最も大きな理由を、少女に問うことにした。


 「俺は、正直まだ混乱してる。君が俺に告白してきたのはやっぱり不自然だよ、だってさ…君は今日、この学校に転校してきたんだから」


 俺と少女の間には、なんの接点も、物語もなかった。なんの脈絡もなく、なんの前触れもなく、この告白イベントは行われたのである。


 「千曲双葉さん、君は2年生1学期の始業式の今日、俺の2年1組に転校生としてやってきた。俺と君が会ったのはその時が初めてで、なんなら言葉を交わしたことすらない。そりゃあ、この告白がさっぱり意味わからないのも当然じゃない?」


 俺は、単刀直入に彼女に疑問符をぶつけた。そりゃあ美少女に告白されて嬉しくないといえば嘘になるだろうし、こんないたいけな少女をなんだか責めてるような物言いになってて心苦しいところもあるが、はいわかりました付き合いましょうともいかないだろう。

 いや、いっそのこと僥倖と割り切ってOKしてしまえば可愛い彼女をゲット出来たのかもしれない。しかし、そんなことがモブキャラの俺に許されるのだろうか。平凡を是とした俺の矜持を、裏切ることにはならないだろうか。モブでも平凡でも構わない俺にとって、こんな劇薬みたいな展開はなにかバチが当たるように感じて仕方がなかった。相手の真意が見えないのだから尚更に。


 「言葉を交わしたことすらない、か…そっか、まぁ、そうよね、うん!」


 少女は気のせいか少し悲しげな表情を見せた後に、切り替えたように俺の目をまっすぐ見つめた。やばいやばいあんまり見つめないでくれカワイイから。


 「改めて言うわね!私、千曲双葉は、須坂雄太くんのことが好きです!だから付き合ってください!」


 「おいまてまて、俺の疑問が一つも解決されていないんだが!?」


 「大丈夫!私は須坂くんのことずっと大好きだったもん!だから須坂くんにまた好きになってもらえれば良いだけの話だし!」


 「なんにも大丈夫じゃないってそれ!意味わかんないから!なんで君が俺に告白してきたのか教えてくれって!」


 「私が須坂くんに告白した理由、知りたい?」


 少女は手を後ろに組み、前屈みになって上目遣いで俺を覗き込んできた。チクショーカワイイこんな子が好きって言ってくれてんのに理由とかみみっちいこと言ってる俺は馬鹿なんじゃあるまいか。

 いや、まてまて、うっかり可愛さに惑わされるところだった。ちゃんと理由を解明せねば。


 「うん、理由を教えてくれ」


 「えー、しょうがないなぁ、仕方なく、よ?私が、君に告白した理由は…」


 俺は緊張しているのか、生唾を飲み込む。少女は俺に背を向けて2、3歩歩いたところで、イタズラっぽい笑顔を浮かべながら振り返った。


 「私が、君のことを好きだから」


 「あーだから違う!そういうことじゃなくて!」


 おいこれうやむやにされるパターンじゃないかこれ。もう正直理由とかどうでも良くなってきてるもんカワイイし。


 「別に嘘じゃないわよ?私は君が好きだから告白した。それが結局ぜんぶ」


 「いや、そんなんじゃ納得できない!ちゃんとした説明を…」


 俺が焦りながら少女に詰め寄ろうとした矢先に、下校を伝えるチャイムが校舎に鳴り響いた。本来であれば部活動を終える合図に使われているものだが、今日は始業式で生徒はとうの昔に帰宅しており、ほぼ人のいない学校内に虚しく響き渡る。


 「あ、もうこんな時間だ!帰らなきゃ!」


 少女はカバンを肩にかけて裏門に向かって駆け出す。


 「ちょ、ま、まだ話は終わって…」


 「今日のところは告白の返事は良いから!いずれ絶対振り向かせるから!じゃあね!」


 「いやだから振り向くもなにも…!」


 少女はスカートから伸びたしなやかな脚で軽やかに去っていった。俺はただ唖然と立ち尽くす他ない。


 「え、結局なんで俺が告白されたのか、全然わかんなかったんだが…」


 俺が頭をポリポリとかき、裏門に向かって歩き出した矢先、走り去っていった少女が戻ってきて、口に手を当てて俺に向かって叫んだ。


 「大好きーー!」


 少し恥ずかしそうな表情を浮かべた少女は、心なしか急いでそっぽを向いて走り去っていった。


 「……これ、どういう展開なんだ……」


 まさか美少女に大好きと叫んでもらえるような人生だったとは。あとでお金取られたりしないよねこれ。

 ともあれ、疲れた脳みそで何かを考えるのは非効率極まりない。なぜ彼女が告白してきたのか、そこにどんな企みがあるのか、それを考えるのは、一旦家に帰ってからでも遅くはなかろう。

 夕日は既に山の中に沈み、茜色から紫色になっていく空をぼんやりと見上げながら、俺は帰路につくことにした。


 



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