第一回グッとこない小説大賞出品予定作品
「むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんと僕が住んでおりました。お爺さんとお婆さんは山へ柴刈りに、僕は川へ洗濯に行きました。僕が川で洗濯していると……」
「ねぇ、君。ちょっと待って。ふざけてもらっては困るんだよ。君ね、あの~、分かる?ここ、どこだと思ってんの?警察だよ。君はさ、第一発見者なのよ。真面目にやってくれたまえ。」
「すいません。」
「すいませんって、すみませんだろう?とにかく、もう一度。始めからね。真面目にやって。遮二無二なって。」
「は、はい。え~、おとといの話なんですが、僕は幼い頃に両親を亡くしまして、母方の親、つまりお爺さんとお婆さんと三人で暮らしてるんです。で、そのお爺さんとお婆さんは公認の柴刈り職人なんで、近くにある小富士山、ありますよね?そこに柴を刈りに行った訳です。で、僕は家の中の洗濯係りを任されてるんで、さて洗濯をしましょうかって思ったんですけど先日洗濯機を買い替えまして、新しい洗濯機が来るのが次の日だったんですね。それで、仕方なく家の裏を流れてる川で洗濯する事にしたんです。」
「ふむふむ……。」
「洗濯が一通り終わったところで、ちょいと一服ってんで、僕はタバコに火をつけたんです。ぷはーって、最高でしたね。いい天気だったし、小鳥のさえずりも聞こえるし、虹が出てればもっと良かったのになぁ…なんて。たはっ…。」
「ゴホンッ!」
「あ、すいま…すみません。でですね、何気に草むらの方に目をやったんです。草の中から白いものが見えてる。何となく手に見える。ダッチアンドワイフかなって、最初は思いました、ええ。ほっほ~どれどれって、能天気に近づいてみるとそれは…。」
「死体だった。……ですな?」
「はい。そうでぃす。」
「………よし!分かった!犯人は君だ!逮捕する!」
「えぇ~!?な、なな、なんでぃよ?」
「君のそのふざけた態度、言動。実に怪しい。」
「もし僕が捕まったら、洗濯係りがいなくなっちゃうじゃないですか!っつう事はですよ?当然お婆さんが洗濯係りになる訳ですよ。そうなったら、お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯にっつって、まるっきり桃太郎じゃないですか?お婆さんが川で桃でも拾ってきたらどうするんですか?」
「ほら、ほらね?それそれそれ。それだよ。ふざけてる。それに妙に落ち着いててムカつくし。とにかく決定ね。」
「そ、そんなバカな!勘弁してくださいよ!僕が犯人なんて訳ないでしょう!」
「逮捕逮捕逮捕たい……」
ガチャ……。
ドアが開けられ、一人の男が入ってきた。ボサボサ頭に茶色のスーツ。その男は、頭をボリボリ掻きながらこう言った。
スーツ男『いやぁ~、今の話の一部始終なんですけど、ドアの外で聞かせてもらいました。彼が犯人だなんて、ちょっと強引すぎませんかねぇ?等々力警部。』
*『誰が等々力だよ。私はタモノギ警部補だ。』
スーツ男『はは、ちょっと近い。』
タモノギ『だいたい誰なんだ、君は!関係者以外立ち入り禁止だぞ!』
スーツ男『あ、申し遅れました。私、私立探偵の……耕介と申します。』
僕『え!?声が小さくて苗字が聞き取れなかったけど、探偵の耕介って、ひょっとして……』
タモノギ『き、金田一耕介!?』
スーツ男『あ……た、田中…。田中耕介。』
――空白の時間、約十秒――
タモノギ『そういや、探偵がウロチョロしてるって部下が言ってたが、お前さんの事か。』
田中『ウロチョロとは心外だなぁ。ま、いいですよ。とにかく、私は彼が犯人だとは思えません。ここは一つ私に任せてもらえないでしょうか?真犯人を探し出してきましょう。』
僕『本当ですか!?ひゃっほう!』
タモノギ『こりゃまた厄介なのが出てきたな。』
タモノギはしばらく考えた後、手をポンッと叩きこう言った。
タモノギ『よし!分かった!三日。三日与える。その間に真犯人を見つけてくるんだな。もし真犯人が見つからなかった場合は、君は勿論、……田中耕介、お前さんも逮捕だ。』
田中『そんなパナマ!』
タモノギ『しかも死刑。』
田中『マイガー!!』
タモノギ『ははは。ま、せいぜい頑張ってくれたまえ。これ、事件の調書ね。幸運を祈るよ。たーはっは。』
悪魔の笑いをしつつ、タモノギ警部補は部屋を出て行った。
僕『田中さん!こうなりゃやるしかないですね!僕、お爺さんとお婆さんの為にも、事件解決に命を賭けます!』
田中『……………。』
僕『あれ?田中さん?』
田中『……やめりゃあよかった……。』
僕『え?ちょ、ちょっと今さら何言ってんの?さ、行きましょう行きましょう!』
明らかにテンションの下がった彼のその腕を僕はグイグイと引っ張り、部屋から出て行った。
田中『……来て損した……。』
彼の声は廊下の奥へと消えていった。
これが、僕と、私立探偵田中耕介との最初の出会いだった………。
第一回グッとこない小説大賞出品予定作品
「潮吹家の一族」
一
僕は、とりあえず田中耕介を死体発見現場に連れて行く事にした。現場に向かっている間、しょぼくれた彼をやる気にさせるのにはとても苦労した。励ましの言葉をかけたり、褒めちぎったり。クレイジーモンキーのジャッキー・チェンのポーズをやって見せたり、口から万国旗を出して見せたりもした。それで何とか現場に着く頃にはやる気になってくれたのだった。
「そういや君、名前をまだ聞いてなかったね?」
と彼は、ボリボリと頭を掻きながら思い出したかのように僕に聞いてきた。
「あ、そうだ。鈴木です。鈴木秀俊です。この度は、本当にお世話になります。僕の知ってる限りの事はすべてお答えします。真犯人、必ず見つけ出しましょうね!田中さん!」
僕は、はりきってこう答えた。
「ああ。そうだね。私と君の為にもね。そうそう、私の事は、(耕介さん)とでも呼んでくれたまえよ。(コーちゃん)とか呼ばれたんじゃ困っちゃうぜ、ははは。で、えっと、ここが秀俊君、君が死体を発見した場所だね?早速はじめようか。調書を一つ見せてくれるかい?」
「ハイ。コレです、田中さん。」
と、僕はタモノギ警部補から借りた事件調書のコピーを彼に渡した。
「……あ、ありがとう。」
彼は調書のコピーを受け取り読み上げた。
「え~。被害者は、潮吹益代。二十九才。自宅から二キロ程離れた所を流れる川辺の草むらの中で発見される。死因は、首を絞められた事による窒息死。発見者は、死体発見現場近くに住む男性……。」
「あ、それ、僕の事だ。」
彼は、頭をボリボリ掻きながらしばらく目を閉じた。どうやら考えているようだ。
三十秒後、ブリッと屁をこき、すかさず僕の顔色をうかがった。僕は別に何も感じなかったので、そのまま無表情でいると彼はこう言った。
「そうだ。まず、死体のあった場所を調べようじゃないか。」
こうして僕たちは作業に取り掛かった。作業中彼が、マミーをビールで割るとコーンスープの味がするよと珍情報を流してきたり、中学の時は何部だった?やら、無人島に一枚だけCDを持っていくとしたら何持ってく?やらと、くだらない質問を投げかけてきたりするので僕は作業に集中できなかった。
すると、突然彼が、
「おい!秀俊君!これを見たまえ!」
と、叫んだ。僕は慌てて彼の元に駆け寄った。
「ここだよ。何か字に見えないか?」
彼が指差す先を見ると、確かに地面にうっすら文字のようなものが見える。
「ええ。何となく見えますね。しかもここは、確か死体の手の位置だったような気がします。う~んと、ろ?かなぁ……。漢字の(呂)に見えるような……。」
「被害者がさ、死に際に、犯人を示すメッセージを残す。…だ、ダ。え~と何つったっけかなぁ……。現在進行形でアイエヌジーが確かついてたんだよな。INGが。ダ、ダウジング?違うな。あ~、もう!こんな時に思い出せませんよ。ダ、何とかイングメッセージっつうんだよ!ちきしょー!」
彼はいつもより激しくボリボリ頭を掻き、悔しがった。
「田中さん。その事は一時置いといて、先に進みましょう。(呂)の事はメモしときます。」
「ははは。そうだね。メンゴメンゴ。僕らには時間がないんだ。先に進まなければなりますまい。……かはっ!(ますまい)っていいだろう?地獄変読んだ?昨日読んでさ、(ますまい)って言葉が冒頭から出てくるんだな。一回使ってみたいなって、明日にでも使おうかなって思ってたんだよ。相手に(ますまい)ってこられるとさ、秀俊君、君はどう感じる?」
「あ、あの、田中さん。そんな事より捜査をしないと……。ここは多分、もう何も出てこないと思いますよ。次は潮吹益代の住んでた村に行きますか。」
彼はタバコに火をつけ、スカハァ~っと煙を口から吐き出した。そして、キリっとした表情を作り、
「そうだな。そこへ行って聞き込みだな。道案内してくれたまえよ。」
と、言った。
こうして、(呂)というキーワードらしき謎の文字を捜査ノートにしまい、彼と僕は死体発見現場を後にした。
二
潮吹益代の住んでいた村は、死体発見現場から車で約五分程の所にあった。そこは四方を山に囲まれた盆地で、高台から見渡した村はなかなかの景色である。田や畑、民家がポツポツとある中に、一つだけ目立って大きな屋敷がみえる。そこが潮吹益代の家だった。潮吹家はかなりの財閥で、先代の潮吹塩太郎、つまり益代の祖父が(潮吹式マッサージチェア)で財を成し、一代で築き上げた。塩太郎が亡くなった現在は、息子の塩彦が当主となっている。調書によると、益代の家族構成は、父・塩彦、母・尚美、兄・塩太、そして益代の四人家族。この四人と、住み込みの家政婦一人の合わせて五人が屋敷で生活していた。屋敷の西隣には、塩彦の姉夫婦が。東隣には、亡くなった塩太郎の妻リリーと小間使いの男がそれぞれ住んでいる。
さっそく潮吹家に行くのかと思いきや、田中耕介は、
「まずは、潮吹家の近所の人達から攻めていこう。」
と、言ってから、
「心の準備がまだなんだな……。」
と、足した。
結局彼と僕は、潮吹家から五百メートル程離れた所にある民家にとりあえず入った。家の奥から五十代半ばのおばさんが出てきた。彼はおばさんにコレコレこういうワケで…、と説明した。おばさんは、特に知っている事は無いですねぇ、と言った後、一旦家の奥に戻り、再び戻ってきた。そして、捜査に役立つか分かりませんが…と、一枚の写真を見せてくれた。その写真は、この辺の自治会のボーリング大会の時の写真だった。コレが私でしょ、この人が潮吹塩彦さん、この人が奥さんの……と、おばさんは、写真に写っている人全員の名前を教えてくれた。十七、八番目くらいで、コレが私と、わざとかは不明だが再び言った。
「ほぉ、つまりこの写真には潮吹家の一族の方が全員写ってるという事ですね?あの、差し支えなければ、これを三日間お借りしたいのですが……。」
と彼は、頭をボリボリと掻きながらおばさんに聞くと、彼女は、うんいいよと軽く了承してくれた。そして僕たちは、お礼の言葉をいい、この家を後にしたのだった。
「いやぁ、田中さん。いい収穫がありましたね。」
「そうだね、コレで顔と名前が分かるもんね。さてと、次はと……。ん?」
二人で歩いていると、前方からモヒカンの男二人組が近づいてきた。そして彼らは唐突に、
「あの~、この辺でモヒカンの集まりがあるって聞いたんですけど知ってますか?」
と、尋ねてきた。
「ゴメン。知らないなぁ。」
と、僕が答えると、モヒカン二人組は、そうですか、ありがとうございますと、東の方へと歩いていった。
「何だい?モヒカンの集まりって?ややウケるね。」
「そうですね。僕も少し…あ!」
僕はある事を思い出した。
「どうしたの?秀俊君。」
「あのですね。今突然思い出したんですけど、ここら辺がモヒカン発祥の地って言うのを聞いた事あるんですよ。で、それと共にこの辺には(モヒカンの呪い伝説)っていうのがあるらしいんです。」
「え?え?何?」
「はるか昔、この辺にあった寺に真尾日観というお坊さんが住んでいて、彼は普通のお坊さんと違って、どういう訳か頭の毛を額からうなじにかけて、十センチ幅で残していたらしいんですよ。もちろん他の部分は剃ってます。」
「ほっほ~、つまりタクシードライバーの時のデニーロみたいなモヒカン?」
「でしょうね。で、この人が人類最初のモヒカンだろうって、言われてるみたいなんです。モヒカンの名称も、一般的にはインディアンのモホーク族から由来している事になってるけど、実はこの真尾日観というお坊さんからきてるらしいんですってよ。ま、そんな証拠は全く無いんですけどね。で、そういう噂が出回ってからは、真尾日観の出身地であろうこの辺りで、不定期にモヒカンの集いが行われてるそうです。」
「へぇ~。それで伝説の方は?呪いのやつ。」
「ええ。それはですね、それが真尾日観なのかは不明ですが、昔この村にいた住職が亡くなってから、この村や、僕の住んでる村を含めた周辺の二、三の村で十年毎に災いが訪れるというやつです。この話は本当で、僕はお婆さんから聞きました。なぜ十年かっていうと、その住職は十という数字が好きだったみたいなんです。ちなみに僕が小学生の頃、村の収穫祭でトマト投げ合戦という雪合戦のトマト版みいたいなのがあって、投げる為のトマトのカゴの中に柿が交ざっていたらしくて、その柿をぶつけられた人が、頭を二針縫う大怪我をしたっていう事があったんです。その時に僕のお婆さんが、こりゃあ坊さんの呪いじゃよって言ってました。伝説はそのついでに聞きました。架空の真尾日観の話と、実在する、坊さんの呪いの伝説とがどこかでくっついて、(モヒカンの呪いの伝説)になったんでしょうね。…ん?あ!そうだ!てことは、今年がトマト事件からちょうど十年目だ!」
「何だって!?やばいじゃん、それ。怖いなぁ。やめてくれよ、そういうの。あ~もうっ!」
と彼は頭を両手で掻きむしった。
「どうします?これから。」
「今日はこの辺で解散しよう。暗くなってきたし、何か不気味だし。明日にしよ明日に。またあそこのバス停で待ち合わせね。じゃ!」
彼はこう言い残し、小走りで西の方角に消えて行った。
モヒカンの呪いか……。
何気に空を眺めると、沈みかけの真っ赤な夕日をバックに、カラスがカーカーではなく、ギャーギャー鳴きながら飛んでいくシルエットが見えた。
「ぼ、僕も帰ろう…。」
と、僕は早歩きで帰路を急いだ。
三
次の日の朝、待ち合わせのバス停で田中耕介と合流した。
彼は僕を見るなり、
「ぺーよ。」
と言った。
「ぺーよ?何ですか?それ。」
「探偵っぺー。探偵っぽいっつう事さ。いいじゃん、その帽子。探偵っぺーよ。」
「あ、そういう事ね。この帽子はウチのお婆さんに誕生日プレゼントでもらったんです。なかなかいいでしょう?」
と、僕は得意げに、黒い鳥打帽をかぶり直した。
「さぁ秀俊君。今日はいよいよ潮吹家に行くぞ。オールラーイ?」
「あっはい。」
「おいおい。ウソだろう?せっかくその帽子かぶって来たんだからさ、もっと盛り上がっていこうよ。もう一回いくぜ?いいかい?アォウル…ラーイッ?」
「オ、オールライト。」
「はは。緊張してるね?ま、いいか。そのくらいの緊張感があった方がいい捜査できるかもね。よし!行こうか!」
意気揚々と歩きはじめた田中耕介の後を、僕は頭をカリカリ掻きながらついて行った。程なく、潮吹家に到着した。大きな門の前、彼は呼び鈴をポチッと押した。家の中で呼び鈴の鳴っている音がここまで聞こえてくる。しばらく待ったが反応が無い。留守か?もう一回押す。やはり誰も出てこない。どうやら留守のようだ。僕たちは、隣の潮吹リリーの家に向かった。呼び鈴を押す。反応無し。で、反対隣の姉夫婦も同じく留守。近くにあるベンチに腰掛け、潮吹家の誰かが帰宅するのをしばらく待った。帰って来る気配が一向に感じられないので、僕は、どうしますかってな感じで彼を見た。すると彼はニヤニヤしながらゆっくりとベンチを立った。
「田中さん?一体どう……うわっ!くっさ!!スカしましたね?」
「たははは。バレたか。私とした事が風向きを計算してなかったな。」
「ゴホゴホッ!何だこれ!手で仰いでるのにまだくさい!やめてくださいよ田中さん!一体何食ったんですか?」
「スカハァ~。ん?ミカン二十個ばかしね。スカす時尻が熱かったっけ。ははっ。」
彼は、さながらドラゴンが燃え盛る火炎を口から吐き出すが如く、タバコの煙を吐き出しながら答えた。
「んもうっ!食いすぎですよ、それ。それよりどうします?今から……。」
「フフフ。帰ろうか?」
「はい…。え!?い、今帰るって言いました?」
と、僕は驚いて彼を見た。
「言ったよ。というのはね、秀俊君。私の頭の中でね、もう解決しちゃったんだな、この事件。」
「ええっ!?犯人が分かったんですか?だ、誰?誰誰?」
「ままままままま。落ち着きなさいって。私もたった今、このベンチに腰掛けている時にひらめいたばかりなんだ。しかしね、自信は………かなりあります。でも一旦事務所に戻って整理したいからさ、明日の朝、警察所の近くにあるTSUTAYA。分かるだろう?あそこの駐車場に来てくれたまえよ。そこなら自販機も灰皿もあるし。そこでゆっくりと私の推理を聞かせますよ。君も大いに安心してくれたまえ。さ、帰ろう。」
「は、はぁ……。」
僕は、笑顔満面の彼に連れられ潮吹家を後にした。心の中では、安心しろったって潮吹家の誰とも喋る事はもちろん出会う事すら出来なかったのに、一体大丈夫なのかと思っていた。
四
いよいよだ。最終日。明日の僕は一体どうなっているのか?田中耕介は昨日、事件は解決しちゃったと言っていたが、……不安だ。何か不安。でもあの時の彼の顔は、確かに何かを掴んだような、自信に満ちた感じに見えたな。よっし!賭けよう。彼に。名探偵田中耕介に!
僕はこんな事を考えながら、待ち合わせのTSUTAYAに向かった。田中耕介は、僕が着く頃にはすでにいた。缶コーヒーを飲みながらタバコの煙を吐き出していた。輪留めに片足を乗せ、店のガラス窓に張ってある千葉真一のポスターを眺めていた。
「田中さん!すみません、遅くなって。」
と、僕はそうっと背後から近づき、いきなり話しかけた。彼は、わぁ~あと、体をのけ反らせて両膝をつくという、割と大きめなリアクションで驚いてくれた。
「は、ははは。秀俊君かぁ。驚いたなぁ。私もさっき来たとこさ。ささ、まぁそこのベンチに座りたまえよ。はい、コーヒー。飲みたまえよ。」
彼は、ポケットから缶コーヒーを取り出し僕に差し出してくれた。そして僕たち二人はベンチに腰掛け、缶コーヒーをズズッとやった。
「いいかい?秀俊君。さっそくだが……」
こうして、間髪入れずに田中耕介の名推理は始まった。
「この事件はだね、潮吹家の財産目当ての凶行だよ。直系の子がいなくなれば、リリーに可愛がられている自分の価値が上がり、財産を独り占めできるかも。そう考えたんだな、彼は。そう、犯人は潮吹塩太郎の妻リリーの家に住み込みで働いている、小間使いのタニキチ・シュワルツェネガーさ。」
「えぇ~!あいつがぁ!?……って、見た事も喋った事も無いんですけどね。それで?それで?」
「うん。彼は、益代を夜道で待ち伏せし、彼女と顔見知りの彼は、何気なく近づいて会話を交わしつつ犯行現場まで誘い出し、そこで首を絞め殺した。で、死体は川原に捨てたのよ。その際、十年に一度の(モヒカンの呪い)が今年である事を知っていた彼は、益代の頭にそこらで拾ってきた野太い一本グソを乗せ、モヒカンの頭に見立てたんよ。一本グソの事は調書の備考欄の隅に書いてあったもんね。」
「あ~あ~、なるへそね~。一本グソがモヒカンのトサカかぁ。僕も調書の一本グソのトコは見ましたよ。でも一本グソについては、鑑定結果、たまたま現場付近を通りがかった野良犬が、たまたま被害者の頭の上した稀に見る野太い一本グソ。ただそれだけで、何者かが故意に置いた可能性は全く無い。って書いてあるのにもかかわらず、そう読むとはさすがですね!誰も気づかないですよ!」
「…そんな事書いてあった?」
「ええ。備考欄の隅の、さらに隅の方に。」
「………。まぁいいや。決定的なのがあるから。タニキチ・シュワルツェネガーが犯人っていう決定的なヤツがね。これを見ておくんなさいよ。」
彼は一枚の写真を僕に見せてきた。
「あ、コレはこの前おばさんにお借りしてきた自治会の写真ですね?え?あぁ、この人がタニキチですか。へぇ~こんな顔だったんだ。」
「何も思わないかい?誰かに似てるとかさ。」
「え?誰かに似てる?う~ん…。………。ちょっと思いつかないですねぇ。」
「ふふふ。分からない?答えはね…秀俊君、君もすでに見ていたのだよ。思い出しなさい。最初に行った殺人現場で何かを発見したろう?」
彼はベンチを離れ、僕に背を向け空を眺めつつこう言った。
「あそこで発見したのは(呂)っていうダなんとかメッセージですよね?それが…」
彼はクルッとターンをし、パチッと指を鳴らしながらそれだ!と叫んだ。
「(呂)だよ(呂)。君は知ってるかなぁ?読売ジャイアンツにその昔いた、台湾の助っ人外国人、呂明賜を。」
「ろ・めいしゅ?あ~なんとなく覚えてます。豪快なバッティングをする選手でしたよね?……え?」
すると彼は、ニンマリと無言のまま例の写真を僕に向け、指でポンポンと指差した。タニキチだ。僕はよく分からなかったので、タニキチと呂が何か関係があるんですか?と聞くと、
「おぉっとっとぉ!おいおい、困ったなぁ。思わずズッコケるところだったよ。似てるだろう?タニキチと呂。クリソツじゃあないか。」
と、一旦カクッとなったが体勢を整え直し、頭をボリボリ掻きながら言った。そしてそのまま続けた。
「いいかい?ダなんとかメッセージの(呂)というキーワードはコレの事だったんだよ。益代は息を引き取る間際に、犯人は呂に似ている奴という事を我々に残したのさ。」
「は、はぁ。しかしダなんとかメッセージ自体、僕の曖昧な記憶で恐らく手の位置があった付近に(呂)のような、ってこの(呂)っていう文字も無理矢理読んだし、とにかく信頼度が低いかなって。そ、それに呂とタニキチは、言われて見ればまぁ似てるというぐらいのレベルだし……。大丈夫ですかね…。」
「……………。大丈夫っしょ。さぁ!はやく警察に行ってこの事を教えてあげないと第二の殺人が起きてしまう!急ごう!」
田中耕介の勢いに押され、僕は彼とタモノギ警部補の待つ警察署に向かった。やっぱり不安だ。ホントに大丈夫なのか?ねぇ!ねぇ!!田中耕介!!
五
警察署に着くと、さっそく田中耕介は受付に向かった。
「あの~、等々力……」
「田中さん!タモノギですよ!タ・モ・ノ・ギ!」
「あ、はは。ごめんなさい。タモノギ警部補はいますでしょうか?」
彼がこう言うと、受付の婦人警官は彼の名前を聞いてきた。
「私立探偵の…ンッホン!…耕介と申します。」
と彼が、咳払いをしながら名乗ると、婦人警官は躊躇せずに田中耕介さんですね?と聞き返してきた。
「はい。」
婦人警官は、タモノギから聞いております。少々お待ちください。と言った。まもなくしてタモノギ警部補が僕たちの前に現れた。と、田中耕介は彼の元に駆け寄り、こう言った。
「タモノギさん!分かりました!今回の事件、犯人は……」
「タニキチ・シュワルツェネガー!」
彼の声とタモノギ警部補の声が見事に重なった。
「え?」
僕たちは顔を向き合わせ驚いた。
「いやぁ、お前さんたちには迷惑をかけてスマンかったな。もう安心していいよ。あ、お茶でも飲んでってくれ。そこにポットあるだろ?」
「あ、あのタモノギさん。やはり犯人はモヒカンの呪いを見立てて……」
「え?モヒカン?呪い?何言ってんだ。よくある別れ話のもつれってヤツさ。益代に別れ話を…そう、調書に書いてあったと思うが二人は恋人同士だったんだ。見たろ?とにかく別れ話を持ちかけられたタニキチは、カッとなって益代の首を絞めて殺したってワケさ。アリバイもヤツには無かったし、問い詰めたらすぐ白状したよ。お前さんたちが出てった日の夜には逮捕だったよ。実に簡単な事件だったな。他の事件もこんな風にアッサリと解決できればいいんだがなぁ。は~はっは!」
タモノギは例の悪魔笑いで戻って行った。
僕たちはしばらくポカンとしていた。そしてハッと我に返った後、
「た、田中さん…。二日目に僕らが潮吹家の呼び鈴をポチポチやっている頃は、すでにタニキチは捕まってて牢屋にいたって事ですね?……ぷっ…たっは~!た、た、田中さんの推理!モヒカン伝説とか、ははっ!ダなんとかメッセージとかっ!何にもっ!プハッ!何にも関係無かったんだ!はははは!呂ですよ呂!ねぇ!田中さ……」
と僕は、笑いを必死でこらえながら彼を見た。彼は何も言わず、目をしょぼしょぼさせ、シタクチビルを前に出していた。まるで泣く寸前の赤子のようだ。…あ!しまった!僕、まずい事言っちゃったなぁ。ど、どうしよう…。そ、そうだ!
「い、いやぁ、でもね、それにしてもね、田中さん。推理は別として、ね?犯人を見事に当てたでしょう?すごいですよ!またうまく辿り着いたもんですよね?尊敬しますよ。あの呂から…プッ、クククク…ゴ、ゴホンッ!さ、お茶、そうそう!お茶でも飲んで帰りますか!……ん?うっ!くさっ!くっさ!こきましたね?田中さん!?」
「ははははははは。どんなもんだい。」
と田中耕介は、意味不明な言葉を言い警察署を出て行った。
「あ、待ってくださいよぉ~!田中さ~ん!」
僕も後を追って警察署を出た。
それから二週間後、前に待ち合わせをしたTSUTAYAで彼と偶然再会した。なぜか軽く挨拶を交わした程度で彼と別れた。ちなみに、その時彼が持っていたDVDはハリー・ポッターだった。しかも賢者の石。
それ以来、私立探偵田中耕介とは会う事は無かった。
完