俺とにゃーご
にゃーごが死んだ。多分、寿命だった。18歳の老猫で、ガリガリになり、うんこを漏らしながらも生きてくれていたが、昨日の夜に「ケホッ」と血の混じったゲロを吐いたと思ったら、そのまま動かなくなった。死に目に会えたことは、恐らく、幸運だったのだろう。
上京した時に拾ったにゃーごが死んだことは思ったよりも心に来たようで、俺は死ぬことにした。いや、もともとにゃーごが死んだら死のうとは思っていたのだ。思い残すことがこれでなくなる。もしかしたは、気が変わるかもしれないと思っていたけれど、残念ながら、気は変わらなかった。
死ぬ方法はなんでもよかった。もとより、今の現実より苦しいことがあるとは思えなかった。朝から晩まで働いて、飯を食べたら泥のように眠る。仕事はいつだって理不尽で、耐えられなくて。働いている時はいつ失敗するかと不安で、働いていない時もいつ失敗するのだろうと不安だった。ただ、生きるためには金を稼ぐことが必要で、辞めることも死ぬこともできなかったから、ここまで来た。
彼女や友人はいる。というより、彼女や友人たちと生きていたかったから、福祉を受ける気にはなれなかった。普通の人間の隣にいるには、普通の人間でいることが必要で。保護や手当を受けて生きていく自分は、普通の彼らの隣には立てなかった。だから、毎日心をおろし金で削られるような痛みに耐えながらも、心を殺して仕事をしていた。
だから、にゃーごが死んだら死のうと思った。喜びよりも、苦しみが常に勝っていた。
にゃーごと出会ったのは上京してきてすぐだった。安月給で借りた築50年のオンボロアパートの下で、ガリガリで、今にも死にそうな姿でにゃーごは捨てられていた。ペット不可の物件だったと思うが、通りがかった大家に押し付けられて、大家が言うならということで飼い始めた。猫を飼ったことはなく、右往左往しながら育てた。
18年、よく生きてくれたと思う。最初ガリガリだったにゃーごは、スクスクと成長し、体重7kgのデブ猫の時期もあったが、最後はまた、ガリガリに戻っていった。大きな病気もせずに逝ってくれたのは、貧乏な俺にはありがたかった。死んですぐに金勘定をするなんて、やはり俺にはペットを飼う資格なんてなかったのだろう。それでも、野良でいるよりは、にゃーごは幸せだったと思いたい。
そんなことを考えていたら、ロープの輪っかの部分が完成した。電球のカバーを外し、天井の出っ張りに紐を結びつける。踏み台の上で、ロープに首をかける。踏み台を蹴る勇気は無いので、その格好で睡眠薬をたらふく飲む。
何を間違えたんだろうか。何も間違えなかったが、この結果なのだろうか。ただ生きていることが辛くて、何かを乗り越えても次の辛いことが怖くて。常に何かに怯えている人生だった。もし、生まれ変われるのなら、強い人間になりたい。
死んだら、にゃーごは笑って迎えてくれるだろうか。擦り寄ってきてくれるだろうか。いつものような猫撫で声で、甘えてきてくれるだろうか…彼女は…友人は…許してくれるだ…
意識が薄れていく。力が抜けていく。気づけば台から足を踏み外し、全てが途絶えた。




