96 迫害する者への代償
~ハロルド視点~
アスガルド城の地下で『力』を手に入れた私は、その足で城の近隣にある寒村へと向かった。 そこでは、人間の兵士たちが『ソロモン族』と呼ばれる魔族の村人たちを広場に集め、まさに処刑しようとしているところだった。
私は迷わず聖剣を振るい、処刑を行おうとしていた数名の兵士を瞬殺した。
「あ、ありがとうこざいます!! 助かりました……!」
縄を解かれた一人のおばあさんが、涙を流しながら私にお礼を言うと、周りにいた拘束されていた村人達も一斉に地面に頭を擦り付け、感謝の言葉を口にする。 彼らの瞳には、絶望から救い出された安堵と、圧倒的な力を持つ私への畏敬の念が混じっていた。
「礼には及ばん。……今、拘束具を外してやるから少しじっとしていてくれ」
私は指先を動かし、魔法で彼らの手枷を外していく。 これが……守るべき者たちか。 力が漲る。かつて何も守れなかった無力な自分は、もういない。
「ハロルド様っ! 大変です、増援が来ますっ!!」
見張りをしていたティーンが、息を切らして駆けてくる。
「先程、ここの人達を助ける前に逃げ出した兵士がいました……。あいつが仲間を呼びに行ったのでしょう……」
「……チッ。死んでいなかったのか。詰めが甘かったな」
私は舌打ちをし、背中に背負っている『黒の聖剣』の柄に手をかけた。 殺気を感じる。 私は地面を蹴り、ティーンが指差す方向へと高速で走り出した。身体強化など意識せずとも、今の私は風よりも速い。
村の入り口には、武装した20人ほどの兵士団が土煙を上げて迫っていた。 彼らは私を見つけると、忌々しげに顔を歪めた。
「お、お前は何者だ!? 同胞を殺し、魔族を助けてどうするつもりだ!? 人間への裏切りだぞ!」
隊長格とおぼしき男が叫ぶ。
「クククッ………お前達もか……?」
「は?」
私の低い問いかけに、兵士の一人が何を言われたのか分からないという顔をする。
「お前達も、こうやって魔族だからと……罪もないソロモン族を迫害し、殺そうとするのか? 何故だ? 同じ言葉を話し、同じように家族を愛する者たちなのに、何故魔族というだけで死に追いやろうとする!?」
私の問いに、兵士たちは嘲笑を浮かべた。
「あ、当たり前じゃないか! 魔族は人間にとって脅威だからだろ!? 女神教の教えだ! 奴らを生かせば、いずれ俺達が殺される!! 害虫を駆除して、世界の平和を守って何が悪い!」
兵士の一人が、正義を疑わない狂信的な目で怒鳴り返してくる。 その言葉が、私の中にある『何か』を決定的に弾けさせた。
「……平和だと? 笑わせるな」
私の体から、ドス黒い魔力が陽炎のように立ち昇る。
「平和を脅かしているのは……お前達、人間じゃないか!」
私の殺気に圧され、兵士たちがざわめく。 数人が慌てて手に持っている武器を構え出した。それを見るなり、隊長の男が顔色を変えて叫んだ。
「や、やめろ! うかつに手を出すな! あいつは普通じゃない!」
「うるさい! 魔族を助けようとするやつも魔族だろ!! 仲間の敵だっ!! 俺がやってやる!」
一人の若い兵士が、功名心に駆られたのか、制止を聞かずに剣を振りかざして突撃してくる。 経験が浅い。動きが直線的で、隙だらけだ。
「うぉらああああああっ!! 死ねぇぇぇっ!」
若い兵士の剣が、私の脳天をめがけて振り下ろされる。 遅い。止まって見える。 私は黒の聖剣を無造作に振るい、彼の剣を軽く弾いた。
ガキンッ!
鋼鉄が砕ける音がして、兵士の剣が半ばから折れ飛ぶ。 こいつは……話を聞く耳も持たない。生かしておく価値すらない。
「消えろ……」
私は弾いた軌道のまま剣を返し、即座に切っ先を若い兵士の眉間へと突き出した。
ズブリッ……。
肉を貫く鈍い感触。 若い兵士の動きがピタリと止まり、額からどくどくと赤い血が吹き出してくる。彼は声も上げず、糸が切れた人形のようにそのまま前へと倒れこんだ。
「よ……よくも仲間を!! 殺せ! 一斉にかかれ!」
若い兵士が倒れたと同時に、恐怖を怒りで塗りつぶした数人の兵士が、雄叫びを上げて私に襲いかかってくる。 更に後列にいる弓兵たちは、素早く矢をつがえ、一斉に放った。
ヒュルルルルッ!!
無数の矢が、雨のように私をめがけて降り注ぐ。 逃げ場はない。普通ならば。
「そんな攻撃で! ……さぁ、ここで消えてなくなるがいいさ!!」
私は動じない。 兵士の群れに目掛けて、聖剣を持たない方の左手をかざし、頭の中で『あの感覚』をイメージする。 空間を掌握し、ねじ曲げる絶対的な力。
「【ディストーション(空間歪曲)】っ!!」
グォンッ……!
空気が悲鳴を上げるような音が響く。 飛んで来る矢の軌道上に、蜃気楼のような空間の歪みが発生した。 矢はその歪みに触れた瞬間、見えない巨人の手で握りつぶされたかのように、ぐにゃりと複雑な形に変形し、勢いを失って地面にボトボトと落下していく。
「な、なんと!? す、全ての矢を弾いただと!? 魔法障壁か!?」
兵士たちが驚愕に足を止める。 私はその隙を見逃さない。 脳裏に浮かんだ破壊のイメージを聖剣へと流し込む。刀身が赤黒い光を帯び、空間そのものを削り取る凶器へと変貌する。
「私に歯向かう事を……あの世で後悔するがいいっ!! 【次元斬】っ!!」
掛け声とともに、私は剣を大きく横に薙ぎ払った。 剣の軌跡から、三日月状の赤黒い衝撃波が放たれる。それは物理的な刃ではなく、空間の断裂だ。 衝撃波は兵士たちがいる空間ごと歪めながら、彼らを飲み込んでいく。
「ぐっはあああああっ! ほ、骨が!! 体が勝手に曲がるぅぅッ!!」
「な、なんだこ…れっ…! い、痛い! 痛い! 痛っ…! 腕が! 足がぁぁッ!! グゲェっ!!」
甲冑など紙切れ同然だ。 空間ごとねじ切られた兵士たちの腕や足が、ありえない方向に曲がり、砕け散る。 運悪く首の空間を歪められた者は、音もなく首が回転し、即座に絶命して崩れ落ちた。 一撃で、部隊の半数が肉の塊と化した。
「ひ、ひぃぃぃっ! ば、化け物だ! 逃げろぉぉ!」
生き残った数人が、武器を捨てて背を向けた。 だが、逃がしはしない。
「これで終わりだよ……。私の覇道の邪魔だ。塵一つ残さず消えてくれ」
私は剣を背中の鞘に戻し、両手を空高く掲げた。 地下で手に入れた魔力が、体内から溢れ出す。
「【インフェルノ(地獄の業火)】っ!!」
ドオォォォォォンッ!!
私の両手から、夜の闇よりも深い、漆黒の炎が噴出した。 それは生き残った兵士たちを追いかけ、蛇のように絡みつき、次から次へと飲み込んでいく。
「ギャァァァァァァッ!!」
「あ、熱い! 消えない! 助けてくれぇぇ!」
それはまさに地獄の業火。骨の髄まで焼き尽くすまで消えることのない呪いの炎だ。 兵士達の断末魔が、赤く染まった村に響き渡る。 私はその光景を、ただ冷ややかに見下ろしていた。 心は痛まない。これが、魔王としての私の第一歩なのだから。
………。
……。
…。
漆黒の業火が兵士たちを焼き尽くし、静寂が訪れた村の広場。 私は聖剣を納め、呆然と立ち尽くす村人たちの方を振り返った。
「婆さん……、大丈夫か……? 怪我はないか」
私が一番近くにいた老女に声をかけると、彼女は震える手で私の袖を掴んだ。
「あ、あぁ……。大丈夫じゃよ……。ありがとう、若いの……。それにしても、今のは……?」
老女の視線は、私の手から消えた黒い炎の余韻に向けられていた。 すると、後ろで見ていた中年の男が、興奮した様子で声を上げた。
「ああ! 俺は知っているぞ!! あれは……亡くなった先代魔王様のオーラと同じだぞっ! 昔、一度だけ遠くから、あの全てを飲み込む闇の炎を見た事がある!」
「それなら俺も知っている! 俺は昔、アスガルド城で門番兵をやっていたからよく覚えているぞ!! あの禍々しくも威厳ある覇気……!」
解放された村人達が一斉に、ざわめきながら私の所に集まってくる。 涙を流して感謝してくる者もいれば、私が咄嗟に放った【インフェルノ】を見て、魔王様の再来だと騒ぐ者もいる。
「も、もしや、あなた様は……行方不明になっていた、魔王アスガルド様のご子息であらせられますか?!」
一人の長老らしき男が、地面に額を擦り付けて問う。 私は首を横に振り、力強い声で告げた。
「いや……。アスガルド様は私の父ではない。……私の『叔父』にあたる方だ」
「叔父上……ということは、王弟殿下の血筋……!?」
「そうだ。私は人間との混血だが、その体に流れる血は確かにアスガルド王家のものだ」
私は一度言葉を切り、集まった数百の瞳を見渡した。 彼らは怯え、傷つき、それでも縋るような目で私を見ている。かつてのアスガルドの民たちだ。
「私は決めた。亡き叔父の後を継ぎ、私が新たなる『アスガルドの魔王』となろうと思っている」
私の宣言が、風に乗って村中に響く。
「皆の者、力を貸してくれないか? 人間どもに理不尽に虐げられ、殺された同胞たちの無念を晴らすために。ここ一帯のソロモン族に害を与える者全てに復讐し、我々の安住の地を取り戻すために!」
一瞬、周りは静まり返る。 あまりに唐突な魔王の出現に、彼らは戸惑っていたのかもしれない。 しかし、その静寂を破るように、一人の若者が拳を突き上げた。
「ああ! さっきの圧倒的な力を見せて貰った! あんたなら……いや、ハロルド様ならやれる! これからは反撃のチャンスだ!!」
「そうだ! 今まで虐げられてきた分、仕返しをしようじゃないか! 俺達だって、ただ殺されるのは御免だ!」
「魔王様……。新たなる魔王様……。どうか、私達を救ってください……。付いていきます!」
一人、また一人と賛同の声が上がり、やがてそれは地鳴りのような歓声へと変わっていった。 「魔王ハロルド万歳!」の声がこだまする。 私はその熱狂の中で、重い責任と、確かな力を感じていた。 しかし、まだ救済の道は始まったばかり……。廃墟となったアスガルドを復興させ、軍を立て直すまでは、果てしなく長い道のりになるだろう。
………。
……。
…。
あれから、数日が過ぎた。 私は休むことなく動き続けた。 ティーンと共に、人間たちの手によって魔族が捕まっている収容所や、襲われている集落へと神出鬼没に赴き、その圧倒的な力で兵士を殲滅し、ソロモン族を救い出していった。
『黒き聖剣を持つ新たな魔王が現れた』 『触れれば空間ごと消し飛ばされる』
そんな噂は風のように速く広がり始め、虐げられていた魔族たちの間では「希望の光」として、人間たちの間では「恐怖の象徴」として浸透していった。 そして、救い出した民たちが自然とアスガルドの廃墟へと集まり始め、瓦礫の撤去と再建が少しずつ始まっていた。
ある日の夕暮れ。 私は、アスガルド城の玉座の間にいた。 天井は崩れ落ち、夕日が直接差し込む荒れ果てた広間。その奥にある、辛うじて原形を留めていた大きな石の王座に、私は深く腰掛けていた。
(……叔父貴)
かつてはここに、偉大なる魔王アスガルド様が座っていたのだ。 そう考えると、誇らしいと同時に、胸が締め付けられるほど寂しくもある。 あれだけ強く、そして色々な種族に対して分け隔てなく優しく、誰よりもこの国と人を愛していた方だった。 それなのに、人間たちの裏切りと侵略によって、全てを奪われた。
「……私も、貴方のように優しくなれれば良かったのでしょうか」
誰もいない空間に呟く。 いや、無理だ。私の心はもう、憎しみで黒く染まりきっている。
私が沈痛な面持ちで考え込んでいるところに、コツコツと軽い足音が近づいてきた。
「ハロルド様?」
振り返ると、そこにはティーンが立っていた。 彼女は私のために用意してくれた果物を盆に乗せて、心配そうにこちらを見ている。 私がこうして、復讐の鬼となりながらも完全に精神崩壊しなかったのは、間違いなくこの少女が傍に居てくれたからに違いない。
「……ティーンか。すまない、考え事をしていた」
「いえ……。お疲れではないですか?」
彼女は私の足元まで歩み寄ると、膝をつき、私を見上げた。 その瞳は、夕日を反射して宝石のように輝いている。
「ハロルド様。私……あの時は、助けていただいて本当にありがとうございました……。ずっと、目の前のことに必死で、ちゃんとお礼が言えなかった気がして……」
「礼などいい。私がしたかったことだ」
「いいえ。貴方がいなければ、私は今頃どうなっていたか……。こんなに過酷な状況ですが、私は今、凄く幸せです……。貴方のお傍にいられるのですから」
彼女の純粋な言葉が、荒んだ心に染み渡る。
「……気にする事はないよ。私の方こそ、ティーンが居たから、こうして自分が完全に壊れないで済んだんだ……。君は私の錨だ」
私は手を伸ばし、彼女の華奢な肩を引き寄せた。 ティーンは顔を赤らめながらも拒まず、私の横――王座の肘掛け部分に腰を下ろした。
「ハロルド様……」
「ティーン……」
しばらく無言で互いの顔を見つめ合う。 言葉はいらなかった。 お互いの存在を、鼓動を、体温を確かめ合うように、私たちの顔は自然と近づき――深い、深い口づけを交わした。
「んっ……」
血と死の匂いが染み付いたこの体だが、彼女だけは受け入れてくれる。 この温もりだけは、何があっても守らなくてはならない。 そして、この幸せを脅かす者は、誰であっても許さない。
唇を離し、私はティーンを抱きしめながら、窓の外に広がる荒野を睨みつけた。 その視線の先には、憎き人間たちの国がある。
(……待っていろ、勇者ルイス。そして、私を裏切り、あの男に媚びを売った愚かな元恋人たちよ……)
私は、このささやかな幸せを壊したくはない。 そのためにも、魔族を迫害する者を一人残らず排除しなければならない。 いつか必ず、あの偽善者ルイスも、そして私の愛を踏みにじった女たちも含め、必ずこの手で始末してやる。 それが、魔王となった私の最初の誓いだった。




