61 クリステル達はアレックスの因縁を断ち切る
~ヒナル視点~
私とお兄ちゃんを繋げてくれた、お兄ちゃんの元彼女さんや幼馴染みの姉妹の人たち……。クリステルさん達が居なかったら、お兄ちゃんとは、あの雨の日の裏路地ですれ違いのままだったかもしれない……。 私の恋の恩人であり、今も深い闇の中で苦しんでいる彼女たち。
私は、お兄ちゃんとの約束通り、クリステルさん達がまだ療養中だという王都の治療院にやってきた。……でも、病室はもぬけの殻で、3人とも居なかった。 担当の回復術士さんに聞いたけど、「急用があるから」と、青ざめた顔で早朝にここを離れたらしい。
(……急用? まさか、あのクズのとこに!?)
背筋が凍るような悪い予感がした。気が付いたら、私は治療院を飛び出し、早歩き……いや、ドレスの裾を翻して走り出し、王都の最果てにある「凶悪犯罪者収容所」へと向かっていた……。
収容所は、王国東部の外れにある、血のように赤いレンガの大きな塀に覆われた、刑務所の最深部に位置する。 息を切らして到着した私は、看守の方に事情を話した。 私が『大聖女』ということもあり、話はすぐに通じた。そして看守の言葉に、私の予感は的中した。……クリステルさん達は、ついさっきここに訪れ、地下の特別監房へと入っていったみたいだ……。
アレックスは、国家反逆罪の重要犯罪者……。 でも、彼の罪はそれだけじゃない。彼に「勇者」という肩書きで騙され、スキルで魅了されて被害を受けた女性が、この国には数え切れないほど存在している……。 中でも一番酷いのは、被害を受けて望まない妊娠をして子供を産んでしまい……それを知った、付き合っていた一般人の男性が怒り狂って、その産んだ子を斬り刻み、豚の餌にしてしまって……正気を失って捕まった人もいるという……。 女性は気の毒だけど、その男性も、ある意味でアレックスに人生を狂わされた可哀想な被害者でもある……。
案内してくれた看守さんが、ポツリと、血を吐くような声で言った。 「……大聖女様。実は俺も……あいつに、婚約寸前だった最愛の恋人を寝取られた一人だ……。だから、あの女たちがあいつを殺しに行こうが、煮るなり焼くなり好きにしてくれ……。この事は、俺は何も見なかったことにする。……黙っている」
看守さんはそう言うと、拳をギリリと握りしめ、何も知らないふりをしてその場を立ち去った。 私は、彼の重たい言葉を聞いたのと、彼の落ち込みながら歩く後ろ姿を見て、胸が引き裂かれるように心苦しくなった……。 ヤツのせいで、人生を狂わされた人が沢山いるのは間違いない……。絶対、許しちゃいけない男だ。
収容所の薄暗い地下まで降りた私は、そこから一人で、松明の光だけが頼りの冷たい石造りの通路を進み……一番奥の「特別監房」の鉄格子の前まで来た。 途中から、3人の悲痛な罵声と、あのクズの薄ら笑いの会話が聞こえてくる。
「……あははっ! 何を今更。魅了されたお前らが悪いだけでしょ~? 弱い心を突かれたんだからさ。僕はな~んも悪くない! むしろ、快楽を教えてあげたんだから感謝してほしいね!」
「……お前! 絶対、ここで殺すからな!」
シューちゃんの声には、今までにない鋭い殺気が宿っている……。本気で殺すつもりだ……。
「……私を玩んだ恨み……、貴様には……分からないはず……です。貴様がいなければ……、ルイスは……ルイスは……傷つくこともなかった! それに元はと言えば私も……。貴様さえ! ……お前みたいな悪魔がいなければ! 皆、傷つかなかった!! 自分の罪を……罪を償う前に、私が貴様を殺します!! 絶対に!」
「僕を殺したとこで、ルイスの心は戻ってこないだろ!? 君たちだって、僕の腕の中で『ルイスよりもいい』って喘いでたくせに、何を今更、純愛面してんの?」
「……アレックス! 私は、貴方を一生赦し……ません!! アレックスのせいで、お兄様は……! お兄様は!! どれだけ……どれだけ……! お兄様が、あの雨の中で絶望して、辛かったか分かりますか?!」
クリステルさんやエアロちゃんは、少し泣きながら絶叫する。 お兄ちゃんへの深い愛と、自分たちへの激しい後悔が、ヒシヒシと伝わってくる……。
「……ふん! どいつもこいつも、ルイス、ルイス、ルイス、ルイス!! うるさいなぁ! 昔からあいつが気にくわないんだよ!! 誰もかれもがあいつ!! 僕が勇者なのに、女も皆、すぐアイツにぞっこんだ!! ……何故、僕じゃない!? 僕は神に選ばれた勇者だぞ!! あんな無能の何がいいんだ!? だから……全部奪ってやったんだ!」
「貴様は最悪です!! 何故、優しかったルイスが、貴様のような外道に妬まれなくてはならないのです!!」
「……あいつが、僕より良い思いをしているからだよ! なにが悪い?! ははははっ! あんな無能は消えるべきだ!! 僕があいつの全てを奪ってやるんだ! ……だってさ、あいつは僕よりも剣術が上手かった! 可愛い女の子にも囲まれてやがった! 僕が勇者なのにさ!? お前らも、勇者の僕に抱かれて嬉しかったんだろ?! あんな無能に抱かれるよりも!!」
……本当に、このクズは最低だ。 嫉妬と劣等感の塊。だから、優しくて強いお兄ちゃんよりも、人間として遥かに劣るんだよ……。
「……ふんっ、お前が勇者!? ふざけるなっ!! 勇者はなぁ! お前みたいなクズじゃないんだよっ!!! 兄貴が……、ルイスが本物の勇者なんだよ!! お前みたいなクズは、勇者にすらなれない、ただの泥棒の雑魚なんだよ!! バカかお前は!」
そういうとシューちゃんは、お兄ちゃんの事をバカにされた腹いせか、持っていた短い『木の枝』を、手持ちの長弓につがえて放った……。 シューちゃんの弓のスキルは、並の人と違うのが良くわかる……。木の枝なのに、その貫通性は鉄の矢のように高く、アレックスの右足をもろに貫通した。
「ギャアアアアアアっ!!」
更にもう一発、またもう一発と、木の枝の矢を放つ。
「ぎっ!! ぐぎゃあああああっ! イタッ!! 血が……! やめ!!! おまえ!!! 僕は勇者だっ! 僕はユウシャ様だぞ~っ!! 勇者を殺すつもりか!? 極刑だぞ!」
「……お前は勇者じゃない!! 勇者はお兄様です! お前は知らないんですか?! ルイスお兄様が『真の勇者』だと、昨日の適性検査と御前試合でも、国中に証明されました!! 本当に、地下で一人、何も知らずに平和ボケしているお花畑野郎ですね!!」
「……は?」
エアロちゃんの言葉に、あのクズは、痛みを忘れて頓狂な声をあげる。
「本当ですわ。それにルイスは、王家の聖剣にも認められた、正真正銘の神話の勇者です……。貴方には抜けなかった、あの聖剣にね」
「ま、ま、ままま……マジ……! 嘘だ! ぐぎぃ!」
(……きも……)
私、自身でも、こいつの現実を受け入れられない醜い仕草や態度を見ていると、段々イラついてくる。
「……ぐぎぎぎぎぎっ……! あいつが……あいつが本物の……! うあああああ!!」
アレックスは、あまりの劣等感に発狂しそうになりながら、気持ち悪いくらいギリギリと歯ぎしりしてる。
うん。決めた。 クリステルさんたちが手を下して、人殺しの罪を背負う必要なんてない。 この気持ち悪いヤツに、生き地獄のトドメを刺すのは……「正妻」の私だ。
私の大好きで、大切な「レイジお兄ちゃん」を、あんなに傷つけたこいつを……私は、大聖女の権限にかけて絶対に許さない……。
「――……聞いていれば。本当に、救いようのないクズね」
私は、暗闇からカツン、と足音を響かせて、松明の明かりが照らす鉄格子の前へと姿を現した。
「ヒナル……ちゃん……? どうしてここに……」
「……あなたは……、たしか、ルイスの新しい……」
クリステルさんたちが、驚いて私を見る。アレックスも、私の白い大聖女のローブを見て、怯えたように後ずさった。
「……ヒナルちゃん。ごめんね。でも、止めても無駄だよ。ボクたちは、こいつと刺し違えてでも……」
「……ううん。違うよ、シューちゃん」
私は、鉄格子の隙間から腕を入れ、光の魔力を集め始めた。
「……こんなゴミクズのために、あなたたちの大切な命を使う必要なんてないの。……お兄ちゃんは、そんなこと絶対に望んでない。……だから」
私は、ニコリとも笑わずに、アレックスの歪んだ顔を見下ろした。 大聖女としての神聖な魔力……いや、お兄ちゃんを傷つけた事への、私の純粋な『怒りの魔力』が、指先に集束していく。
「……私が、代わりにやってあげる」
「私はお兄ちゃん……。いいえ、ルイスさんの実の妹で、恋人の一人……。お前が、私のお兄ちゃんを苦しめた。」
「ふん! 妹だと!? 強がってそう言えるのも、今のうちだけだよ!」
このクズはそうやって見栄を張り、あろうことか私に向けて【魅了】のスキルをかけてくる。以前にも同じことをしようとして弾かれたくせに、学習能力がない。 ……でも、私には全く通用しない。魔力レベルの次元が違いすぎるからだ。 こいつにはもう、お兄ちゃんの『勇者のバフ(強化)』がかかっていない。だから、今はただの一般市民並の、哀れで卑小な力しかない……。所詮は、お兄ちゃんの力を借りていただけの、張り子の偽勇者だったって事だ。
「あ、ありぇぇ? ありぇりぇ……な! なじぇ……何で僕の魅了が効かない!? ま、前にもかけようとしたけど! 僕の、最強のスキルが!!」
あー、やっぱりか。 私がこの世界に来て初対面の時、コイツを見た瞬間に感じたあの嫌悪感と違和感は、無意識のうちに弾いていたこの【魅了】のせいだったんだ……。
「……間抜けな声だね。そんな気持ち悪いスキルと声で、色んな人を騙して口説いてたの? ……もう死んじゃえば? このクズが……」
私が冷たく見下ろすと、アレックスは屈辱で顔を真っ赤にした。
「どうして、こんな危ない場所に?」
クリステルさんが心配そうに私を見る。
「お兄ちゃんから言われて来ました……。『あいつらが危ないから、守ってやってくれ』って」
「る、ルイスが……」
「兄貴が!?」
「お兄様……」
ちょっと嘘になっちゃうけど、そうしておきたかった……。 だって、この後、彼女達が『復讐を終えた後に自殺する』という最悪の結末を止めるためには、お兄ちゃんが彼女たちを気にかけているという『未練の鎖』が必要だから……。
私は再びアレックスに向き直る。
「お前は、私のお兄ちゃんを傷つけ、クリステルさん達も魅了のスキルで洗脳して傷つけた。それ以外にも、数え切れないほどたくさんの人が、お前みたいなクズのせいで人生を狂わされた!」
私の静かな怒気をはらんだ声と、溢れ出る大聖女の圧倒的な魔力に、こいつの顔からニヤつきが消え、明らかな『焦り』と『恐怖』の表情が現れる。 ……本当に気持ち悪い。
「な、なぁ! わ、分かった! 誤解だ! 僕は勇者だ! 君も大聖女なんだろ!? 一緒に世界を救おう!! 僕と組めば最高だ! ねっ!?」
「だから、勇者は私のお兄ちゃんだって。昨日の御前試合で、皆の目の前で、王家の聖剣にも認められてるんっすけどねー。お前みたいな、卑怯な泥棒のクズとは魂が違うんだよ」
「ぐぎぃ! ぐぎぎぎぎぎぎっ! ルイス、ルイスルイスルイスゥゥゥ! ぐぎっ!」
アレックスが、嫉妬と劣等感で猿のように奇声を上げる。 私は、右手に神聖な光の魔力を集め、裁きの光槍【ホーリーランス】をイメージし、詠唱し始める。 こいつは許さない……。法が裁かないなら、私がこいつを潰す……。
「ひぃぃいいいい!! ま、待って! やめろ!! 殺すな!! 極刑だぞ!!」
「あんたは色んな人を不幸にさせてきた。……罪は重いよ?」
これが、お兄ちゃんを五年もの間バカにして見下していたやつ? この、小便を漏らしそうに震えている、情けなくて崩れた無様な顔を、お兄ちゃんに見せてやりたいくらいだ……。
「ま、待ってください! ヒナルちゃん……。トドメは…… トドメは、私達に……刺させてください」
「えっ?」
その時、震えていたエアロちゃんの表情が一気に『復讐者』の顔へと変わり、私を制止して、アレックスの元へと駆け寄った。
「おまえ!! お前は、ヒナルちゃんまで悲しませるのか! お前みたいなヤツは、もう、死んじゃえーっ!! 返せよ!! 私とお兄様の、あの幸せだった思い出を返せっ!!!」
エアロちゃんは、泣き叫びながら両手を前に差し出し、何かを詠唱する。両方の手から極寒の冷気が渦を巻いて集まり、鋭く尖った一本の巨大な氷の槍となり……。
「――【アイス・ブラスト】っ!」
「ひぃいいいあああああ!! やめ! ごめんなさい! 僕が悪かった! ごめんなさい~~~っ!!!」
慈悲のない氷の槍は、クズの醜悪な命乞いを無視して撃ち出され……クズの下半身を、その自慢の『男の急所』を直撃し、無惨に貫通した。
「ぐぎゃあああああああああああああっ!!!」
クズの股間や下半身から、大量の血と肉片が吹き出る……。
「ぎぃぃぃぃ……! ボグの……! ”ボグの”ア”レ”が!!!! ちぎれた!? いだいいいいいい!!! やめ?! もうやめ!! 助けてくれええええ!!」
アレックスが床を転げ回り、自身の股間を押さえて泡を吹いて絶叫する。
「ボクもまだ終わってない!! これは、兄貴を裏切らせたボクの恨みだっ!!」
シューちゃんは、長弓を引き絞り、牢屋の壁にかけてあった拷問用の『鉄の太針』を矢の代わりにして放つ……。今度は、その針がクズの右腹を深く貫通し、床の石畳に縫い付けた。
「ぎぃやあああああああっ!! 痛い! 痛いいいいい!!」
クズの耳をつんざくような、うるさい悲鳴が冷たい牢屋にこだまさせる。
「ヒナルちゃん……。ごめんなさい。私も、彼を……この男だけは、どうしても赦せないのです……」
最後に、クリステルさんは静かな怒りをたたえた瞳で、愛用の杖を石の床に「トン」と叩いた。叩いた場所に、清浄な白い光が集まってくる……。
「……これは本来、死者を導く浄化の魔法ですが、霊体じゃなくとも、邪悪な生者をも焼き尽くす攻撃魔法スキルです……。お受けなさい」
「ぼぅ、ぼぅじゅるじでぇぇぇえ!! ゆるじでぐれぇぇぇ!!」
このクズは、鼻水と涙、そして吐瀉物で顔がドロドロの酷いことになっている……。 クリステルさんは冷酷なまでに冷静な声で詠唱をして、光が集まった場所に杖を置き……全ての光を杖の先端に集束させる。
「――【ホワイト・ボール】……」 光が集まった杖をクズに向けて振りかざすと……。圧縮された太陽のような光の玉が、一直線にそのクズに飛んでいき……逃れようともがくクズの左足に直撃した。
「がぎゃああああああああっ!!」
ジュウウウウウウッ!! 焼け焦げる肉の匂い。光の玉が当たると、クズの左足は跡形もなく吹き飛び、炭化して原型をとどめない形になった。アレックスは白目を剥いて倒れ伏す。
「……貴様はもう、歩くことも、女を騙すこともできません。後は、このまま誰も助けに来ない冷たい床で、出血多量で死を待つだけです……。地獄に堕ちて、ルイスやヒナルちゃん達に懺悔して、永遠に報いを受けなさい」
「ボク達の恨みは、こんなもんじゃ足りないけどな」
「私はまだ怒りが収まりません。お兄様を侮辱し、私達を陥れた報いは、これでもまだまだ足りませんっ!」
「じゅ、ゆ、ゆるじゃないがらなぁあああああ! ぼぐわぁ! ボマエダチうぉ!(おまえたち) じぇ、じぇっだい! ゆるじゃないがらなぁぁぁぁ!! うぉぉぉん!! ぐぎぎぎぎぎっ!!」
アレックスの呪詛のような叫びと、命の尽きかけたうめき声を背中で聞きながら。 クリステルさん達は、振り返ることなく、この地獄のような場から離れる……。
私も、一瞥だけくれて、一緒にその場を後にする……。
(……これで、復讐は終わった。でも……)
クリステルさん達の足取りは、あまりにも重く、どこか『死に場所』を探すような危うさがあった。 彼女たちが、この後に向かう先は……なんとなく分かる。 自分の命を絶つことで、過去の罪を清算しようとする場所。
必ず、止めなければ……。 お兄ちゃんのためにも、私自身のためにも。 私は決意を固め、静かに彼女たちの背中を追いかけた……。




