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57 コタースとデート


~ルイス(レイジ)視点~


 噴水広場での、あの重苦しく、血を吐くような三人の「死の決意」を聞いてしまった後。  俺は、鉛のように重い足取りでホテルへと戻り……冷たい汗を拭いながら、自分の部屋のドアをノックした。  先程までの俺なら、クリステルたちの事ですぐにでも飛び出していただろう。だが、今の俺には守るべき『現在』がある。勝手な同情で、今の仲間たちを不安にさせるわけにはいかない。


 ガチャリ。  俺が戻ると、どうやら熾烈な「女子会(ルイス君の分配ルール決定会議)」は無事に終結したらしく、部屋の鍵が開けられた。  中に入ると、全員が妙にスッキリとした、何かをやり遂げたようなドヤ顔でソファーに座っていた。


「……おう。話はまとまったのか?」


「うん! お帰りなさい、お兄ちゃん。……ふふっ、バッチリ決まったよ」


 ヒナルが俺の腕に抱きつき、一番の特等席をキープしながら、女王様のような余裕の笑みを浮かべる。  どうやら、俺の知らない間に色々な『密約』が交わされたらしい。彼女たちは「何かを企んでいる女子ども数名」といった感じで、クスクスと顔を見合わせて笑っていた。


 その決定事項の第一弾として。  明日は、ずっと一番最初から俺の心を支えてくれていた獣人の女の子……『コタースと二人きりでデートをしてあげろ!』という王命が下った。


 驚くべきことに、本命の恋人であるヒナルも、それは全く構わないらしい。  この一夫多妻制の異世界の常識に完全に順応したのか、それとも『血の繋がった兄妹』という絶対的な絆を手に入れた余裕からなのか……。彼女は既に、どっしりと構えた「奥様(正妻)気分」だ。


「……いいの? ヒナル。嫉妬しないのか?」


「えへへ。だって、皆がお兄ちゃんの事を好きで、大切にしてくれるんだもん。私が独り占めするより、お兄ちゃんが皆に愛されて笑ってる方が嬉しいよ」


 ヒナルは俺の頬にチュッとキスをして、皆の前で堂々と宣言した。


「それに、どれだけ皆がお兄ちゃんと仲良くなっても……私が、絶対に揺るがない『正妻』だからね! そこは譲らないもん!」


「りょ~かい!! ヒナル正妻様には敵わないね~っ!」


 ミランダやコタースが、ヒナルの宣言にケラケラと笑って了承している。  ……なんて事を、普通に明るく言ってるんだ。よくわからん。  もし、ヒナルのいる日本という世界で、俺がこんな修羅場を作って普通に暮らしてたら……多分、こうはならなかった。包丁が飛び交う血みどろの事件になっていたはずだ。この異世界の寛容さに、心底感謝する。


 それにしても。  コタースと二人っきりで王都の街を出歩くなんて……そういえば、今まであまり無かったような気がする。  いつも騒がしくて、元気いっぱいの彼女。明日は、どんな顔を見せてくれるのだろうか。俺の心の中にあった暗いもやが、少しだけ晴れた気がした。


………。

……。

…。


 翌朝。 小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日で目が覚める。 俺は、昨夜の疲れでまだスヤスヤと眠っている、隣のヒナルの肩を優しく揺すって起こした。


「んぅ……お兄ちゃん、おはよぉ……」


 ヒナルはまだ完全にボケているのか、ベッドの上にちょこんと座って、寝癖をつけたままボーッと宙を見つめている。その無防備なパジャマ姿が、たまらなく愛おしい。  そして、俺たちの足元には、いつの間にか俺の部屋に潜り込んでいたスルトも一緒に寝ていた。相変わらずの全裸で、シーツを蹴飛ばして大の字で寝ているが……何回も見てきた光景のため、もはや完全に慣れてしまっていた。健全な勇者の精神力に感謝だ。


 ヒナルの着替えを手伝い、俺も街歩きの軽装に着替えて支度を終えた、その時だった。


 コンコン! ガチャッ!


「おはよ~っ! ルイス~っ! ヒナル~っ! 迎えに来たよ~っ! ……あれ、スルト~……は、まだ寝てるか……」


 太陽のような明るい声と共に、コタースが勢いよく部屋に飛び込んできた。


「あー、コタース! おはよ~! 早いな!」


 俺が声をかけると、コタースは照れくさそうにモジモジとしながら、ベッドにいるヒナルの方へ駆け寄った。


「ヒナル~、ヒナル~っ? 起きてる~? ……その、昨日はウチに大事なルイスの時間を譲ってくれて、本当にありがと~っ! ヒナルの分まで、今日はいっぱい楽しんでくるからね!」


 コタースが長いウサ耳をペタンと倒して、ヒナルに感謝を伝える。  ヒナルは、優しいお姉さんのような笑顔で、コタースの手を握った。


「ううん! コタースちゃんは、私にとっても大事な友達だし。……あの時、王都に来る途中で、馬車で私が自信をなくして泣いてた時、色々励まして助けてくれたのもコタースちゃんだもん。だから、次はコタースちゃんの番! ……私に気兼ねなく、今日一日、お兄ちゃんを宜しくね?」


「……ヒナル! うんっ! 任せて~! ルイスの事は、ウチが世界一幸せにしてあげる~っ!」


 女同士の、固い友情と信頼のハグ。見ているだけで平和だ。


 俺は、ヒナルから離れたコタースを見て、ハッと息を呑んだ。  今日の彼女は、いつもとは気合の入り方が全く違ったからだ。


 しっかりとおめかしされていて、凄く可愛い。  いつもはボサボサ気味の茶色の髪は、サラサラに手入れされ、前髪は綺麗なストレートになっている。長い髪を後ろでシュシュを使ってアップに束ねていて、うなじが見えて色っぽい。  服も、冒険者用の革鎧ではなく、ちょっと派手なピンクのスタジャン(上着)に、健康的な白い太ももが眩しいデニムのショートパンツ。  そして、お尻の上の方には、興奮でピクピクと動いている、フワフワの小さいウサギの尻尾がぴょこっと生えているのが見えた。


「……コタース、すげぇ似合ってる。可愛いな」


「えへへ~っ! ホント!? やったぁ! 昨日、ミランダとフレア達と一緒に、今日のために王都で選んだ『勝負服』なんだよ~っ!」


 俺が素直に褒めると、コタースは顔を赤くして、嬉しそうにその場でクルリと一回転してみせた。


「じゃあ、行ってくるよ、ヒナル! 夕方には帰るから!」


「うん! 二人とも、いってらっしゃい! 気をつけてねー!」


 ヒナルに見送られ、俺とコタースは部屋を出る。


「さぁ、ルイス! 行こ~っ!」


 コタースは廊下に出るなり、俺の腕にギュッと自分の細い腕を絡ませてきた。  密着した身体から、甘い女の子のシャンプーの香りが漂ってくる。


「……王都のエスコートは、元・盗賊で裏道まで知り尽くしてる、ウチに全部任せてね~っ! ウチの方が王都には詳しいんだから~っ! えへへ~っ!」


 コタースは上目遣いで俺の顔を覗き込み、悪戯っぽくウインクをした。


 迫りくる戦争の予感も、過去の女たちの不穏な影も。  今日だけは全て忘れて、隣で純粋に俺との時間を喜んでくれる、このウサギ娘との甘いデートを楽しもう。  俺は、コタースの温かい手に引かれ、朝の光に満ちた王都の街へと足を踏み出したのだった。


 


………。

……。

…。



「あ~っ! ルイス、見て見て! これなんか凄く美味しそう!」


 王都の南部に位置する商業区画は、活気に満ち溢れていた。  石畳の通り沿いには色とりどりのテントが張られ、様々な種類の食べ物屋がずらりと並んでいる。串焼きの焼ける煙、甘い蜜の香り、威勢の良い客引きの声。丁度、昼前という事もあり、通りは沢山の人でごった返し、足の踏み場もないほどの賑わいを見せていた。  コタースは、俺の腕にギュッと抱きつきながら、特にスイーツには目がないらしく、ショーケースに並ぶ色鮮やかなケーキや、宝石のようなマカロンを一緒に見ては「わぁ~!」と声を上げて楽しんでいる。  その長いウサ耳が、興奮でピコピコと動くのが愛らしい。


「んん? あれ、なんだろう!? 凄くいい匂いがする~!」


 ふと、甘い香りとは違う、食欲をダイレクトに刺激する香ばしいソースの匂いが漂ってきた。


「……この匂いは……まさか」


 俺が匂いの元へ立ち寄ってみると、そこには見慣れない「鉄板」が置かれた屋台があった。  どうやら、かなり前に異世界(日本)から来たという店主が経営している、"お好み焼き"と呼ばれる焼き物の店だった。


「ルイス~っ! あれ……食べてみたい~っ! お腹空いちゃった! ……ダメ……かな~っ?」


 コタースが、両手でお腹を押さえながら、上目遣いでウルウルと俺を見上げてくる。


「ははっ、ダメなわけないだろ。うん、いいよ! 俺も久しぶりに食べたくなったし、凄く美味しそうだから半分こしよう!」


 俺達がお好み焼き屋の屋台の前まで行くと、鉄板の前でヘラを持っていた店主が、俺の顔を見るなりいきなり声を張り上げた。


「……ん? おい、あんた! もしや、最近噂になってる、カノープス騎士団長をぶっ倒したっていう『真の勇者』かい?!」


「あ……。まぁ……その……、そうです。ルイスです」


「おおっ! やっぱりか! ははは! 驕ったところがなくて、謙虚っぽそうで良い青年じゃないか!」


 頭に捻りハチマキをして、髭を綺麗に整えた恰幅の良い店主は、豪快に笑いながら、熱い鉄板の上でお好み焼きの生地を器用にひっくり返している。  ジュゥゥゥッという心地よい音と共に、香ばしいソースの匂いが弾けた。キャベツや豚肉、新鮮な海産物、コーン等もたっぷりと入った、見るからにフワフワで柔らかそうな極上の一品だ。


「……勇者の兄ちゃん! あんた~、その珍しい黒髪と黒目……。やっぱり、あんたも『迷い人(日本人)』かい?」


「……! わかりますか?!」


「一目で分かるさ! しかも、その顔立ち……日本人だろ?! 俺も元々、東京の下町でちっぽけなお好み焼き屋をやっていたんだ! トラックに轢かれて、気づいたらこの世界で鉄板を叩いてたってわけさ!」


「そうだったんですか!? 俺も日本からなんです!」


 迷い人(日本人)は、歴史上、数多くこの世界に来ている。  何故、無作為に地球から召喚されているのかは不明だ。女神様が魔族を倒す為の戦力として、こっちの世界に魂を連れてくるとかいう御伽噺を聞いた事もあるが……。  ……そもそも、魔族だってスルトみたいに良い奴はいっぱいいるのに、倒さないといけないものなのか? 神様のやることは理不尽すぎる。  しかも、こうやって無理やり連れてきておいて、用が済んでも元いた世界に帰してくれるわけでもないのだから、タチが悪い……。  俺が少し暗い顔をしてそう考えている内に……。


「ほら~! 出来たぞ~! 熱いから気をつけてな!」


 店主は「にっ!」と白い歯を見せて笑い、熱々のお好み焼きが乗った木の皿を、串を刺して二つ分渡してくれた。


「わぁ~っ! おじさん~っ、ありがと~っ!! すっごく美味しそう~っ!」


「ありがとうございます! ……いくらですか?」


 俺が財布を取り出そうとすると、店主は太い腕を振って押しとどめた。


「あはは! よせよせ! こうやって、同じ日本人がこの理不尽な世界で、一生懸命に『勇者』をやって、皆を守ってくれてるんだ! 何かの縁だ、応援させろ。……一つ分の金額だけもらえれば良い! そっちの可愛いウサギの彼女さんのは、俺からの『おまけ』だ!」


「わぁ! 本当!? やったぁ! ありがとう~っ、おじさん!」


 コタースはピョンと跳ねて喜び、それから、少しだけ照れくさそうにモジモジとして……。


「……でもね~っ、おじさん。ウチ……ルイスの彼女みたいなものなんだけど~、実はね……、この人にはね~っ、別にちゃんと『一番の正妻さん(ヒナル)』がいるんだよ~っ! ウチは、その次か、三番目なの! えへへ!」


「えっ!?」


「はっ!?」


 コタースのあまりに明け透けで爆弾のような発言に、俺は目玉が飛び出そうになった。  いや、そこ、初対面のおじさんに自己申告する!? 悲しくならない!?


「……ははははっ! なんだなんだ、そういう事か! まぁ、こっちの世界は『多重婚ハーレム』が普通にありの文化だもんな!! 俺達の居た日本の常識じゃー、考えられないからなぁー! やるな! 勇者さん! 男の夢だぜ!」


「あ、ははは……」


「でも、お嬢ちゃん。順位なんて関係ねぇよ。あんたのその愛らしい笑顔を見りゃ、こいつがどれだけあんたを愛してるか分かるさ。仲良くな!」


「うんっ! ありがとう~っ!」


「じゃあ! 毎度ありぃ~っ!」


 豪快な店主に見送られ、俺達はアツアツのお好み焼きを頬張りながら、再び雑踏へと歩き出した。  ……色々と、これからの関係性が王都で話題になりそうだな……。  でも、コタースが満面の笑みで「美味しいね! ルイス!」と喜んでくれているなら、それでいい。そういえば、コタースと一緒にこうして平和に二人だけで居るのって、今まで本当にあまり無かったよなぁ~……。


 俺の横で並んで歩いているコタースが、自然な仕草で、空いている方の手で俺の手をギュッと握ってくる。  少しだけ冷たいけれど、柔らかい女の子の手。俺も、彼女の温もりを確かめるように、そっと優しく握り返す……。  コタースを見ると、お好み焼きの湯気越しに、顔をほんのりと赤くさせながら、ニコッと最高に可愛い笑顔でこっちを見上げていた。


 ……胸が、ドキリと跳ねた。  ヒナルとはまた違う、野生の純粋さと、底抜けの明るさを持つ可愛さがある。ヒナルの事は心の底から愛しているが、今、目の前で俺の手を握ってくれているコタースの事も……正直に言って、めちゃくちゃ愛おしい。……俺、最低な男になってないか? でも、これがこの世界の『愛』の形なんだ。


 幸せな時間を噛み締めるように、俺達が色々な店を見て回っていると――。


「……どいてくれ! 道を開けてくれ!!」


 突如、喧騒を切り裂くような怒声と共に、一人の兵士が血相を変えて、群衆をかき分けながら猛ダッシュで走ってきた。  そして、俺の姿を視界に捉えるなり、泣きそうな顔で俺の元へと一直線に駆け寄ってくる。


「勇者様!! 勇者様~っ!! ルイス様!!」


 王国の正規兵士だ。間違いない。何かの緊急事態か?   「やっと、見つけました!! 非番のお休みの日に、申し訳ありません!!」


「どうしたんですか!? 何かあったんですか?」


 兵士はゼェーゼェーと肩で激しく息をきらしながら、地面に膝をついて叫んだ。


「……あの、騎士団最強のカノープス隊長に勝利した、貴方様の圧倒的な実力を見込んで……どうか、お願いがあります!!」


「えっ? ま、まぁ……落ち着いてください。話を詳しく聞きます。説明を……」


「……は、はい! 実は、王都の近隣の森で、街の『少年隊』の部隊が周りの哨戒任務にあたっていたのですが……、突如現れた凶悪な魔物、『デスフラッグ総体』の大群に囲まれたと、緊急の救援要請がありまして……ッ!」


「なんだって!?」


「現在も本隊の騎士団が向かっているのですが、相手は死の瘴気を放つ、物理攻撃が効きにくい魔物で……中々歯がたたずで、全滅の危機に瀕しています……! どうか、聖なる光の力を持つ勇者様……ご支援をお願いします!」


 『少年隊』。  ……メルドアの街の防衛戦で共に戦ってくれた、あの若い兵士たちか。  だが、彼らは……隣にいるコタースにとっては、忌まわしい過去の象徴でもあったはずだ。


 俺は慌てる兵士の言葉を聞き、隣のコタースの顔を覗き込んだ。


「……うん~っ……。ルイス! すぐに助けに行こう~っ!!」


 コタースは、迷うことなく、真っ直ぐな瞳でそう言った。


「……コタース。俺一人でもいいが、お前は本当にいいのか? ……その少年隊の中には、昔、お前が獣人だって理由だけで差別して、部隊からお前を追い出した奴らもいるんだろ?」


「……うん。そうだよ。あいつら、ウチの事、ゴミみたいに扱ったクソ野郎たちだよ」


 コタースは、一瞬だけ昔の辛い記憶を思い出したのか、寂しそうな顔をした。  だが、すぐにその表情を凛とした戦士の顔に変え、俺の手を力強く引っ張った。


「だからこそ……助けに行くんだよ~っ!」


「……!」


「……過去の恨みで、目の前で死にそうな命を見捨てるなんて、そんなの、ルイスの隣に立つ『女』のする事じゃないもん! あいつらを助けて、ウチの強さを見せつけて、後悔させてやるんだから~っ!」


 コタースの顔は、燃えるようなやる気と、優しさに満ちていた。  ……なんて、なんて器のデカい、いい女なんだ。


「……ははっ! そうだな! 分かった!!」


 俺は剣の柄に手をかけ、兵士に向かって力強く頷いた。


「兵士さん、道案内を頼みます!! 絶対に、一人も死なせはしない!!」


「ゆ、勇者様……! 獣人の娘さん……! ありがとうございます!!」


 甘いデートの時間は終わりだ。  俺達は涙を流す兵士に続き、迫り来る死の影を振り払うため、風を切って街の外れの森へと全力で走り出したのだった……。



 


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