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2 色々と不運な男…

 


「うわっ!?」


 足元が唐突に虚空へと消えた。  無防備な身体が斜面を激しく転がり落ちる。視界が回転し、容赦のない岩肌の感触が、背中や肩を容赦なく打ち据えた。


「……っぐ! あー、クソッ……骨は折れてないみたいだな」


 約三メートル。俺は薄暗い穴の底へと叩き落とされていた。  全身に走る鈍痛。だが、それよりも遥かに重く、鋭い痛みが俺の胸を内側から切り刻んでいた。


「……なんで、俺がこんな目に」


 暗闇に吐き出した声が、情けなく震える。  先ほどの光景が、泥にまみれた脳裏に焼き付いて離れない。神聖な聖女のはずの婚約者と、愛らしかったはずの妹たちの、発情した獣のような顔。  愛する者たちから浴びせられた「無能」という嘲笑。


「……『一緒に暮らそう』……だ? どの口が、そんな嘘を吐いたんだよ、クリステル……!」


 握りしめた拳から、爪が食い込んだ血が滲む。  裏切られた。嘲笑われた。用済みとして、化け物蔓延るダンジョンに置き去りにされた。  挙げ句の果てには、自暴自棄になって穴に滑り落ちる始末。


「……にしても、とんだ厄日かよ……! 俺が一体、何をしたっていうんだ……!!」


 血を吐くような慟哭が、冷たい土の壁に吸い込まれていく。  寝取られたにしても、最悪の構図だ。彼女たちの幸せそうな喘ぎ声と俺への蔑みの言葉がフラッシュバックするたび、腹の底からドス黒い吐き気が込み上げてくる。


 (もう、何を……誰を信用して生きていけばいいんだよ……)


 意識が暗闇の底へと沈んでいく。  足取りは重く、視界は溢れる涙と絶望で霞んでいた。  よろめきながら這い出た先は、閉ざされた洞窟ではなく、開けた場所だった。見上げれば、断崖絶壁。どうやら街の城壁の外、切り立った崖の下へ落ちてしまったらしい。  黄昏はすでに死に絶え、辺りは深い夜の帳に飲まれようとしていた。


 その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


「なっ、なんだ!?」


 大地が、まるで巨人に揺すぶられたかのように咆哮を上げた。  立っていられないほどの激しい縦揺れ。木々が悲鳴を上げるようにざわめき、土砂が崩れ落ちる。


「……くそっ! 今度は地震かよ! 世界まで俺を殺しに来る気か!」


 毒づいた次の瞬間――『カッ』。


 音のない、目も眩むような白金の閃光が、夜空を真っ二つに引き裂いて落ちた。  雷撃のようでありながら、あまりにも神々しく、異質。  世界の法則そのものが書き換わったかのような、圧倒的な魔力の残滓が肌を粟立たせた。



………。

……。

…。



 静寂を取り戻した森を、俺はあてもなく歩いていた。  先ほどの地震と閃光が何だったのかは分からない。ただ、この絶望の中で死ぬのだけは嫌だという本能だけが、俺の足を動かしていた。  しばらく進むと、緩やかな上り坂の向こうに、街の監視塔が放つ灯りが見えた。あの光を目指せば、正門へ戻れる。


 (んっ? なんだ、あの光は……?)


 ふと、視界の端に違和感を覚えた。  森の奥深く、ありえない場所で青白い光が揺れている。  松明の暖かな炎でも、魔術師が灯す『ライトボール』の温もりのある光でもない。冷たく、均一で、真っ白な光。  それがいくつも暗闇の中で点滅し、周囲の木々を人工的な色で照らし出している。


 (誰かいるのか……?)


 風に乗って、聞き慣れない言葉と、少女の悲鳴が混じった怒声が聞こえてきた。  辺りは無法地帯だ。野盗やスラムのゴロツキが略奪を働いているのかもしれない。  俺は息を潜め、冷えた汗を背中に感じながら、声の主たちへと近づいた。


「おい、はやく脱げよ! これ以上、痛い目見たくねーんだろ?」


「きゃはは!! ウケるー! ほらほら、もたもたしてるとパンチ飛んでくるよー?」


「おい、写メ撮って拡散してやろーぜ? 『陰キャ、異世界で脱ぐ』ってタイトルで! マジ、バズるっしょ!」


 写メ? 拡散? バズる?  聞き慣れない『迷人(異世界人)』たちの言葉だ。だが、その言葉が孕む悪意と下劣さは、どの世界でも変わらない。


「もう止めてよっ! 私、何もしてないじゃん! 元の世界でも、ここでも……何で毎日毎日、私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの!?」


「あぁん? テメェのそのナマイキな態度がムカつくからに決まってんだろーがよ! クラスの底辺が、俺らに口答えしてんじゃねえ!」


 『パァンッ!!』


 乾いた打撃音が森に響く。  男が少女の髪を無造作に掴み、平手で激しく頬を打ったのだ。


「くっ……! 痛いっ……!」


 少女は泣き崩れながらも必死に抵抗するが、体格差はいかんともしがたい。


 光の正体は、彼らが手に持った小さな板状の魔道具スマホだった。  囲んでいるのは、男三人、女二人。いずれも奇妙な格好をしている。  上は貴族の執事が着るような白いワイシャツにネクタイ。だが、着崩していてだらしない。下は緑色のチェック柄のズボンとスカート。


 (緑色……? まさか『緑骨団』の残党か?)


 この辺りを縄張りにする盗賊団と服装が似ている。  男の一人は金髪、二人は白に近いアッシュグレー。女二人は派手な茶髪だ。  だが――囲まれて暴行を受けている少女の髪は。


「俺と……同じ、色だ」


 艶やかな黒髪。  金髪や茶髪が当たり前のこの世界で、黒髪は「忌み子」「劣等」と見なされることが多い、極めて珍しい色。俺と同じ、孤独の色だ。


「おら! 早く脱げって言ってんだろ! こんなワケわかんねーとこに連れてこられた罰だ! お前みたいなゴミ、この世界じゃ誰も助けに来ねぇんだよ!」


「そうよ! あんたのせいでこんな森ん中にいるんだからね! 責任取って、体で楽しませろよ! ほら、鳴いてみなさいよ!」


 男がゲラゲラと笑いながら、少女のワイシャツの襟元に手をかけ、強引に引き裂こうとする。少女の絶望に染まった瞳が、虚空を彷徨う。  ――あんな目を、俺は知っている。たった数十分前に、俺自身がしていた目だ。


 (……見ていられるか!)


 今日のクソみたいな出来事が、俺の中でドス黒いマグマとなって沸騰していた。  裏切り、嘲笑、理不尽な暴力。強者が弱者を踏み躙り、それを娯楽として消費するこの世の地獄。  同じ黒髪の少女が、俺と同じように蹂躙されようとしている。


 (ふざけるな……!! ここは、お前らの遊び場じゃねえ!!)


 「無能」の烙印を押された俺だが、二年間、命懸けで勇者の背中を守り続けてきた基礎レベルは伊達じゃない。  頭のネジが、ブツンと音を立てて弾け飛んだ。  俺は大地を蹴り、暗闇の底から弾丸のように飛び出した

 こんにちは。少し間が空いてしまいましたが宜しくお願い致します。文法、不馴れなもので全くわかっていません。雰囲気だけでも楽しんで頂けたら思いますよ。続きが気になったら いいね 頂けたら嬉しいです。

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