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第223話 異界の兄妹と運命の天秤


 上空の空気が、ビリビリと心地よく震えた。  敵襲のような殺気はない。ただ、圧倒的に濃密な魔力が、キラキラとした粒子となって庭に降り注いでいる。


「……ふふ。お茶菓子も食べたし、少し運動でもするかえ?」


 空から降ってきたのは、漆黒の髪をなびかせ、背中に可愛らしい、けれど神々しい竜の翼を広げた幼女――バハムさんだった。  彼女はフワフワと僕たちの目の前に降り立つと、腕組みをしてニヤリと笑った。


「ヨーイチ、リオナ。その新しい『ジョブ』とやら、使いこなせねば宝の持ち腐れじゃ。が直々に手ほどきをしてやろう」


「えっ、バハムさんが相手をしてくれるんですか?」


「うむ。……リズたちでは、お主らの『規格外』な力の相手をするには少し荷が重いからの。壊れてもすぐに再生する、世のような相手が丁度良いのじゃ」


 バハムさんは「壊れても」なんて物騒なことをサラッと言ったけど、その顔は楽しそうだ。


「それに、もう一人。……クローディア、準備は良いか?」


「はい、バハム様。……ふふ、久しぶりに身体を伸ばしたかったところです」


 庭の隅でストレッチをしていたクローディアさんが、ニコニコと歩み寄ってくる。


「リオナちゃんの『狂戦士』……その力任せな攻撃を受け止めるには、人間の身体じゃちょっと頼りないからね。……少しだけ、『本気モード』になってもいいかな?」


 クローディアさんが、スッと糸目を開く。  縦に割れた黄金の瞳孔が輝き、彼女の身体が紫色の光に包まれた。


「……『竜人化ドラゴニュート』」


 ポンッ、と軽い音がして煙が晴れると、そこには――。  額に一本の角、背中にはコウモリのような翼、そして全身を美しい紫の鱗で覆われた、半人半竜の姿のクローディアさんが立っていた。


「わぁ……! クローディアさん、すごいね!」


 リオナちゃんが目をキラキラさせて拍手する。


「ふふ、怪獣じゃないよ。これなら防御力も上がるから、リオナちゃんが思いっきり叩いても大丈夫。……さあ、まずは私を『サンドバッグ』だと思って、好きに叩いてごらん?」


 クローディアさんが、優しく手招きをする。


「うん! いくね! えーい!」


 ブンッ!


 リオナちゃんが、持っていた鉄パイプをフルスイングする。  風を切る音が鋭い。けれど、クローディアさんは慌てる様子もなく、鱗に覆われた腕をスッと前に出した。


 カーンッ!


 軽快な金属音が響き、鉄パイプが弾かれた。


「う~ん、いい音。……でもリオナちゃん、今の振り方だと腕が疲れちゃうよ?」


 クローディアさんは攻撃を受け止めながら、まるでダンスのコーチのようにアドバイスを始めた。


「『狂戦士』の力は凄いけど、力みすぎはダメ。……こう、腰を入れて、遠心力を使うの。地面の力を足から吸い上げて、鉄パイプの先に伝えるイメージで……そう、もう一回!」


「こう? ……えいっ!」


 ガァァァンッ!!


 さっきより重い音が響く。


「そうそう! 上手だよ! 今の感覚、忘れないでね!」


「わーい! 音が変わった! 楽しい!」


 キャッキャと笑いながら鉄パイプを振り回すリオナちゃんと、それを「はい、もっと腰を入れて~」「次は上から~」と優しく受け止める竜人のクローディアさん。  見た目は怪獣映画だけど、やっていることはほのぼのとしたバッティングセンターみたいだ。


「……なるほど。クローディアさんは『力の逃がし方』と『効率的な破壊』を教えているわけか」


 僕は感心して見守っていたが、すぐに頭上から声が降ってきた。


「よそ見をしている場合か? ヨーイチ」


 見上げると、バハムさんが空中で胡座あぐらをかいて浮いていた。


「お主の『処刑執行人』……その鎖、どう使う? まさかただ振り回すだけではあるまい?」


「……やってみます」


 僕は意識を集中し、固有スキル『断罪の鎖』を発動させた。  ジャラジャラ……と、地面から黒い鎖が現れ、僕の周囲に漂う。


「まずは……捕縛!」


 僕は鎖をバハムさんに向けて飛ばした。  


 シュシュシュッ!


 と数本の鎖が空を駆ける。


「遅い遅い。それでは蚊も止まらぬぞ」


 バハムさんは空中でヒョイヒョイと身をかわす。まるで鬼ごっこを楽しんでいるようだ。


「くっ……! 意外と操作が難しい……!」


「鎖は手足の延長じゃ。目で追うのではなく、心で感じよ。……ほれ、右が空いておるぞ?」


「そこっ!」


 僕はバハムさんの動きを予測し、死角から鎖を回り込ませる。


 パシッ。


 一本の鎖が、バハムさんの足首に軽く巻き付いた。


「おっ? 捕まえた!」


「うむ、悪くない。……だが、捕まえてどうする? 世を引っ張り下ろすには、お主の筋力では足りぬぞ?」


 バハムさんは涼しい顔で浮いている。僕が全力で引っ張っても、ビクともしない。


「力比べじゃ勝てませんね……。なら、このスキルの確認をさせてください」


 僕は鎖が繋がっている状態で、もう一つのスキルを発動させた。


「『痛覚共有ペイン・シェア』……」


「ほう? なんじゃそれは」


「……バハムさん、ちょっとチクッとしますよ」


 僕は自分の頬を、指で強めにつねった。  痛っ。地味に痛い。


 その瞬間。


「……あいたっ!?」


 空中のバハムさんが、自分の頬を押さえて目を丸くした。


「な、なんじゃ!? 今、世のほっぺたがツネられたような感覚が……!?」


「成功です。……僕が感じた痛みを、鎖で繋がった相手にも与えるスキルみたいですね」


「な、なるほど……! 自傷ダメージを相手に転嫁するのか。……地味に嫌なスキルじゃな!」


 バハムさんが降りてきて、興味深そうに僕の顔を覗き込む。


「これ、もしお主が大怪我をしたら、世も大怪我をするのか?」


「多分、レベルが上がればそうなると思います。でも今は……つねったり、デコピンしたりする程度が限界かも」


「ふふ、面白い。これなら格上の相手でも、意表を突いて隙を作れるかもしれぬな。……よし、次は『くすぐり』が効くか試してみるか?」


「えっ、くすぐりも痛み判定に入るんですか?」


「精神的ダメージとして共有されるかもしれんぞ! ほれ、自分をくすぐってみよ!」


「ええ……ここ庭ですよ? 恥ずかしいんですけど……」


 そんな僕たちの様子を、テラスやベンチで見守っていたリズさんたちが、お茶を飲みながら笑っている。


「あはは! ヨーイチ君、バハム様に遊ばれてるッスね~」


 リズさんが楽しそうに笑う。


「でも、あの鎖の動き……独特ね。相手の動きを制限する『デバフ役』としても優秀かも」


 カーミラさんが分析する。


「リオナちゃんも凄い~っ。クローディアさんの防御を、純粋な衝撃だけで貫通しそうになってます~っ」


 エアロさんがのんびりとクッキーを食べている。


「う~ん、ウチも混ざりたい~っ! 弓で援護射撃してもいい~っ?」


 コタースさんがウズウズしている。


「だーめ。今は二人の時間だよ」  


シューさんがコタースさんのウサ耳を掴んで止める。


 しばらく特訓(という名の遊び)を続けていると、テラスから父さんが大声で呼びかけてきた。


「おーい! テメェら、型はいい感じになってきたな!」


 父さんはナタを肩に担ぎ、悠々と庭へ歩いてきた。


「ヨーイチ。お前の鎖は、もっと『殺気』を消せ。スルッと忍び込ませるんだ、ヘビみてぇにな。……リオナ! お前は逆に『殺気』全開だ! インパクトの瞬間に『壊れろ!』って念じろ!」


「うん! わかった!」


「はい、父さん!」


「よし……。じゃあ、仕上げといくか。……バハム、クローディア。ちょっと退いてな」


 父さんが前に出ると、空気が一変した。  怖い雰囲気じゃない。けれど、頼もしい大樹のような、圧倒的な安心感と威圧感。


「俺が一度だけ見本を見せる。……『破壊王』の力の使い方をな」


 父さんは庭にあった巨大な岩の前に立った。


「いいか。……力ってのは、筋肉だけで出すんじゃねぇ。……『心』だ。ここにある岩を、『砂利』だと思い込め。……そうすりゃ、世界はお前のイメージ通りになる」


 父さんが軽く拳を握り、岩に触れるか触れないかの距離で構えた。


「……『崩拳ほうけん』」


 トンッ。


 軽く突いたように見えた。  けれど。


 ドゴォォォォォンッ……!!!


 岩の内部から爆発音が響き、次の瞬間、巨大な岩がサラサラの砂となって崩れ落ちた。  破片が飛び散ることもない。完全なる粉砕。


「……す、すごい……」  僕は言葉を失った。


「わぁ……! 砂場になったぁ!」  


リオナちゃんが砂山にダイブする。


「へっ、こんなもんだ。……ヨーイチ、リオナ。焦ることはねぇ。お前らにはお前らのやり方がある。……だが、迷った時は思い出せ。俺たちは『家族』だ。一人で戦う必要はねぇってことをな」


 父さんはニカッと笑い、僕とリオナちゃんの頭をガシガシと撫でた。


「はい……! ありがとうございます、父さん!」


「私もいつか、それくらいできるようにする!」


 特訓は、笑顔の中で終わった。  バハムさんは「ふん、まあまあの筋じゃな」と満足げに頷き、クローディアさんは「二人とも、いつでも相手になるからね」と人間に戻って微笑んでくれた。


 僕たちはまだ、この世界のことも、自分たちの力のこともよく分からない。  けれど。  この温かくて、強くて、少し変わった人たちと一緒なら……きっと、どんな未来でも切り開ける気がした。


 僕は握りしめた拳を見つめ、静かに決意を新たにした。  かなり偉大な人であろう…ルイスさんが戻ってくるまで、僕ももっと……強くなってみせる。

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