第222話 大きなジョブ持ちのヨーイチとリオナ…
ーヨーイチ 視点ー
父さんの手作りハンバーグで、少しだけ空気が和らいだ後のこと。 僕たちは、リビングで食後の紅茶をいただいていた。
この屋敷の主であるユミルさん――かつての魔王妃だという美しい女性は、優雅にカップを傾けながら、僕とリオナちゃんを静かに見つめていた。 その瞳は、すべてを見通す水晶のように澄んでいるけれど、どこか底知れない深淵を感じさせる。
「……さて。腹も満たされたことですし、少し真面目な話をしましょうか」
ユミルさんがカップをソーサーに置くと、カチン、と硬質な音が響いた。 それが合図のように、周囲の空気が少し張り詰める。
「リュウヤ。貴方はかつて勇者と共に戦った経験があるから、自分の力を理解しているでしょう。……ですが、この子たちはどうなのです?」
ユミルさんの視線が、僕とリオナちゃんに向けられる。
「この世界には、『天職』という概念があります。魔力適性、魂の形、そして運命……それらによって定まる、その者が最も輝ける役割のことです」
「ジョブ……ですか? ゲームみたいですね」
僕が呟くと、父さんがニカッと笑って背中を叩いてきた。
「おうよ! 俺のジョブは『喧嘩師』から進化した『破壊王』だ。分かりやすくていいだろ?」
「父さんらしいですね……」
「パパかっこいい! 全部壊しちゃうもんね!」
リオナちゃんが無邪気に笑う。 でも、ユミルさんの表情は真剣だった。
「この世界は過酷です。特に今は、ルイスが不在で、『女神』という強大な敵が潜んでいる状況……。貴方たちがただの『守られるだけの子供』でいるつもりなら、この屋敷から出ないことをお勧めします」
「……」
僕は、リオナちゃんの手をギュッと握った。 守られるだけ? 違う。僕たちは、もうあの頃の無力な子供じゃない。 母さんを殺され、地獄を見て、父さんに救われて……そして、自分の手で復讐を遂げた。 僕たちの手は、すでに真っ赤に染まっている。
「ユミルさん。……僕たちは、戦えます」
僕は真っ直ぐに彼女を見返した。
「父さんの背中を守るためなら、そして……僕たちに居場所をくれたこの村を守るためなら、僕はまた剣を握ります。だから……教えてください。僕たちの『力』の使い方を」
「私も! パパとお兄ちゃんの邪魔をする悪い奴は、私が倒してあげるの!」
リオナちゃんも、鉄パイプ(今は綺麗に拭いてある)を抱きしめて宣言する。
ユミルさんは、しばらく僕たちを見つめていたけれど、やがてふわりと微笑んだ。 それは、魔王妃としての威厳と、母のような慈愛が混ざり合った、不思議な笑みだった。
「……いい目です。覚悟は決まっているようですね。……いいでしょう。『鑑定の儀』を行います」
ユミルさんが立ち上がり、部屋の奥から古びた水晶玉を持ってきた。 その周りに、同年代くらいの女の子たちが集まってくる。
「えーっ! なになにー? 新しい仲間のジョブ診断?」
元気いっぱいに飛び跳ねてきたのは、ウサギの耳を持つコタースさんだ。
「ウチ、気になる~っ! この子たち、血の匂いがするけど、なんか優しそうだもんね~っ」
「……ん。……私も……興味ある……です」
フレアさんが杖を抱えて覗き込む。
「ちょっと! 押さないでよ! ……でもまあ、戦力になるなら知っておくに越したことはないわね」
リナさんが巨乳を揺らしながら身を乗り出す。
「では、まずはヨーイチ。水晶に手をかざしなさい」
ユミルさんに促され、僕は恐る恐る水晶に手を伸ばした。 ひんやりとした感触。 次の瞬間、水晶の中でどす黒い霧のようなものが渦巻き、そこから蒼白い光が迸った。
ブゥン……!!
空間が震え、空中に文字が浮かび上がる。
【名:ヨーイチ(新堂 洋一)】 【適性ジョブ:処刑執行人】 【固有スキル:断罪の鎖、痛覚共有、狂愛の守護者】
「……処刑……執行人……?」
僕が呆然と呟くと、周囲がざわめいた。
「あらまぁ……。穏やかな顔をして、随分と物騒なジョブが出ましたこと」
カーミラさんが扇子で口元を隠しながら、少し顔を赤らめている。
「処刑人……。……罪人を裁き、苦痛を与え、命を絶つことに特化したジョブ……。……ふふ、ゾクゾクしますわね。わたくしの『女王様属性』と相性が良さそうですわ」
「えぇ……? カーミラちゃん、何言ってるの……?」
ノエルちゃんが怯えている。
「でも、ヨーイチくんの雰囲気と合ってるかも! 優しそうだけど、怒らせたら一番怖いタイプだもん!」
シューさんがニカっと笑って僕の背中を叩いた。
「ボクの『魔法付与』で、君の剣に『麻痺』とか『劇毒』とかエンチャントしたら、もっとエグいことできそうだね!」
「……シューさん、それ褒めてます?」
僕が苦笑すると、父さんが満足そうに頷いた。
「おう、いいじゃねぇかヨーイチ! 処刑人! まさに復讐を成し遂げたお前にピッタリだ。悪即斬! これからはその力で家族を守れ!」
「はい、父さん。……この力が、皆さんの役に立つなら」
僕は拳を握りしめた。 処刑人。血塗られた道かもしれないけれど、大切なものを守るための剣になれるなら、僕は喜んで修羅になろう。
「次はリオナちゃんね。さあ、手を」
ユミルさんが優しく促す。 リオナちゃんは「はーい!」と無邪気に手をかざした。
カッッッ!!!
ヨーイチの時とは違う、太陽のような、しかしどこか焼き尽くすような強烈な赤光が溢れ出した。
【名:リオナ(刈谷 里緒菜)】 【適性ジョブ:狂戦士 / 殲滅姫】 【固有スキル:リミッター解除、無垢なる暴力、血染めの舞踏】
「……殲滅……姫……?」
クローディアさんが、いつもの糸目をカッと見開いて絶句した。
「……ま、魔族でも滅多に出ないレアジョブですよ、これ……。戦場のすべてを更地にするまで止まらない、歩く災害……」
「わぁ! プリンセスだって! お兄ちゃん、私お姫様だよ!」
リオナちゃんがキャッキャと喜んでいる。その手には、いつの間にか鉄パイプが握られている。
「……うん、リオナちゃんは僕たちの可愛いお姫様だよ。……ただ、ちょっとだけお転婆なお姫様みたいだけど」
「あはは! ウケる~! リオナちゃん、あたしと気が合いそう!」
リナさんが爆笑しながらリオナちゃんの肩を組む。
「あたしもよく『歩く弾薬庫』って言われるし! 今度一緒に暴れようよ!」
「うん! リナお姉ちゃん、遊ぼう!」
「……とんでもないコンビが爆誕しました~っ……。これじゃ村がいくつあっても足りません~っ……」
エアロさんが青ざめている。
「よし! ジョブも分かったことだし、実戦形式で遊ぶか!」
凛とした声と共に、一人の少女が前に出た。 燃えるような赤髪をポニーテールにした、美しくも力強い騎士――リズさんだ。
「ヨーイチ君もリオナちゃんも、才能はあるけど使い方が我流すぎるッス。このリズが、直々に稽古をつけてあげるッスよ!」
「えっ、いいんですか? リズさん」
「もちろんです! ……ルイス様が戻ってくるまでに、戦力を底上げしておかないといけないですからね。それに……」
リズさんは少し頬を赤らめながら、しかし誇らしげに胸を張った。
「私、こう見えてもルイス様の恋人なんスよ。彼がいない間、彼の作ったこの場所を守るのは、パートナーである私の役目でもあるッスから!」
「へぇ、恋人さんなんですか!」
僕が驚くと、リズさんは照れくさそうに、でも幸せそうに笑った。
「えへへ……そうなんス。だから、男の子とこうやって話すのも、ルイス様に焼き餅焼かれちゃうかもしれないけど……これは訓練だから許してもらうッス! 二人のことは、ルイス様の留守を預かる彼女として、しっかり面倒見るッスよ!」
「……ふふ。リズったら、惚気てますね」
クローディアさんがからかう。
「ち、違いますよっ! 事実を言っただけッス! さあ、中庭に行くッスよ!」
こうして、僕とリオナちゃんは、ルイスさんの「恋人」であり「家族」である彼女たちと、中庭で手合わせをすることになった。
………。
……。
…。
中庭に出ると、風が心地よく吹き抜けていた。 父さんとユミルさんは、テラスでお茶を飲みながら見学だ。
「さあ、まずはボクが相手だよ! ヨーイチくん、かかってきて!」
シューさんが弓を構える。
「手加減なしでいくよ! 『ファイア・アロー』!」
ヒュンッ! 放たれた矢が炎を纏って迫る。 速い。でも――。
「……見えます」
僕は冷静に剣を抜き、最小限の動きで矢を弾いた。 父さんとの地獄の特訓に比べれば、この程度の速度なら対応できる。
「へぇ、やるじゃん! じゃあこれは? 『アイス・アロー』『サンダー・アロー』乱れ撃ち!」
シューさんが次々と矢を放つ。 僕はそれを弾き、躱し、時には剣の腹で受け流しながら距離を詰める。
「すごい……! 魔法への対応が的確です~っ!」
エアロさんが感心した声を上げる。
「殺気がない攻撃には反応が遅れるかと思ったけど……純粋な戦闘勘が鋭いのね」
カーミラさんも頷く。
一方、リオナちゃんの方は――。
「えーい! メッ! メッだよ!」
ブンッ! ブンッ! 鉄パイプを風車のように振り回し、コタースさんの放つ『瞬足の矢』をすべて叩き落としていた。
「うっそ~っ!? ウチの矢、見えてないはずなのに~っ!?」
コタースさんが耳をピンと立てて驚く。
「あの子……『勘』だけで動いてるわ。……獣の動きに近い」
クローディアさんが興味深そうに観察する。
「リオナちゃん、こっちこっち~! 捕まえてごらんなさ~い!」
エアロさんが風に乗って空中に浮遊する。
「あ、飛んだ! ずるい! ……えいっ!」
リオナちゃんは近くにあった石を拾い、野球のピッチャーのようなフォームで投げつけた。
ドヒュッ!!
石は弾丸のような速度で空を裂き、エアロさんのスカートを掠めた。
「キャァァッ!? パ、パンツが見えちゃいます~っ!!」
「惜しい! 次は当てるもん!」
「……あの子、魔法使い殺しかもしれないッスね……」
リズさんが冷や汗を拭う。
そんな風に、僕たちが汗を流していると。
「……ねえ、ヨーイチくん」
休憩中、ノエルちゃんがおずおずと話しかけてきた。 手には、冷たい水の入ったコップを持っている。
「あ、ありがとうノエルちゃん」
「……ううん。……あのね、聞いてもいいかな?」
ノエルちゃんは少し躊躇いながら、僕の目を見た。
「ヨーイチくんとリオナちゃん……どうしてそんなに強くなれたの? ……私、怖がりだから……戦うの、まだちょっと怖いんだ。でも、二人は楽しそうで……」
彼女の瞳には、かつての僕と同じ「弱さ」と、それを乗り越えたいという「願い」が見えた。
「……僕も、怖かったよ」
僕はコップの水を見つめながら、静かに答えた。
「痛いのも、殴られるのも、大嫌いだった。……でもね、一番怖いのは『痛み』じゃなかったんだ」
「え……?」
「一番怖いのは……『大切な人が傷つけられるのを、何もできずに見ていること』だったんだ」
母さんが炎の中で叫んでいた声。 助けられなかった無力感。 あの地獄に比べれば、自分が傷つくことなんて何でもない。
「だから僕は強くなった。……父さんが教えてくれたんだ。『守るための暴力』は、優しさなんだって」
「守るための……暴力……」
ノエルちゃんが言葉を反芻する。
「私も……お兄ちゃん(ルイス)を守りたい。……リズお姉ちゃんを守りたい」
「うん。その気持ちがあれば、ノエルちゃんはもっと強くなれるよ。……僕でよければ、いつでも練習相手になるから」
「……っ! うん! ありがとう、ヨーイチくん!」
ノエルちゃんがパァッと明るい笑顔を見せた。 その笑顔を見て、僕も自然と笑みがこぼれる。
「あーっ! ノエルだけズルい! ボクもヨーイチくんと話したい!」
シューさんが割り込んでくる。
「わたくしもですわ! その『処刑人』の極意、詳しく聞かせなさい!」
カーミラさんも寄ってくる。
「お兄ちゃんモテモテだね~! でもお兄ちゃんは私のものだもん!」
リオナちゃんが僕の腕に抱き着いて牽制する。
「あらあら、リオナちゃんも可愛いですね~。私がお姉さんとして、色々と教えてあげましょうか~っ?」
エアロさんがリオナちゃんの頭を撫でる。
なんだか、騒がしくて、温かい。 血塗られた復讐の日々の中では感じられなかった、同年代の仲間たちとの時間。 ルイスさんという人が作ったこの場所は、本当に不思議だ。
「……父さん。僕、ここが好きになれそうです」
テラスの方を見ると、父さんが満足そうに葉巻を燻らせていた。




