第221話 リューヤの地獄のフルコース・キッチン
ルイスの屋敷の厨房。そこは今、戦場と化していた。 普段はエアロやミランダが家庭的な料理を作る平和な場所だが、今日は違う。 鉄の匂い、炎の熱気、そしてドスの利いた怒号が飛び交う「修羅の料理教室」が開講されていたのだ。
「オラァッ!! 気合入れろテメェら!! 料理は『殺し合い(戦争)』だ!!」
リュウヤが吠える。 特攻服の上から、フリルのついた可愛らしい「クマさんエプロン(ルイスの趣味)」を無理やり着用したその姿は、ある意味で魔王よりも恐ろしい。 その手には、牛刀ならぬ「巨大なナタ」が握られている。
「食材の命を奪うってことはなぁ、テメェの魂を削って美味くしてやるっていう『責任』なんだよぉッ!!」
「おい、そこの貧乳ヴァンパイア! 野菜の切り方が甘ぇ! 繊維を断ち切る時はなぁ、敵の頸動脈を掻っ切る時と同じ角度で刃を入れるんだよ!」
「ひ、貧乳言うなですわーッ!! ていうか、なんでわたくしがこんな下働きを……!」
カーミラが包丁を持ったまま抗議するが、ふと、その手を止めた。 視線が、誰もいないキッチンの入り口に向く。
「……いつもなら、ルイス様が『カーミラは座っていていいよ』って、優しく紅茶を淹れてくださいましたのに……。……なんで、あの方はいないんですの……」
カーミラが唇を噛み締め、ポロリと涙をこぼす。
「……湿っぽい顔すんじゃねぇ! 涙で野菜が塩っぱくなるだろ!」
リュウヤが叱咤するが、その声色は少しだけ優しかった。
「口動かす前に手を動かせ! ……ヨーイチ、リオナ! 手本見せてやれ!」
「はい、父さん」
「はーい、パパ♡」
ヨーイチとリオナが、にこやかに進み出る。 二人の前には、先ほどリュウヤが森で狩ってきた巨大な魔獣「グランド・ボア(3メートル級の猪)」が横たわっていた。
「いくよ、リオナちゃん。……関節の隙間を狙って、力を入れずに……スッ、とね」
「うんお兄ちゃん! ……えいっ♡ アハハ、内臓がドゥルンって出たぁ! あったかーい!」
ズババババッ!!
鮮やかな手並み。 ヨーイチが正確無比に骨と肉を分離し、リオナが無邪気に血飛沫を浴びながら肉塊を切り分けていく。 その光景は「解体ショー」というよりは「猟奇的な現場」そのものだが、出来上がった肉は宝石のように美しく処理されていた。
「……ん。……プロの犯行……です」
フレアがドン引きしている。
「あわわわ……リズお姉ちゃん、あの子たち笑いながら解体してるよぉ……怖いよぉ……」
ノエルがリズの背中に隠れて震える。 そして、ふと寂しそうに呟いた。
「……お兄ちゃん(ルイス)なら……もっと優しく、魔法でパパッてやってくれたのに……。お兄ちゃんの作ったスープ、飲みたいなぁ……」
「ノエル……。そうっスね……。ルイス様のエプロン姿、格好良かったっスもんね……」
リズもまた、切なげに目を伏せる。
「フン、やるではないか。……だが我は腹が減ったのじゃ! 早う肉を寄越せ! 生でも良いぞ!」
スルトがテーブルをバンバン叩いて催促するが、その目は少し赤かった。
「……ルイスがおらんと、飯の味がせんのじゃ……。早く腹を満たして、あやつを探しに行かねばならんのじゃ……」
「余もだ! 腹が減っては戦ができぬ! ……おい、そこの猫。つまみ食いするでない!」
バハムが叫ぶ。
「にゃっ!? バ、バレたにゃ! でもこのお肉、生でも甘くて美味しいにゃ~!」
チェルシーが口の周りを血だらけにして笑うが、ふと真顔に戻った。
「……でも、ご主人様に『あーん』してもらうお肉の方が、百倍美味しいにゃ……。ご主人様、お腹空かせてないかにゃ……」
「こらチェルシー、行儀が悪いわよ。……すみませんリュウヤさん、こいつ躾がなってなくて」
ペルシアがチェルシーの首根っこを掴んで謝罪するが、その表情もどこか暗い。
「ガハハハ! 構わねぇよ! 食いっぷりがいいのは元気な証拠だ! ……だがな、俺の『特製ハンバーグ』は火を通してからが本番だぞ? ションベン漏らすくらい美味ぇから覚悟しとけ!」
リュウヤが豪快に笑い、巨大なフライパンを火にかける。 彼は知っている。悲しみを紛らわせる一番の薬は、美味い飯と、忙しない喧騒だということを。
「さて、次はタマネギのみじん切りだ。……おい、そこの眠そうなチビ(メロディ)! いつまで寝てやがる!」
「……んぅ……。面倒くさい……。タマネギ……硬い……」
メロディが自身の体ほどある大剣を枕にしてウトウトしている。
「……おにぃ……。おにぃの背中じゃなきゃ……眠れない……。ここ、冷たい……」
彼女はルイスの温もりを求めて、虚空をぎゅっと抱きしめた。
「チッ、しょうがねぇな。……クローディア! お前がやれ!」
「はいはい。……ふふ、お料理なんて久しぶりですね」
クローディアが優雅に進み出る。 彼女はタマネギを空中に放り投げると、一瞬だけ開眼した。
「……『千刃の舞』」
シュパパパパパッ! 不可視の爪撃が空中のタマネギを襲い、一瞬にして極小のみじん切りとなってボウルに落下した。
「ほぅ、いい腕だ。……だが涙が出る成分まで撒き散らしてんじゃねぇ!」
「うわぁぁぁん! 目がぁ! 目が痛いよぉぉ!」
クリステルが涙を流してのたうち回る。
「……痛い……痛いですけど……この涙はタマネギのせいじゃありません……っ! ルイス様……会いたいですぅぅぅ……っ!」
クリステルはタマネギにかこつけて、本気の号泣を始めた。 そして、涙で視界が歪んだまま、手元の鍋に怪しげな小瓶の中身をドボドボと注ぎ始めた。
「待っていてくださいルイス様……貴方が帰ってきた時、すぐに精がつくように……『特製・聖女の愛汁スープ』を作っておきますね……♡ 隠し味は、マンドラゴラの絞り汁と、媚薬と、私の聖水です……」
ボコォッ……! 鍋の中身がドス黒く変色し、悲鳴のような音と共に紫色の煙が噴き出した。
「テメェ! キッチンでバイオテロ起こしてんじゃねぇ! それは飯じゃなくて毒物だ!」
リュウヤが瞬時に間合いを詰め、鍋ごと窓の外へ放り投げた。 ドガァァァン! と外で爆発音が響き、鳥が数羽落ちてきた。
「ボクの目も……! 今の変な煙がしみて、これじゃ狙いが定まらないよ!」
シューが目を擦る。
「にい……ボク、役に立ってるかな……。にいがいないと、ボク、ただの迷子みたいだよ……」
「あらあら~、皆様泣き虫ですね~っ。……風よ、『換気』~っ」
エアロが魔法で刺激成分を窓の外へ吹き飛ばすが、その声も少し震えていた。
「……お兄様の匂いが……部屋から消えていきます~っ……。寂しいです~っ……」
「よし、肉を捏ねるぞ! ここが一番大事だ! ……ミランダ! お前のその腕力、剣だけじゃねぇだろ? 貸せ!」
「任せて! 主婦の底力、見せてあげるわ!」
ミランダが腕まくりをし、ひき肉の山に拳を突き入れる。 ドゴッ! バゴッ! 凄まじい音が響く。
「……ルイス君……。君の胃袋を掴む練習、ずっとしてたのに……。早く帰ってきてよ……。私、ずっと待ってるんだから……ッ!」
ミランダは悲しみを力に変え、一心不乱に肉を殴りつける。
「……おい、なんだか『料理』というより『工事現場』の音がするんじゃが」
グリムローザが腕組みをして見守る。
「ウチ、ニンジン係やる~っ! ウサギだも~んっ」
コタースがニンジンを齧りながらマイペースに参加する。
「ルイスぅ……。人参あげるから……早く帰ってきてぇ……っ」
「あたしは火加減担当! ……あはは! これなら魔銃で撃った方が早いかも!」
リナが魔銃を構えようとして、ケアルにハリセンで叩かれる。
「バカ! キッチンごと爆破する気!? 大人しくコンロ使いなさいよ!」
ケアルはリナを叱りながら、涙ぐんだ目で呟いた。
「……アンタがいないと……ツッコミ役が私しかいないじゃない……。早く帰ってきなさいよ、バカ……」
――そんな、カオスながらも悲しみを帯びた厨房の片隅で。 異変は静かに、しかし確実に進行していた。
全身金粉全裸の男、ニコライ。 彼はリュウヤの命令で、「食材置き場兼・人間サイドテーブル」として、背中にボウルや調味料を乗せて四つん這いになっていたのだが……。
「……ハァ……ハァ……」
ニコライの様子がおかしい。 自慢の大胸筋が小刻みに震え、脂汗が金粉の上を滑り落ちている。
「おい、テーブル野郎。塩取れ、塩」
リュウヤが手を伸ばすが、ニコライは反応しない。
「……あ? 聞いてんのか?」
「……ない……。……足りない……のですぅ……」
ニコライが、蚊の鳴くような声で呟く。
「……アレックス君が……いない……。私の……『罵倒成分』が……足りない……ッ!」
ガタガタガタガタッ!! ニコライの背中の上で、ボウルが激しく音を立てる。
「おいおい、どうした変態。禁断症状か?」
「んほぉぉぉぉッ!! ダメですぅッ!! いつもなら! この作業中も! ゴミ箱の中から『キモチワルイ』とか『筋肉オバケ』とか! アレックス君の心地よい罵倒(BGM)が聞こえてくるはずなのにぃッ!!」
ニコライが叫びながら立ち上がった。背中の食材が宙を舞う。
「静かすぎるぅぅぅッ!! この静寂は私にとって猛毒ですぅッ!! ああっ、アレックス君! 君のあの情けない声と、負け犬根性丸出しの悪口がないと……私の筋肉が維持できないぃぃぃッ!!」
ドォォォォォンッ!!
ニコライが暴走した。 意味もなくポーズを次々と変えながら、厨房内を高速で移動し始める。
「サイドチェストォッ! 寂しいィィッ! アブドミナル・アンド・サイッ! 虚しいィィッ! 誰か! 誰か私を罵ってぇぇぇッ!!」
「キャァァァッ! 変態が暴れ出したわ!」
カーミラが悲鳴を上げて避ける。
「……ん。……邪魔……焼却する……です」
フレアが杖を向けるが、ニコライは筋肉のテカリで魔法を弾く。
「弾いたぁ!? 無駄に硬いにゃコイツ!」
チェルシーが目を丸くする。
「うわーん! アレックス(発情猿)がいないと、こいつの制御が効かないよぉ!」
リナが頭を抱える。
ニコライは、ルイス一行と共に行方不明になった相棒の不在に耐え切れず、精神崩壊を起こしていたのだ。
「ルイス様ぁぁぁ! アレックスくぅぅぅん! 私を一人にしないでぇぇぇ! 寂しくて死んじゃうゥゥゥッ!! 見てくださいこの上腕二頭筋! 悲しみで萎んで……いや、パンプアップして爆発しそうですぅぅぅッ!!」
暴れ回る金色の肉塊。 せっかくの料理が台無しになる寸前――。
ドゴッッッ!!!!!
轟音と共に、ニコライの顔面が床にめり込んだ。
「……うるせぇんだよ、発情金粉野郎」
リュウヤだった。 フライパンを持ったまま、ニコライの後頭部を安全靴で踏み抜いている。 その背後には、鬼神のようなオーラが立ち昇っていた。
「俺はなぁ……今、大事な『焼き』の工程に入ろうとしてたんだ。肉汁を閉じ込める、一瞬の勝負の時になぁ……!!」
グリグリグリグリッ!! リュウヤの踵が、ニコライの頭蓋骨をきしませる。
「んぎぃぃぃぃぃッ♡ 踏っ、踏まれたぁぁぁッ♡ こ、これですぅ! この理不尽な暴力! 圧倒的な『黙れ』という圧力! あああっ、アレックス君の声は聞こえませんが……代わりの刺激が脳髄にィィィッ!!」
ニコライは床に埋まりながら、恍惚の表情で親指を立てた。
「……チッ。本当にどうしようもねぇドMだな」
リュウヤは呆れ果てて足を離すと、ヨーイチとリオナに目配せした。
「ヨーイチ、リオナ。……コイツを縛っとけ。食材として『熟成』させとく」
「了解です、父さん。……関節を全部外しておけば静かになりますか?」
ヨーイチがニコライの腕を掴む。
「パパの料理の邪魔しちゃめっ!だよ。……このロープ、亀甲縛りって言うんでしょ? 私覚えたの!」
リオナが嬉々としてニコライを縛り上げる。
「あああんっ♡ お兄さんの冷たい手つき! お嬢ちゃんの無垢な緊縛! 最高ですぅぅぅッ! 私は今、生きてるぅぅぅッ!!」
ニコライは部屋の隅に転がされ、芸術的なオブジェ(拘束された変態)となった。
「……さて。邪魔者は消えたな」
リュウヤがフライパンを振り、ハンバーグをひっくり返す。 ジューッ……!! 香ばしい肉の焼ける匂いと、食欲をそそる音が厨房いっぱいに広がる。
「うわぁ……! いい匂い……!」
ノエルがお腹を鳴らす。
「これは……期待できそうじゃな」
スルトがゴクリと喉を鳴らす。
「仕上げだ! 特製デミグラスソース! 隠し味は……愛情と、ちょっとした『殺意』だ!」
リュウヤが鍋の中身をぶちまけるようにかける。 湯気が舞い上がり、完成した料理が皿に盛られていく。
「へいお待ち! 『リュウヤ特製・地獄のスタミナハンバーグ』だ!! 残さず食えよ!!」
ドンッ! ドンッ! テーブルに並べられたのは、拳2つ分はあろうかという巨大なハンバーグ。 溢れ出す肉汁。濃厚なソース。そして付け合わせの野菜たち。
「「「いただきまーす!!」」」
ヒロインたちが一斉にかぶりつく。
「……んんっ!? 美味しいぃぃぃッ!!」
ミランダが目を見開く。
「肉汁が……口の中で爆発したわ! ……ああ、ルイス君にも食べさせてあげたい……」
「……ん。……悔しいけど……プロの味……です。……ルイスさんがいたら、きっと大喜びした……です」
フレアが高速で完食し、皿を突き出すが、その声は潤んでいた。
「わらわもじゃ! 美味い! 美味すぎるのじゃ! ……じゃが、やはりルイスと一緒に食べたいのじゃ……」
スルトが口の周りをソースだらけにして、ポツリと漏らす。
「余も気に入ったぞ! ……ルイスが戻ったら、また作ってやれ。あやつ、肉が好物だからな」
バハムも尻尾を振っているが、その視線は空席に向けられていた。
「ふふ、良かったね父さん。みんな喜んでるよ」
ヨーイチが、自分は食べずに、微笑ましそうに光景を眺めている。
「うん! パパのご飯は世界一だもんね!」
リオナがリュウヤに抱き着く。
リュウヤは照れくさそうに鼻の下を擦った。 彼には分かっていた。この美味い飯が、彼女たちにとって「ルイスへの想い」を再確認する儀式になっていることを。




