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第220話 元魔王の妻ユミルと修羅の父リューヤ 200年ぶりの再会


 ースルト 視点ー


 リュウヤと名乗った200年前の亡霊――いや、最強の「父」による、天をも恐れぬ宣戦布告。  その怒号が荒野の風に溶け、静寂が戻ってきた頃。


 我、スルトは、未だ収まらぬ胸のざわめきを抑えながら、広場にへたり込む仲間たちを見渡した。


「……うぅ……ルイス兄さん……。どこ……です……? お腹……空いてませんか……? 寒く……ないですか……?」


 フレアが、虚ろな目で地面のアリの行列を見つめながら呟いておる。その姿は、魂の半分を引き抜かれた人形のようじゃ。


「もう……! バカ! バカバカ! ルイスのバカぁ……ッ! 私たちがこんなに心配してるのに……! 帰ってきたら、絶対……絶対に噛みついてやるんだからぁ……ッ!」


 ケアルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルイスがいつも座っていたベンチをポカポカと叩いておる。その拳からは血が滲んでおるが、痛みなど感じておらぬようじゃ。


 どいつもこいつも、見ていられぬ。  じゃが、掛ける言葉が見つからぬ。  我とて、今すぐにでも地面に転がって「ルイスがいないと嫌じゃぁぁッ!」と駄々をこねたい衝動を、必死に「前魔王の娘」という矜持だけで抑え込んでいるのじゃからな。


「……ったく。湿っぽいのは性に合わねぇな」


 そんなお通夜ムードを切り裂くように、リュウヤが鼻を鳴らした。  奴は吸いかけの葉巻を携帯灰皿に押し込むと、ギラリとした眼光で広場の隅を睨め付けた。


「おい、チビ。……さっきから気になってたんだがよ」


「なんじゃ、リュウヤ。……あとチビと言うな」


「あそこで意味不明な四つん這いのようなポーズ決めてる『金ピカ野郎』だ。……あいつ、何なんだ? この村の魔除けか何かか?」


 リュウヤが顎でしゃくった先。  村の広場の外れ、一本の木の下に、その男は立っていた。


 全身金粉塗れの全裸男。


 筋肉質の肉体美(ボディビル大会優勝レベル)。  服装は、極小の黄金ブーメランパンツ一丁のみ。  頭の先から爪先まで、文字通り「黄金」でコーティングされ、直視できないほど物理的に輝きながらポーズをキメている。


 彼は、ルイスが消え、女たちが泣き叫ぶこの悲惨な状況下で、なぜか「サイドチェスト」のポーズを決めながら、微動だにせず佇んでいた。


「……む? あれは……ニコライか」


 我は溜息をついた。  奴の名はニコライ。この世界でも指折りの実力を持つSランク冒険者にして、ルイスを神と崇めるドMの変態じゃ。  ルイスが消えたショックで、思考回路がショートして筋肉が硬直しているのかもしれぬ。


「……あいつ、臭うぞ」


 リュウヤの声色が、一段低くなった。


「臭う? 金粉の匂いか?」


「違ぇよ。……『変態』の臭いだ。それも、俺が200年前にぶっ殺したモンスターどもとは違う……もっと根源的で、生理的に受け付けねぇ、ヤバい気配がプンプンしやがる」


「……あ、ああ。それは否定せん」


 我は乾いた笑い声を漏らした。  リュウヤの直感は、ある意味正しい。「変態」という名の怪物を嗅ぎ取ったのじゃろう。


「……確かめるぞ。ヨーイチ、リオナ、付いてこい」


「うん、分かったよ父さん」


「はーい、パパ♡」


 リュウヤがドスドスと足音を荒らげて歩き出す。  その背中を追うように、血塗れの制服を着たヨーイチが涼しい顔で、リオナが鉄パイプをブンブンと振り回しながら続く。


 我も慌ててその後を追った。  ニコライが変なことを言ってリュウヤを怒らせ、村ごと消し飛ばされるのは避けねばならん。



………。

……。

…。



 金粉の男――ニコライの前に、リュウヤが立ちはだかった。  身長190を超える巨漢のリュウヤと、鍛え上げられた筋肉ダルマのニコライ。  二つの筋肉の塔が対峙し、ピリピリとした緊張感(と暑苦しさ)が走る。


「……オイ。そこの金ピカ」


 リュウヤが、凄みのある声で呼びかけた。


「テメェ、何者だ? ……さっきから、まるで『見せつけてる』みてぇなポーズ取りやがって……いい度胸じゃねぇか、あぁん?」


 並の人間なら、この威圧だけで失神するレベルじゃ。  だが、ニコライは動じない。むしろ、その筋肉をピクリと反応させ、ゆっくりとポーズを**「ダブルバイセップス(両腕の力こぶを見せるポーズ)」**へと変えた。


「……我が名はニコライ。……通り名の『黄金の鉄壁』よりも、今はただの……『主(ルイス様)を待つ一脚のテーブル』と呼んでいただきたい」


 ねっとりとした、耳に残る声。  リュウヤの眉間のシワが深くなる。


「椅子、だぁ? ……頭湧いてんのか?」


「フフッ……。貴方様からは、素晴らしい『暴力』の気配を感じますねぇ……。その太い腕……荒々しい息遣い……。それで殴られたら、さぞかし良い音がするのでしょうねぇ……♡」


 ニコライがうっとりとリュウヤの腕を見つめる。  その視線に、さしもの最強の元勇者も、背筋に悪寒が走ったようじゃ。


「……チッ、気持ち悪ぃ野郎だ。……おい、スルト。こいつ、マジで何なんだ? この村の恥さらし担当か?」


「否定はせん。……ニコライ、やめるのじゃ。その男はリュウヤ。200年前の勇者じゃぞ。変なことを言うと殺されるぞ」


 我が警告するが、ニコライには逆効果じゃった。


「勇者……? ハッ! 私の主はルイス様ただ一人! 他の勇者など、私にとってはただの『座り心地の悪い客』に過ぎません!」


 ニコライが無駄に良い声で叫んだ瞬間。


「来るがいい、異界の勇者よ! ルイス様が不在の今、私がこの村の盾となりましょう! さあ! 私の筋肉は、あらゆる暴力を快感に変える『黄金の聖域』! 貴方の拳など、極上のマッサージに過ぎませんよぉぉぉッ!」


 ニコライが両手を広げ、「モスト・マスキュラー(最も筋肉を強調するポーズ)」でリュウヤを挑発する。


「……あぁん? ナメてんのか、この変態が」


 ブチッ。  リュウヤの中で、何かが切れた音がした。


「上等だ。……その金メッキ、全部ひっぺがして、骨の髄まで『マッサージ』してやろうじゃねぇか!!」


 ドゴォォォォォッ!!


 リュウヤの剛腕が火を噴いた。  空気を裂く音と共に、鉄拳がニコライのボディに深々とめり込む。


「んほぉぉぉぉぉぉっ♡ 重いィィィッ!! 肝臓に響くゥゥゥッ!! イイッ!! もっと! もっと深くゥゥゥッ!!」


 ニコライが白目を剥きながら絶叫する。  殴られているのに、なぜか幸せそうじゃ。


「なっ!? ……気持ち悪ぃ悲鳴上げてんじゃねぇ!」


 リュウヤが更に連打を浴びせる。  ボコッ! バキッ! グシャッ!  岩をも砕く拳が次々と叩き込まれる。金粉が剥がれ落ち、筋肉が波打つが、ニコライは倒れない。  血を吐きながらも、その顔には恍惚の表情が張り付いている。



 アレックスが安全圏(ゴミ箱の上)から野次を飛ばす。


「父さん、効いてないよ……?」


 ヨーイチが冷静に分析する。


「パパ……あの人、喜んでるよ? 目がハートになってるもん」


 リオナが不思議そうに首を傾げる。


「くっ……! なんだこいつの身体は!? ミスリルより硬ぇぞ!? それに、殴った感触が全部吸い込まれてやがる……!」


 リュウヤが驚愕に目を見開いた。  そう、ニコライはSランク冒険者。その防御力だけは本物なのじゃ。ルイス以外の攻撃に対しては、異常なほどの耐久性を発揮する。


「ハァ……ハァ……ッ! 素晴らしい……! 素晴らしい暴力ですぅッ! ルイス様がいらっしゃらない寂しさが、痛みで埋められていくぅ……ッ! さあ、もっと! もっと私を『物』として扱ってくださいぃぃぃッ!!」


 ニコライが全裸(パンツ一丁)で、血と泥にまみれながら這いずり寄り、リュウヤの足にすがりつこうとする。


「寄るな! 気色悪ぃ!!」


 リュウヤが反射的に蹴りを放つ。


 ドガッ!!


 ニコライはボールのように吹き飛び、壁に激突したが、すぐに起き上がり、満面の笑みで「グランド・クロス・ドゲザ」を決めた。


「ありがとうございますぅぅぅっ!! ご褒美ィィィッ!!」


「……あー、もう知らねぇ。なんだコイツ……」


 リュウヤが呆れて天を仰ぐ。  歴戦の勇者も、この手の変態には免疫がなかったようじゃ。


「……父さん。あいつ、ヤバイよ。関わっちゃダメな人種だよ」


 ヨーイチがドン引きしながら、リオナの目を手で覆う。


「見ちゃダメだよリオナちゃん。……あれは大人の悪い遊びだ」


「うん……。でも、あの金色のお兄さん、すごく楽しそう……」


 我は頭を抱えた。  だが、ふと思った。  この異常なタフさと、異常な性格。  こやつなら、リュウヤのサンドバッグ役……もとい、スパーリングパートナーとして最適なのではないか?  ルイス不在の今、この規格外の親子を相手にできるのは、この変態しかおらん。


「……リュウヤ。そこまでにしておくのじゃ」


 我はリュウヤの足にしがみつき、止めた。


「こやつらは、ルイスの……まあ、便利な備品じゃ。頭はおかしいが、防御力と忠誠心だけは確かなのじゃ。……お主の憂さ晴らしには丁度いいじゃろ?」


「……チッ。殴ったこっちの拳が気持ち悪くなりそうだ」


 リュウヤは不快そうに手を振ったが、倒れ伏してピクピクしているニコライ(満面の笑み)を見て、少しだけ毒気が抜けたようだった。


「まあいい。……とにかく、ルイスって奴が戻るまで、こいつの性根を叩き直してやるのも暇つぶしにはなるか。……耐久テストの相手くらいにはなりそうだ」


「んほぉっ! 耐久テストぉ!? 望むところですぅぅっ! 私の大胸筋は、貴方様を受け入れる準備ができていますよぉぉぉッ!」


 ニコライが復活し、再びマッスルポーズを決める。


 我は深く溜息をついた。  ルイス……早く帰ってきてくれ。このままだと、村が筋肉と変態の祭典になってしまうのじゃ……。



………。

……。

…。



 広場での騒動――ニコライという黄金の汚物との遭遇――を終え、我はリュウヤたちを連れて、村の奥にある「ルイスの屋敷」へと向かった。  道中、リュウヤは興味深そうに村の様子を観察し、ヨーイチとリオナは血塗れのまま「綺麗な家だね」「お花が咲いてるよ」と無邪気に笑い合っておる。


 その光景は、あまりにも異質じゃった。  全身から漂う鉄錆のような血の匂いと、春の日だまりのような家族愛。  このアンバランスさこそが、この一家が修羅の道を歩んできた証なのだろう。


 そして、我らは屋敷の扉の前に立った。  重厚な扉。この奥に、今の我にとって最も報告しづらい相手が待っている。


「……入るぞ。粗相のないようにな」


 我は震える手でノブを回し、扉を開けた。


「――おかえりなさい、スルト。……随分と遅かったでわね」


 リビングには、優雅に紅茶を嗜む美女が一人、座っておった。  艶やかな黒髪、妖艶な肢体、そして空間そのものを支配するような圧倒的な魔王の覇気。  我が母にして、先代魔王妃、ユミルじゃ。


「……母上。……ただいま戻りましたなのじゃ……」


 我は俯きながら、その場に跪いた。  ユミルは静かにカップを置き、ゆっくりと立ち上がる。その瞳が、我の背後――血塗れの異邦人たちを捉え、そして再び我に戻った。


「スルト。……ルイスは? なんで、あの子の魔力が完全に消えているの?」


 その問いかけは、静かだからこそ恐ろしかった。  まるで氷の刃を喉元に突きつけられたような緊張感。


「……ごめんなのじゃ!」


 我は床に拳を突き立てた。


「ルイスは……ルイスは、遺跡の崩壊と共に……時空の彼方へ……! 我が……我があの時、もっと早くあやつの手を掴んでおれば……ッ!」


 涙が、床板に滲む。  ユミルの表情が凍り付くのが、気配で分かった。  部屋の温度が氷点下まで下がり、窓ガラスがピキピキと音を立ててヒビ割れる。  愛する息子を失った母の嘆きは、世界を凍らせるほどの猛威となって顕現しようとしていた。


「……行方不明、ねぇ……。あの子が………」


 ユミルが低く呟く。その背後から、どす黒い魔力が噴出しかけた、その時だった。


「……おいおい。相変わらずだな、『氷の魔女』ユミル。息子の前でそんな物騒なモン垂れ流すんじゃねぇよ。子供たちが怖がっちまうだろ」


 リュウヤが、土足のままズカズカとリビングに入り込み、ニヤリと笑った。


 その不遜な態度に、ユミルの視線が鋭く突き刺さる。


「……誰? その声は、凄く懐かしい……」


 ユミルはリュウヤを見据え――そして、その動きを止めた。  魔王妃としての記憶の底にある、忌まわしき、しかし懐かしき「戦友」の姿と、目の前の男が重なったのじゃろう。


「……その、黄金の魔力。……理不尽なまでの肉体強度。……まさか」


 ユミルの目が、驚愕に見開かれる。


「……十川とがわ龍哉りゅうや? あの『破壊王』なの?」


「へっ、200年ぶりだな、元王妃様よぉ。……老けたかと思ったが、相変わらずイイ女のままで安心したぜ」


 リュウヤは悪びれもせず、ユミルの前のソファにドカッと座り込んだ。  その瞬間、我らの背後でヨーイチとリオナが「えっ!?」と声を上げた。


「と、父さん……? 知り合いなの? この人、すごく偉そうな人だよ?」


 ヨーイチが驚き、ユミルと父を交互に見る。


「パパすごーい! お姫様とお友達なの? やっぱりパパは顔が広いね!」


 リオナが目を輝かせる。


 ユミルは溜息をつき、扇子を取り出して口元を隠した。扇子の向こうで、微かに笑みが漏れたように見えた。


「……お友達、というよりは……そうねぇ。『戦友』と呼ぶべきかな。……かつて、私とアスガルド、そして人間側の勇者たちと共に、世界を蝕む『女神崇拝教』と戦った……最強の助っ人ですよ」


「……へぇ、父さんが?」


 ヨーイチが感嘆の声を漏らす。


「ああ、そうだ。懐かしい話だな」


 リュウヤはテーブルの上のクッキーを勝手に掴み、バリボリと食べながら語り始めた。


「200年前、俺はこの世界に召喚された。……そこは、クソッタレな『女神』を崇める狂信者どもが、魔族も人間も見境なく支配しようとしてる腐った時代だった。……だから俺は、当時の勇者パーティー、そして魔王だったアンタの旦那アスガルドと手を組んで、女神の野郎どもをぶっ飛ばして回ったんだよ」


 リュウヤの目が、遠い過去を映す。


「種族なんて関係ねぇ。共通の敵『女神』を倒すために、俺たちは背中を預け合って戦った。……アンタの旦那の『魔剣』と、俺の『拳』で、女神の神殿をいくつ粉砕したことか」


「ふふ……。そうね。貴方は作戦も何も無視して、真っ先に敵陣に突っ込んでいくんだから……。夫がいつも『あいつは魔王の私より魔王らしい』と頭を抱えていましたよ」


 ユミルが懐かしそうに目を細める。  200年の時を超えた再会。そこには、共に死線を潜り抜けた者同士にしか分からぬ絆があった。


「……父さん、すごい……。歴史上の人物みたいだ」


「パパかっこいい……♡ ママも聞いてたら、きっと惚れ直しちゃうね」


 子供たちは父親の武勇伝にウットリしているが、我にとっては胃が痛くなる光景じゃ。魔王妃の御前でクッキーを盗み食いするなど、処刑されても文句は言えんぞ。


「……それで、十川龍哉。貴方がなぜ、ここにいるの? 貴方は200年前に大戦を終わらせた後、元の世界へ帰ったはず。……それに、その血塗れの子供たちは?」


 ユミルが冷静さを取り戻し、鋭い質問を投げかける。  リュウヤはクッキーを飲み込み、ふぅ、と息を吐いた。


「……話せば長くなるが、手短に言うぜ」


 彼は、両脇に座るヨーイチとリオナの頭を、大きな手でわしゃわしゃと撫でた。


「俺は、日本に帰った。……だが、そこは俺が知ってる平和な場所じゃなくなってた。……最愛の妻、美名ミナが燃やされて殺されちまってたんだよ」


「……ッ!」


 ユミルが息を呑む。彼女もまた、夫アスガルドを失った痛みを知る者だ。その言葉の重みが、痛いほど伝わったのじゃろう。


「俺は、ここから戻ったら俺の最愛のアイツに会いに行こうとした…でもよ。くだらねーやろうどもに殺されちまったわけよ。んで息子もソイツらによってたかっていたぶられてよ。だから復讐を誓った。……そして、その過程で出会ったのが、この子たちだ」


 リュウヤは慈愛に満ちた目で二人を見た。


「ヨーイチ。リオナ。……俺と美名の血を分けた、実の子供たちだ。俺が異世界で暴れてる間に生まれ、俺の知らねぇ地獄を生き抜いてきた……自慢の息子と娘だ」


「は、初めまして……。ヨーイチです。……父さんには、命を救ってもらいました」


「リオナです。パパは、私たちのヒーローなの。母さんを殺したあいつらをやつけてくれた…」


 二人がペコリと頭を下げる。その服にはべっとりと誰かの血がついているが、その礼儀正しさは育ちの良さを感じさせた。


「俺たちは、家族になった。……そして、美名を殺したクソ野郎ども全員に、きっちりと『落とし前』をつけさせた」


 リュウヤの目が、一瞬だけ修羅の色を帯びた。  落とし前。その言葉の裏にある凄惨な光景が、目に浮かぶようじゃ。


「……で、だ。全ての復讐が終わって、家族三人で祝杯を挙げてたんだよ。……ささやかなディナーだ。俺の特製ハンバーグでな」


「ハンバーグ……?」


「ああ。……だが、その食事中によ。俺が昔こっちの世界アスガルドから持ち帰った**『異空間収納ストレージバッグ』**が、急に発光しやがったんだ」


「……ストレージバッグの、暴走?」


 我は思わず声を上げた。  そんな事故、聞いたこともない。


「多分、こちらの世界からの『大規模な召喚』の干渉と、俺の魔力が共鳴しちまったんだろうな。……気づいた時には、俺たちは家ごと吹き飛ばされて、真っ暗なトンネルを落ちていた」


 リュウヤは、遠い目をした。


「次に目が覚めたら、あの遺跡の中だ。……周りには魔物がうじゃうじゃいやがったが、全部ミンチにしてやった。……そこで、スルトたちと出くわしたってわけだ」


 部屋に、重い沈黙が降りた。  復讐。再会。そして事故による転移。  あまりにも数奇な運命。だが、この男が語ると、それすらも必然のように聞こえる。


「……なるほど。貴方らしい、嵐のような再訪ね」


 ユミルは扇子を閉じ、深く頷いた。


「つまり、貴方たちは今、帰る場所もなく、この世界に放り出された迷子というわけですか」


「ま、そうなるな。……だが、俺は諦めちゃいねぇ。この世界に来ちまったことにも、きっと意味がある。……それに、ここで『女神』の臭いがした以上、俺は素通りするわけにはいかねぇんだよ」


 リュウヤは立ち上がり、かつての戦友であるユミルを真っ直ぐに見据えた。


「ユミル。……いや、魔王妃様よ。俺たちはルイスって野郎を探すのを手伝う。……あの頃と同じだ。女神の野郎どもが絡んでるなら、俺は徹底的に叩き潰す。俺たち家族の力、アンタらに貸してやるよ」


 不遜。傲慢。  だが、その瞳には一点の曇りもない。200年前、共に背中を預けた信頼が、そこにはあった。  ユミルはしばらくリュウヤを見つめ――やがて、妖艶な笑みを浮かべた。


「……ありがたいわ…。『破壊王』とその御子息たち。……今のこの村には、貴方のような理不尽なまでの暴力が必要です。わが子のルイスがいない今、この場所を守るための『最強の牙』として、歓迎しましょう。それと今は魔王妃でなく、ただの村人ですからね」


「あはは!そうかい!!まぁ、交渉成立だな」


 リュウヤがニカッと笑う。


「よし、ヨーイチ、リオナ! 飯だ飯! 異世界の飯は上手いぞぉ! まずは腹ごしらえして、それからルイス探しの作戦会議だ!俺が作ってやんぞ!!」


「わーい! お腹空いてたんだ!」


「パパ、私お肉食べたい!」


 親子三人は、まるでピクニックに来たかのような明るさで笑い合った。  血塗れの服のまま。


 我は、その光景を見て、少しだけ安堵した。  ルイスはいない。  だが、この規格外の家族と、かつての戦友である母ユミルがいれば……きっと、どんな絶望も打ち砕ける。


「……ルイス。待っておれよ。……最強の援軍と共に、必ず迎えに行くからの」


 我は窓の外、広がる異界の空に向かって、静かに誓った。

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