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第217話 蘇る戸籍と消える人々、食卓の怪談


 叔父さんの家のダイニングテーブルには、これでもかというほどのご馳走が並んでいた。

 山盛りの鶏の唐揚げ、大皿に盛られた刺身、温かい湯気を立てる筑前煮、そして炊きたての白米の甘い香り。

 日本の家庭料理。

 それは、異世界の宮廷料理よりも遥かに、俺たちの五臓六腑に染み渡る「帰還の味」だった。


「ほらほら、遠慮しないで食べなさい。カナちゃんも、リサちゃんも。若いんだから」


 叔母さんが優しく声をかけると、カナとリサは涙ぐみながら箸を動かした。


「は、はいっ! いただきますっ! ……んぐっ! お、美味しいぃぃ……!」


「鶏肉が……柔らかいですぅ……! 向こう(異世界)の硬いコカトリスの肉とは大違いですぅ……!」


 二人は猛烈な勢いで白米をかきこんでいる。

 「奴隷」としての過酷な日々(主に俺の村での労働だが)を過ごしてきた彼女たちにとって、この温かい食卓は天国そのものなのだろう。


「ははは、二人ともいい食べっぷりだね。……兄貴も食えよ! 叔母さんの筑前煮、美味しいから」


 コウが俺の茶碗に煮物を放り込んでくる。


「ああ、ありがとう。……うん、美味しそうだ!」


 俺は煮しめた根菜を一口噛みしめた。ジュワッと広がる出汁の風味と、優しい甘み。

 その味は、ふとここから遠い、大事な家族達が待つ世界の記憶を呼び覚ました。


「……あっちの世界でも、何度か似たような味を食べたことがあったな」


 俺がポツリと漏らすと、隣のヒナルが「あっ」と思い出したように顔を上げた。


「仁さんの奥さん……ペドロさんが作ってくれた時のこと?」


「ああ。あの人も和食……というか、東方の料理が得意だったからな」


 仁(忍者)の奥さんであり、フレアとケアルの母親である魔術師ペドロ。

 彼女は見た目は紫髪の魔女だが、料理の腕は超一流で、特に醤油に似た調味料を使った煮物は絶品だった。

 戦いの合間に食べたあの味と、今ここで食べている叔母さんの味。

 場所も世界も違うのに、どこか似ている「家庭の温かさ」に、俺は胸が締め付けられるような郷愁を覚えた。


「ペドロさん……元気かな。仁さんやケアルやフレアも」


「きっと元気だよ。……私たちがいない間も、お兄ちゃんの帰りを信じて待っててくれるはずだもん」


 ヒナルが俺の手をそっと握る。

 俺たちは顔を見合わせ、小さく頷いた。

 この味を再び、あの仲間たちと一緒に囲める日が来ることを信じて。


 ――ただ一人、窓の外に張り付いている幽霊を除いては。


(オイィィッ! ズルイスギマセンカ!? 僕ダッテ筑前煮食ベタイ! 匂イダケデ白米3杯イケルケド、実体ガナイカラ味ガシナイィィッ! レイジ様……イヤ、ルイス様ダケズルイィィッ!)


 アレックスが窓ガラスを舐めるようにして絶叫しているが、叔父さんたちには見えていないし、聞こえてもいない。完全にホラー映画のワンシーンだが、俺たちは華麗に無視を決め込んだ。


 食事が一段落し、温かいお茶が出された頃。

 叔父さんが、少し真面目な顔をして切り出した。


「……さて、レイジ。ご飯の途中で悪いが、明日の予定について話しておきたい」


「はい。何でしょうか?」


「一週間後、お前を連れて家庭裁判所に行こうと思っている」


「家庭裁判所……?ですか?」


 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。


「ああ。お前は16年前に失踪して、生死不明の状態が続いていた。……法律上、お前は7年以上行方が分からない『失踪者』として、既に『死亡』したことになっているんだ」


「えっ……死亡?」


「そうだ。『失踪宣告』というやつだよ。だから今のままでは、お前には戸籍もなければ、住民票もない。この日本で生きていくための権利が何もない状態なんだ」


 叔父さんの説明に、俺はハッとした。

 そうだ。俺は浦島太郎状態なのだ。

 ただ帰ってきただけでは、社会的に存在しない幽霊と同じ。アレックスと同類ということになってしまう。つまり、役所での手続きが必要ということか…。


「だから明日、裁判所に『失踪宣告の取消し』を申し立てに行く。お前が生きて帰ってきたことを証明して、戸籍を復活させるんだ。そうすれば、保険証も作れるし、仕事だって探せるようになる。それで一応DNA鑑定に必要なレイジの髪の毛と爪を検査に使いたいんだが…」


「なるほど……。わかりましたよ。ありがとうございます、叔父さん。そこまで考えてくれていて」


 俺は深々と頭を下げた。俺は早々と自分の髪の毛を静かに抜き、可愛らしいピンク色の爪切りでパチリと爪をきり、それらを叔父に渡す。

 この世界のルールに従うなら、それは避けて通れない道だ。


「それで、その家庭裁判所というのは、どこにあるんですか?」


「ああ、ここからだと……駅とは反対側、北側の官庁街にある。少し距離があるが、車で送っていくよ」


 ――北側。

 その方角を聞いた瞬間、俺とヒナルは顔を見合わせた。


(お兄ちゃん。北側って……)


(ああ。今日、俺たちが探索した駅前(南側)とは真逆の方角だ)


 俺の《魔力感知》では、北側からも微弱だが不気味な反応を感じていた。

 だが、距離がありすぎて詳細は掴めていなかった場所だ。

 これは好都合だ。身分を取り戻す手続きをしつつ、堂々と北側のエリアを調査できる。

 あちら側に設置されている「楔」を破壊する絶好のチャンスだ。


「……分かりました。ぜひお願いします」


 俺は力強く答えた。


「よし、決まりだな。……カナちゃんとリサちゃんは、明日は家で留守番かな? 妻(叔母さん)がいるから、ゆっくりしてるといい」


「は、はいっ! お屋敷の警備……いえ、お留守番を完璧に遂行します! レイジ様!」


 カナが敬礼する。その目には「レイジ様のいない間の拠点は私たちが守る」という謎の使命感が宿っていた。


 そんな穏やかな会話が続いていた、その時だった。

 リビングにつけっぱなしになっていたテレビから、無機質なニュース速報の音が流れた。


『――次のニュースです。県内で相次ぐ、不可解な失踪事件についてです』


 その言葉に、リビングの空気がピクリと震えた。

 俺たちは箸を止め、テレビ画面に視線を向けた。


 画面には、見慣れたこの街の風景と、深刻な顔をしたアナウンサーが映し出されている。


『警察によりますと、ここ一ヶ月の間で、市内を中心に10代から20代の若者が突然行方不明になるケースが急増しています。現在までに確認されているだけで、その数は**30人**を超えており……』


「30人……!?」


 叔母さんが口元を押さえ、青ざめた。


『目撃情報はいずれも乏しく、現場には争った形跡もありません。まるで忽然と姿を消したかのような状況から、ネット上では「神隠し」ではないかと不安の声が広がっています』


 画面が切り替わり、インタビューを受ける街の人々の声が流れる。

 『友達が昨日から連絡取れないんです』

 『夜中に、黒い影を見たって噂があって……』

 『怖くて、夜は出歩けません』


「……怖いな。僕の学校でも、隣のクラスの女子が急に来なくなったって……」


 コウが箸を置き、身を震わせた。

 その表情には、得体の知れないものへの恐怖が張り付いている。


「神隠し、なんて……。この現代日本で、そんな馬鹿なことが……」


 叔父さんも眉をひそめる。

 だが、俺たち「帰還組」の反応は違った。


 俺、ヒナル、カナ、リサ。

 そして窓の外のアレックス。

 全員の目が、鋭く細められ、テレビ画面を睨みつけていた。


(……お兄ちゃん。これって……)


 ヒナルが俺の太ももに手を置き、ギュッと握りしめる。

 俺は無言で頷いた。


 争った形跡がない? 忽然と消えた?

 違う。

 これは、俺たちが今日破壊して回った「魔導装置」の影響だ。

 あの装置は、人の精神を蝕み、認識を阻害する。そして、十分に弱った獲物を――**「どこか」**へ転送しているのかもしれない。

 あるいは、異界から呼び寄せた魔物の餌にしているか。


『警察は、事件と事故の両面から捜査を進めていますが、手掛かりは掴めておらず……』


 ニュースキャスターの声が遠くなる。

 俺の心の中で、どす黒い怒りが沸き上がった。


 30人。

 それだけの人間が、俺たちの知らない間に犠牲になっている。

 俺の弟が、叔父さんが、叔母さんが、その次のターゲットになる可能性はゼロじゃない。


「……大丈夫だよ、コウ。叔母さんも」


 俺は意識して、明るく、力強い声を出した。


「ただの家出が重なっただけかもしれないし、警察が動いてるならすぐに解決するさ。……それに」


 俺はコウの肩に手を置き、ニカッと笑ってみせた。


「万が一、何か危ないことがあっても……俺がいる。俺が絶対に、お前たちを守るから」


 それは、単なる気休めではない。

 最強の勇者としての、絶対の誓いだ。


「あ、兄貴……」


「レイジ君……。頼もしいねぇ。あんな過酷な環境を生き抜いてきた君が言うと、説得力が違うよ」


 叔父さんが少し安心したように笑った。

 だが、俺の腹の中は煮えくり返っていた。


 (……許さんぞ。この街で、俺の家族を脅かす真似をする奴は)


 俺は残っていたお茶を一気に飲み干した。

 明日の家庭裁判所行き。

 それは単なる手続きではない。

 北側のエリアに巣食う「敵」を炙り出し、これ以上被害者を増やさないための、俺たちの「反撃作戦」の始まりだ。


「ごちそうさまでした。……明日に備えて、今日は早めに休みます」


「ええ、おやすみなさい。レイジ、ヒナルちゃん」


 俺たちが席を立つと、窓の外のアレックスが、珍しく真剣な顔(血の涙付き)で俺に視線を送ってきた。


(レイジ様……。ニュースノ映像、見マシタカ? アノ行方不明者ノ写真……一人ダケ、見覚エガアリマシタ。……僕ガ死ヌ前ニ、黒幕ノホーエント一緒ニイタ男ニ、似テタンデス……)


 アレックスの念話が、俺の脳内に直接響く。

 事態は、想像以上に根深く、そして過去の因縁と繋がっているようだ。



………。

……。

…。



承知いたしました。

レイジが**20歳(成人)**であることを明確にし、叔父の反応やレイジの大人としての振る舞いを修正して書き直します。

16年ぶりの帰還で20歳になっている甥っ子が、大金(100万円)を出してきたことに対する叔父の戸惑いと、レイジの「大人としてのケジメ」を強調します。


---


## 第七章 第51話 百万円の重みと兄弟の秘密、あるいは更生する乙女心(レイジ視点)


 食事を終え、食器の片付け(カナとリサが音速で済ませた)が終わった後のリビング。

 俺はジャージのポケットから、昼間に換金したあの分厚い茶封筒を取り出し、叔父さんと叔母さんの前に置いた。


 ドサッ。


 紙の束とは思えない、鈍く重い音がテーブルに響く。


「……レイジ、なんだいこれは?」


「叔父さん、叔母さん。……これを受け取ってください」


 俺は正座をし、畳に手をついて深々と頭を下げた。


「俺たちがここにお世話になるための生活費です。食費、光熱費、それにカナとリサの当面の衣類や日用品代……とりあえず**100万円**入っています」


「は、ひゃ、100万っ!?」


 叔父さんが封筒の中身をチラリと覗き、飛び上がるようにしてのけぞった。


「ば、馬鹿言っちゃいけない! お前はまだ**二十歳ハタチ**になったばかりだろう!? 帰ってきたばかりの若者から、金なんて取れるか! それに100万なんて大金、どうしたんだ!? ま、まさか……」


 叔父さんの顔が青ざめる。

 全身傷だらけの筋肉質の甥っ子。謎の美女たち。そして出所不明の現金。

 ……どう考えても「裏社会」の匂いを感じ取ってしまったようだ。


「あ、誤解しないでください! 危ないこと(犯罪)はしていません!」


 俺は慌てて否定した。まあ、ダンジョンで魔物を斬り殺して奪った宝石の換金なので、法的にホワイトかと言われるとグレーゾーンだが、倫理的にはセーフだ。


「向こう(外国)で……命がけで貯めた貯金です。日本に帰るために、泥にまみれて働いた結晶なんです」


 俺は嘘偽りのない「重み」を込めて、真っ直ぐに叔父さんの目を見て言った。


「俺はもう子供じゃありません。二十歳の、一人の男です。自分の食い扶持くらい自分で稼ぎます。それに……カナとリサの分までお世話になる以上、これを断られると俺の立つ瀬がありません。……どうか、俺の『大人としてのケジメ』だと思って受け取ってください」


 俺の真剣な眼差しと、二十歳の青年としての覚悟。

 それに打たれたのか、叔父さんと叔母さんは顔を見合わせた。

 やがて、叔父さんが深いため息をつき、封筒を手に取った。


「……分かった。お前がそこまで言うなら、預かっておくよ。……立派になったな、レイジ。4歳でいなくなったお前が、こんなにしっかりした大人になって帰ってくるなんて……」


 叔母さんが涙ぐみながら、俺の広い肩を叩く。


「でも、無駄遣いはダメよ? これからの人生、何かとお金はかかるんだから。残りはちゃんと自分の将来のために使いなさいね」


「はい。ありがとうございます」


 これで第一関門突破だ。

 俺がホッと息をつくと、部屋の隅から見ていたコウが、目をキラキラさせながら近づいてきた。


「兄貴……すげぇよ。二十歳で100万ポンと出すとか、マジで何者だよ……。俺、小遣い月5千円だぜ?」


「コウか。……まあ、色々あったんだよ。それに俺は16年間、働いてたようなもんだからな」


「なぁ兄貴! ちょっと部屋に来てくれよ! 聞きたいこと山ほどあるんだ! 大人の話、聞かせてくれよ!」


 コウに腕を引かれ、俺は苦笑しながら二階の子供部屋へと連行された。



………。

……。

…。



 コウの部屋は、典型的な男子高校生の部屋だった。

 散らかった雑誌、壁に貼られたバンドのポスター、勉強机の上に積まれた参考書。

 その「普通」が、今の俺には眩しい。


「……でさ、兄貴。実際のとこ、どうなんだよ?」


 コウが学習机の椅子を反対に向けて座り、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「何がだ?」


「とぼけんなよ! あの美女軍団だよ! ヒナル姉ちゃんはまあ、姉弟だからいいとして……あの金髪のリサとか、なんか幸薄そうな美少女カナとか……。それに昼間に来た眼鏡の美人ユミカとか!」


 コウが身を乗り出してくる。


「兄貴、モテモテじゃんか! どういう関係なんだよ!? まさかハーレムか!?」


「……ブッ!」


 俺はペットボトルの茶を吹き出しそうになった。

 鋭い。鋭すぎるぞ、弟よ。

 実際には、ここにいないメンバー(吸血鬼やらドラゴンやら)を含めると、ハーレムどころか「国家」レベルの規模なのだが。


「い、いや……彼女たちは、その……戦友みたいなもんだ。同じ苦労を共にした仲間というか……」


「へぇ~、戦友ねぇ。……でもさ、あの子たち(カナとリサ)、兄貴のこと見る目、完全にハートマーク飛んでたぜ? アレは絶対惚れてるって」


 コウが茶化すように言う。


「兄貴、俺に『モテる秘訣』教えてくれよ。俺、サッカー部だけど全然モテなくてさぁ。やっぱ二十歳になると違うのかなぁ」


 弟の切実な悩みに、俺は少し考えてから、兄としての威厳を持って答えた。


「……いいか、コウ。モテるために必要なのは、年齢じゃない。小手先のテクニックでもない。『筋肉』だ」


「は? 筋肉?」


「そうだ。いざという時、大切な人を守れる力。理不尽な暴力(魔王)が襲ってきても、拳一つで粉砕できるフィジカル。それが男の自信となり、フェロモンとなるんだ」


 俺はジャージの袖をまくり、鋼鉄の上腕二頭筋を見せつけた。

 血管が浮き上がり、岩のように隆起したその筋肉は、ただの見せ筋ではない「実戦」の筋肉だ。


「まずはスクワット1万回から始めろ。そうすれば、世界が変わる」


「い、一万回!? 死ぬわ! ……でも、兄貴のその筋肉見ると説得力が違うな……。やっぱ男は強さか……」


 コウが真剣に自分の細い腕を見つめている。

 よし、これで弟も脳筋パワーファイターへの道を歩み始めたな。


「……それに、コウ。お前は俺に似てる。顔も、声もな。……俺が保証する。お前はいい男になるさ。自信を持て」


「え? そ、そうかな? へへっ、兄貴に言われると自信つくわ」


 コウが照れくさそうに鼻の下をこする。

 俺たち兄弟は、夜更けまで馬鹿な話で盛り上がった。

 窓の外で、アレックスが「僕モ混ゼテ! 僕ノ『二十歳ノ頃ノ失敗談』ヲ話スヨ! 聞イテヨォ!」と騒いでいたが、もちろん無視した。



………。

……。

…。



 コウの部屋を出て、俺が寝泊まりする客間へと戻る途中。

 廊下の暗がりで、二つの人影がモジモジとしていた。

 カナとリサだ。

 二人は俺の寝床を整えてくれていたようで、手には枕カバーやシーツを持っていた。


「あ、あの……! レ、レイジ様……!」


 カナが俺に気づき、小動物のようにビクッと跳ねた。


「お疲れ様ですぅ……! お布団、ふかふかにしておきましたから……!」


 リサも頬を赤らめてお辞儀をする。

 俺は二人に近づき、年長者として労うように声をかけた。


「ありがとう、二人とも。……疲れてるのに、悪いな。本当はゆっくりしてて欲しかったんだが」


「い、いいえ! これは私たちの使命ですから! それに……」


 カナが俯き、シーツをギュッと握りしめる。


「……レイジ様が、私たちのためにお金を……100万円も出してくださったって聞きました。……私みたいな、心も体も汚れた女のために……そんな大金を……」


 カナの目から、涙がこぼれ落ちる。

 彼女の中にある「罪悪感」と、それを受け入れてくれた俺への「感謝」が入り混じっているようだ。


「汚れてなんていないさ」


 俺は自然と手を伸ばし、カナの頭にポンと置いた。


「ひゃぅっ!?」


「お前たちは、過去に過ちを犯したかもしれない。でも、今はこうしてヒナルや俺達のために一生懸命働いてくれている。……今のカナは、とても立派で、可愛い女の子だぞ」


「か、かかか、かわいい……ッ!? はわわわわ……ッ!」


 カナが茹で蛸のように真っ赤になり、頭から湯気を出してショートした。

 その反応を見て、リサが「ズルイですぅ!」と割り込んでくる。


「レイジ様ぁ! 私は!? 私は可愛くないですか!? おっぱい大きいですよ!? 揉みますか!?」


「こらこら、廊下で大声を出すな。……リサも、いつも明るくて助かってるよ。お前がいると場が和む」


 俺はリサの頭も撫でてやった。


「ふにゃぁぁ……♡ レ、レイジ様の手……おっきくて、大人の男の人って感じがするぅ……♡」


 リサがトロトロの表情で俺の手にすり寄ってくる。

 二人の瞳には、もはや恐怖の色はない。あるのは、頼れる主人マスターへの忠誠と、そして芽生え始めた淡い恋心。


(……やばい。なんか、すごくドキドキする……。いじめっ子だった私が、こんな風に誰かに頭を撫でてもらえるなんて……。レイジ様……20歳の大人の余裕……好きになっちゃいそう……)


(……魔王様だと思ってたけど、やっぱり王子様だぁ……♡ もう、一生この人の『所有物』でもいいかも……♡)


 二人の心の声が聞こえてきそうなほど、甘い雰囲気が廊下を満たしていた。

 ……だが。


 **ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……**


 背後から、地獄の釜の蓋が開いたような音がした。

 俺とカナとリサは、ギギギと首を回して振り返った。


 そこには、パジャマ姿のヒナルが立っていた。

 笑顔だ。とても美しい笑顔だ。

 だが、その手にはなぜか、異世界から持ち込んだ巨大な「モーニングスター(トゲ付き鉄球)」が握られていた。


「……へぇ。お兄ちゃん。夜這いの相手は、私じゃなくてその『ゴミ虫』たちがよかったのかな? ……ねえ?」


「「ヒィィィィィッ!! ち、違いますぅぅ!! 誤解ですヒナル様ぁぁッ!!」」


 カナとリサが抱き合って震え上がる。


「ヒ、ヒナル。落ち着け。これはただの労いだ。スキンシップだ」


 俺が冷や汗を流しながら弁解すると、ヒナルは鉄球を床にドスッと置き、俺の胸に飛び込んできた。


「……むぅ。お兄ちゃんは優しすぎるの。……その手も、唇も、全部私の特権なんだからね。……安売りしたら、噛みついちゃうぞ?(ガブッ)」


「痛っ!? ヒナル!?」


 ヒナルが俺の首筋に甘噛みする。

 それは独占欲の塊のようなマーキングだった。


「……ふふっ。これでお兄ちゃんは私のもの♡ ……さあ、カナ、リサ? お兄ちゃんの寝顔を見張る仕事は私がやるから、貴女たちは玄関で不審者が来ないか『正座』して見張っててね? ……朝まで♡」


「「は、はいぃぃっ!! 喜んでぇぇぇッ!!」」


 二人は脱兎のごとく逃げ出した。恋心よりも生存本能が勝った瞬間だった。


 俺はため息をつきつつ、甘えてくる妹(恋人)を抱きしめた。

 ドタバタとした夜。

 だが、この騒がしさこそが、俺たちが「生きて帰ってきた」証なのかもしれない。


 明日は、家庭裁判所。

 そして、北のエリアへの潜入。

 俺はこの温かい日常を守るために、再び戦場へと赴く覚悟を決めた。


(謎の失踪者と、あっちの世界での異世界のゴミ…。なにか繋がりがあるんじゃないだろうか……。そして、アレックスが言っていた女神崇拝教…。全て繋がるが…。そうなら叩きのめすしかないな……)



 俺の決意をよそに、窓の外ではアレックスが「イイナァ……僕モ頭撫デラレタイ……。誰カ僕ヲ成仏サセテクレェ……」と、力なく夜空に溶けていった。

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