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第216話 無限のモグラ叩き


 日が西に傾き、街が茜色に染まり始める頃。  俺たちはショッピングモールの裏手にある、人通りの少ない路地裏で大きく息を吐いた。


「……ふぅ。これで7箇所目、か」


 俺は額の汗を拭い、ジャージの袖をまくり上げた。  手に残る、あの不快な魔導回路を焼き切った感触。  今日一日、俺たちはショッピングモール周辺を歩き回り、ヒナルの聖魔法と俺の魔力感知を頼りに、街に仕掛けられた「黒いくさび」を破壊して回った。


 自動販売機の裏、街灯の根本、公衆電話の下、さらにはマンホールの裏側。  ありとあらゆる日常の隙間に、あの黒い筐体や、魔導シールのような小型の発信機が隠されていたのだ。


「お疲れ様、お兄ちゃん。……はい、お水」


 ヒナルが、どこから調達したのかペットボトルの水を差し出してくる。  彼女も疲れているはずなのに、その笑顔は一切曇っていない。


「ありがとう。……しかし、キリがないな」


「そうですね……。私もこんなにあるとは思っていませんでした」


 ユミカが、疲れ切った表情で眼鏡を外してレンズを拭いた。  手元のノートには、発見したポイントが地図上に書き込まれているが、その印は赤いインクで真っ赤になっていた。


「私たちが今日一日、休まず歩き回って見つけたのが7箇所。でも、私の感知レーダーには、まだこの周辺だけで数十……いえ、もっと多くの反応があります」


「僕モ見マシタヨォ……。駅ノ反対側トカ、学校ノ周リトカ、魔力ノモヤデ真っ黒デシタ……」


 アレックスがげんなりした顔で宙に浮いている。幽霊の彼でさえ、この異常な濃度には参っているようだ。


「……レイジ様。私とカナで、手分けして探しましょうか? 足には自信があります!」


 リサが意気込むが、俺は首を横に振った。


「いや、ダメだ。お前たちには魔力感知のスキルがないし、何よりあの装置には防衛機構トラップが仕掛けられている可能性がある。俺かヒナルがいないと危険すぎる」


「うぅ……お役に立てず申し訳ありません……」


 カナがシュンと肩を落とす。


「謝る必要はない。……とりあえず、今日はここまでだ。日が暮れる。これ以上遅くなると、叔父さんたちが心配する」


 俺は空を見上げた。  日常を取り戻す戦いは、想像以上に長期戦になりそうだ。  だが、その前に――俺たちには解決しなければならない、極めて現実的かつ深刻な問題があった。


「……ところで、みんな。腹減ったな」


 俺の一言に、全員のお腹がグゥ~と音を立てた(アレックス以外)。


「……そういえば、お昼も食べずに歩き回ってましたもんね」


「何か買って帰ろうか。……と言いたいところだが」


 俺はジャージのポケットを裏返した。  空っぽだ。それもそうさ。この日本に”帰ってきた”のが16年ぶりだ。こっちのお金なんてあるわけなし覚えているわけでもない。



「私は……財布は持ってますけど、せいぜい千円くらいしか……。これだけの人数のお弁当代は無理です」


「いやいや、ユミカが持っていたとしても借りないよ?」


 ユミカが申し訳なさそうに小銭入れを見せる。  このままでは、兵糧攻めで負けてしまう。叔父さんの家に世話になっているとはいえ、全てを頼るわけにはいかない。特に、カナやリサ、俺の分の食費や生活費まで負担させるのは心苦しすぎる。


「……仕方ない。”こちらの世界”でアレを使うか」


 俺は決意を固め、指をパチンと鳴らした。


「ユミカ。この世界にも『何でも買い取ってくれる店』……リサイクルショップとか、質屋はあるか?」


「え? ありますけど……駅前の大通りに、ブランド品とか貴金属の買取専門店が」


「ビンゴだ! そこへ行くぞ。……こちらの世界の通貨を調達する」



………。

……。

…。



 『高価買取! なんでも鑑定団!』という派手な看板を掲げた店のカウンター。  店員の初老の男性は、ルーペを目に当てたまま、震える手で「それ」を持っていた。


「……お、お客さん。こ、これは……本物ですか?」


「はい。祖父の遺品整理で出てきたものでして。価値が分からなくて持ってきたんですが」


 俺はもっともらしい嘘をつきながら、平然と答えた。  カウンターの上に置かれているのは、俺がこの前の貧乳騒動時のダンジョン村のお金に変えるためにこっそりと入手してきた『深紅の宝石ブラッディ・ルビー』の原石だ。  魔力的な付与エンチャントはされていない、純粋な鉱石。だが、その大きさは鶏の卵ほどあり、透明度と輝きは地球上のどんな宝石よりも美しい。


「す、素晴らしい……! こんな巨大で、傷一つないルビーは見たことがない……! いや、これほどの逸品、博物館クラスですよ!?」


 店員が興奮して鼻息を荒くしている。  後ろで見ていたカナとリサが、「す、すごい……」「レイジ様、あんな石ころ持ってたんですねぇ……」とヒソヒソ話している。  異世界では、これ一つで城が買えるレベルの代物だが、日本ではどうだろうか。


「……で、買い取っていただけますか?」


「も、もちろんです! ですが、あまりに高価すぎて、手持ちの現金では……。少しお待ちください、オーナーに連絡して許可を取ります!」


 店員が奥へ引っ込み、数分後。  彼は顔を紅潮させて戻ってくると、震える声で提示額を告げた。


「……300万円。い、いえ、即決していただけるなら350万円でどうでしょうか!?」


「「さ、350まんえんーーーっ!?」」


 ユミカ、カナ、リサが同時に叫んだ。  俺はヒナルに…。


「向こうの世界だと金額どれくらい違うの?」


と小声で話す。


「人参1本がこっちの世界だと50円前後って計算かな…?」


「あ~~~…ってことは………」


(思ったより安いな……向こうの世界ならこの10倍はするが)と思ったが、出所不明の宝石を現金化できるだけマシだと判断した。


「……分かりました。それでお願いします」


「あ、ありがとうございます! では、こちらにサインを……」


 手続きを済ませ、俺は分厚い封筒に入った現金の束を受け取った。  ずしりとした重み。福沢諭吉の肖像画。  久しぶりに見る日本円の束に、俺はようやく「社会復帰」した実感を覚えた。


「す、すごい……。これが、日本のお金……」


 カナがおっかなびっくり封筒を覗き込む。


「これだけあれば、コンビニのおにぎりが何個買えるんでしょうかぁ……」


 リサが涎を垂らしそうな顔で計算している。


「……よし。これで当面の活動資金は確保できたな」


 店を出て、夕暮れの街を歩きながら、俺は封筒の中身を三等分した。


「まず、100万円。これは俺たちが叔父さんの家にお世話になるための生活費だ。食費、光熱費、それからカナとリサの服や日用品を買う金も含む」


「えっ!? 100万も渡すんですか!?」


 ユミカが驚くが、俺は首を横に振った。


「当然だ。いきなり大人数で押しかけて、タダ飯を食らうわけにはいかない。これは感謝の印であり、ケジメだ」


「……レイジさん、やっぱり律儀ですね。おじさん、腰抜かすと思いますよ」


 ユミカが苦笑するが、その目は尊敬の色を帯びていた。


「残りの金は、活動資金と予備費だ。武器の調達は……日本では難しいが、情報収集や移動には金がかかる」


 俺は封筒を《異空間収納》にしまい込み、表情を引き締めた。  金の問題は解決した。  だが、本題はここからだ。


 夕日が沈み、街に夜の帳が下りる中。  俺たちは家路を急ぎながら、声を潜めて話し合った。


「……レイジさん。さっきの『痕跡』の話ですけど」


 ユミカが深刻な声で切り出した。


「今日一日で、私たちが潰したのはたったの7個。でも、街全体にはおそらく数百、いや数千の『楔』が打ち込まれている可能性があります」


「ああ。正直、途方に暮れる数だ」


 俺はため息をついた。  俺たちの戦力は高い。個々の戦闘能力なら、地球上の軍隊をも凌駕するだろう。  だが、これは「戦闘」ではない。「草むしり」だ。  広大なこの地域にばら撒かれた毒の種を、たった数人で一つ一つ拾い集めるような作業。もしかするとここの地域以外にも設置されている恐れもある…。


「今のペースじゃ、全て見つける前に人々の生気が段々吸われてしまうかもしれないな。……モグラ叩きにも限度があるぞ」


俺は唇をかみしめながらため息を吐く。


「……レイジ様。私たちにできることはないでしょうか? 足を使って探すことくらいしか……」


 カナが申し訳なさそうに言うが、俺は優しく彼女の頭を撫でた(彼女は「はわわ」と顔を赤くした)。


「気持ちは嬉しいが、効率が悪すぎる。……何か、もっと抜本的な解決策が必要だ」


 たとえば、街全体の魔導回路を一気に無力化する広域魔法。  あるいは、敵の拠点を特定して中枢を叩く情報。  それとも――俺たち以外に、この事態に対処できる「協力者」を見つけるか。


「……協力者、か」



 俺は叶わぬ願いを振り払い、夜空を見上げた。  星が見え始めている。  だが、その星空の向こうから、何者かがこの国を見下ろし、嘲笑っているような気がしてならなかった。


「……帰ろう。まずは腹ごしらえをして、作戦の練り直しだ」


「はい! お兄ちゃん!」


「……そうですね。おじさんの家のご飯、楽しみです」


 俺たちは歩き出した。  懐には大金を。心には不安を。  そして背中には、見えない敵の視線を感じながら帰路を歩くのだった。


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