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第210話 それぞれの選択、あるいは亡霊への鎖

 夜風が、鉄錆と潮の香りを運んでくる。  倉庫街の静寂。遠くで響く車の走行音。  それは、剣と魔法の世界で命を削っていた俺たちにとって、あまりにも平和で、そして残酷なほどに「現実」を突きつけてくる光景だった。


 俺は一度深く息を吐き出し、背後の少女たち――ユミカ、カナ、リサに向き直った。  そして、隣で俺の腕を抱きしめているヒナルを見つめる。


「……みんな、聞いてくれ」


 俺の声が、夜の倉庫街に静かに響く。


「ここは日本だ。お前たちが生まれ育ち、そして理不尽に奪われた故郷だ。……俺たちを召喚した原因や、帰還の方法が確立されたわけじゃない。だが、現実にこうして戻ってきた」


 俺は真剣な眼差しで、彼女たち一人一人の目を見た。


「ユミカ、カナ、リサ。……お前たちは、もう戦わなくていい。あっちの世界に戻る必要もない。ここでなら、家族に会えるし、警察に保護を求めれば元の日常に戻れるはずだ」


 それは、俺なりの精一杯の提案だった。  彼女たちは巻き込まれただけの被害者だ。命懸けの戦いに、これ以上付き合わせる義理はない。


 最初に口を開いたのは、ユミカだった。  彼女は銀縁眼鏡の位置を直しながら、複雑な表情で俺とヒナルを交互に見つめた。


「……ルイスさん。その提案は、すごく魅力的です。正直、あんな野蛮で変態だらけの世界より、こっちの方が100倍マシですから」


「ああ、そうだろうな。なら……」


「でも」


 ユミカが言葉を遮り、苦しげに眉を寄せた。  その視線は、俺の腕に密着し、恋人のように頬を染めているヒナルに注がれている。


「……私、一旦は家に帰ります。両親が……きっと死ぬほど心配していると思うから。顔を見せて、無事だって伝えてあげたいんです」


「そうか。それがいい」


「……ですが、それだけで『さようなら』はできません。私にはまだ、分からないことが多すぎます。それに……」


 ユミカが、言いづらそうに視線を泳がせた。


(……それに、放っておけないですよ。ヒナルちゃんのこと。……それに…ルイスさんと一緒にいると温かい…そして二人を守りたい……)


 ユミカの心の声が聞こえたような気がした。彼女は頬を赤らめ、頭を抱えるようにして呻いた。


「あぁもう! とにかく! 私は一度家に帰りますけど、必ずまた合流します! ヒナルちゃんを……親友を、道徳的な意味でも放っておけませんから! それに、私だって『魔法』とかいう物騒な力を抱えたままじゃ、普通の生活なんて送れませんし!」


 ユミカはビシッと俺を指差した。


「いいですかルイスさん! 勝手にどこかに行かないでくださいね!? 私の連絡先、あっちの世界のスマホに残ってますよね!? 絶対ですよ!?」


「あ、ああ……分かった。律儀だな、ユミカは」


「委員長ですから!」


 ユミカはふん、と鼻を鳴らしたが、その目には俺たちへの確かな信頼と、奇妙な使命感が宿っていた。


 次に俺は、縮こまっているカナとリサに視線を向けた。  かつてヒナルを虐めていた彼女たち。だが、今は俺の村の貴重な労働力だ。


「……カナ、リサ。お前たちはどうする? 家に帰りたいなら、ここでお別れだ。文句は言わない」


 だが、二人の反応は予想外のものだった。  カナが、包帯の巻かれた右手首――ヒナルの制裁によって失われた右手を庇うように押さえ、青ざめた顔で首を激しく横に振ったのだ。


「む、無理です……! 帰れません……! あんな……あんな体で、今更『ただいま』なんて……どの面下げて言えばいいんですか……!」


「カ、カナちゃん……」


「それに……私、右手がありません。こんな姿で戻っても、待っているのは絶望だけです。学校にも行けない、警察に聞かれても説明できない……。私にとっての『居場所』は、もう日本にはないんです……!」


 カナが地面に崩れ落ち、涙を流す。  かつての傲慢な女王の姿はどこにもない。そこにあるのは、罪を背負い、異世界で生きる道を選んだ一人の少女の姿だった。


「わ、私もです……! ルイス様……!」


 リサもまた、カナの背中にしがみつきながら、必死に訴えかけてきた。


「私みたいなクズ、親にも見捨てられてます……! それに、私……ルイス様の村での仕事、嫌いじゃないんです! ニコライさんの金粉掃除も、雑草抜きも……あそこで働いている時だけが、生きてるって実感できるんです! お願いです、捨てないでくださいぃぃッ!」


 二人は土下座の勢いで頭を下げた。  日本という平和な社会よりも、俺の支配下にある過酷な村の方が「マシ」だと言うのか。  ……罪悪感とトラウマ、そして俺への依存。歪んでいるかもしれないが、それが彼女たちの選んだ道なら否定はしない。


「……分かった。好きにしろ。俺はお前たちを見捨てたりはしない。カナ、リサ。これからも俺のために働け」


「は、はいぃっ!! ありがとうございます、ルイス様ぁぁ!! 一生ついていきますぅ!!」


「靴でも何でも舐めますからぁぁッ!!」


 二人は感涙にむせび泣き、俺の足元に額を擦り付けた。……日本の倉庫街で見るには、あまりに異様な光景だ。


 そして最後に、俺は隣にいるヒナルを見た。  聞くまでもないことだが、確認は必要だ。


「ヒナル。……お前は、どうしたい?」


 ヒナルは、とろけるような甘い微笑みを浮かべ、俺の首に手を回した。  その瞳には、俺以外の世界など映っていない。


「愚問だよ、お兄ちゃん♡」


 彼女は吐息が掛かるほどの距離で囁いた。


「私の世界は、お兄ちゃんがいる場所だけだもん。日本だろうが、エルドアスだろうが、地獄の底だろうが……お兄ちゃんがいない場所なんて、私にとっては無価値なゴミ捨て場と同じだよ」


「……ヒナル」


「それにね、私……お兄ちゃんと離れるくらいなら、この世界ごと壊しちゃうかもしれないし? ふふっ、冗談だよ?(目が笑っていない)」


 ヒナルは愛おしそうに俺の頬にキスをした。  重い。だが、その重さが心地いい。  彼女は俺の実の妹であり、俺に全てを捧げた最愛の女だ。俺もまた、彼女と離れるつもりなど毛頭ない。


「ああ、分かってる。俺たちは一緒だ。……どこまでもな」


「うんっ! 大好き、お兄ちゃん……♡」


 こうして、方針は決まった。  ユミカは一時帰宅。カナとリサ、そしてヒナルは俺と行動を共にする。


 ……さて。  忘れてはならないのが、もう一匹の「荷物」だ。


「さて……。おい、発情猿」


「ヒィッ!? は、ハイッ! ナンデショウカ、ルイス様ッ!?」


 俺の殺気を感じ取ったのか、宙を漂っていたアレックスがビクリと震え、直立不動(足はないが)の姿勢をとった。  こいつは幽霊になって、物理的な制約がなくなった分、タチが悪い。  女子更衣室だろうがトイレだろうが、壁をすり抜けて侵入できる最強の覗きポテンシャルだけはだ。  野放しにすれば、必ず日本の治安を乱す。


「お前、この世界に戻ってきて浮かれてるだろう? 『これで女子の風呂も覗き放題だ』とか考えてるんじゃないか?」


「ギクッ!? い、イヤダナァ! ソンナコト考エテマセンヨォ! 僕ハ改心シタ、綺麗ナジャパニーズ・ゴーストデス!」


 目が泳いでいる。分かりやすい奴だ。


「……はぁ。信用ゼロだ。いいか、お前には特別な『首輪』をつけてやる」


 俺は指先に、暗黒の魔力を集中させた。  これは俺が開発した、対・逃走用呪縛魔法の応用だ。


「《隷属の鎖・空間固定スレイブ・アンカー》」


 バチバチッ!!


「ギャアアアアアアッ!? ナ、ナニコレェェェッ!?」


 俺の指先から放たれた黒い雷が、アレックスの霊体を包み込み、首元に『黒い首輪』のような紋様を焼き付けた。


「これは俺を中心とした半径1km以内に、お前の存在を固定する呪いだ。もし俺から1km以上離れようとすれば……」


 俺はニヤリと笑い、指をパチンと鳴らした。


 ジュッ。


「アッ――――ツイッ!? アツゥゥイッ!! 魂ガ! 魂ガ焼ケルゥゥッ!!」


「このように、霊魂が灼熱の業火で焼かれる激痛が走る。さらに無理に離れれば、強制的に俺の足元へ転移させられるオマケ付きだ」


「ソンナァァッ!? ジャア、遠くノ銭湯トカ行ケナイジャナイデスカァァ!!」


「当たり前だ、馬鹿野郎。お前は俺の監視下で、一生飼い殺しだ」


 俺は冷たく言い放った。


「それに、一般人に姿を見せてパニックを起こすなよ? お前のそのマヌケな面は、俺と、俺が許可した人間にしか見えないように認識阻害も掛けておいた。……感謝しろよ? 除霊デリートされずに済んだんだからな」


「ウググ……! 悪魔……! ルイス様ハ悪魔デスゥゥ……!!」


 アレックスはその場で泣き崩れ(血の涙)、地面をバンバンと叩いた。


「よし、これで憂いはなくなったな」


 俺は満足げに頷き、改めて仲間たちを見渡した。


「じゃあ、行動開始だ。まずはここを出て、ユミカを送り届ける。……それから、俺たちの拠点を確保するぞ」


「はいっ! お兄ちゃん!」


「……はぁ。了解です。ルイスさん、私の家まで……送ってくれますよね?(ちょっと期待)」


「承知いたしました、ルイス様!」


「一生ついていきますぅ!」


「チクショォォォ! 僕ノ青春ガァァァァッ!!」


 それぞれの思いを胸に、俺たちは夜の日本へと歩き出した。  異世界帰りの勇者とヒロインたち、そして一匹の幽霊による、奇妙な逆・異世界転移生活の始まりだ。

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