第208話 神への宣戦布告、あるいは特攻の理由
ークローディア 視点ー
爆心地に舞い上がった土煙が、荒野の風に流されていくのを、私は静かに見つめていました。 私の最愛の主であり、この身を捧げた「家族」であるルイスさんが消えてしまった場所。 そこには今、ルイスさんではありませんが、同じくらい……いえ、種類は違えど同質といえる「規格外」のオーラを纏った三人の影が佇んでいました。
200年前に勇者パーティーで当時の勇者と活躍していた『十川龍哉』――リューヤさんと名乗った、巨躯の男。 そしてその子供たち、ヨーイチさんとリオナちゃん。
クリステルさんは涙に崩れ、ミランダさんは警戒心から剣を握りしめ、スルトちゃんは呆気にとられている。 無理もありませんね。彼らが放つ空気は、この世界の常識とはあまりにかけ離れていますから。 特に、あの父親が放つ昭和の暴走族のような威圧感と、それに寄り添う子供たちの純粋すぎる信頼の眼差し。そのアンバランスさが、得体の知れない迫力を生んでいました。
ですが、私は感じていました。 彼らは敵ではない。そして、彼らならば……あるいは。
「……事情は、私が説明しましょう。異界の客人、そして『最強の父』と呼ばれた御方」
私は一歩、前へと進み出ました。 スルトちゃんが驚いたように私を見上げますが、私は構わず、その「伝説の男」を真正面から見据えました。
「あぁん? 俺の娘と同じ歳くらいの子か?……っつーか、その肌、その気配、ただの人間じゃねぇな? 魔族か?」
リューヤさんが、興味深げに片眉を上げました。 彼は懐から葉巻を取り出すと、親指の爪で器用に先端を切り飛ばし、指先から出した小さな魔法の火で着火します。紫煙を吐き出すその仕草は、とても洗練された不良の色気を漂わせていました。
「……はい。私はクローディア。今の魔族の王である魔王ハロルドの妹にして、ルイスさんの……大切な『家族』です」
私は糸目を開き、縦に割れた竜の瞳で彼を見返しました。 私の正体を見抜く眼力。やはり、ただ者ではありません。
「その『ルイス』という男について、そしてこの世界が今、どんな理不尽な泥沼に浸かっているかを……僭越ながら、説明させていただきます」
「ほう……。話してみな。俺は気が短い方だが、俺の子供と同じくらいの子は皆、俺の子供みてぇなもんだ。身内の自慢話には耳を貸す主義だ」
リューヤさんがニヤリと笑い、ドカッと瓦礫の上に腰を下ろしました。 すると、娘のリオナちゃんが心配そうに彼の袖を引きます。
「パパ……大丈夫? この人たち、悪い人じゃないみたいだけど……」
リオナちゃんは、とても優しそうな瞳をした可愛らしいお嬢さんでした。 血で汚れた服を着ていますが、その仕草は怯えた小動物のように愛らしく、隣に立つお兄さんのヨーイチさんにピッタリと寄り添っています。
「大丈夫だよ、リオナちゃん。父さんが話を聞くって言ってるんだ。僕たちは静かに待っていよう」
ヨーイチさんが、優しくリオナちゃんの頭を撫でます。 二人は、この異様な状況に戸惑っているようでした。無理もありません。いきなり知らない世界に飛ばされ、知らない人々に囲まれているのですから。
私は、深呼吸を一つ。 そして、胸の奥に燻る怒りと悲しみを、言葉に乗せて紡ぎ始めました。
「貴方はご存知ないかもしれませんが……ルイスさんは、この世界を二度も救った、真の勇者なのです」
「勇者、だぁ?ちょっとまて!!つまり”アイツ”の転生体かぁ!?」
「それはわかりませんが…。ともかく、一度目は、ここの地域を収めている国……エルドアス王国を蝕んでいた諸悪の根源、『女神崇拝教』とその教祖ホーエンの手から人々を救い出しました。……彼はその過程で、最初は偽勇者により大事な恋人を魅了して、無能扱いして、彼を追放しました……」
私の言葉に、リューヤさんが低く唸ります。
「……裏切り。無実の罪。……胸糞悪ぃ話だな」
「しかし…ルイスはたくさんの仲間と出会い、恋をして、勇者の力が目覚め、魅了されていた彼女達も助けて、女神崇拝教を倒しました」
横に居たクリステルとシュー、エアロは落ち込みながらも頷いていた。
「そして二度目は……私達の故郷、魔族の国アスガルド。そこへ侵略の手を伸ばしてきた邪悪なる『女神アーテー』の魔手から、国と民を救ってくださいました。私達が絶望に沈んでいた時、たった一人で全てを背負って戦い抜いてくれたのです」
私の脳裏に、ボロボロになりながら戦うルイスさんの背中が蘇る。 血を流し、肉を削り、魂をすり減らして。 それでも彼は、私達に笑顔を見せてくれた。
「彼は今も、この狂ったレプリカの世界を終わらせるために戦い続けています。……ですが、この世界を作った『黒幕』の正体は、未だに見えてきません。分かっているのは、その黒幕が……地球と呼ばれるルイスさんやあなた方の住んでいる日本を『娯楽』として愉悦に浸っているということだけ」
私は拳を握りしめました。
「この世界の構造、そして悪意の向け方……おそらくは、上位の存在である『女神』ごときが関わっている可能性が高い。私達はそう睨んでいます」
その一言が、決定的な引き金でした。
荒野を吹き抜けていた風が、ピタリと止まりました。 世界から音が消え、気温が急激に下がったかのような錯覚。 いいえ、錯覚ではありません。 目の前に座っていた男――リューヤさんから放たれたドス黒い怒気が、大気を凍らせたのです。
「……女神、だと?」
リューヤさんが、噛み締めていた葉巻をペッ、と地面に吐き捨てました。 ジュッ、と音を立てて火が消える音が、やけに大きく響きました。
彼がゆっくりと立ち上がります。 その動作だけで、周囲の空間が軋み、重力が歪んだかのような圧力が私達を襲いました。
「黒幕は分からねぇ……だが、女神の臭いがするだと? ……女神の野郎どもが……まだ、そんな腐ったマネしてやがんのか!? ぁああああんっ!? ざけやがれっつーの!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
リューヤさんが感情のままに、履いていた安全靴で地面を思い切り踏み砕きました。 ただの足踏みではありません。大地が悲鳴を上げ、巨大な亀裂が蜘蛛の巣のように走ります。
「テメェら、俺が向こうの世界で何とやり合ってたと思ってんだ! あの性悪のクソ女神ども……俺を薄汚ぇトイレに封印しやがっただけじゃ飽き足らず、200年経ってもまだ、骨のある野郎をオモチャにして遊んでやがんのかッ!!」
リューヤさんの怒声に、事情を知らない子供たちがビクリと身を震わせました。
「パ、パパ……? どうしたの? 女神って……なに?」
リオナちゃんが不安そうに、ヨーイチさんの腕にしがみつきます。彼女には、父親が何に対してそこまで激怒しているのか理解できていないようでした。
「父さん……。僕たちにはよく分からないけど……その『女神』って奴が、父さんの嫌いな奴なんですか?」
ヨーイチさんも困惑しつつ、父親の怒りの矛先を探るように問いかけます。彼らにとってこの世界の「女神」は未知の存在。ですが、父親がこれほどまでに怒りを露わにする相手が「敵」であることだけは察したようです。
「ああ、そうだ。よく聞け、ヨーイチ、リオナ! 俺が一番嫌いなのはな、安全な場所から人の人生をゲームみたいに弄ぶクソ野郎だ! 俺がこっちで勇者の仲間と一緒に戦っていた相手なんだよ。やつらはよ~、人間の命を道具にしかおもってねークズヤロウよ。ああ。ヨーイチ。お前をハメたあいつらみてーにクズな野郎よ。いや……それ以上かもしれねぇ……。つか、俺はそいつが神だろうが何だろうが、また、俺たちのシマ(人生)に土足で踏み込んでくるなら、絶対に許さねぇ!!」
リューヤさんが吠えます。その声は、天上の神々を引きずり下ろすかのような轟音でした。
「黒幕が誰だか知らねぇが、女神の息がかかってるなら上等だ! 俺がその盤面ごと、全部ひっくり返してやんよ!! 全チップ没収じゃ済まさねぇぞ!! その高みの見物決め込んでるツラ、アスファルトにめり込ませてやってやんぞ!!」
父親の凄まじい剣幕に、リオナちゃんがおずおずと口を開きました。
「パパがそこまで怒るなんて……よっぽど悪い人たちなのね。……私、難しいことは分からないけど……パパが戦うなら、私も応援する。家族をいじめる人は、メッしなきゃだめだもん」
リオナちゃんは、手に持っていた鉄パイプを胸に抱きしめ、優しく、しかし芯の通った声で言いました。そこには狂気などなく、ただ純粋に父親を想う娘の姿がありました。
「僕もです、父さん。この世界のことはまだ何も分かりませんが……父さんが『悪』だと断じるなら、僕はまたあの剣を抜きます。僕たち家族の平穏を脅かす敵は、僕が排除します」
ヨーイチさんもまた、静かに頷きました。 彼らは「女神」を知らない。けれど、「父の敵」が「自分たちの敵」であるという一点において、迷いはありませんでした。
「おうよ! それでこそ俺の自慢の子供たちだ!」
リューヤさんがニヤリと笑い、天を仰ぎ、かつての宿敵――空の向こうで見下ろしているであろう何者かに向けて、中指を突き立てました。
「おい、姿の見えねぇ黒幕さんよぉ!! 聞こえてんのかコラァ!! 震えて待ってやがれ!! 地獄の底から這い戻った十川龍哉が、テメェらの化けの皮を剥ぎ取って、そのツラ地面に擦り付けさせて土下座させてやるからよぉ!! 首洗って待っとけやぁぁぁッ!!!」
その咆哮は、世界の理を震わせ、雲を裂き、天まで届くかのように響き渡りました。 かつて世界を震撼させた「最強の迷い人」と、その意志を継ぐ「純粋なる家族」。 彼らが仲間に加わった。 それは、このふざけたレプリカ世界にとっての終わりの始まり。
私は、その頼もしすぎる背中を見つめながら、ふふっと笑みをこぼしました。
「……ルイスさん、無事でいてね……こちらは大丈夫そうだけど心配だよ……」
どうか、早く帰ってき…




