第207話 血染めの仁義、あるいは魔王と最強のヤンキーパパ
荒涼としたレプリカ北海道の跡地で、我は拳を握りしめたまま、目の前の男――十川龍哉を睨み上げておった。 200年という悠久の時を越えて現れた、かつての「最強の迷い人」。 奴のニヤけた面構えは、我が幼き日に見たあの頃と何一つ変わっておらぬ。だが、その背後に漂う空気は、以前よりも遥かに荒々しく、豪快で、まさに昭和の街道を爆走する「特攻隊長」のような、底抜けに明るく危険なオーラを放っておった。
「おうよ! なんだスルト、そんなメンチ切って睨むんじゃねぇぞ! 久しぶりの再会だ、もっと嬉しそうなツラしねぇとシメちまうぞ、コラァ!」
リューヤがガハハハッ! と豪快に笑いながら、巨大な剣を地面にドスンと突き刺す。岩盤が悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状に亀裂が走るが、奴は気にした様子もない。 奴は、長ランの裏地を見せつけるような仕草で胸を張ると、隣に立つ血塗れの二人――少年と少女の背中を、バシンッ! と音が鳴るほど強く叩いて引き寄せた。
「おい、ヨーイチ! リオナちゃん! ビシッと気合入れろや! ここがどこのシマだろうが関係ねぇ! 十川の看板背負ってんだ、ナメられねぇように挨拶カマしてやんな!」
「はい、父さん」
「はーい、パパ」
リューヤの野太い怒鳴り声に対し、二人は全く怯える様子もなく、むしろ誇らしげに頷いた。 今まで無機質な人形のように佇んでいた少年――ヨーイチが、手にしたミスリルソードに付着したどす黒い鮮血を軽く払い、スッと背筋を伸ばす。
「……初めまして。父がお世話になりました。 僕は、ヨーイチと言います。新堂洋一。 実は、僕たち兄妹が父さんと会えたのは、ほんの数日前のことなんです。 16年ぶりに再会して、やっと『家族』になれたばかりで……」
顔を上げた少年の瞳は、穏やかな湖面のように静かじゃった。 首元の『月』のネックレスが、朝日に照らされて妖しく光る。 我は呆気に取られた。なんという礼儀正しさじゃ。手には人殺しの道具を持ちながら、口にする言葉は感動の再会劇ではないか。
「あ、私も! 私もご挨拶しなきゃ! 初めまして、スルトちゃん……でいいのかな? 私はリオナです。刈谷里緒菜と言います。 私ね、ずーっとパパに会いたかったの。 ママがいなくなって寂しかったけど……神様はいたんだね。 こうして、最強で最高にかっこいいパパに会わせてくれたんだもん」
少女――リオナが、背中に隠していたひしゃげた鉄パイプを、まるで恥じらう乙女が花束を持つように抱え直し、ペコリと可愛らしくスカートの裾をつまんだ。 彼女の白い頬には、誰かの血液が赤い涙のようにこびり付いておる。だが、彼女はそれを拭おうともせず、天真爛漫な笑みを我に向けた。
その時じゃ、リオナがヨーイチの腕に、恋する乙女のような熱烈な視線でしがみついたのは。
「パパが認めてくれたから、私とヨーイチくんはもう離れないんだもんね?」
「ああ、そうだな。リオナちゃん。僕たち兄妹の愛は、父さんが一番理解してくれているんだ」
ヨーイチが慈しむようにリオナの頭を撫でる。 実の兄妹で恋仲だと……? こやつら、どこまで「常識」の外側にいるのじゃ。 だが、リューヤはそれを止めるどころか、豪快に笑い飛ばしおった。
「あらら。どこかで見たことあると思ったらルイス君とヒナルちゃんじゃない!二人を見てるみたい!!」
騎士団長のミランダの言葉にまるで自分らの事を言われているのではないか?というような表情でヨーイチとリオナは目を丸くしている。
「えっ?」
「ルイスさん??」
「そ…そうよ!!あの変態ったら私達もいるのに実の妹のヒナルともイチャイチャしてるんだから!!ま、まぁこの世界では恋愛での血の繋がりなんて意味ないしねっ!」
どや顔で、平たんな胸を突き出して答える双子の白魔導士のケアル…。
「おうよ! 愛に血の繋がりなんて関係ねぇ! 気合の入った惚れた腫れたなら、親父の俺が全力でケツ持ってやるのが筋だべ! 見ろやこの二人! 返り血浴びても眉一つ動かさねぇ、肝の据わったド根性カップルだ! 間違いねぇ、俺の子だ! 会って数秒で分かったぜ。 こいつらとなら、地獄の果てまで『特攻』かけられるってな!」
リューヤが感極まったように叫び、ヨーイチとリオナの頭をガシガシと乱暴に撫で回す。
「うん、父さん。僕、父さんの子供で本当に良かった」
「私もよパパ。パパがくれたこの『力』があれば、もう怖いものなんてないわ」
リオナが小首をかしげ、ヨーイチが優しく微笑む。 そこには一点の曇りもない。我々の常識など通用せぬ、再会したばかりの彼らだけの「絆」が完成しておる。
「挨拶は分かった。……して、リューヤよ。単刀直入に聞くぞ。 貴様ら、なぜ『今』、ここに現れた? 再会したばかりだと言うたな? そして、先ほどのあの爆発……あれは一体なんじゃ? 貴様が意図して次元に穴を開けたのか?」
我は瓦礫の上に立ち、リューヤの目を真っ直ぐに見据えた。 だが、リューヤは眉間に深いシワを寄せ、「ケッ」と不機嫌そうに唾を吐いた。そして腰に提げていたボロボロの革袋――我も見覚えのある《異空間収納》を持ち上げた。
「あぁん? んなわけあるかボケェ! 俺だってビビったんだよ! いいか? 俺たちはな、涙の対面を果たして、これから3人で『再会祝いのパーティ』を始めようってところだったんだよ! 極上の肉と酒を用意してな、さあ乾杯だ、これから俺たちの伝説が始まるぜって時に……! こいつがよぉ! このオンボロ袋が、いきなり暴走しやがったんだッ!」
リューヤは忌々しそうに袋をバンバンと叩いた。
「ブゥンブゥン唸り出したかと思えば、族のヘッドライトみてぇな紫色の光を吐き出しやがってよぉ! おそらく、向こうの世界――俺たちのいた『日本』の魔素が薄すぎて、術式がエンストこいたんだろ! 気が付いたら、床が抜けるみたいに吸い込まれて……目が覚めたら、このシケた瓦礫の山ってわけだ!」
「……事故、ということか」
我は落胆した。 だが、我が思考を巡らせていると、リューヤがふと、鋭い眼光で周囲を見渡した。 その視線は、未だに空を見上げて泣いているノエルや、地面を掘り返しているカミラに向けられた。
「……ところでよ、スルト。さっきから気になってたんだが。 ここの連中、なんだか様子がおかしいぞ。 まるで、総長がパクられた後の集会みてぇなシケたツラしてやがるな。 ……それに、お前がさっきから叫んでた名前だ。 『ルイス』ってのは、どこのどいつだ? お前の新しいマブダチか?」
リューヤが、メンチを切るような鋭い眼光を我に向けた。 その問いに、我の心臓が跳ねた。
「……お主には関係ない話かもしれぬ。だが、教えてやるのじゃ。 ルイスはこの世界の『英雄』じゃ。そして、我の大切な……つがいとなるべき男じゃ。 貴様らがここへ来る直前、同じ場所に転移陣が現れたのじゃ。 ルイスは、その暴走に巻き込まれ……我らを取り残して、次元の彼方へと消えてしまった。 ……そして、リューヤ。驚くでないぞ。 そのルイスも、共に消えたヒナルやユミカたちも……お主と同じ、日本という国から来た『日本人』なのじゃ」
「あぁん!? なんだって!? そいつらも『日本人』だぁ!?」
リューヤが目を見開き、驚愕の声を上げた。
「そうじゃ。さらに、アレックスという男はアメリカ人とかいう国から来たと言うておった。 彼らは皆、お主と同じ世界から来た者たちじゃ」
「マジかよ……。 おい、ヨーイチ、リオナ、聞いたか? 俺たちの故郷の奴らが、こっちで英雄やってたってよ」
「……不思議な縁だね、父さん。 そのルイスさんたちが、僕たちのいた日本に飛ばされたんだとしたら……」
「かわいそう……。 でも、パパと同じ国の人なら、きっと強い人たちだよね?」
ヨーイチとリオナが顔を見合わせる。
「……ほう。入れ違い、ってわけか。上等じゃねぇか。 俺たちがこっちに来た穴と、そのルイスって野郎が消えた穴。 タイミングが同じなら、タイマン張れるくらい繋がってる可能性は高ぇな。 安心しな、スルト! もしそいつが俺のいた『日本』に飛んだのなら、生きてる可能性は大アリだ。 あそこは、ここよりはずっとシャバい……いや、平和な世界だからな。 骨のある日本人なら、のたれ死ぬこたぁねぇよ! ビビってるんじゃねぇぞ!」
その言葉は、暗闇の中に差した一筋の光明じゃった。 生きてる。ルイスは生きてる。
「……礼を言うぞ、ヤンキー親父。その言葉だけで、少し救われたのじゃ」
「へっ、水臭ぇこと言ってんじゃねぇよ。 ……で、だ。 俺たちも、このままこんな瓦礫の山でウロウロしてるつもりはねぇ。 せっかく会えたヨーイチとリオナちゃんに、最高の景色を見せてやりてぇからな。 利害は一致してるようだな、スルト。 俺たちは元の世界へ帰って、家族水入らずの時間を過ごしたい。 お前は、消えたマブダチを取り戻したい。 ……どうだ? 久しぶりに、連れ組んでみるか?」
「マブダチでないのじゃ!!我の恋人なのじゃっ!!」
スルトの言葉に反応するように、ミニドラゴンと遊びながら答える魔族の少女クローディアがずんと前に出てくる。
「一人で抜け駆けはずるいよっ!!」
「ま、まぁ…ここにいる全ての女の子の彼女なのじゃ…」
「ははは!!それは頼もしーぜ。んじゃーー宜しくっつー事でよぉ!!」
その手は大きく、分厚く、さらに酷く血生臭かった。 だが、今の我にとっては、どんな聖職者の手よりも頼もしく見えた。
「……ふん。致し方あるまい。お主のようなデタラメな男、敵に回すよりはマシじゃからの。 契約成立じゃ! 十川龍哉、そしてヨーイチ、リオナちゃん! 我らと共にルイスを探し出し、必ずや次元の壁をぶち破るぞ!!」
「おうよ! 夜露死苦頼むぜ、相棒!」
「よろしくお願いします、スルトさん!」
「頑張ろうね、スルトちゃん!」




