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第205話 断裂する境界、あるいは残された者たちの慟哭


 レプリカの摩天楼が砂上の楼閣の如く崩れ去り、本来の荒涼とした大地が夜明け前の薄闇に晒された、その瞬間だった。


 瓦礫の山の中央に鎮座していた新たな魔法陣。それは心臓の鼓動のように不気味な脈動を繰り返していたが、突如として、その中心部が「空間の許容量」を超えたかのように、ガラスが割れるような音を立てて亀裂を生じさせた。


 ――キィィィィィィィンッ!!


 鼓膜を直接やすりで削られるような高周波。次の刹那、魔法陣から噴き出したのは、聖なる導きの光などではない。それは、周囲の「因果」そのものをねじ伏せ、飲み込むような、漆黒の重力波を孕んだ暴虐な光の濁流であった。


「――っ!? 全員、今すぐ離れろッ!!」


 ルイスの鋭い警告は、あまりにも遅すぎた。


 魔法陣から立ち昇った無数の光の触手が、まるで意思を持つ蛇のようにうねり、ルイス、ヒナル、そして近くにいた「地球の記憶」を持つ者たちだけを、不可視の鎖で絡め取るように猛烈な勢いで引き寄せたのだ。


「あ、ああっ! お兄ちゃん! 手が、お兄ちゃんの手が離れちゃう……っ!!」


 ヒナルが悲鳴を上げ、宙に浮き上がりながらルイスの腕を必死に掴む。二人の指先が白くなるほど強く握り合うが、渦巻く魔力は二人の間に絶対的な「世界」の断絶を刻むように膨張し、無慈悲にも二人を地上から引き剥がした。


「ヒナルッ!! 離すな!! ぐうぅっ、なんだこのデタラメな重力は……!?」


「ル、ルイスさん! 嫌、助けて、吸い込まれるぅぅぅっ!! 足が地面に着かないのぉっ!!」


 銀縁眼鏡が激しい暴風に飛ばされそうになりながら、木の葉のように宙に舞うユミカ。その隣では、腰を抜かしてへたり込んでいたリサとカナが、アスファルトの隙間に爪を立てて必死に抗うが、目に見えない巨大な掃除機に吸われる塵のように、ズルズルと光の中へ引きずられていく。


「いやぁぁっ! 助けて、まだ死にたくないっ! お母さぁぁんっ!!」


「ルイス様、ルイス様ぁぁっ!!」


 そして、核を破壊した反動でゴムのように伸びきっていたアレックスもまた、ニコライの頭上から「ベリベリッ」という嫌な音と共に剥がされ、渦の中心へと一直線に吸い込まれていく。


『ギャァァァァァッ!! 結局コレカヨォッ! 功労者ノ扱イジャナイヨォォッ!! 僕ダケ置イテッテヨ、ニューヨークニ帰シテェェェッ!!』


 ルイス、ヒナル、ユミカ、リサ、カナ、そしてアレックス。


 「地球」というキーワードで因果を結ばれた六人の姿が、虹色に歪む光の奔流の中に溶け込み、世界から切り取られるように消失した。


 ――ドォォォォォォンッ!!


 爆発的な衝撃波が荒野を薙ぎ払い、魔法陣は収縮すると同時に、跡形もなく消え失せた。


 後に残されたのは、焦げ付いた大地と、風の音さえ消え失せた、凍り付くような沈黙だけだった。


「……え? ……おにぃ? ……どこ……?」


 メロディが、ぽっかりと空いた虚空を、色のない瞳で見つめる。


 その小さな掌には、先ほどまでルイスが羽織っていたマントの切れ端だけが、微かな体温を残したまま握られていた。


「ルイス!? ふざけるな、どこへ行ったのじゃ! 隠れん坊なら終わりにするのじゃ! 我を置いていくなど許さぬぞ!! 出てこい、出てこぬかぁぁッ!!」


 スルトが逆立った真っ赤な髪を揺らし、大地を粉砕する。彼女の叫びは、虚しく荒野の闇に吸い込まれていく。


「ルイス様ぁぁぁっ!! 返してください、わたくしのルイス様を返しなさいッ!! 聖光の照準が、ああっ、照準を合わせるべき対象がいないなんて……わたくし、これから誰を守ればいいのですかぁぁっ!!」


 クリステルが膝をつき、豊かな爆乳を激しく上下させながら大地を拳で叩く。慈愛の聖女としての仮面は粉々に砕け、そこには最愛の男を失った一人の女の、剥き出しの慟哭があった。


「あはは……冗談だよね? ルイス君、サプライズなんでしょ? ほら、びっくりしたから出てきてよ。……ねえ、返事してよ、ルイス君ッ!!」


 ミランダが狂ったように周囲の瓦礫を剣でなぎ倒す。その明るい「今時の女の子」の口調は完全に崩壊し、ひび割れた声が夜の闇に響き渡った。


「嘘……ッス。ルイス様、私の盾になってくれるって……一緒に行くって、約束したじゃないっスか!! 私の槍は、貴方がいなければただの棒切れなんですよぉッ!!」


 リズが槍を杖代わりにし、その場に崩れ落ちる。ノエルはその隣で「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」と、ただ幼子のように、声を上げて泣きじゃくるしかなかった。


「お兄様……お兄様ぁぁっ!! 私の風も、私の精霊魔法も、お兄様を見つけられない……どこにも、お兄様の匂いがしないのです~っ!! 嫌です、置いていかないでください~っ!!」


 エアロが半狂乱で空を舞い、周囲一帯に無慈悲な真空波を撒き散らす。シューもまた、魂が抜けたような顔で、矢を番えることすら忘れて立ち尽くしていた。


「……静粛に。……いえ、そんな場合ではありませぬな。……ルイス殿ぉぉぉッ!! どこに隠れておられるのでござるかぁぁッ!!」


 仁が、忍者としての冷静さを完全にかなぐり捨て、天に向かって咆哮した。


「兄貴……兄貴ィィッ!! おらぁぁっ! どこにいやがる、出てこいよぉッ!! 兄貴がいなきゃ、俺は……俺はただの落ちこぼれなんだよぉッ!!」


 漆黒の巨躯へと変貌したヴォルグが、胸を掻きむしり、地を揺らすほどの悲しい遠吠えを捧げる。


「バカな……。世のつがいが、世の許しなく消えるなど、あり得ぬ……。探せ!! 塵一つ残さずこの地をひっくり返してでも、ルイスを見つけ出すのじゃ!! 余の誇りにかけて、必ず、必ずだ!!」


 バハムが神竜としての圧倒的なプレッシャーを放ち、クローディアもまた「ルイスさんは、私の大切な、大切なペットなのに……」と、開眼した「竜の瞳」から大粒の涙を流した。


「キミ……。わたくしを置いて、また一人で行くつもり……? 許さない、許しませんわよ……!! 起きなさい、おどきなさい、わたくしの目の前から消えることなど許さないのですわぁぁっ!!」


 カミラが血の涙を流しながら、崩壊した駅の跡地を素手で掘り返し、指先を鮮血に染めていた。


「ルイス様ぁぁっ! どこです、どこに飛ばされたのですかぁ! 踏み台が、ここに極上の踏み台があるというのにぃぃっ!! 私の背中が、貴方のブーツの感触を求めて泣いているのですぅぅっ!!」


 ニコライが金粉を涙で溶かしながら、四つん這いで荒野を彷徨う。


「嘘……。ルイス君が、消えた? ……やだよ、あたし、まだルイス君と何もしてないよ! いっぱい遊ぶって約束したじゃんかぁぁっ!!」


 リナが魔銃を取り落とし、地面に座り込んで子供のように泣き叫ぶ。


「ウチの……ウチのルイスぅぅっ!! どこ行ったの~っ!! 人参あげるから、出てきてよぉ~っ!!」


 コタースが長い耳を力なく垂らし、虚空に向かって手を伸ばす。


「ご主人様ッ!! どこにゃ、どこに隠れたにゃ!! チェルシーがいい子にしてなかったから消えちゃったのかにゃ!? 出てきてくれたら、もうつまみ食いしないからぁぁっ!!」


 チェルシーが尻尾を膨らませて走り回る。ペルシアもまた、冷静さを失い、瞳を揺らしていた。


「……ご主人様。私の影踏み、まだ終わってないにゃ……。お願いだから、姿を見せてほしいにゃ……ッ!!」


「……ん。……光、消えた……。……お父さん、いない……。……寒い……です……」


 フレアが杖に縋り付き、ガタガタと震えだす。その横でケアルが唇を噛み切り、涙を拭った。


「バカ! アンタが死ぬわけないでしょ! 絶対に、絶対にどこかで生きてるわよ! 私の回復魔法が届かない場所なんて、許さないんだからぁぁっ!!」


「貴殿……。余に背中を預けると言ったではないか……。契約者よ、余の主よ……!!」


 グリムローザが赤い竜鱗に覆われた拳を握りしめ、悔しさに顔を歪める。


 一時間、二時間……。


 残された十八名のヒロインと仲間たちは、夜が明けるまで、ただひたすらにルイスの影を追い、荒野を狂ったように捜索し続けた。魔法で瓦礫をどけ、風で匂いを探り、土を掘り返し、空を駆け巡った。


 だが、昇り始めた朝日は、ただ広大で冷たい、主を失った何もない大地を残酷なまでに鮮明に照らすだけだった。

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