第204話 レプリカの街の崩壊と新たな転移陣
「レプリカ北海道」の最深部。札幌駅ビルを模した巨大な鋼鉄の要塞を前に、ルイスたち第五隊・中枢突入班は、うごめく鉄の濁流に阻まれていた。
「お兄ちゃん。……汚いね。ゴミが多すぎて、お兄ちゃんの歩く道が汚れちゃうよ」
ヒナルが、ルイスの腕に甘えるようにぴったりと寄り添いながら、純白の聖杖を掲げた。その瞳からは感情が消え、対象を「害虫」として認識した時の冷徹な光が宿る。
「……除菌開始。……『絶対聖域・広域浄化』」
ヒナルから放たれたのは、慈悲など微塵もない、純粋な破壊の光だった。ビル風を切り裂き、迫りくる数百体の魔導兵器を光の奔流が呑み込む。装甲が融解し、電子回路が焼き切れる耳障りな音が響く中、ヒナルは事務的な口調で呟いた。
「よし。これで少しは綺麗になったかな。……お兄ちゃん、今のうちに。不潔なものには私が触れさせないからね」
「助かるよ、ヒナル。……カミラ、メロディ、フィリシア、足を止めるな! 一気に中枢へ叩き込むぞ!」
ルイスの号令に応じ、カミラが真紅のドレスを翻して前進する。
「おどきなさい、この鉄屑ども! わたくしの美しき戦場を汚すなど、万死に値しますわ! 『鮮血の処刑牢』!」
カミラの指先から放たれた血の鞭が、空間を縦横無尽に切り裂き、機械兵の首を次々と撥ね飛ばす。 「ふふ、ルイス様! わたくしのこの華麗な舞、見ていらっしゃいますか? ああ、あそこにいる大型機……あの平坦な装甲、なんだか踏みつけ甲斐がありそうですわね!」
「……ん。……おにぃ。……邪魔。……『ギガ・グラビティ・インパクト・零式』」
メロディが、身の丈を超える大剣を引きずりながら、眠たげな瞳のまま呟く。彼女が大剣を振り上げた瞬間、重力魔法によって周囲の重力が数万倍に跳ね上がった。 ズドォォォォンッ!! 駅ビルのエントランスを塞いでいた重装甲の門が、メロディの一撃で「ぺちゃんこ」に押し潰され、侵入口が大きく口を開ける。
「あはは! さっすがメロディちゃん! マジで力持ちだね! 私も負けてらんないよ、ルイス君、私の華麗な剣捌きに惚れ直さないでね!」
ミランダが今時らしい明るい笑顔を振りまき、白銀の剣で残党を鮮やかに切り伏せていく。その横では、フィリシアが冷静に戦況を分析していた。
「……各個撃破は完了ですね。ルイス様、この奥が『地下班』と合流予定のメインホールです」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今の、物理法則どこ行ったんですか!? 門がアルミ缶みたいに潰れましたよ!?」
ユミカが眼鏡を抑えながら、絶叫に近いツッコミを入れる。 「ヒナルちゃんも! 浄化って言ったわよね!? あれ、ただの熱核爆発じゃない! お兄さんの教育はどうなってるのよぉっ!」
ユミカの叫びが響く中、エントランスの奥、崩れた瓦礫の下から仁たち第三隊・地下班が姿を現した。バイパスゲートを突破し、内側から合流を果たしたのだ。
「……お待たせいたしました、ルイス殿。地下の掃除は完了でござる」
仁が血の付いていない刀を鞘に収め、影の中から現れる。その背後では、シューが弓を構えたまま周囲を警戒していた。
「にい! 地下の動力源はボクたちが止めてきたよ。これで街の兵器の動きが鈍るはずだ!」
「にゃはは! 暴れ足りないにゃ! ご主人様、次はあっちのデカい箱を壊していいかにゃ!?」
チェルシーが鼻息荒くルイスに詰め寄り、ペルシアが「落ち着くにゃ。ご主人様の前で粗相は許さないにゃ」と首根っこを掴んで制止する。
「さあ、仕上げだ。……ここを壊せば、この偽物の街も、黒幕の目論見も全て消える」
ルイスが黄金の輝きを放つ聖剣を抜く。その背後では、上空から増援を遮断したクローディアとバハムが優雅に舞い降り、地上ではスルトやリズ、リナたち第一隊も敵を掃討しながら駆けつけてくる。
「「「おーっ!!!」」」
愛と暴力、そして常識外れの力が一つに集う。偽りの北海道が崩壊を始める中、一行はついに最後の一撃を放つべく、制御センターの奥へと踏み込んだ。
中枢突入班が要塞の懐へと潜り込む中、札幌駅ビルの正面広場――かつて人々が待ち合わせに使ったであろう歪な彫像が転がる場所は、第二隊・後方支援班による「一方的な暴力」の実験場と化していた。
広場を埋め尽くすのは、アスファルトを削りながら進撃する中型多脚戦車「シカ・モデル」と、ビルの壁面を垂直に駆け下りる暗殺機「カラス・モデル」の群れ。その数は数千。対する後方班は、ルイスの背中を守るために、極大魔法の構築を開始する。
「……んっ…。了解…です。燃やす…です。……ルイス兄さんの歩く道に、ノイズはいらない……『紅蓮地獄』」
フレアが帽子を目深に被り直し、杖を地面に叩きつける。直後、機械の群れの中央から噴出したのは、街のネオンさえも黒く塗りつぶす劫火の柱だった。鉄が溶け、オイルが爆ぜる不快な音が夜の札幌に響き渡る。
「ちょっとフレア! 派手すぎてこっちまで熱いじゃない! もっと緻密にやりなさいよ! ……もうっ、傷ついた前衛は私が直すから、あんたたちは撃ちまくりなさい! 『ハイ・ヒール・スプラッシュ』!」
ケアルが怒鳴りながらも、正確無比な回復魔法を飛ばし、前線で奮闘するミランダたちの魔力消費を肩代わりしていく。その頭上では、翠緑の旋風が吹き荒れていた。
「あらあら~っ。逃げる機械は、私の風で細切れにしてあげますね~っ。一生お兄様に尽くすと決めた私を、邪魔するなんて不敬ですよ~っ? 『真空千枚通し(デス・ウィンド)』!」
エアロがふわりと宙を舞い、指先で描いた軌跡が不可視の刃となって、高層ビルの窓ガラスごと「カラス・モデル」を切り刻んでいく。降り注ぐガラスの雨が、月の光を反射して残酷に輝く。
「……ウチの矢からは~っ、逃げられない~っ。……『瞬足の流星』。……はい、おしまい~っ」
コタースが、ラビット族特有の動体視力を活かし、秒間十発を超える超高速連射を繰り出す。放たれた矢は、ビル影に隠れた兵器のレンズを一本の例外もなく射抜いていった。
「お、お姉ちゃん……ノエル、怖いよぉ……! でも、ルイス様のためなら……! 精霊さん、悪い鉄クズを捕まえて! 『アースバインド・カタストロフ』!」
ノエルが震えながら杖を掲げると、アスファルトを突き破って巨大な岩の腕が出現し、突撃してくる多脚戦車を次々と地面に引きずり込んでいく。
そして、この地獄のような砲火の真ん中で、最も「悲惨」で「賑やか」な光景が展開されていた。
『アアアアアアッ!! フレアチャン! ケアルチャン! 近イ! 魔法ガ近イヨォォッ!! ニューヨークノ花火大会ヨリ激シイヨォッ!! 焦ゲル! 霊体ナノニ魂ガ焦ゲチャウヨォォッ!!』
黄金の金粉男、ニコライの頭上で案山子として固定されたアレックスが、左右から迫る火炎と真空波に翻弄されて白目を剥いている。
「んほぉぉぉっ!! これですアレックス殿! 右からフレア殿の情熱的な焔、左からエアロ殿の冷徹な旋風! 私の広背筋が、交互に訪れる熱波と寒風で究極の『サウナ状態』に仕上がっていますぅぅっ!! 勇者様ァ! 私は今、世界で一番幸せな家具ですぅぅっ!!」
『狂ッテル! コイツ、本気デ狂ッテヤガルヨ! ルイス様ァ、誰デモイイカラコノ変態ト僕ヲ引キ離シテェェッ!! 自由ノ女神サマァァッ!!』
「ふふ、皆様張り切っておりますわね。……ですが、最後はわたくしが決めさせていただきますわ」
クリステルが、爆乳を大きく揺らしながら前進する。その慈愛に満ちた瞳には、ルイスを追放したアレックスへの、底知れぬ蔑みが宿っていた。 「ルイス様の歩みを止めるゴミ屑には、神の赦しではなく……『鉄槌』を。……『聖光爆裂陣』!」
クリステルが聖杖を地面に叩きつけた瞬間、札幌駅前広場全体が太陽のごとき光に包まれた。 ドォォォォォォンッ!! 光の柱が天を突き、数千の魔導兵器が影も残さず消滅する。
「ああっ、また胸がつかえて、吹き飛ぶ敵が見えませんでしたわ……。ルイス様、今のわたくしの献身、見ていてくださいましたか?」
クリステルが頬を染めて振り返る。その背後では、衝撃波で逆さまに吹っ飛んだニコライと、相変わらず「アメリカニ、カエリタイィィッ!」と空に消えていくアレックスの絶叫が虚しく響き渡っていた。
札幌駅前広場を包み込んだクリステルの聖光が収束し、もうもうと立ち込める硝煙の中から、その「奇跡」は唐突に産声を上げた。
衝撃波で空高く放り出された黄金の家具・ニコライと、その頭上に括り付けられた案山子・アレックス。放物線を描いて落下するアレックスの瞳に映ったのは、駅ビルの時計塔の裏側に隠された、どろりとした黒い魔力を放つ「心臓部」――このレプリカ世界を維持する核であった。
『ア、アアアアアッ! モウダメダァァッ! 激突スル! ニューヨークノ星ニナルヨォォッ!!』
絶叫と共に、アレックスの霊体はニコライの自重も相まって、超高速でコアへと直撃した。 ドゴォォォォンッ!! 霊体でありながらルイスの「愛の物理」が付与されていたアレックスは、文字通り生体ミサイルとなって核を粉砕。暗黒の魔力が暴走し、街全体が激しく震動を始めた。
「……えっ? ちょっと待って。今、あのゴミ箱が核を壊したの……?」
ユミカが眼鏡をずらし、あんぐりと口を開けて空を見上げる。彼女の視線の先では、先ほどまで空を覆っていた重厚な雲がガラスのように割れ、ビルの摩天楼が砂の城のように崩れ去っていく。
「あはは! まじで!? あの発情猿、たまには役に立つじゃん! ウケるんだけど!」
ミランダが今時なノリで手を叩いて爆笑する。その横で、ヒナルは事務的な冷たい口調で呟いた。
「……計算外。でも、お兄ちゃんの歩く道を塞ぐゴミが、自らゴミを片付けたなら……除菌の手間が省けて良かったかな」
「おにぃ……。……アレックス、すごい……? ……くるくる、どーん……。……ぺちゃんこ……」
メロディが眠たげな瞳で、核が砕けた場所から「ギャァァァッ!」と叫びながら落下してくるアレックスを見つめる。
「あら、生きていたのですか。そのまま核と一緒に消滅してしまえば、世界の衛生環境も少しは改善されましたのに。ルイス様を裏切らせた貴方の罪は、この程度の偶然では一ミリも拭えませんわよ、この害虫」
クリステルが慈愛の笑みを浮かべたまま、アレックスの落下地点を見据えて氷のような毒を吐く。爆乳を揺らしてルイスの隣へ移動すると、その瞳にはアレックスに対する底知れない蔑みが宿っていた。
「……にい。アレ、わざと外したんじゃないの? 汚い霊体が核に触れるなんて、核が可哀想だよ。ボクを操ってにいから引き離した恨み、あんなラッキーパンチじゃ全然足りないからね」
シューが弓を収めながら、不快そうに鼻を鳴らした。かつてアレックスの魅了魔法でルイスを裏切ってしまった過去は、彼女たちにとって永遠に消えない傷であり、アレックスへの憎悪の源泉なのだ。
「……ルイス殿。敵の心臓部、完全に沈黙。この偽りの理は今、消滅の刻を迎えてござる」
仁が影の中から静かに現れる。
「にゃはは! あのサル、いい仕事したにゃ! ご褒美に美味しいお魚を一匹……の骨だけあげてもいいにゃ!」
とチェルシーが笑い、ペルシアが
「骨でも勿体ないにゃ。土に埋めて肥料にするのが一番にゃ」と頷く。
その時、轟音と共に札幌の夜景が急速にセピア色へ褪せていった。アスファルトは土へと戻り、巨大なビル群は陽炎のように揺らめいて消えていく。
「……消える……。私たちのいた、偽物の故郷が……」
リサとカナが、ヴォルグの背中に隠れながら、消えゆく街を複雑な表情で見守る。そして、全てが消え去った平原の中央。そこには、崩壊した瓦礫の中から、新たに巨大な「転移の魔法陣」が禍々しくも神々しい青白い光を放って出現していた。
「な……なんじゃ!? また魔法陣か!? 今度はどこへ繋がっておるのじゃ!」
スルトが警戒して拳を構え、バハムが鼻を鳴らす。
「ふん、世を飽きさせぬ趣向よな。ルイス、次はこの奥を焼き払えば良いのか?」
ルイスは、魔法陣の中央で伸びているアレックスを見下ろした。
『ハ、ハァ、ハァ……。見タカ! コレガニューヨーク流ノ、核爆発サ!……痛イ! 霊体ナノニ痛イヨォォッ!! ルイス様、モウ勘弁シテクダサイィィッ!!』
「ハァハァ……!! アレックス殿、核を砕く衝撃、最高でしたぞぉ!! 次の魔法陣へも、私の頭の上に刺さって突っ込みましょうぞぉぉっ!!」
ニコライの暑苦しい咆哮と、アレックスの泣き言が響く。一行の目の前で脈動する新たな門。それは、この異変の「黒幕」が待つ、真の戦地へと繋がっているようだった。




