第202話 盾の囮と空中部隊
「レプリカ北海道」のメインストリート。そこは今、異世界の理を超越した魔法と、歪んだ近代兵器が衝突する地獄のダンスホールと化していた。
その最前線、最も激しい火線が交差するアスファルトのど真ん中で、一際異彩を放つ「物体」が激しく揺れていた。全身を金粉で塗り固め、四つん這いで「人間道路」と化している変態騎士ニコライ。そして、その背中に無理やり固定され、高く突き立てられた「案山子」状態のアレックスである。
『ギャァァァァァァァッ!! 撃ッテル! ソコノ四角イ箱、僕ノ顔面狙ッテ、赤イ光乱射シテルッテェェェ!! ルイス様ァ! 助ケテ! アメリカ勇者ガ穴空キチーズニナッチャウヨォォッ!!』
アレックスの半透明な霊体に、魔導兵器から放たれたレーザーが幾筋も突き刺さる。霊体ゆえに肉体的な損傷こそないものの、ルイスが施した「愛の物理」エンチャントにより、被弾するたびに「激痛」だけは百パーセント、ダイレクトに脳に響く仕様だ。
「んほぉぉぉっ!! 素晴らしい、素晴らしいですよアレックス殿! 貴方がビームを受け流すたびに、私の脊柱起立筋を熱い衝撃が駆け抜けますぅぅっ!! まさに二人で一つの黄金の盾……勇者様、見てください! 私たちのこの、種族を超えた愛の結晶をぉぉっ!!」
『愛ジャネェヨ! コレハただの虐待ダヨ!! ニコライ、オ前モ少シハ動ケヨ! サッキカラ四ツン這イデサンバ踊ッテルバッカリジャネェカッ!!』
「何をおっしゃる! 私は今、このアスファルトの冷たさと敵の火力の熱さの狭間で、究極の『整い』を得ているのです! さあアレックス殿、あちらの『びる』の屋上から狙っている狙撃機に、その貧弱な霊体を晒して、もっと注意を引くのですぅ!!」
『ムリッス! モウ無理ッス! 自由ノ国サマ、僕ヲ助ケテェェッ!!』
アレックスが情けなく喚き散らす中、その頭上をミランダの軽快な声が通り過ぎた。
「あはは! アレックス君、いいリアクションだね!! でも、そのまま囮になっててよ。君が泣き叫ぶたびに、機械たちのセンサーが君に集中して、こっちは超やりやすいからさ!」
ミランダは、女の子らしいノリで笑いながら、アレックスを盾にするようにビルの影から飛び出す。彼女の白銀の剣が、アレックスを狙っていた機械を瞬時に一刀両断にした。
「はい、一丁上がり! ルイス君、見てた? 私のこの華麗なステップ! 君のために、もっともっと派手に壊しちゃうからね!」
ミランダが明るく戦場を駆ける一方で、ルイスはユミカとヒナルを連れ、ビル風の吹き抜ける路地裏へと滑り込んでいた。
「アレックスとニコライがこれだけ騒げば、街のメインプロセッサはあっちを最優先ターゲットとして演算を固定するはずだ。……ユミカ、この先に最短ルートがあるはずだが、確証はあるか?」
「……え、ええ。この角を曲がれば、本来なら大きな公園に出るはずなの。でも……見て、ルイスさん。公園があるはずの場所に、見たこともない巨大な壁がそびえ立ってる……。あっちの看板も、文字が全部ぐちゃぐちゃで読めないし。……この街、やっぱり何かがおかしいわ」
ユミカが眼鏡をクイと押し上げ、震える指で歪んだ風景を指差す。彼女には、かつての故郷の面影が「異物」によって上書きされていく様が、生理的な嫌悪感として伝わっていた。
「お兄ちゃん、あそこの空間、魔力が不自然に淀んでいるよ。道が捻じ曲げられているみたい。私が聖魔法で『除菌』して、進めるようにしてあげるね」
ヒナルがルイスの腕にぴったりと寄り添いながら、空いた手で杖を掲げる。
「……ん。おにぃ……。……あっちのゴミ、まだ鳴いてる。……アレックス、また『死にたい』って言ってる。……重いの、落として……黙らせる?」
メロディが、遠くで撃たれ続けながら喚き散らすアレックスに冷たい視線を向ける。
「いや、メロディ。あいつはまだ生かしておけ。囮としての寿命を全うさせてやるのが、あいつへの唯一の慈悲だ」
ルイスは冷酷に言い放ち、ユミカの先導で歪んだ街の奥へと突き進む。背後では、さらに激しさを増す爆音と共に、アレックスの「ニューヨークニ帰りタイィィッ!」という絶叫が、虚しくも賑やかに夜の街へ響き渡っていた。
メインストリートでニコライとアレックスが「黄金の盾」として敵の演算を釘付けにする中、レプリカ北海道の夜空は、突如として極彩色の魔力光に塗り替えられた。
「あらあら~っ。地上で野蛮な鉄屑たちが騒がしいですね~っ。ルイスお兄様の歩く道を塞ぐ不浄なゴミは、私の風で塵も残さずお掃除してあげますね~っ!」
上空数百メートル。エアロがふわりと宙に浮き、優雅に指先を振る。その動作一つで、ビル風を巻き込んだ巨大な真空の鎌「絶空・千枚通し」が形成され、ビルの屋上に配備された対空魔導砲台を次々と細切れの鉄屑へと変えていく。
「エアロ! 遊びすぎよ、効率よく行きなさい。……私が『掃除』を終わらせる……です」
フレアが愛杖を虚空に突き出す。彼女の呟きと共に、夜空に無数の魔法陣が展開された。
「……極大焔魔法『終焉の流星雨』」
降り注ぐのは岩石ではない。凝縮された超高熱の魔力の塊だ。それがビルの隙間を縫うように正確に落下し、路地裏に潜んでいた増援の機械軍団を一瞬で蒸発させていく。
「ちょっとフレア! 延焼させすぎだってば! 私の回復魔法が追いつかないような大火事は困るわよ!」
ケアルが後方支援用魔力展開陣の中央で、忙しなく杖を振るう。
「ほら、前衛のミランダさんたちの魔力が削れてるわ! 全体広域治癒魔法『聖母の休息』!」
空から柔らかな光が降り注ぎ、激戦を繰り広げる地上班の傷と疲労を癒していく。
「ケアルちゃん、大丈夫だよ~。私が悪い虫は~っ、全部寄せ付けないからね~っ!」
コタースが弓を引き絞り、ビルの隙間から後方班を狙う小型の飛行ドローンを次々と射抜く。その矢先にはドス黒い毒液が塗られており、鉄の身体を内側から腐食させて火花を散らせた。
「ふふ、皆様素晴らしい働きです。ですが、忘れてはいけませんわ」
クリステルが慈愛の笑みを浮かべ、しかしその手には「聖光の鉄槌」を握りしめていた。
「ルイス様の敵は、神に代わって私が赦し(破壊)を与えます。……『聖光爆裂陣』!」
彼女が地面を突くと、広大な範囲に光の柱が突き抜け、地下から這い出そうとしていた伏兵の魔導兵器たちを聖なる光で浄化した。その光景を、悠然と滞空する二柱の「最強」が眺めていた。
「ククク……。クリステルたちも張り切っておるな。だが、余のブレスの露払いにしかならぬぞ」
バハムが漆黒の翼を広げ、喉の奥で暗黒の魔力を収束させる。
「焼き尽くせ……『深淵の劫火』!!」
黒い焔が地表を舐めるように広がり、防壁として並んでいたビル数棟を根こそぎ消滅させた。
「待つのじゃバハム! 我の拳を振るう場所がなくなるではないか! どけどけぇ、我も混ぜるのじゃ!」
スルトが空中を蹴り(踏空)、落下速度を加速させながら炎を纏った拳を振り下ろす。
「『覇王砕身・爆熱拳』!!」
アスファルトが溶岩のように溶け、半径百メートル以内の機械たちが文字通りドロドロの鉄塊と化した。
『ヒ、ヒィィィッ!? 味方ノ攻撃ノ方ガ怖スギルンダケドォォッ!!』
案山子状態のアレックスが、上空から降る魔法の雨と、足元で爆発するスルトの衝撃に翻弄され、激しく揺れ動く。
『コンナノ、「アベンジャーズ」デモ見ナイヨ! 僕ノ霊体ガ熱サデ蒸発シチャウヨォォッ!!』
「んほぉぉぉっ!! これです、これこそが私が求めていた『全方位からの破壊』!! アレックス殿、見てください! 空も、地も、全てが私たち(の苦痛)を祝福していますぅぅっ!!」
ニコライが金粉を飛び散らせながら絶叫し、さらに激戦区へと四つん這いで突進していく。
『祝福ジャネェヨ! 呪イダヨ! 地獄ノサンバダヨォォッ!!』
後方班による徹底的な絨毯爆撃と、最強種たちの気まぐれな一撃。レプリカ北海道は今、ルイスが指一本動かすまでもなく、十八名のヒロインたちの愛(と暴力)によって、巨大なスクラップ工場へと変貌しようとしていた。




