第201話 偽物の北海道⚪⚪市、探索開始。
作戦会議を終えた一行は、静まり返った早朝の空気を切り裂き、再び「歯車の谷」の深部へと足を踏み入れた。
先陣を切る騎士団長ミランダが、白銀の剣を抜き放ち、通路の左右を鋭く見据える。その後ろでは、黄金の金粉を撒き散らしながら四つん這いで進むニコライが、「勇者様専用の絨毯」を自称して這いずり、その後ろを総勢十八名のヒロインとヴォルグ、仁、そして「地球出身組」が静かに、あるいは騒がしく続いていく。
遺跡の深部へ進むにつれ、周囲の景観は不気味な変容を見せ始めた。本来なら古代の石積みであるはずの壁面が、次第に「鉄」と「ガラス」の混じった無機質な何かに浸食されている。
「……ッ。なんだこれ、石壁の中に鉄の塊が埋まってやがる。兄貴、こいつは魔物の死骸か何かか?」
ヴォルグが鼻を鳴らし、壁を爪で引っ掻く。そこには、錆びついた「軽自動車」の前半分が、まるで化石のように壁から突き出していた。
「お兄ちゃん、見て……。あれ、日本でよく走っていた商用車だよ。ロゴもそのまま……。どうして、私たちの思い出がこんな岩の中に閉じ込められているの?」
ヒナルが聖杖を強く握りしめ、悲しげに目を伏せる。進むにつれ、通路の脇にはゴミの山のように「自販機」や「道路標識」が乱雑に積み上げられていた。
「うわぁ……懐かしい。あれ、『止まれ』の標識だ。……でも、色が真っ黒に変色してる。ユミカちゃん、あっちのは薬局の看板だよ。サトちゃんみたいな象の置物まである……」
ユミカが立ち止まり、ひっくり返った看板をそっと撫でる。その瞳には、望郷の念と、それを汚されたことへの言いようのない不快感が混ざり合っていた。
「……ひぃっ、見て! あっちの箱の中、まだ飲み物が入ってるわよ! 『ドクペ』って書いてある……。これ、私がこっちに来る前に駅のホームで飲んだやつと同じ……! 怖い、怖いわよカナちゃん!」
リサが震える指で、埃を被った自動販売機を差す。カナもまた、欠損した右手首を強く抱きしめながら、瓦礫の隙間に落ちている「コンビニの弁当ガラ」を憎々しげに見つめていた。
「……ゴミよ。私たちのいた世界の、ただのゴミ。それがどうして、この世界の遺跡の宝物みたいに大切に保管されているのよ。不気味すぎて、内臓が裏返りそうだわ……」
「アハハハ! 懐カシイナァ! ソレ、アメリカデモ大人気ダッタヨ! オイ、ルイス様! 喉ガ渇イタナラ僕ガ開ケテアゲマショウカ!? 霊体ダカラ、プルタブガ掴メルカ分カラナイケドサ! ベンジョノ水ヨリハ美味イハズダヨ!」
ゴミ箱から浮遊するアレックスが、空気を読まずにヘラヘラと茶化す。
「黙れ、発情猿。……にい、あっちの壁に張り付いてるの、監視カメラじゃないかな。ボクの矢で射抜いておこうか?」
シューが弓を引き絞り、レンズのような光を捉える。
「あらあら~っ。そんな小さな目玉、私の風で粉々にしてあげますね~っ。お兄様のプライバシーを侵害するなんて、万死に値します~っ」
エアロが微笑みながら指先を振ると、真空の刃がカメラを文字通り微塵切りにした。
「それにしても、これほど多くの『異界の品』が流転しているとは。ルイス様、この遺跡そのものが、世界の外側と繋がる大きな穴になっているのかもしれませんわね。……ふん、あちらに見える『電柱』とやらは、実に歪な形をしていますわ。まるで串刺し刑の道具ですわね」
カーミラがドレスの裾を汚れぬよう持ち上げ、高圧的に周囲を評する。
「……ん。……道の先。……すごく、冷たい。……偽物の、匂い。……おにぃ、もうすぐ。……鉄の、拍動が……聞こえる」
メロディがルイスの腕をコアラのように掴み、その重さをルイスに預ける。その先には、広大なホールの中央に鎮座する、幾何学的な魔法陣が青白い不気味な光を放っていた。
「ルイスさん、気をつけて。……私、これを見たことがあります。聖典に記された『忘却の扉』の記述にそっくりです。この先に待つのは、救いではなく、誰かの怨念かもしれません」
クリステルが豊かな胸元に手を当て、祈るようにルイスの背中を見守る。
「了解ッス! どんな怨念だろうと、ルイス様の槍として私が全部突き崩してみせるッス! ノエル、準備はいいッスか!?」
「……う、うん。精霊さんたちも、あっち側は『ざわざわする』って言ってる……。怖いけど、ルイス様が一緒なら、ノエル、頑張る……!」
リズが槍を構え、ノエルが震える手で杖を掲げる。
「我の拳を試すには絶好の舞台なのじゃ! あの鉄の塊ども、一つ残らずスクラップにしてやるのじゃ!」
「世のブレスで、その偽りの歴史ごと焼き払ってくれよう」
スルトが拳を鳴らし、バハムが尊大に翼を広げる。二人の最強種が並び立つだけで、遺跡の空気がピりりと震えた。
「待ってください勇者様ァァッ!! この魔法陣を越える前に、私の黄金の背中を最後の一踏み!! 異界への景気付けに、その聖なるブーツの裏で、脊髄にダイレクトな衝撃をくださいましぃぃっ!! 昇天させてから連れて行ってぇぇっ!!」
ニコライが魔法陣の直前で四つん這いになり、筋肉をサンバのように波打たせて絶叫する。
「どけ、家具。……みんな、行くぞ。この先に広がるのは、俺たちの記憶を奪い、歪めた最悪の箱庭だ。……俺たちの『故郷』を、あんな化け物の巣窟にしておけるかよ」
ルイスが聖剣を抜き放ち、黄金の輝きを放つ。その背中を追い、一行は青い光の渦へと飛び込んだ。視界がホワイトアウトし、感覚が消失する。次に目を開けた時、そこには――永遠の夜に閉ざされた、あの歪んだ「レプリカ北海道」が静かに牙を剥いて待ち構えていた。
………。
……。
…。
魔法陣を抜けた瞬間、全身を突き抜けるような凄まじい「異物感」が一行を襲った。 視界がホワイトアウトし、次の瞬間に彼らの網膜に飛び込んできたのは、ファンタジーの世界ではおよそ考えられない、無機質な鉄とガラスの摩天楼――「レプリカ北海道」の夜景であった。
「な……なんなのじゃ、この異様な光景は!? 空が……空が四角い石に蓋をされているようではないか!」
スルトが絶叫し、思わず上空を見上げる。そこには、天を衝くようにそびえ立つ高層ビル群が、窓ガラスに青白い月光を反射させてそびえ立っていた。
「 ルイス君、ヒナルちゃん…。これどうなってるの? こんなバカ高い建物が並んでるなんて、私の想像を超えちゃってるよ! 貴方達のいた世界って本当にこんな鋼の檻みたいな場所で生活してたの? !」
ミランダが騎士団長としての威厳をかなぐり捨て、明るい口調で、キラキラした瞳をビル群に向けていた。彼女にとって、城壁を遥かに超える建造物が立ち並ぶこの光景は、恐怖よりも好奇心を刺激する最高の見世物だった。
「うわぁ……。これ、全部電気で光ってるんですか? 宝石を散りばめたみたいだけど……なんだか、呼吸が苦しくなる美しさですね……」
クリステルが豊かな胸元に手を当て、慈愛の瞳を不安げに揺らす。彼女の隣では、フレアが杖を引きずりながら、虚ろな瞳で周囲のネオンを見つめていた。
「……ん。……お空に、光る看板。……でも、命の匂い、全然しない……です」
その驚愕を切り裂くように、街の静寂を「駆動音」が打ち破った。 ビルの屋上、地下鉄の入り口、そして路地裏の闇から、数多の赤い単眼が点灯する。魔導兵器――この街を支配する鉄の守護者たちが、侵入者を排除すべく一斉に起動したのだ。
「――驚くのはそこまでだ! 第一隊(地上班)、展開!!」
ルイスの鋭い号令が、無機質なアスファルトに響き渡る。
「了解ッス! ルイス様、見ていてください! 私の愛の槍は、鉄クズ相手でも鈍らないッス!!」
リズがポニーテールをなびかせ、先陣を切った。彼女はレベルが初期化されたことを微塵も感じさせない、鍛え抜かれた体術でビル風を切り裂く。迫りくる蜘蛛型の魔導兵器に対し、長槍を電光石火の三連突きで叩き込む!
「『愛の三連突き・連火』ッス!!」
金属が砕ける鋭い音が響き、兵器の核が貫かれる。直後、兵器が自爆しようと赤く光った瞬間、空から巨大な衝撃が降り注いだ。
「遅いのじゃ! そんな鈍ら、我の拳で塵にしてやるのじゃ! 『覇王拳・砕界』!!」
スルトが空中で体を丸め、流星の如くアスファルトへと拳を叩きつけた。 ドォォォォンッ!! という衝撃波と共に、周囲の路面がクレーター状に陥没し、数十体の魔導兵器がその圧力だけでひしゃげた鉄屑へと成り果てた。
「あはは! スるとちゃん、やりすぎ! 逃げようとしてる奴らは、あたしの弾丸が捕まえちゃうよ!」
リナがアクロバティックなバク転でビルの壁面を駆け上がり、重力に逆らうような姿勢で二丁の魔銃を乱射する。放たれた魔法弾は、ビルのガラス窓や電柱に反射し、逃げ惑う機械の関節をピンポイントで撃ち抜いていく。
「これぞ『魔銃奥義・跳弾連舞』! 弾丸の軌道からは逃げられないよ!」
地上班の圧倒的な火力が、レプリカの街を蹂躙し始める。さらにその熱狂に油を注ぐように、ミランダが剣を振り回し、今時のノリで加勢する。
「いいよいいよ、みんな最高! 私も負けてらんないよね! ルイス君、背中は任せて! 私の剣は君を守るためにあるんだから、最高にカッコいいところ見せてあげる!」
ミランダが明るく叫び、最前線で魔導兵器を次々と一刀両断にしていく。その光景に、ニコライの上に「案山子」として固定されたアレックスがガタガタと震えながら叫ぶ。
『ヒィィッ! コワ過ギルダロ! ニューヨークノSWATデモコンナノ相手ニシナイゾ! ルイス様ァ、僕ヲ下ロシテクダサーイ!!』
「ハァハァ……!! 素晴らしい、素晴らしいですよアレックス殿! 敵のレーザーをその霊体で受け流し、私の黄金の肉体に熱を導く……! これぞ究極の『盾』の共演! 勇者様、もっと……もっと私を激戦区へ放り込んでくださいましぃぃっ!!」
ニコライが金粉を撒き散らしながら、四つん這いで兵器の群れの中へとサンバを踊るように突っ込んでいく。
地上班の猛攻によって、街の静寂は爆音と火花へと塗り替えられた。ルイスは抜剣せず、静かに前方の「札幌駅」方面を見据える。
「作戦通りだ。地上班、そのまま敵の全演算をこっちに向けろ。……ユミカ、ヒナル、行くぞ」
最強のハーレム軍団による、慈悲なきレプリカ攻略。その火蓋は、あまりにも一方的な暴力と共に切って落とされた。




