第199話 レプリカの世界。作戦会議 前編
ルイス邸の広大な大広間は、かつてないほどの熱気と、肌を刺すような異様な緊張感に包まれていた。
中央に鎮座するのは、彫刻のように鍛え上げられた肉体を誇示し、自ら四つん這いとなって天板を背負う「黄金の人間テーブル」ことニコライ。その背中の上には、クリステルが用意した豪勢な料理の皿と、ヒナルが淹れた芳醇な香りの紅茶が並んでいる。
その円卓を囲むのは、総勢十八名のヒロインたち。
真祖の威厳を纏い優雅に足を組むカーミラ、爆乳を揺らしながら愛銃のシリンダーを回転させるリナ、ルイスの背中にコアラのように張り付いて離れないメロディ。さらに、アスガルドから駆けつけたクローディアや、神竜のオーラを隠そうともしないバハム、不敵に笑うスルトといった規格外の面々が、所狭しと顔を揃えていた。
その傍らには、忠実な義弟ヴォルグと、冷静に周囲を警戒する忍の仁。そして、部屋の隅では「地球出身組」であるユミカ、リサ、カナの三人が、あまりの美女軍団の圧力と「世界の中心」にいるような重圧に、身を寄せ合って震えている。
ルイスは紅茶を一口啜り、全員を見渡して静かに切り出した。
「……今日、俺たちは『歯車の谷』の遺跡の奥で、信じられないものを見た。いや、見てしまったと言うべきか」
その一言で、騒がしかった広間が水を打ったように静まり返る。ルイスは、魔法陣の先に広がっていた「あの街」の光景を、一文字ずつ脳裏に焼き付けるように説明し始めた。
「そこには、俺たちの故郷……日本にあったはずの風景が広がっていた。空を突くような鉄の塔、夜を昼間に変えるほど眩しい極彩色の光。地面はどこまでも平坦な黒い石で覆われ、命の気配がないまま、ただ無機質に存在し続けていたんだ」
ルイスの言葉に合わせて、ヒナルが聖杖を掲げ、記憶の断片をホログラムのように空中へ投影する。映し出されたのは、夜の闇に浮かび上がるコンビニの看板、規則正しく並ぶ街灯、そして誰もいない交差点。
「ほう……。これが、ルイスたちの故郷なのか? 魔力も精霊の気配も感じられぬが、この光の量……。まるで太陽を捕らえて箱に詰めたようではないか。興味深い……実に興味深いぞ」
**バハム**が漆黒の翼を微かに震わせ、黄金の瞳を輝かせる。神竜としての本能が、未知の文明の造形に強い興味を示していた。
「我も驚いたのじゃ! 魔法なしでこれほどの高層建築を造るとは、あちらの世界の人間はなかなかの執念を持っておるようじゃな! なぁルイス、あの高い棒(電柱)は何なのじゃ? 敵を串刺しにするための罠か?」
スルトが身を乗り出し、ホログラムを指差して子供のように尋ねる。一方で、仁は鋭い眼光を崩さず、画像の端々に映る「違和感」を読み取っていた。
「……ルイス殿。拙者の目には、この街はひどく不自然に映る。影の落ち方、光の屈折……。生きる者の息遣いが全く感じられぬ。それに、あの『じはんばいき』とやらの配置……まるで侵入者を誘い込む罠のようではないか?」
「ああ。……ヒナルが気づいたんだが、文字は反転し、信号の色もデタラメだった。何者かが、誰かの欠けた記憶を無理やり肉付けして造り上げた『死んだ街』だ。……地獄を日本の皮で包んだような場所だよ」
その説明を聞いた瞬間、ユミカが顔を青ざめさせ、膝の上で拳を握りしめた。
「……やっぱり、そうなんだ。私、あの映像を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。だって、あそこ……私が毎朝通っていた通学路にそっくりなんです。あの角の薬局、あの曲がった看板……。でも、建物が歪んでいて、窓の奥に誰もいなくて……。思い出すだけで、吐き気がする……。あんなの、私の知ってる街じゃない!」
「そ、そうよぉ……! 懐かしいはずなのに、見てると頭が割れそうになるのよ! 幽霊屋敷を何万倍にも大きくしたみたいな、嫌な感じがするわ! あれを見せられて平気なルイスさんたちが異常なのよ!」
リサが涙目でカナにしがみつく。カナもまた、欠損した右手首を強くさすりながら、ホログラムに映る「故郷の幻影」を呪わしげに睨んでいた。
「……あんなの、私たちの世界じゃないわ。あそこにあるのは、私たちの記憶を餌にして育った、鉄の化け物よ……。あんな場所に、連れて行かないで……お願いだから……」
地球組の三人が怯える中、空気の読めない「黄金の備品」が背中の筋肉を波打たせて悶絶した。
「んほぉぉぉっ!! その『絶望に歪む表情』!! 日本という国の風景、実に素晴らしいスパイスですなぁっ!! ルイス様! あのアスファルトの地面で四つん這いになりながら踏まれたいぃぃっっ!!」
テーブルとなったまま、筋肉でサンバを踊り紅茶を波打たせるニコライ。その背後からは、ゴミ箱に収まったアレックスがフワフワと漂い、嫉妬に狂った声を上げる。
『ズルイゾ、ニコライ!! 僕ダッテ勇者トシテ、ソノ『ニッポン』ノ王ニナルベキナンダ! ルイス様ァ、今度行ク時ハ僕ヲ街ノ一番高イ塔ノテッペンニ飾ッテクダサイヨ! 皆ヲ見下ロシテ、覗キ見シ放題ノ案山子トシテェェッ!!』
「……黙れ、汚物ども。会話の邪魔だ」
ルイスの氷点下の声と共に、ヒロイン全員の殺気が一気に膨れ上がる。
「わたくしのルイス様との、高貴な故郷の思い出を、その汚らわしい口で汚さないでくださる? 塵にされたいのかしら」
カーミラが血の鞭を微かに鳴らす。リナも銃口をゴミ箱に向け、不敵な笑みを浮かべた。
「あはは、アレックス君。そのゴミ箱を蜂の巣にして、もっと風通し良くしてあげようか?」
「……ん。おにぃ……。……ゴミ、うるさい。……重いの、落ちて。……ぺちゃんこ」
メロディが指をスッと下に向けると、重力魔法によってアレックス(ゴミ箱入り)は床にめり込むほど圧縮された。
しかし、ゴミ箱の中から這い出した青白い霊体――アレックス(発情猿)が、知ったかぶりの声を上げた。
『アハハハ! 懐カシイナァ! デモヨクヨク見ルト本当二、日本ノ風景ジャナイカ! 僕ノイタ「アメリカ」トハ随分違ウケド、隣ノ国ミタイナモンサ! ニューヨークノ摩天楼ニ比ベレバ、コンナノ小サイケドネ!』
その言葉に、その場の空気が凍りついた。ルイスも、そしてユミカたちも驚愕に目を見開く。ユミカがぽろりと口から言葉が溢れる…。
「……へ?発情猿、アメリカから来たのか?」
『ソウサ! 僕ハ偉大ナル「アメリカ」カラ選ばレテ転移シテキタエリート勇者ナンダヨ! 日本ノコトダッテ知ッテルトモ!』
アレックスが威張るように透けた胸を張った瞬間、強烈な殺気が彼を貫いた。
「……不愉快です。貴方のような汚らわしい猿が、ルイス様やヒナルと同じ世界の出身だなんて」
クリステルが、いつもの慈愛に満ちた微笑みを一切消し去り、氷点下の瞳でアレックスを見下ろした。 「同じ地球から来たというだけで、ルイス様の故郷が汚される。……万死に値しますね」
「……兄貴と同じ世界? 反吐が出るね」
シューが弓を弄びながら、ゴミ箱を射抜かんばかりの冷酷な視線を送る。
「兄貴があれだけ苦労して、あんたに尽くしてた時……あんたは同じ世界の情けもなく、兄貴を追い出した。……その上、まだ自分が勇者だなんて、脳みそまで腐ってるんじゃねぇの?」
「あらあら~、本当ですね~っ。お兄様と同じ世界にいたなんて、それだけで不潔です~っ。私の風で、原子レベルまでバラバラにして、その記憶ごと消し飛ばしてあげましょうか~っ?」
『ダ、ダッテ!ショウガナイジャナイカ?!ルイス様が転移者ナンテ知ラナカッタンデスモノ?!!』
エアロがニコニコと笑いながら、手元で超高速回転する真空の刃を形成する。その笑顔の奥にある殺意は、本気でアレックスを消滅させるためのものだった。
『ヒ、ヒィィッ!? 怖イッ! セ、正論デ殴ラレルノハ、物理ヨリ痛イッス!!』
「……当たり前だ。お前は俺たちの故郷を語る資格なんてない」
ルイスの冷徹な追撃に、アレックスは再びゴミ箱へと逃げ込んだ。
「……でも、ルイスさん。あの発情猿……じゃなかった…。アレックスが言った通りなら、あそこには日本だけじゃなく、他の国のものまで混ざっている可能性があるってことですよね?」
ユミカが震える声で尋ねる。彼女の横で、リサとカナも必死に頷いた。
「そ、そうよ……。あの街の奥に、もしもっと恐ろしい武器があったら……。500人の盗賊どころか、世界が滅んじゃうわよ!」
「……ああ。だからこそ、俺たちはあそこを攻略しなきゃならない。偽物の街の皮を被った、黒幕の心臓部をな」
ルイスは黄金のテーブル(ニコライ)に置かれた地図を叩いた。会話は、異界の風景への驚きから、次なる殲滅戦への具体的な戦術へと移ろうとしていた。
『ギャァァァッ! アルミ缶ミタイニ潰レタァァッ!!』
その横では、メロディのスキルでつぶされてるアレックス。
「……それで、兄貴。その街には、他にも何かあったのか? ただの景色じゃねぇんだろ?」
ヴォルグが真剣な表情でルイスに問いかける。ルイスはゆっくりと頷き、より深い「闇」について語り始めた。
「……ああ。そこには、魔力とも電気とも違う、得体の知れないエネルギーが流れていた。そして、そいつを燃料にして動く、異界の兵器がな……」




