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第198話 帰還、そして語られる「世界のバグ」

 悠久の忘却遺跡。その最奥に広がる「偽りの北海道」から命辛々帰還したルイス一行は、転移の魔法陣を抜けて再び遺跡の入り口へと戻ってきた。  全身にこびりついた鉄錆の匂いと、あの無機質な夜の街の不気味な冷気が、今も肌を刺している。ルイスは一度深く息を吐き出し、設営された仮設司令部へと向かった。


 そこにいたのは、今回の調査の総責任者であり、メルドアの街を影で支える豪傑――アドバンだ。  眩いばかりのスキンヘッドに、丁寧に整えられたちょび髭。一見厳ついが、その瞳には仲間を想う熱い情熱が宿っている。


「――おおっ、ルイス! 戻ったか! 無事で何よりだ、ガハハ!」


 アドバンは分厚い手でルイスの肩を叩き、豪快に笑った。だが、その直後、ルイスたちの険しい表情を見てちょび髭をピクリと動かす。


「……なんだ、その顔は。ただ事じゃねぇな? 伝説の『真の勇者』が、魔王と戦った時より酷いツラをしてやがる。中で何を見たんだ?」


 ルイスは椅子に深く腰掛け、聖剣を傍らに置くと、静かに、だが重々しく口を開いた。


「……アドバン。あそこはただの遺跡じゃない。……『地獄のゴミ捨て場』であり、同時に『世界の設計図が狂った場所』だ」


語られる「異界の残滓」と「偽りの街」

 ルイスは、隣に座るヒナルやカーミラたちと視線を交わしながら、今回の探索で起きた出来事を一から十まで語り始めた。


「まず、遺跡の第一層。あそこは古代文明の遺物なんて綺麗なもんじゃなかった。俺たちのいた世界……『日本』から流れ着いたゴミの山だ。魔力を持たないスマホや、錆びた箱(自販機)が並んでいた」


「何だと……? 魔法もない世界の道具が、なぜこの神聖な遺跡に……」


 アドバンが驚愕にちょび髭を震わせていると、横からガッシュが身を乗り出した。


「アドバンさん、驚くのはまだ早いぜ! その奥の魔法陣を抜けた先だ……。そこにはよ、天を突くようなガラスの塔が並び、太陽をいくつも閉じ込めたような人工の光が溢れる『夜の街』があったんだ!」


「……でも、そこにはネズミ一匹、虫一匹いなかった」


 ヒナルも青ざめた顔で言葉を繋ぐ。


「私が居た街を完璧に再現されているのに、命の気配がゼロなんです。看板の文字はひっくり返り、信号機の色もデタラメ……。まるで誰かの『歪んだ記憶』を無理やり具現化させたような、悪夢の街でした」


「ガッシュとヒナルの言う通りだ」


 ルイスが頷く。


「そしてそこには、俺たちの世界の精密機器と、この世界の魔法……さらには『第三の心臓を持つ鉄の残骸』が組み合わさった魔導機械が犇めいていた」


「わたくしも驚きましたわ」


 カーミラが不快そうに肩をすくめる。


「あの鉄屑ども、わたくしの高貴な魔力さえも吸い取ろうとする悍ましい術式を備えていましたわ。ルイス様がいなければ、あのような悪趣味な街、今すぐにでも焼き払ってやるところでしたわ!」


「あはは、カーミラったら。でも本当、あたしの魔法銃の弾丸を弾くくらいの装甲を持ってたよ。あの街、あたしたちの世界の『物理』とこっちの『魔法』が混ざり合って、変なことになってる!」


 リナが愛銃を弄りながら、警戒を露わにする。


繋がる黒幕の正体

 話が核心に触れると、アドバンはちょび髭を指で弄りながら、鋭い表情になった。


「……待て。その『魔導機械』という特徴……。最近、緑骨団が裏取引で手に入れていた兵器と一致するんじゃねぇか?」


「ああ、その通りだ。黒幕はあの遺跡を拠点にし、俺たちの故郷の技術をこの世界の理で魔改造してやがる。さらに最悪なのは、その動力源だ……。攫われた村人たちの魂を、燃料として使っている形跡がある」


 ドゴォォォンッ!!  アドバンが怒りに任せて机を叩き、立ち上がった。


「――ふざけやがって!! 異世界の知恵を、人を殺めるためのオモチャに変えただけでなく、民の魂まで弄ぶだと!? そいつはもはや人間じゃねぇ、救いようのないクソ野郎だ!」


 アドバンのスキンヘッドが怒りで赤らみ、血管が浮き出る。


「お兄ちゃん……。私も、私の思い出をあんな残酷な機械のパーツにしている奴が、どうしても許せない。あそこには、この世界の嘆きが満ちていたから……」


 ヒナルが悲しげに、しかし決意を秘めた瞳でルイスを見つめる。


「……ん。おにぃ……。あの場所、重い。……悲鳴が、聞こえる。……全部、潰す」


 メロディが短く、だが重力魔法を帯びた声で断言した。


別れ、そして再戦への誓い

「アドバン、悪いがしばらく準備の時間が欲しい。あのエリアは広大だ。地下鉄の跡や、未だ眠っている大型兵器が山ほどある。……俺たちが再度体制を整え、あの偽物の街のルールを解析してから、一気に心臓部を叩く」


「ガッテン承知だ! 必要な物資、魔石、何でも用意してやる! ガハハ!」


 話が一段落し、司令部を出たところで、ルイスはガッシュとティムに向き合った。


「ガッシュ、ティム。……今回は助かった。二人のおかげで、敵の包囲を抜けられた」


「よせやルイス! 俺らこそ、あんなバケモノ揃いの戦いに混ぜてもらって、冷や汗もんだったぜ」


 ガッシュが豪快に笑い、ルイスの腕を掴む。


「だが、ここから先は俺たちの手に負える領域じゃねぇ。……でもよ?次もよかったら声をかけてくれねぇか??あそこまで見てしまったんだ。知らねぇって顔で引き下がれねぇよ…」


「ルイスさん……次行く時は、是非僕も誘ってください。それまでに、あなたの盾になれるように特訓しておきます。」


 ティムが真っ直ぐな瞳で別れを告げる。


「ああ。……二人も、メルドアを頼むぞ」


 二人の背中を見送り、ルイスは再び歯車の谷の深淵を見据えた。


「……お兄ちゃん。まずは屋敷に帰って、作戦を練り直そう? クリステルさんたちも心配してるし……」


「わたくし、お風呂に浸かってあの鉄錆の匂いを洗い流したいですわ、ルイス様!」


「あたしも! で、夜はまたガッツリ元気を注入してもらわないとね!」


「……ん。……おにぃ……帰る」




………。

……。

…。


 夕闇が迫る中、勇者一行は一度自邸への帰路につく。 アドバンやサラとの濃密な会議を終え、ルイス一行は夕闇に染まり始めたメルドアの街を歩いていた。


「……ふぅ。アドバンさん、ちょび髭震わせて怒ってたね。でも、最後は笑って送り出してくれるあたり、やっぱり頼りになる人だよね」


 ヒナルがルイスの腕をぎゅっと抱き寄せながら、少しだけ安堵したように微笑む。


「ああ、あの人は熱いからな。サラさんも相変わらず苦労してそうだったが……昔の俺を知ってる人に今の活躍を喜んでもらえるのは、悪い気はしないよ」


 ルイスがそう答えると、横からリナがいたずらっぽく笑って身を乗り出してきた。


「あはは! ルイス君、サラさんに鼻の下伸ばしてなかった? 昔馴染みのお姉さんって、男の人にとっては特別な『聖域』なんでしょー?」


「わたくし、聞き捨てなりませんわね。ルイス様、サラという女とわたくし、どちらがより貴方の心の『深淵』に近い存在ですの? 言うまでもなく、この真祖たるわたくしですわよね!?」


 カーミラがルイスのもう片方の腕を奪い合い、リナが背中に抱きつく。いつもの「ルイス争奪戦」が勃発し、ガッシュたちが羨ましさと同情の混じった視線を送っていたギルド前とは一変、屋敷への道は騒がしさに包まれた。


「……ん。おにぃ……。……早く、帰りたい。……屋敷の匂い、落ち着く。……変な街より、ずっといい」


 メロディがルイスの服の裾を掴んでトコトコと歩く。彼女の言う通り、あの偽物の北海道の冷たさに触れた後では、仲間の待つ我が家がどれほど愛おしいか、全員が痛感していた。


 やがて、見慣れたルイス邸の大きな門が見えてくる。


「ただいま。みんな、戻ったぞ」


 ルイスが玄関の扉を開けた、その瞬間だった。


「――おかえりなさいませぇぇぇっ!! ルイス様ァァァッ!!」


 カッ!! と網膜を焼くような黄金の輝きが玄関ホールに溢れた。  そこにいたのは、彫刻のように鍛え上げられた肉体を誇示し、全身に金粉を塗ったニコライだった。彼は現在、四つん這いになり、背中を板のように真っ平らにした「人間玄関マット兼靴脱ぎ台」のポーズで待機していた。


「遅かったではありませんか、勇者様! 私は貴方の帰還を心待ちにするあまり、広背筋が勝手にサンバを踊り、既に金粉が半分ほど剥がれ落ちてしまいましたぁっ!!」


「……うわっ、出たわね金ピカの汚物」  


 ヒナルがゴミを見るような冷徹な瞳で、即座に聖杖を構える。


「お兄ちゃんの神聖な玄関に除菌が必要だね。消去デリートしちゃおうか?」


「んほぉぉぉっ!! 大聖女様のその『汚物を見る目』!! 背筋に電撃が走りますぅ!! さあ、ルイス様! 汚れたブーツのまま、私の脊髄を粉砕する勢いで踏み越えて行ってくださいましぃぃっ!!」


「……相変わらず気持ち悪いわね、この金メッキ」 


 カーミラが呆れたようにため息をつき、容赦なくニコライの腰のあたりをヒールでグリグリと踏みつけた。


「アッー!! ありがとうございますぅぅぅっ!! カーミラ様のヒール……今日も鋭さが絶頂ピークですわぁぁっ!!」


「……おにぃ。……踏んでいい? ……『ギガ・グラビティ・プレス』」


「メロディ、やめておけ。こいつを喜ばせるだけだ……。おいニコライ、邪魔だ。そこをどけ」


 ルイスは冷たく言い放ち、ニコライを「物理的に無視」してリビングへと向かう。すると、奥から聞き慣れた賑やかな声が響いてきた。


「あ、ルイスさん! お帰りなさい!」


「お兄ちゃん、遅いよぉ! シチュー冷めちゃうッス!」


「にい! 待ってたぞ!」


 クリステル、リズ、ノエル、シュー、エアロ、クローディアやミランダ……他の子が一斉にルイスに駆け寄る。玄関からリビングにかけて、一瞬でルイスを核とした「ヒロインの団子状態」が出来上がる。


「よしよし、みんな。……遺跡でとんでもないものを見てきたんだ。まずは飯を食いながら、これからの話をさせてくれ」


「遺跡の調査、大変だったんだね……。お兄ちゃん、私のシチューで癒やされて?」  ノエルが健気にルイスの服を引っ張る。


 その光景を、リビングの隅でエプロン姿のまま、大量の洗濯物を抱えて呆然と見ていた一人の少女がいた。シラサギ・ユミカである。


「……ちょっと、おかしくない? 戻ってきた瞬間に、なんであんなに当然のようにルイスさんに群がってるの? っていうか、あの金粉の全裸の人は何? なんで踏まれて喜んでるの? この家、警察呼んだら一発でアウトでしょ……!」


 ユミカの眼鏡が、あまりのカオスっぷりに曇る。彼女の正論ツッコミを、リビングの隅にあるゴミ箱がガタガタと揺れて遮った。


『ハァ……ハァ……! ニコライ殿、ズルイ……! 僕モ踏マレタイ……! ルイス様、僕ノ事モ踏ンデクダサーイ!!』


「うるさい、発情猿。お前は一生ゴミ箱の中で反省してろ」


 ルイスがゴミ箱を足蹴にすると、アレックス(発情猿)の歓喜の断末魔が響き渡った。


「……もうダメ。この家、私の常識が粉々に粉砕される……」


 ユミカは崩れ落ち、頭を抱える。  こうして、遺跡調査という重大な任務から帰還したルイス一行は、いつもの(変態まみれの)日常の中、次なる戦いへの英気を養うのであった。

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