第197話 理の世界、ヒナルの居た世界…
遺跡の最深部、理の壊れた暗闇の先に、それはあった。 幾何学的な魔法陣が放つ、刺すような青い光。ルイスたちがその中心へと踏み込んだ瞬間、重力も感覚も消失し、凄まじい「異物感」が脳を揺さぶる。
「……ッ、全員、俺から離れるな!」
視界がホワイトアウトし、次の瞬間。ルイスたちが立っていたのは、石造りの遺跡でも、泥濘の谷でもなかった。
「……な、なんだこれ……空が、四角い光で埋まってやがる……!」
ガッシュの悲鳴に近い絶叫。 足元にはどこまでも平坦で冷たい黒の地表――アスファルト。 左右を見上げれば、天を突くほどに巨大な鋼鉄とガラスの巨塔――ビルディング。 そして、夜の静寂を暴力的に塗り替える、赤や青、緑の人工的な輝き――ネオンサイン。
「お兄ちゃん、嘘でしょ……? ここ、私たちの住んでいた北海道の街にそっくり。あの十字路の配置、あのコンビニのロゴ……。でも、誰もいない。車も、人も、虫の声すら聞こえないなんて……!」
ヒナルが震える指で差したのは、煌々と光るコンビニの看板だった。ルイスは四歳までの記憶しかないため「故郷」としての実感は薄い。だが、本能が告げている。この景色は、この世界のどの場所よりも狂っていると。
「ルイス様! 見てくださいな、あちらの光り輝く箱……『自動販売機』というのですわね!? 遺跡で見たゴミとは違って、まるで宝石箱のように美しいですわ! ねぇ、このボタンを押せば、魔法の飲み物が出てくるのかしら!?」
カーミラがドレスの裾を翻し、ネオンに照らされた歩道を無邪気に駆け出す。夜の街を彩る極彩色の光に目を細め、ドレスの裾を翻してアスファルトの上を軽やかに駆け出す。その紅蓮の瞳には、未知の文明に対する純粋な好奇心と、吸血鬼としての本能的な昂ぶりが混ざり合っていた。
「あはは! 凄いよルイス君! あっちの地面に線が引いてある場所(横断歩道)がまるで街全体が魔法の陣で描かれているみたい! こっちの『看板』ってやつも、電気が生き物みたいにチカチカしてて、見てるだけで楽しくなっちゃう!」
リナもまた、夜の闇を彩るカラフルなライトの洪水に魅了され、二丁の魔法銃を構えることすら忘れて、まるで異世界の祝祭に迷い込んだ少女のように走り回る。
「……ん。おにぃ……。ここ、不思議。……光ってるのに、命の匂いが……しない。……風が、冷たくて、鉄の味が……する。……鏡の中の、死んだ街みたい」
メロディのダウナーな呟きが、この街の本質を突いていた。メロディの言葉通り、そこには「生活の音」が一切なかった。ただ、一定の周期で繰り返される「ジジ……ジジ……」という不気味なノイズが響いている。 その時。突如として「ピンポーン、イラッシャイマセ」という、場違いな電子音が街に響き渡った。
「――っ、全員構えろ! 見物(観光)は終わりだ、本物の悪夢が来るぞ!」
ルイスの鋭い抜剣音と共に、コンビニの自動ドアが無機質に開き、その内側から影が溢れ出した。それは、先ほど倉庫で見つけた『異世界の残骸』に、無理やりこの世界の魔導装甲を肉付けしたような、歪な人型の猟犬――魔導歩兵たちだった。
『ターゲット……サツガイ。……ポイントカードハ……オモチデスカ……?』
「抜かせッ! 『聖剣奥義・空斬閃』!!」
ルイスが放つ黄金の斬撃が、夜の街のネオンを薙ぎ払いながら先頭の機械をアスファルトごと一刀両断にする。激しい火花が散り、ガソリンと焼けたオイルの異臭が、懐かしいはずの街の空気を瞬時に戦場へと変えた。
「うらぁッ! 意味の分からねぇ場所だが、殴れば壊れるのは同じだな! 『剛剣・岩砕斬』ッ!!」
ガッシュが、巨大な大剣を豪快に振るい、電柱を盾にしながら迫りくる鋼鉄の群れを薙ぎ払う。
「ルイスさん、上です! ビルの壁面に張り付いてる奴らが……っ、撃たせません! 『瞬雷の三連絶矢』!!」
ティムが放った三筋の雷光が、ビルの五階付近に張り付いていた機械を正確に貫く。爆発した機械の残骸がガラスの破片と共に降り注ぎ、アスファルトの上でダイアモンドのように砕け散る。その幻想的ですらある破壊の光景の中、三人の嫁たちが真価を発揮した。
「わたくしの感動を邪魔した不届き者ども……。この偽りの夜景と共に、紅に染めて差し上げますわ! 『真祖秘術・紅蓮の牢獄』!!」
カーミラが指先を振り下ろすと、横断歩道の白線を突き破って、巨大な血の槍が噴出。逃げ場を失った機械たちを串刺しにし、ビルの外壁に縫い付ける。
「あはは! この『建物』の谷間は跳弾がよく効くね! 逃げても無駄だよぉ! 『魔銃奥義・閃光連弾』!!」
リナが二丁の魔法銃を乱射し、跳ね返る弾丸で路地裏に潜む敵を次々と爆砕する。光と熱が夜の街をさらに白く染め上げる。
「……ん。おにぃ……守る。……沈め。『重力圧殺・零時』!!」
メロディが大剣を垂直に叩きつけると、周囲数十メートルの重力が一気に変質。突進してきた重量級の機械が、自身の重さに耐えきれずアスファルトへと陥没し、ぐしゃぐしゃの鉄屑へと成り果てた。 激闘の末、静寂を取り戻した偽の街。だが、ヒナルが険しい表情で街路樹の葉に触れた。
「……お兄ちゃん、やっぱりここ、おかしい…。この葉っぱ、全部プラスチック……偽物よ。それに見て、あっちの信号機。ライトが『紫・黄色・白』になってる。……私の世界の記憶を無理やり繋ぎ合わせたような、悪意ある模造品っぽくみえるよ」
「ぷらすちっく??それってなんだ?」
ルイスは聖剣を鞘に納め、電光掲示板に表示された不気味な赤文字を睨みつけた。
――『オカエリナサイ……〇〇〇』。
「今日はここまでだ。……深入りすれば、この街に閉じ込められかねない。一度戻って体制を立て直すぞ。……ガッシュ、ティム、生きてるか!」
「……ああ、なんとかな。だがよ、ルイス……。お前たちがこんな『神の国』みたいな場所から来たなんて、未だに信じられねぇぜ……」
ガッシュが震える手でタバコに火をつけようとするが、マッチの火さえもこの街のネオンに飲まれて消えてしまう。
「今日はここまでだ。深入りすれば、この街の理に取り込まれかねない。一度戻って、この『偽物の北海道』を攻略する準備を整えるぞ」
一行は再調査を誓い、背後に残る美しくも悍ましい「歪んだ追憶の街」を睨みつけながら、転移の魔法陣へと引き返すのであった。




