14 勇者アレックスの異変
-アレックス視点-
話は、あの忌まわしいオーガ襲来の少し前に遡る。 僕達は街の喧騒から離れた見晴らしの良い森の中で、いつものようにクリステル、エアロ、シューの三人の女たちと、甘く濃密なお楽しみの真っ最中だった。 魔王討伐? 街の防衛? そんな青臭い正義感やギルドの安っぽいクエスト依頼なんて、今の僕にはそっちのけだ。 この世界は、特別な力を持って召喚された僕のためにある。僕は選ばれた『勇者』で、この美しい世界と女たちは、すべて僕の所有物なのだから。
「あぁんっ……。なんだか、街の方から煙が上がって……。何か慌ただしいわね、勇者様……?」
クリステルが、乱れた衣服を気にする素振りも見せず、僕の腕に豊満な胸を押し付けながら首を傾げた。
「そーんな事より、さっさと続きしようぜ!? 今、最高にいいところだろ?」
「はいぃ……。さっきから、下の方がうずうずしちゃって……。もう限界ですぅ……」
「そうそう! アタシも、早く勇者様の『聖剣』でお仕置きされたいなぁー!」
エアロとシューの双子も、媚びを含んだねっとりとした瞳で僕にすり寄ってくる。 ふふっ、本当に単純で可愛い雌豚たちだ。あのルイスっていう陰気な無能がいた頃は、あいつに遠慮してこんな風に心を開くことはなかった。 やっぱり、僕がアイツを追放したのは正解だった。 そう思って、再び快楽の渦に身を沈めようとした、まさにその時だった。
「オーガだ! 正門を突破されたぞ! 巨大なオーガの群れが現れた!! すぐにギルドと、近くに派遣されて来ている少年兵の部隊に通達しろ!!」
「了解しました!!」
森の小道を、数人の街の兵隊どもが、まるで死神に追われるかのような険しく怯えた表情で全速力で走っていくのが見えた。 兵隊の一人が、こちらの姿に気づき、顔を真っ青にして駆け寄ってくる。 ……ちっ。いいところなのに、邪魔しやがって。空気読めよ、モブキャラが。
「勇者様!! よかった、こんな所に居られましたか!? 一大事です、オーガの大群が街に攻めてきています! 門番たちは全滅しました! 勇者様、街の防衛とオーガ討伐に、どうかご協力御願いします!!」
はぁ~。めんどくせぇなぁ。 僕が泥まみれになって汗を流してオーガの群れを潰したところで、せいぜい安い報酬金が出るだけで、なんのメリットもない。それなら、このままクリステル達の柔らかい肌を抱いていた方が何千倍も楽しいし、有意義だ。 だが、ここで断れば、この女たちの手前、「勇者」としての僕の株が下がってしまう。
「……ふっ。しょうがないなぁ。僕の甘い時間を邪魔した罪は重いけど……。街の危機とあっちゃ、見過ごせない。僕が、奴らを一人残らず葬ってあげるよ!」
僕は髪をかき上げ、キリッとした表情を作って剣を抜いた。
「キャーッ! 流石、勇者様~! 頼もしいっ! 私の愛しい方だけあります! さぁ、この聖女の力もお使いください!」
「あんな図体だけのゴミなんて、勇者様にかかれば瞬きする間にイチコロってね! 一番いいところで見せてよ!」
「わたしの攻撃魔法の援護も、忘れないでくださいね? 勇者様!」
僕達四人と、案内役の兵隊二人で、街に向かうオーガの進行を食い止めることになった。 まぁ、オーガなんて大した敵じゃない。僕の必殺スキルで一掃して、すぐ終わらせて、またこの森に戻って「ずっぽりタイム」の続きといこうじゃないか!!
………。
……。
…。
……しかし。状況は、僕が思い描いていた英雄譚とは全く違う、最悪のものへと転落していった。
街外れの開けた場所。僕たちの目の前に現れたのは、たった二体の『はぐれオーガ』だった。 本来の僕なら、こんな奴ら、欠伸をしながらでも倒せる相手だ。 だが、オーガと対峙した瞬間、僕の身体に信じられない『異変』が起きていた。
ドゴォォォォンッ!!
「ぐはぁっ!?」
オーガの振り下ろした丸太の直撃を受け、僕の身体は宙を舞い、地面を無様に転がった。 視界が明滅し、肋骨が数本折れる嫌な感触と、口の中に溢れる鉄の味。
「ゆ、勇者様!? 大丈夫ですか!? ああ、血が……! 今すぐ回復します!」
僕は、右腹をオーガに打ちのめされてしまい、大怪我をおってしまった。激痛に呻いていると、すぐにクリステルが顔面蒼白で駆け寄ってきて、治癒魔法をかけてくれる。 側にいた兵隊達は、「勇者がオーガにやられた!?」と絶望の悲鳴を上げ、救援を呼ぶ為に街へと逃げ帰っていった。
「はぁ、はぁ……っ! あ、ありがとう。クリステル……! 助かった……」
「いえ……。ですが……。 はぁ、はぁ……、何故か、おかしいのです。私の魔力が……。前までなら、これくらいの傷なら、一瞬にして治っていたはずなのですが……今は、血を止めるだけで精一杯で……」
クリステルが、信じられないものを見るように自分の震える手を見つめている。 確かに、傷の痛みがまだジンジンと残っている。いつもなら、傷跡一つ残らず全快するはずなのに。
「まぁ……、細かい事は気にしないでいいよ。動けるようになれば十分だ」
うん。こいつは、夜のお供だけじゃなく、こういう場所でも役にたってくれる最高の女だぜ……。ルイスを捨てさせて僕のものにした甲斐があった。だから治癒力が落ちてることなんて、今はどうでもいい。 でもよ!!
「なんなんだよこれは!! どうなってんだよ!!」
僕は地面を叩き、吐血しながら叫んだ。 現状からいうと、最悪だ。たかがオーガ二体。今までの僕なら、こんなやつら瞬殺だった。そう、僕に与えられた究極スキル『セイントバースト』さえ放てば、どんなやつにも負けなかった。 「どうして……。僕のスキルが……使えなくなったんだ……!?」
さっき、オーガに向けて剣を構えた時。いつものように光が溢れるはずだった。 だが、不発だった。ただの鉄の剣として、オーガの硬い筋肉に弾き返されただけだったのだ。
少し前までは、普通に使えていた。 いや、思い返せば、森で女たちと絡み合っていた最中……途中で、僕の体から何かが「抜け落ちる」ような、奇妙な感覚があった。 全身の血管から、魔力という名の万能感が、一瞬にして奪われ、空っぽになってしまったような……底なしの喪失感。
「勇者様! 流石にボク達の今の力じゃ無理だから、一旦ひこうぜ!! 矢が全然刺さらないんだ! それに、ボクもなんか……すっげぇ身体が重くて不調だ!」
「勇者様、危険です! わたしも、いつもより魔法の威力が全然でていません! 火球がロウソクの火みたいになっちゃって……! 今日は一旦、街に引いた方がいいかと!」
シューとエアロが、涙目で僕に訴えかけてくる。 クソッ……。僕だけじゃない。こいつらもか!! 僕から勇者のスキルが消え、こいつらの能力まで軒並み弱体化している。これじゃあ、ただの一般人の集まりと変わらないじゃないか!
「グルルゥゥゥゥッ!!」
オーガたちが、手負いとなった僕たちを嘲笑うかのように、ゆっくりと迫ってくる。 勝てない。恐怖で足が震える。死の恐怖が、初めて僕の心臓を鷲掴みにした。
「……う、うん、すまない。今日のところは……一旦撤退しよう! これは、戦略的撤退だ!」
僕はクリステルの肩を借りて立ち上がり、三人の女たちに声をかける。 幸い、オーガは力こそ馬鹿力で一撃は重いが、知能が低く、走るスピードも遅い。森の中に逃げ込めば、何とか撒けるはずだ。 僕はみっともなく悲鳴を上げながら、迫るオーガに背を向け、一目散に逃げ出した。
………。
……。
…。
帰り道の道中。 息を切らし、泥まみれになって街の近くまで逃げてくると、さっき救援を呼びに戻っていった、役にも立たなかった兵隊達が、数人の少年兵や増援を引き連れて戻ってきたところだった。
「勇者様! ご無事でしたか! 遅くなりすいません!」
一人の兵隊が息を切らしながら、汗だくになり話かけてくる。 僕は、自分のプライドがズタズタにされたことと、原因不明の不調でイライラしていて、それどころじゃないんだ。
「お前ら、遅すぎるんだよ! ……それより、街の方はどうなってる! 街にも数十体のオーガが現れて大混乱してるって話だっただろ!」
「は、はい! 街のオーガですが……それが、全滅しました!」
「……は? 全滅? 騎士団が来たのか? 街はどうなったんだ!?」
「はい! それが、たった一人の黒い服の男の人と、ラビット族の少女が、広場のオーガたちをやっつけてくれました!! 凄まじいスピードと剣技で、文字通り一瞬でした!」
……僕は、耳を疑い、何を言っているのか解らず、変な声をあげてしまった。
「はっ……!? たった二人で……!?」
「はい! まるで、神話から現れた救世主様のように、あのオーガの大群も瞬殺でした! 一撃で十体以上を切り伏せたんですよ!」
おいおい。こいつ、恐怖で気が触れて、寝惚けてんのか? この選ばれた『勇者様』である僕達パーティー全員がかりでさえ、たった二体のオーガに手も足も出ずにボロ負けして逃げてきたんだぞ? それを、数十体を、ただの一般人の野良冒険者二人で瞬殺!? どういうことだよ!?
「それって……誰だよ!?」
僕は、今日の不調でイライラしていた感情と、得体の知れない嫉妬心が爆発してしまった。 なんだよ、そいつ。僕という勇者がいるのに、人様の活躍の場を奪って目立ちやがって。邪魔してるんじゃねぇよ! と、腹の中で毒づいていると、一人の少年兵が、思い出したようにその男の名前を口にした。
「はい。たしか……昔、勇者様のパーティーにいた……『ルイス』さん、という方でした。彼が、魔法と剣で街を救ってくれたんです!」
……は!? 何言ってるの、こいつ!?
「ルイス……? 黒髪の男……!?」
「そうです! 遠くからでしか見れませんでしたが、間違いありません。皆、ルイスさんを英雄だって称えてます!」
「ぐぎ、ぎぎぎぎっ……! あ、ありえない……。アイツは、何のスキルも使えない、ただの無能だぞ……!?」
「勇者様!? ど、どうされましたか!? お顔の色が……」
僕は、自分の奥歯が砕けるほどの力で噛み締めた。 最高に、イラついた。 なんでルイスが!? あの"無能に成り下がった"あの惨めなルイスが!? 魔法を使ってオーガを瞬殺!? まさか。 僕から力が消えた時間に、アイツが力を使った……? 僕の力が、アイツに「奪われた」とでもいうのか!? そう、考えていると、後ろの茂みから、太い木々をなぎ倒す物音がした。 さっき僕たちを追い詰めていた、あのはぐれオーガ二体が、ここまで追いついてきたのだ。
「グルァァァァッ!!」
「ひぃっ! で、出たぁっ!!」
兵士たちが腰を抜かす。 だが、僕は違った。 僕の身体の奥底から、先ほどまで枯渇していた魔力が、まるでせき止められていたダムが決壊したかのように、一気に溢れ出してきたのを感じたからだ。
「……ふっ。ちょっと、どいていろ!! ゴミども!!」
僕は血走った目で嗤い、腰の勇者の剣を勢いよく抜いた。 刀身が、眩い白銀の光を放つ。
「死ねやぁぁぁっ!! 『セイントバースト』!!!」
ドォォォォォォンッ!!!
僕の放った光の閃光が、森を飲み込んだ。 圧倒的な光と共に、目の前まで迫ってきていたオーガ二体の巨体が、爆音と共に真っ二つに裂け、跡形もなく消し飛んだ。
「……はぁ、はぁ。なんだ。……さっきの不調は、一体なんだったんだ……?」
僕は、剣の光を見つめながら呟いた。
「そういえば……。勇者様、私も……さきほどまでの気だるさが嘘のように消え、魔力がみなぎってきましたわ……。傷も、綺麗に治りました」
クリステルが、自分の肌を触りながら不思議そうに言う。 僕だけではない。他の三人の女たちも、すっかり”通常”のチート能力に戻ったみたいだ。 ……それにしても、なんでルイスが。 僕の力が消えている間だけ、アイツが「英雄」になり、僕の力が戻った瞬間に、アイツの話が終わった。 偶然の一致にしては、出来すぎている。
……いや、まさかな。そんな馬鹿なことがあるはずがない。僕こそが、唯一無二の勇者なんだから。 僕はまだ、この時は知らなかった。 この日から、僕という存在がどん底の深い沼にはまり、ルイスの真の力にすべてを奪われ、誰からも見向きもされない最底辺の泥をすすることになる……そんな取り返しのつかない未来が待っている事を。
また更新できました。不定期なのですいません。
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