11 光と聖女
仕事の関係上、忙しく更新が遅れました。引き続き不定期でやっていきます。
ヒナルのいた辺りの場所、避難所となっている南区の一角から、突如として『光の柱』が天空に向けて伸びていった。 それは、ただの光ではない。神の恩寵そのもののような、白と黄金が混ざり合った神々しい光の奔流。 次第に、街の空全体がその眩しい光に覆われていく。
(あれは……?)
嫌な予感というより、身体の芯からじんわりと温かい気持ちになれる、慈愛に満ちた不思議な光だ。 戦場にいたすべての者が、敵も味方も関係なく、その奇跡のような光景に見入っていた。 だが、俺だけは違った。あの光の源が誰なのか、直感で理解していた。
「ヒナル……!」
俺は剣を握りしめ、その光の柱を目指して、瓦礫の山を一目散に駆けていく。
………。
……。
…。
事は、少し前に遡る……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
-ヒナル視点-
「ありがとうございます……。怪我の手当て、助かります……」
「おう! お嬢ちゃんも、怪我人が増えてるから巻き込まれないようにな! 気をつけてくれよ!」
私は、お兄さんと別れた後、村の人達と一緒に、頑丈な石造りである兵隊さんの宿舎に隠れていた。 建物の外からは、地鳴りのような咆哮と、建物を破壊する爆音がひっきりなしに響いている。街の男性達や冒険者さんたちが、大きな化け物と戦っているらしく、この宿舎にも次々と血まみれの負傷者が運び込まれてくる。 ちぎれかけた腕、火傷でただれた皮膚、腹部から流れる大量の血。 元の世界ではテレビや映画でしか見たことのない、本物の「死」の匂い。 生まれた初めて見る、重傷を負った人達のうめき声に、私の足はガクガクと震えて止まらなかった。
(怖い……。本当なら、ここから逃げ出したい……)
どこか安全な、誰もいない場所に縮こまって隠れていたい。 でも、私は動かなかった。この宿舎の隅の、木箱の陰から一歩も動かなかった。
(お兄さんが……帰ってくるかもしれない……。私を、ここに迎えに来てくれるかもしれない)
お兄さんは、たしかに強い。さっきだって、巨大なオオカミをたった一人で倒した。 あのオーガっていう化け物だって、お兄さんならきっと、すぐに倒してくれるはず……。 そんな縋りつくような思いもあり、私は彼との約束を守るため、帰りを待つためにここに留まっていた。
(早く帰ってきて……、お兄さん……。助けて……)
私は、目を強く瞑り、両手を胸の前で組みながら、心の中で何度も何度も、彼の名前を呼んで呟く。 その時だった……。
「道を空けてくれ!! 緊急事態だ!! 誰か、誰か助けてくれぇっ!!」
バンッ、と宿舎の扉が激しく開かれ、街の兵隊さんが、泥と血にまみれた「小さな塊」を抱き抱えながら飛び込んできた。 兵隊さんは狂乱した様子で、仮設のテーブルの上にベッドのシーツを広げ、その小さな身体をそっと寝かせ、厚めの毛布を被せた。 その隙間から、見覚えのある、黄色いリボンが結ばれた茶色い髪の毛が見えた。
「ゆ、ユリシアちゃん……!?」
昼間、市場の入り口で会った、花屋さんのオバナさんの娘さんだった……。 私は、震える足でテーブルの傍へと駆け寄る。 毛布から出た彼女の小さな身体は、信じられないほどの量の血で赤黒く染まっていた。オーガの瓦礫の下敷きになったのか、左腕はあらぬ方向に曲がり、胸からは浅く短い呼吸の音しか聞こえない。
「ユリシアちゃん! ユリシアちゃん!! 起きて、私だよ!?」
私は、ユリシアちゃんに何度も何度も名前を呼ぶ。 でも、返事がない。あんなに元気に走り回っていたのに、今はピクリとも動かない。 脳裏に、数時間前の記憶が鮮明に蘇る。
(お花? おねーちゃんにくれるの?)
(おねーたん、これあげるねー。おねーたんに、とーっても似合うの!)
(ありがとう! ユリシアちゃん!)
黄色い、陽だまりのような温かくて可愛らしいお花を、私にくれた天使のような幼女。 私がこの世界に来て、お兄さんの次に優しくしてくれた、大切な思い出。 それが今、目の前で失われようとしている。 私はポロポロと涙を流しながら、彼女の冷たくなっていく頬を撫でる。 街のお医者さん達が数人がかりで集まり、真剣な表情をしながら懸命に心臓マッサージや止血を行う。だが、皆の顔は絶望に染まっていた。
「駄目だ、出血が多すぎる! これでは持たないぞ!」
「高級ポーションがあれば……!! もしくは、強力な治癒魔法が使える聖女様がいれば、助かるかもしれないのに!!」
「聖女様は、勇者とオーガ討伐に行っているはずだ! 一体、森で何をしているんだ!? 街がこんなになっているのに!」
(聖女……様……?)
あぁ……。あのお兄さんを小馬鹿にして、見下していた……、あの派手な鎧を着た、勇者パーティーのメンバーの一人か。 あんな人たちが、本当に人を救えるの? 人を嘲笑い、平気で裏切るような人たちが、この小さな命を救ってくれるっていうの……!?
ドクンッ、と。 私の中で、何かが弾けた。 怒りではない。純粋な、強烈なまでの『願い』だった。
(死なないで……! お願いだから、死なないでユリシアちゃん!!)
私は咄嗟に、血まみれのユリシアちゃんの小さな両手を、自分の両手でギュッと握りしめ、祈った。
(どうか……。 どうか! この世界の神様!! ユリシアちゃんを、助けて!!)
すると、私の胸の奥……心臓のあたりから、昨日狼を倒した時とは違う、もっと温かくて、愛おしい何かの感覚が、全身の血管を駆け巡り始めた。
(お願い……! 私の命を削ってもいいから!! ユリシアちゃんを!! 助けて!!!!)
強く、強く願った瞬間。 私の身体が、爆発的な光を放った。 「カッ」と、太陽が目の前に現れたかのような眩しい光が、私を中心に溢れ出し、薄暗い宿舎のすべてを黄金色の光で包み込んだ。
「うわぁっ!?」
「な、なんだこの光は!?」
周囲の人々が目を覆う。 光の波動は、宿舎の壁を通り抜け、街全体へと広がっていく。 その光の波に触れた瞬間、奇跡が起きた。
「……痛みが……消えた?」
「お、おい! 俺の腕が! ちぎれかけてた俺の腕が、くっついてるぞ!?」
「血が止まってる! 傷跡すらない! 俺、治ったのか!?」
一人、また一人と、宿舎に横たわっていた重傷の兵士や村人たちの傷が、まるで時間を巻き戻したかのように瞬く間に治っていく。 それどころか、失われていた体力までもが完全に回復していた。
(この光は……なに? 皆が……治ってる!?)
騒然となる宿舎の中で、誰かが叫んだ。
「こ、この光は……!? まさか、クリステル様が街に戻られたのか!?」
「いや、違う! 見てみろ、そこの黒髪の少女だ!! あの子から、光が溢れ出ているんだ!!」
「んっ……あ、あれ? 俺はたしか、オーガに踏み潰されて……ここは?」
死の淵を彷徨っていた瀕死の重傷者たちまでが、次々と意識を取り戻し、起き上がり始めた。 私は、震える手で光が収まりつつある手元を見る。 ユリシアちゃんを見る。
「あっ……。あのときの、おねーたん……?」
「ユリシアちゃん!? ユリシアちゃん!! 良かった!! ああ、本当に良かったぁっ!!」
ユリシアちゃんの、さっきまで泥と血にまみれて、骨まで折れていた酷い傷が、嘘のように跡形もなく消えていた。 呼吸も落ち着き、頬には健康的な赤みが戻っている。 私は、ユリシアちゃんを思わず強く抱きしめ、子供のように声を上げて泣いた。
「貴女はまさか……。噂に聞く、真の『聖女』様……!?」
「い、いえ……、私は、ただの……」
「いやいや! こんな広範囲で、瀕死の重傷者を一瞬で全快させる回復魔法を使えるのは、神に選ばれた『聖女様』しかいない!!」
「おお……! 奇跡だ! 聖女様、ありがとうございます!! 俺の命の恩人だ!!」
私の周りに、涙を流しながら感謝する色々な人達が集まってくる。皆、私に向かって手を合わせ、深々と頭を下げている。 その光景に戸惑っていると、遠くから、半狂乱になった女性の声が聞こえた。
「ユリシア~!! ユリシア!! どこだい、私の子は!!」
ユリシアちゃんのお母さんの、オバナさんだ……。
「ユリシア!! あぁ…… ユリシア……!! 良かった! 本当に生きてた……良かったよっ!!」
オバナさんの姿が見え、人混みを掻き分けて、転びそうになりながら駆け足でユリシアちゃんに近づいてきた。 そして、ベッドの上のユリシアちゃんを抱きしめ、顔中を涙でぐしゃぐしゃにして泣き叫んだ。
「この方の魔法で、娘さんの命を救って治してくれたんだよ!」
兵隊さんが、オバナさんに先ほどの奇跡を詳しく説明する。 私もいきなりの事だったし、自分の中で何が起きたか分からない状態だった。あのシステムコードのような文字すら見えなかった。ただ、純粋な『祈り』が形になったのだと思う。 とにかく、ユリシアちゃんが目を覚ましてくれて、本当に良かった……。
「あなた……だったのね……」
隣でユリシアちゃんの小さな手を握っていたオバナさんが、ゆっくりと顔を上げ、私の顔をみて涙ぐみながら、慈愛に満ちた笑顔で話しかけてきた。
「ありがとう……! 本当に、本当にありがとう!! この子の命は、私の命より大切なんだ! 恩に着るよ!!」
「いえいえ!! 私も、何がなんだか分からなくて……ただ、助かってほしくて……!」
オバナさんの温かい言葉に、私の心も温かさで満たされていく。 ――これで、一件落着。 そう思った、まさにその時だった。
「た、大変だ!! 誰か、戦える奴は武器を持てぇっ!!」
私が喋りかけている途中、宿舎のドアをバァンッと荒々しく開けて、外を見張っていた兵隊の方が真っ青な顔で飛び込んできた。
「オーガの群れが、進路を変えてこっちにもうじきやってくる!! さっきの巨大な『光』の魔力に惹きつけられて、集まってきたみたいだ!! 防壁が破られるぞ!!」
その言葉に、宿舎内の温かな空気が、一瞬にして凍りついた。 魔物は、強大な魔力を感知して集まる習性がある。 私の起こした『奇跡の光』が、逆に、最大の絶望をこの安全な場所に引き寄せてしまったのだ。
「そんな……」
私は、自分の手のひらを見つめ、ガタガタと震え始めた。 地鳴りのような重低音が、すぐそこまで迫ってきていた。




