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0 追放される者。追放する者。


「早くきてくれよ~!兄貴!遅いよ~」


「お兄様~!遅いですぅ~」


 山頂へ続く険しい獣道。背負った大量の荷物が肩に食い込む中、前を行く二人の少女が振り返って俺を呼んだ。  ボーイッシュなショートカットのシューと、愛らしいツインテールのエアロ。二人は見分けがつかないほどよく似た双子の幼馴染みだ。かつては、俺の両腕に抱きついては無邪気に笑っていた。


「ほら……。ルイス? 早くしないと追い付けませんわよ。シューとエアロ? 先に行っていて宜しいですわ……」


 柔らかくたしなめるような声の主は、俺の婚約者であり、王国公認の『聖女』であるクリステルだ。黄金の髪を揺らす彼女の微笑みは、かつては俺の安らぎそのものだった。  そう、勇者アレックスが現れるまでは。


「分かった……。でもな? これだけの荷物を持っていたら……流石に……」


「兄貴~……そんな情けない事言ってたら、また勇者様に言われちゃうぞ!」


 シューの言葉が、冷たい棘のように胸に刺さる。  エルドアス王国から派遣された勇者、アレックス。彼がパーティーに加わって以来、俺たちの関係は歪んでしまった。ジョブが判明せず、スキルすら持たない俺は「荷物持ち」へと降格させられ、あろうことか、幼馴染みと婚約者の三人は、急速に彼へと心酔していったのだ。


「おいおい! 荷物持ち! 遅いよ! それだけしか取り柄がないんだから、しっかりやってくれないと困るよ!」


 先頭を歩くアレックスが、嘲笑を浮かべて見下ろしてくる。世界の危機を救う伝説のジョブを持つ男。彼の言葉は、このパーティーにおいて絶対的な法だった。


「勇者様~っ。お兄様なんて放っておいて行きましょう?」


「本当だよ! ルイスに合わせたら日が暮れちまうぜ! それにさ~?」


「ふふふ! シュー? 今はまだいけませんわ。ルイスが居るんですから!」


「あっ! そうだったな! あははは!」


 三人の間で交わされる、俺を露骨に除外した秘密めいた会話。  「えっ? どういう意味だ?」と問いかけても、「ルイスが気にする事ではありませんわ」と冷たく遮られる。  アレックスの腕に絡みつくクリステルの瞳は、俺に向けたことのない、熱に浮かされた乙女のそれに変わっていた。シューもエアロも、競うようにアレックスと手を繋ぎ、媚びるような視線を向けている。  腹の底が煮えくり返るような嫉妬と、得体の知れない疎外感。何かが狂っている。だが、俺には為す術がなかった。



………。

……。

…。



 やがて辿り着いた山頂の洞窟。討伐対象であるホブゴブリンが巣食うそこへ、四人は俺を残して入っていった。俺の役目は、彼らがいつ戻ってもいいように野営の準備をして待つこと。ただの、雑用係だ。


 (あいつら、いつまでかかっているんだ……)


 不安が焦燥に変わり始めた頃、ようやく洞窟の奥から足音が響いた。  現れた四人の姿を見て、俺は息を呑んだ。アレックスやクリステルたちの服装が、ひどく乱れていたからだ。服の裾がはだけ、どこか甘い熱気を帯びている。  特に、一番幼いエアロは、顔を真っ赤に火照らせて荒い息を吐いていた。


「お疲れ様。服が汚れたりしてるけど、怪我はなかったか? エアロ、大丈夫か? 薬草を煎じてあるから使うといい」


 心配のあまり、俺はバッグから薬湯の入った水筒を取り出してエアロに駆け寄った。だが――。


「そんな余計な事しないでくれっ!!」


 甲高い金属音と共に、俺の手の平に激痛が走った。  アレックスが剣の柄で俺の手を弾き飛ばしたのだ。宙を舞った水筒が地面に落ち、茶色い液体が泥に吸い込まれていく。


「お、おい! 何を……!」


「クリステルが回復魔法をかけてくれたんだから大丈夫に決まってるだろ? いちいち余計な事をして、僕と『僕の女たち』の邪魔をしないでくれないか!?」


 僕の女たち。その言葉の意味を理解するより早く、クリステルが冷ややかな目で俺とアレックスの間に割って入った。


「えぇ、つい先ほども『たっぷりと』回復魔法を使いましたから大丈夫ですわ。あまりアレックス様を困らせないであげて」


「は、はい! お兄様が心配する必要はありませんっ! もう、触らないで!」


 エアロの震える声は、拒絶の色で染まっていた。  以前なら、指先に擦り傷ができただけでも「ルイスお兄様、痛いです」と涙目で頼ってきたというのに。足が震え、どう見ても限界を迎えているのに、彼女たちの瞳は虚ろで、アレックスだけを盲目的に崇拝していた。


「役にも立たない上に、僕たちに反発もする。どうしようもないクズだな……」

「本当ですぅ……。こんな人に心配されるなんてもう嫌です……。気持ち悪い……」


 冷たい言葉の刃が、俺の心をずたずたに切り裂いていく。  なんなんだよ。どいつもこいつも、どうしてしまったんだ……!


 その時だった。  洞窟の奥から、地響きのような咆哮が轟いた。  現れたのは、討伐したはずのホブゴブリンの生き残り。緑褐色の肌を持つ五体のゴブリンと、それらを束ねる巨体。冒険者が束になっても勝てるかどうかの、オーガにも匹敵する最悪の化け物だ。


「あれは、ホブゴブリンか! まだ、生きていたか……!」


「どうしましょうか。アレックス様はもう、スキルは使えないのでしょう?」


 魔力を使い果たしているのか、アレックスはあからさまにたじろいだ。だが次の瞬間、俺の方を見るなり、薄ら寒い笑みを浮かべた。


「ルイス。今日でお前を追放する。この場を持ってさようならだ!」


「はっ……?」


「お前はクビだ! クビ!」


 この絶体絶命の状況で、何を言っている?


「それいいね!! ルイスの兄貴が囮になってくれるなら、ボクたちも逃げられるしね!」


「お兄様……。私たちの為に、ここで犠牲になってください……」


「そういう事ですわ……。残念ですが、ここでお別れです……」


「お前達もかよ!?」


 三人が冷酷な宣告をした瞬間、エアロが俺に向けて杖を掲げた。  白いオーラが放たれる。ドスンッ、と。目に見えない巨人の足に踏み潰されたような衝撃と共に、俺は地面に叩きつけられた。重力魔法だ。


「ぐっ!? な、何をするんだよ!」


「まぁ、恨まないでくれたまえ。この僕に貢献できたんだから、本望だろう?」


「ふざけるなよ!! 冗談も大概にしてくれ!! 動け、動けよ……くっ!」


 這いつくばる俺の視界の端で、ゆっくりと近づいてくるホブゴブリンの影。


「ルイスの事は忘れませんわ……。かつて、結婚の約束をした事も!」


「じゃあね~! 兄貴! もし生きてたら、その時はその時で!」


「お兄様! ごめんなさい! 私は勇者様と一緒がいいんですぅ!」



 三人は俺に見向きもせず、アレックスと共に森の出口へと走り去っていった。  残されたのは、俺と、涎を垂らして迫りくる化け物たちだけ。


「くそっ……!! せめて、この魔法さえ解ければ……!」


 唇を噛み切り、爪から血が滲むほど地面を掻きむしるが、重力は微動だにしない。  ここで終わりたくない。こんな惨めな最期など、絶対に認めたくない……!


「おい! 大丈夫かっ!?」


 意識が暗転しかけたその時、洞窟の反対側から数名の冒険者が姿を現した。


「た、助かった……。俺は重力魔法をかけられていて、動けません……。手を、借りてもいいですか?」


「何があったか分からんが、アンタはそこで休んでてくれ。お前らっ! 先ずはあのデカブツを蹴散らすぞっ!」


「オッケー!!」


 彼らは風のように駆け抜け、俺が死を覚悟したホブゴブリンの群れを、あっという間に剣と魔法で蹂躙していった。  宙を舞う鮮血。断末魔の叫び。その圧倒的な力の差を見せつけられながら、俺は唇を噛み締めた。口の中に、じわりと鉄の味が広がる。


 (俺にも……あんな力があれば……。どうして俺は、こんなに無力なんだ……)


 冒険者たちが魔物を全滅させると同時に、俺を縛り付けていた魔法の効力も消え失せた。  俺は彼らに頭を下げ、共に俺たちの拠点である街、メルドアへと下山した。


 悔しさと、悲しさと、底知れぬ情けなさ。  だが、その胸の奥底で、暗く冷たい炎が燃え始めていることにも気づいていた。


『お前はクビだ! クビ!』


 勇者アレックスの嘲笑が、呪いのように耳の奥にこびりついて離れない。  失ったものへの喪失感。そして、己の無力さへの絶望。  重い足取りでギルドへと向かう俺の心は、ただ「力」だけを渇望していた――。

 

 


 


 こちらの0話は後から付け加えた物になります。1話が若干、内容が薄い感じの為、よりよく感情移入しやすいようにと足しました。

 尚、1話についても若干だけ内容を変更させていただきました。

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