メアリー逃走劇
翌朝。
すやすやベッドで眠る、スズの姿。
それをドアの隙間から笑顔で見つめ、クロードはメアリーの執務室へと向かっていった。
なにか一悶着が起きそうな予感。
それを覚えながら。
〜〜〜
そして、執務室。
そこで、メアリーは演技じみた声を響かせる。書類の山。その向こう側から。
「のう、クロードよ」
「はい」
「今日、ソリスはここにおらぬ。なんでも冒険家ギルド設立の為の視察。それに赴いたようじゃ」
「左様でございますか」
「ところで、クロードよ」
「はい」
「我は心配なのじゃ」
「なにがですか?」
テーブルの上に置かれた書類の束。
それを見上げ、メアリーは悲しげに応えた。
椅子に座ったまま。クロードからこちらが見えないことをいいことに、口角をあげながら。
「我の一生。それは判を押すだけで終わってしまうのではないかと。くる日もくる日も。雨の日も風の日も雪の日も。一年、10年。100年。永遠とも思える時。そこで我は判を押して押して押し続けるのじゃ」
「それは中々辛い」
そんなクロードの返答。
それにメアリーは、「来たのじゃ。この機を逃す手はないのじゃ」と内心で呟き、更に悲しげに続けた。
「辛いのじゃ。うっうっ……このような弱音。ソリスに吐けんのじゃ。ぐすん。く、クロードよ。我からの一生の願いじゃ。そちの力を使い我の捺印をべりーべりーいーじーにして欲しいのじゃ!! ぐすんっ。さ、サボりたいとかそういうことではないのじゃ。 だ、断じてないのじゃ」
ほくそ笑む、メアリー。
瞬間。
ガチャッ
扉が開き--
「!?」
「メアリー様」
「!?!?」
「貴女様の見事な演技。全て聞かせてもらいました」
「!?!?!?」
「クロード殿にお頼みし、わたくしの視察の難易度をvery easyにしてもらいました。そのおかげでサクサクすいすい。本来なら半日かかるところを、僅か一時間で」
「そういうことです」
「このソリス。大切なメアリー様を半日も一人にしておくわけがありません。さっ、メアリー様。わたくしがお側に居れば、それだけでvery easy。クロード殿のお力に頼らずわたくしをお頼りに」
「いッ、いやなのじゃ!!」
叫び。
椅子から立ち上がり、逃走を企てるメアリー。
「我は今日ッ、休みたいのじゃ!! 休暇じゃッ、バカンスなのじゃ!!」
「逃がしません!!」
「逃げるのじゃ!!」
ぼいんっ
大きな胸。
それを揺らし、必死に部屋から出ようとするメアリー。
だが、そこに。
難易度調整。
対象……メアリーの逃走劇
難易度…… hard→very hard
クロードの力。
それが働き--
バタンッ
勢いよく扉が閉じ、鍵が故障。
「くそッ、なんなのじゃ!! こんな時にぃ!!」
「メアリー様」
「ひぃっ」
そしてメアリーは見事、逃走に失敗。
手際よくソリスに羽交締めにされ、淡々と元の場所へと戻される。
ずるずると。
「……」
そうやって引きずられる、メアリーの姿。
それはまさしく、脱走を企て失敗した無表情の猫そのものだった。