第2話 本を探しています
どちらが客なのか、全く手順もありはしないが、言われたまま真向かいに腰かける。
しかし改めて思う。この無駄に分厚いテーブル、完全に図書館だ。無駄に金をかけすぎた、どこかの国の国立図書館。なんなんだこれは。
しかし職場への不満は彼女に関係ない。話を進めるとしよう。
「失礼します。暇そう、というご要望と聞いています。つまり時間のかかる作業と考えてよろしいですか」
「そうですね。そうなるかもしれません」
女性は相変わらず落ち着いたもので、こちらの不服を微塵も気にする素振りがない。不思議な感覚を覚えるな。仕方ない、ちと仕事に精を出してやるか。
「分かりました。私は資格を持ちませんが、一応アドバイザー。出来るだけのことはしましょう」
「素直ですね。資格はきっと必要ないので、問題ありません」
そう。それなら俺でも対処出来るかもしれない。どうも要領を得ないが、客は様々だ。物珍しさからここの空気を楽しみたいだけかもしれない。
「お探しの物はデータベースに存在しましたか」
「いえ、まだ確かめていません。さっき来たばかりなんです」
「そうでしたか。ご要望などありましたら、なんなりと」
一応形式ばった応答に努めるが、さて何が出てくるやら。目的の物が存在するなら、そもそもアドバイザーは必要ない。恐らく絶版の書籍などを求めているとは思うが、果たしてこの広大な宇宙に仕舞われているだろうか。
「今から十年ほど前に出版された書籍になります」
「最近ですね。出版社は分かりますか」
「いえすみません。それが、記憶が曖昧で」
女性は困り顔で、こちらは眉間に皺を寄せる羽目になった。
「JANコードはともかく、ISBNコードはご存じでしょうか」
「本の裏に載っているものですね」
「それは分かりますか」
「すみません」
やはり申し訳なさそうな口振りだが、態度からは読み取れない。どういうことだ。
「ある程度記憶している書籍をお探し、ということでしょうか」
「はい」
「図書館やネットにはありませんでしたか」
「どうでしょう。とても珍しいものなので、私には分かりません」
ネットの使い方が? なわけはない。検索しても引っ掛からないぐらい無名ということか。おかしいな、Web小説ですら記録される今、たかが十年前の書籍が消え去るとは思えない。
「では同人誌的なものでしょうか」
それだと恐らく、こちらの守備範囲外だ。同人誌は山ほどあるが、扱う書店は限られている。電子書籍なら拾っている可能性もあるが、十年前は微妙だ。
「いえ、出版社から出されたものです」
「そうでしたか、それは良かった」
彼女の落ち着いた口振りから、おおよそ間違いないと判断出来る。これならタイトルを覚えていないケースなど、そちらの領分と考えられる。となると焦点は中身だ。
「タイトルやジャンルは分かりますか」
「確か、人の一生についてみたいな」
「人の一生。タイトルですか、それとも純文や哲学書」
そう言うと、彼女は可笑しそうに笑った。控えめな笑い声が吹き抜けの建物に響く。
「ごめんなさい、そんな大層なものではありません」
「そうですか」
ごめんなさいと言われては、こちらも機嫌を損ねるわけにはいかない。
「出来るだけのことはします。データベースを洗ってはみますが、こうヒントになるような要素はありますか。例えば出版社の名前とか」
「すみません。いくつか覚えはありますが、そのどれかがはっきりしなくて」
なるほど、と頷く。いくつか覚えはある。なら、なんとかなるかもしれない。
「とても小さな出版社だと思います」
「経済系や陰謀論系みたいな」
「いえ、それも分からなくて」
「では覚えのある要素やワードを教えて下さい。当たってみます」
「分かりました」
了承した彼女は、確かにいくつかのワードを並べた。後はそれを内部のデータベースで検索し、該当するものがあるか否かだ。
なんだか図書館の司書染みているが、そういう店舗だ仕方ない。
「では探して参ります。ですが恐らく、複数存在するかと」
「はい。たぶんそれで思い出せます」
笑みを湛える彼女を後ろに、階下へと降りる。データベースを洗えばいくつか該当するだろう。その中になければ、俺に出来ることはないが、恐らくそうはなるまい。