第九章 グランドキャニオン
2017年1月25日
14:30pm頃
私はグランドキャニオンのマザーポイントに降り立った。本当に本当に凄いものを見たり感じたりした時、人間ってすぐには理解出来なくて無心になるのだ。感動やらそれに伴う気持ちやら様々な言葉やらとにかく、今起こっている物事、見ている景色を理解するのには、かなりの長い時間を必要とした。
ただ、ただ見ているだけで、何も浮かばない空っぽの脳みそが一時間ほど続いた。
一時間経た頃に衝撃が襲ってきた。その頃にはもうヒポポイントに移動していたのだけれど。やっと現実を受け入れ出す心が出来た時、心が徐々にじわーーーっと波立って来て、自然と涙が出そうになったんだ。
この世にこんなにも素晴らしいものがあったのか…本当に素晴らしいものって、人を変えるんだね…グランドキャニオンに沈む夕日を眺めながら涙が溢れ……………あれ?隣にいるおっさんが鼻毛抜いてる………………
おい、私の感動を返せ!この野郎!
あれだけのものを見たのに私の美しい思い出は鼻毛を抜いているおっさんの姿とセットになってしまった。
日没後すっかり生まれ変わった私は、「生きよう」と黄昏ながらラスベガスへと引き返しはじめた。走ってきた道のりをただただ引き返すだけという作業。40から50分程運転していると、辺りはすっかり夜の闇を運んできた。アリゾナの暗がりは、家も街灯も何もなく、視界は車のライトを照らしている範囲だけである。長い長いリアルマリオカートが始まった。マリオカートやったことないから知らんけど。あれは、一体どれだけひたすら限りなく真っ直ぐで真っ暗な道を走ったところだったであろうか…
19:30pm
突然ハンドルが言うことを聞いてくれなくなった。まずい。生きようと思った矢先にこうだ。これは死ぬかもしれない。そんな感覚に捉われながら車を道の右端へと寄せる。ガードレールまで後3センチのところで車が止まった。車を降りてみると、車右後ろのタイヤがパンクしていた。
往路は、明るく太陽が出ていたので、道に空いている大きな穴やら岩やらを避けながら運転出来たのだけれど、夜道で穴をよけきることは出来ずに、170マイルのスピードで穴に突っ込んでしまったのだ。冷静になれ、自分。
まずはここはどこなのか? 分からない
スマホをいくらいじくっても 繋がらない
とりあえず、車を降りて誰かに助けてもらうしか方法はなさそうだ。私はほとんど車が走っていないハイウェイに降り立ち、スマホの光をかざし、通り過ぎる車を待って両手を降った。トラックが我が物顔で2台通り過ぎていく。3台目の車、乗用車が止まってくれた。
「ヘルプ・ミー」の一言で
サムは私の車の後ろに車を停めてくれて、私はことの経緯を今生み出したばかりのオリジナル英文法で話す。パジェットレンタカーのパンフレットを片手にサムに電話をかけてもらった。サムはハンズフリーでパジェットレンタカーの人と話す会話を聞かせてくれて、ロードサービスが来るのを待つことになった。サム、ありがとう。アメリカはチップの国だからと思って、サムが去ろうとした時に20ドル札を渡そうとしたら、
「いらないよ、だって僕たち友達じゃないか!困っている友達を助けるのは当たり前のことだよ」
と言って握手をしてくれた。たまらなくなってハグをした。去っていったサムの優しさに嬉し涙が頬をつたった。
サムが去ってすぐに、サムとの出来事の余韻が抜けないままに、スペイン系アメリカ人が突然、私の車の後ろに車を停めて、こっちに来て話しかけてきた。
「君もこの穴に落ちたのかい?僕もその穴に落ちちゃって、バーストさ!イエーイ!」
ハイタッチ!
え、なに、この人…穴に落ちたのにめちゃくちゃテンション高いんですけど…
そのスペイン系アメリカ人の名前はエルビンと言った。
私「ロードサービスを待ってるんだ」
エルビン「僕は自力でどうにかするさ!スペアタイヤに変えるよ、今から。スマホのライトを照らしててくれ」
エルビンがタイヤを交換し始めたが、エルビンが持つ車を支える装置のサイズがどうやらエルビンの車のサイズとマッチしないらしい。Oh fuck! エルビンはキレている。
「私のレンタカーのトランクにもスペアタイヤ乗ってるから工具あると思う。使う?」
エルビン「もちろんさ」エルビンはトランクをあさってもう一度チャレンジを始めた。私は始終ライトを照らす係だ。そこで、なんと!スペアタイヤをつけるために車を支えるための装置二代目が車の重さに耐えきれず見事に車体に押しつぶされて故障してしまった。
「僕もロードサービスを呼ぶよ」とエルビンが結論を口にするまでの間、彼の口からFUCKやら放送禁止用語を100回くらい聞いた。
お互いが寒いなんて言葉では表しきれない気候なので、それぞれの車に戻った。エルビンの車はドアを開けると2回クラクションが鳴るので、何度もエルビンのところに向かうが、何でもないことが多かった。
22:00pm
エルビン「ロードサービス、どれくらいで来るって言ってた?」
私「わからない」
エルビン「僕の方は一時間半くらいで来るって言ってた。だからさ、君のロードサービスが先に来たら僕のことも助ける。で、僕のロードサービスが先に来たら君のことも助ける。先に来たほうにやってもらおう!ハーフ&ハーフだ。」
ハーフ&ハーフの意味はニュアンスでしか分からなかったが、意味は理解出来たので、宜しくと伝えた。
そんな会話を交わし、またお互いの車に戻ると、膀胱がパンパンな事実に気が付いた。もう、我慢出来そうにない。しかし、後方にはエルビンがいるのだ。日本と法律が違うからもしかすると野ションとかすると捕まるかも…とかいう考えが脳裏をよぎったが、生理現象はどうしようもなかった。ガードレールを越え、雪の中を歩き、背の高い草のあたりでエルビンからの死角を探す。
長時間我慢した尿を足している間、コヨーテにワオーンとか吠えられて、こわくなった。目の前をアルマジロが通り過ぎていく。
コヨーテがコワくてそそくさと車に戻ろうと思いながら見上げた空の星の美しさが未だに忘れられない。巨大天然のプラネタリウムに包まれ、タバコに火を灯した。BGMはもちろんコヨーテの鳴き声だ。
23:00pm
そろそろロードサービスが来てくれないと飛行機のフライト時間が危うくなってきた。
23:50pmエルビンのロードサービスが到着した。エルビンの車のタイヤをスペアタイヤに変えた後、エルビンのロードサービスの人が私のレンタカーもなおしてくれて、そそくさと何処かへ帰って行った。私はエルビンの元へ生き、私のロードサービスを断る電話をしたいから電話貸してくれと言うと、
「いいよ。はやく行きな。飛行機間に合わないかもしれないんだろ。僕が変わりに電話しておいてやるからさ」
なんて言ってくれちゃったものだから、別れ際はもちろん号泣。
そんなこんなでロードサービスの人に50マイルでずっとハザード付けながら走りなさいと口を酸っぱくして注意されていたので、真夜中のハイウェイをハザードをたきながら50マイルでひたすらラスベガスを目指す。
はい、2日連続オールナイト確定。
ここ2日間で食べたものは、ドライブインで買ったポテトチップスだけであった。眠くならないから空腹がちょうど良い。
とにかく、レンタカーオフィスに行くまでもってくれ、私の意識。
5:00am遠目にラスベガスのネオンが見えてきた。あと少しだ!
ラスベガスに突入し、ホテルに一旦戻るまでの道で意識が飛びそうになり、大都会ラスベガスの道の左折を2回ほど間違えて2回も逆走することになり、死にかけた。
5:30amホテル到着
眠気覚ましのためにお風呂に入り、
5:45amホテルをチェックアウト。
6:00amパジェットレンタカーに着く。やっと車の運転から解放されるぜ!
事故証明の書類をオリジナル英文法で記入し、車返却完了。
6:20バスに乗り空港へ
6:30am空港の窓からラスベガスの美しい朝日を見ながらチェックインし、身体検査とか出国審査やら諸々済ませてから、空港内で2日ぶりのまともな食事にありついた。
7:20am空港内カジノで食後一服をする。ふぅ、染みるぅ〜
空港内のカジノのスロットにドルを入れる場所を間違えて、20ドル無駄にしたりしていた。
7:45am飛行機に乗ろうとしたら、後一分でも遅れていたら乗れなかった事を知った。飛行機に乗るともともと自分の席には既に違う人が座っていて、CAに、
「一番後ろの狭い席で我慢してね、あんた遅れてきたんだから」と皮肉を言われた。
私はもう二度とギャンブルをしないと心に誓った。真っ当に生きていきます。
ありがとうアメリカ!
さようならアメリカ!
そうして私は夢の中へ……
2ヶ月後、シンガポールのカジノでバカラを打っていた事は次回の旅ログにて。




