ミステリーその1
「結論から言うと、ここにいる勇者の皆さんは誰一人として魔王を殺していません」
再び集まった勇者たちに、王女はきっぱりと言い放った。躊躇いなど少しも感じさせない堂々とした口ぶりに、その場にいた全員がどよめく。もちろん、事の真相を聞きたいがため王女にくっついてきた俺も同様だ。しかし王女はそんなこと意に介さず、さらに言葉を続ける。
「ある人物の証言が実際の状況と食い違っている時、ほとんどの人間はその証言が嘘であると考えます。けれども今回は、その前提が間違っていました。勇者の皆さんの証言は全て事実。魔王はここにいる誰にも、殺されていません」
「だったら、誰が魔王を殺したんですか?」
思わずそう口にしてしまったのは、他でもないこの俺だ。勇者たちの視線が、一斉にこちらへ向けられる。使用人ごときが、王女様に何を軽々しく口をきいている。目でそう言われているようで、俺は足をすくませることしかできない。しかし射殺すような視線から俺を救ってくれたのは、話の当事者である王女だった。
「今回の騒動は、大きく分けて三つのミステリーでできています。まずは、魔王の正体についてです」
ミステリーその1:人々の前に姿を現した魔王は何だったんですか?
「大陸の向こうに、檻に入った象を一瞬にして消してみせる奇術があります」
言いながら王女が、何かを取り出す。
王女の手から現れたのは、小さな象の模型だった。片手の平に乗るほどのそれは、しかし金属特有の鉄色や錆色が滲み出ていてとても重そうに見える。王女はそれを近くにあったテーブルの上へ置くと、再び口を開いた。
「このトリックは意外に単純なものです。奇術の途中、例えば檻に布をかけている時に、象の向きを変え檻の内側にあるしきりへこっそり押し込む。これだけです。ポイントは最初、横向きにしていた象を観客から見て正面に顔が来るよう動かし直すこと。そうすると象の巨体もかなり小さく見えるので、観客は『あんなに大きな象が一瞬で!』と騙されてしまうのです」
そう言い終えると、王女はテーブルの上に置いた象に向かって拳を振り上げた。象は一瞬でぺしゃんこになる。鉄製の象を王女が一撃で、と思ったがその割にテーブルも王女の手もダメージを受けた様子は無い。
「これは先日、皆さんの前で見せた拷問器具と同じ要領で作ったものです。つまり紙の模型にリアルな色を塗っただけのもの。だからこんな簡単に潰すことができます。ルゥ、貴方を含む魔王の目撃者が見た魔王の姿はどんなものだったか、もう一度思い出してみてください」
いきなり話を振られた俺は、慌てて思い返す。目撃されている魔王の姿は蜘蛛、蛙、翼を広げた鷲。どれも不気味な生き物ばかりだが、言われてみれば共通点がある。
「どの生き物も、身長と横幅の比率が極端なものばかりでしょう。最初に横向きの一番大きく見える姿を見せた後、素早く折りたたむなり丸めるなりしてしまう。すると一瞬でその姿が見えなくなったようになるわけです。闇夜や霧の多い日にしか魔王が現れなかったのは、そういう視界の悪い日でないと本物に見えないからだったのでしょう。晴れた日や星の多い夜だったら、絵だとばれてしまうかもしれませんからね」
頭の中で想像していた魔王の姿を、全て縦向きにしてみる。なるほど、たしかに大きさの印象は変わるだろう。
「でも、一体誰がそんなことを? 王城に出入りできるレベルの一流絵師でなければ、そんな精巧な絵は描けないでしょう?」
疑わしげに尋ねたのは、あの傲慢勇者だ。コイツに同意するのは癪だが、俺も同じことを思う。